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第1章 日本
03. めしませ
しおりを挟む器の中で、ふるふると揺れているプリンをスプーンで掬う。
家政婦のトメさんお手製の、蒸しプリンだ。
灯雪は掬ったプリンを、隣の椅子に行儀よく座る犬の口元へ持っていく。
犬は、器用にプリンを口の中に収め、美味しそうに舌鼓を打つ。
「兄さん、もういい加減朝ごはん食べなよ。」
左隣に座る弟の幸希が、犬を睥睨しつつ言う。
「あと、一口で終わるから。」
名残惜しそうに、最後の一口を収めた犬を、なんとなく不憫に思った灯雪は頭を撫でて慰める。
「ッ・・・、なんて贅沢な犬なのかしら。」
食卓を挟んで向かいに座る母親は、それを見て歯嚙みする。
「そんな犬、1日2日食べさせんでも、死にはしないだろう。」
母親の隣で、平気で虐待を推奨する父親。
しかし、実際にこの犬は、通常犬が必要とする栄養素を、ほとんど摂取していない。
市販のドックフードや、家政婦が趣向を凝らして作った犬用の食事も、一切口を付けず、人が食べる甘いお菓子やケーキしか受付けようとしないのだ。
そしてその中でも、プリンは特にお気に入り。
食事をする時は、椅子に座り、スプーンやフォークを使わないと、決して食べない。
おまけにそれは、灯雪手ずからに限るという、なんとも手の掛かる犬なのだ。
そんな食生活をしていても、獣医からは万事健康と、お墨付きを頂いているこの犬は、名をプン太と言う。
短毛で、チベタン・スパニエルやペキニーズのようなどこかエキゾチックな風貌の小型犬の雄だ。
彼は、灯雪が『あいのて児童園』に保護された時には一緒におり、なぜここにいるのかは灯雪自身にも分かっていなかった。
「おし、食うぞ!いただきま~す。」
灯雪は手を合わせると、目の前に並ぶ美味しそうな朝食に箸をつけた。
食卓には、トメさんが作った和食が並んでいる。
ホカホカであったはずの(プン太に食べさせている間に冷めた)白米に、ふっくらとした身の塩鮭、ほうれん草のお浸しに、具沢山のお味噌汁、きんぴらごぼうに、筑前煮、出し巻き卵と納豆とお漬物、デザートはスイカだ。
どれも、トメさんの愛情たっぷり絶品手料理である。
灯雪の前には、両親の三倍の量の食事が用意されている。
見た目に反して、彼は大食らいだ。
小気味よく、口に運んでいると、周りからズイズイと皿が寄せられる。
「灯雪、私の焼鮭も食べなさい。」
「私の卵焼きも食べていいのよ。」
「兄さん、僕のスイカ食べる?」
「お?いいのか?サンキュ~」
些か遠慮がないのは、この家庭で育ったが所以であろう。
「まぁまぁ、坊っちゃまが美味しそうに食べて下さるから、私も作り甲斐がありますよ。」
トメさんが、おおらかに笑う。
屋敷の使用人達は、そんないつもの朝の光景を微笑ましく見守っていた。
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