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第1章 日本
04. 不穏な登校日
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「あれ?兄さんも、今日登校日?」
玄関で、運転手が車を出してくるのを待っていた幸希は、ワイシャツに黒のスラックスという制服姿で階段から降りて来た兄を見てそう聞く。
「や・・、登校日っていうか、そろそろ草むしりに行かないとヤバいらしいんだよな。」
弟の曲がった蝶ネクタイを直しながら、灯雪は怠そうに答える。
名門私立学校へ通うブレザー姿の幸希。
10歳になり、ハーフパンツは履かなくなったが、まだあどけない美少年に、蝶ネクタイがよく似合う。
「美化委員の仕事?そんなの他の奴にやらせればいいじゃん。熱中症になったら大変だよ。」
まるで、他の奴はどうなってもいいような言い分。
幸希の言葉に、間違いなくあの両親の子だと、変な既視感を覚え若干頭が痛くなった灯雪は、弟の頭を撫でながら情操教育とはなんぞやと、柄にもないことを考えてみる。
「一応委員長だからな、やらない訳にはいかんだろ。手伝ってくれる奴もいるみたいだし、みんなでやればそう時間もかからないから。」
全く納得していない様子の幸希がまだ何か言う前に、灯雪は玄関先の気配を察して素早く動いた。
「おう、早かったな。ちゃんと朝飯食ってきたか?」
灯雪が玄関扉を開けながら、馴染みの男を迎え入れる。
「あっ、雪ちゃんおはよ~。いやぁ~、実は寝坊しちゃって、まだ食べてないんだぁ。雪ちゃんに先に行かれちゃったらどうしようかと思って。」
なんとも頼りなさげなこの男、名前を猛と言う。
身長こそ15歳にして178センチという長身だが、体は華奢で、風が吹けば飛んでいきそうな程薄っぺらい。
柔らかそうな黒髪の短髪に、下がり眉と糸のように細い目は、愛嬌のある顔と言えるが、完全に名前負けしている。
「はぁ・・・、だから言っただろ。お前は委員でもなんでもねぇんだから、ゆっくり来りゃいいんだよ。」
「駄目だよ、そんなの。小学校の時から、雪ちゃんと登校するのは僕の特権なんだから。」
何が特権なんだかよく分からないが、いつもヘラヘラしているくせに変な所で頑なな性格の猛。
これ以上何か言っても無意味と早々に見切りを付けた灯雪は、鞄から取り出した竹皮の包みを、ほらよと猛に渡す。
「さっきトメさんに握り飯作ってもらったから学校で食えよ。そんなんじゃバテんぞ。」
「わぁ~っ、ありがとう雪ちゃん!僕、トメさんの手料理大好きなんだよね。」
キラキラした目で、包みを見つめる猛。
「ていうかお前、ボタン掛け違えてるぞ。靴もちぐはぐだし・・・どんだけ急いで来たんだ・・」
猛のワイシャツのボタンは、ひとつずつズレている。
靴に至っては、ライトグリーンのスニーカーとオレンジのスニーカーを左右それぞれに履き、強烈なコントラストを生んでいた。
「あ、ホントだ。間違えて弟のやつ履いて来ちゃったぁ。」
アハハと照れ笑いをしながらポリポリと頭を掻いている彼に、灯雪は呆れながらも安らぎを感じていた。
おにぎりを抱える猛に代わり、灯雪は猛のボタンを掛け直してやる。
すると気のせいか夏だというのに、背後から底冷えするようなどんよりと重い冷気が漂ってきた。
「邪魔なんだけど。」
いつもより幾分トーンの低い声の幸希が、まるで能面のような無表情で言う。
「お、ワリィ。車来てたな。」
急に機嫌の悪くなった弟に、灯雪はなんてことなく通路を開ける。
幼い頃より、家族からの全力の情念を一身に受けて来た灯雪。
父、母をはじめとする家族に対しての認識は、『感情豊かで情熱的な性格』というまるでタンゴでも踊り出しそうな様相だが、世間一般の感覚とはいちじるしく乖離していた。
「でくの坊が、調子に乗るなよ。」
「おい、幸希・・・」
通り過ぎざまに、幸希が猛に呟いた言葉を、灯雪が咎める。
「すまん猛、気にすんなよ。」
「ははは、幸希くんは本当に雪ちゃんの事が好きだなぁ~」
そう事も無げに言う猛。
こういう猛の大らかさに、いつも灯雪は救われていると感じていた。
「お前のそういう所、俺は好きだぜ。」
なんの気概なく、すんなりと言った灯雪の言葉に、猛は絶句し、ほんのりと頬を染める。
「そういう事、雪ちゃんは簡単に言わないほうがいいよ・・・」
どこか恥ずかしげに言う猛に、素直な感想を述べただけの灯雪は、その意味がよく分からずいつも通りに聞き流していた。
そんな彼は、灯雪の言葉に驚愕し、憎しみの目で猛を睨み付けていた、車中の幸希には全く気付かずにいたのだった。
玄関で、運転手が車を出してくるのを待っていた幸希は、ワイシャツに黒のスラックスという制服姿で階段から降りて来た兄を見てそう聞く。
「や・・、登校日っていうか、そろそろ草むしりに行かないとヤバいらしいんだよな。」
弟の曲がった蝶ネクタイを直しながら、灯雪は怠そうに答える。
名門私立学校へ通うブレザー姿の幸希。
10歳になり、ハーフパンツは履かなくなったが、まだあどけない美少年に、蝶ネクタイがよく似合う。
「美化委員の仕事?そんなの他の奴にやらせればいいじゃん。熱中症になったら大変だよ。」
まるで、他の奴はどうなってもいいような言い分。
幸希の言葉に、間違いなくあの両親の子だと、変な既視感を覚え若干頭が痛くなった灯雪は、弟の頭を撫でながら情操教育とはなんぞやと、柄にもないことを考えてみる。
「一応委員長だからな、やらない訳にはいかんだろ。手伝ってくれる奴もいるみたいだし、みんなでやればそう時間もかからないから。」
全く納得していない様子の幸希がまだ何か言う前に、灯雪は玄関先の気配を察して素早く動いた。
「おう、早かったな。ちゃんと朝飯食ってきたか?」
灯雪が玄関扉を開けながら、馴染みの男を迎え入れる。
「あっ、雪ちゃんおはよ~。いやぁ~、実は寝坊しちゃって、まだ食べてないんだぁ。雪ちゃんに先に行かれちゃったらどうしようかと思って。」
なんとも頼りなさげなこの男、名前を猛と言う。
身長こそ15歳にして178センチという長身だが、体は華奢で、風が吹けば飛んでいきそうな程薄っぺらい。
柔らかそうな黒髪の短髪に、下がり眉と糸のように細い目は、愛嬌のある顔と言えるが、完全に名前負けしている。
「はぁ・・・、だから言っただろ。お前は委員でもなんでもねぇんだから、ゆっくり来りゃいいんだよ。」
「駄目だよ、そんなの。小学校の時から、雪ちゃんと登校するのは僕の特権なんだから。」
何が特権なんだかよく分からないが、いつもヘラヘラしているくせに変な所で頑なな性格の猛。
これ以上何か言っても無意味と早々に見切りを付けた灯雪は、鞄から取り出した竹皮の包みを、ほらよと猛に渡す。
「さっきトメさんに握り飯作ってもらったから学校で食えよ。そんなんじゃバテんぞ。」
「わぁ~っ、ありがとう雪ちゃん!僕、トメさんの手料理大好きなんだよね。」
キラキラした目で、包みを見つめる猛。
「ていうかお前、ボタン掛け違えてるぞ。靴もちぐはぐだし・・・どんだけ急いで来たんだ・・」
猛のワイシャツのボタンは、ひとつずつズレている。
靴に至っては、ライトグリーンのスニーカーとオレンジのスニーカーを左右それぞれに履き、強烈なコントラストを生んでいた。
「あ、ホントだ。間違えて弟のやつ履いて来ちゃったぁ。」
アハハと照れ笑いをしながらポリポリと頭を掻いている彼に、灯雪は呆れながらも安らぎを感じていた。
おにぎりを抱える猛に代わり、灯雪は猛のボタンを掛け直してやる。
すると気のせいか夏だというのに、背後から底冷えするようなどんよりと重い冷気が漂ってきた。
「邪魔なんだけど。」
いつもより幾分トーンの低い声の幸希が、まるで能面のような無表情で言う。
「お、ワリィ。車来てたな。」
急に機嫌の悪くなった弟に、灯雪はなんてことなく通路を開ける。
幼い頃より、家族からの全力の情念を一身に受けて来た灯雪。
父、母をはじめとする家族に対しての認識は、『感情豊かで情熱的な性格』というまるでタンゴでも踊り出しそうな様相だが、世間一般の感覚とはいちじるしく乖離していた。
「でくの坊が、調子に乗るなよ。」
「おい、幸希・・・」
通り過ぎざまに、幸希が猛に呟いた言葉を、灯雪が咎める。
「すまん猛、気にすんなよ。」
「ははは、幸希くんは本当に雪ちゃんの事が好きだなぁ~」
そう事も無げに言う猛。
こういう猛の大らかさに、いつも灯雪は救われていると感じていた。
「お前のそういう所、俺は好きだぜ。」
なんの気概なく、すんなりと言った灯雪の言葉に、猛は絶句し、ほんのりと頬を染める。
「そういう事、雪ちゃんは簡単に言わないほうがいいよ・・・」
どこか恥ずかしげに言う猛に、素直な感想を述べただけの灯雪は、その意味がよく分からずいつも通りに聞き流していた。
そんな彼は、灯雪の言葉に驚愕し、憎しみの目で猛を睨み付けていた、車中の幸希には全く気付かずにいたのだった。
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