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第1章 日本
01. 雪姫と呼ばれる男前
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東の空が薄っすらと明け、小鳥たちの囀りが、そこかしこから聞こえ始めた。
じっとりとまとわりつく湿気が、これから昼に向けての酷暑を予兆させる、夏晴れの朝。
「あ~クソ寝みぃ~、腹減った~。」
動物にとって、限りなく原始的な欲求を呟いた彼は、名前を灯雪と言う。
若干、粗野な言葉使いとは裏腹に、その容姿はとてもノーブルな見た目をしていた。
身長168センチ、スラッと伸びた手足に透けるような白い肌、血色の良いピンクの唇にスッと通った鼻梁、亜麻色の柔らかな髪と、惹きつけてやまないアンバーの瞳、どれも形良く均整のとれた絶妙な配置のかんばせは、14歳と言う少年の幼さを残しつつも、理知的で清廉な雰囲気を醸し出す稀代の美青年であった。
アジア人にしては、色素の薄い容姿をしているのは、彼の母親がヨーロッパ人だったと言われている。
いまいち確証がないのは、物心ついた時にはすでに母親はおらず、灯雪は父親と2人で暮らしていたからだ。
その父親も、灯雪が3歳の時、交通事故で帰らぬ人となっている。
彼は、母親の記憶はおろか、父親の記憶すらもおぼろげだった。
引き取り手のいなかった灯雪は、数ヶ月ほど児童園で過ごした後、子供ができなく悩んでいた夫婦に養子として迎え入れられた。
彼は両親に溺れるほどの愛を与えられ、溶けるほどに甘やかされた。
両親は金にも労力にも糸目を付けず灯雪の望みを叶えていった。
欲しいものは何でも手に入るその環境は、弱冠3歳の幼児に、もはや自分に叶わないことなど何も無いと本気で思わせるほどだった。
4歳の冬、灯雪はサンタクロースに弟か妹が欲しいという願い事をした。
しかし、その年のクリスマスは20トントラックいっぱいのおもちゃが届いたのみで、灯雪の願いが聞き届けられる事は無かった。
灯雪は初めての挫折を味わった。
往生際の悪い灯雪は、それから外出先で小さな子を見かける度に、物欲しそうに見つめるようになる。
両親はそれを見ては、合法的な略奪を企てるが、優秀な側近に全力で阻止されていた。
そしてついに翌年のクリスマス、灯雪のもとに両親の特徴をよく受け継いだ可愛らしい弟が届けられたのであった。
灯雪は自分にできた弟を、それはそれは可愛がり、一緒に遊ぶことも、おむつを替えることも、泣きあやすことも、誰よりも率先してやりたがった。
灯雪にとって、弟は何よりも大切な存在になった。
そんなある日、小学校に上がった灯雪は、早熟な同級生からサンタクロースの正体というものを教えられた。
するとふいに、灯雪の脳裏にあの時の光景がフラッシュバックしたのだった。
『サンタさんからのプレゼントだよ』と、生後間もない弟をリボン付きの籐の揺りかごに眠らせて、微笑みながら贈呈する当時の両親の姿。
それを思い出した瞬間、背中の下から這い上がるようなゾワゾワとした、うすら寒いものを感じた灯雪は、過度な望みは決して持つまいと心に強く誓ったのだった。
こうして、両親の過剰な愛情に翻弄されながらすくすくと育った彼も、中学三年生となり、只今夏休みの真っ最中。
いつものように灯雪は、朝の日課である庭の植物たちへ水やりをしていた。
延長ホースを片手に、起き抜けの緩慢な動きでの水やりは一見おざなりに見えるが、なぜか灯雪の育てる草花は、もうダメだと諦めた枯れかけの植物でさえ生き生きと成長し誇らしげに顔を上げるのだった。
それは、植物に限らず、動物たちにも言えた。
幼い頃から、動植物に好かれる質のおかげで、灯雪は今まで何度も、捨てられた犬や猫、怪我をした野生動物を保護した経験がある。
灯雪の保護を受けた動物は、ボロボロにやつれ、見るも無残な当初の姿を全く連想させないまでに、美しく健康的に様変わりするのだった。
家族の協力もあり、捨て犬、捨て猫たちは里親に引き渡され、野生動物は自然に放すことに成功した。
今時点では、はなから一緒に住まう、飼い犬が一匹いるのみだ。
だが、ここまでしている本人に、動植物に対して好きとか嫌いなどという意識はなかった。
本人の意思とは関係なく、向こうからやってくるのだ。
ただそれを、放っておけるほど残忍にはなれないという、彼曰く、『呪われた因果』らしい。
水やりをする今も、彼の肩や頭には否応無しに小鳥たちが羽を休めている。
まるで、○ィズニー映画のヒロインのようなその光景。
学校でその姿を目撃した生徒たちが、灯雪のことを影で『雪姫』と呼んでいることは、本人のあずかり知らぬところであった。
じっとりとまとわりつく湿気が、これから昼に向けての酷暑を予兆させる、夏晴れの朝。
「あ~クソ寝みぃ~、腹減った~。」
動物にとって、限りなく原始的な欲求を呟いた彼は、名前を灯雪と言う。
若干、粗野な言葉使いとは裏腹に、その容姿はとてもノーブルな見た目をしていた。
身長168センチ、スラッと伸びた手足に透けるような白い肌、血色の良いピンクの唇にスッと通った鼻梁、亜麻色の柔らかな髪と、惹きつけてやまないアンバーの瞳、どれも形良く均整のとれた絶妙な配置のかんばせは、14歳と言う少年の幼さを残しつつも、理知的で清廉な雰囲気を醸し出す稀代の美青年であった。
アジア人にしては、色素の薄い容姿をしているのは、彼の母親がヨーロッパ人だったと言われている。
いまいち確証がないのは、物心ついた時にはすでに母親はおらず、灯雪は父親と2人で暮らしていたからだ。
その父親も、灯雪が3歳の時、交通事故で帰らぬ人となっている。
彼は、母親の記憶はおろか、父親の記憶すらもおぼろげだった。
引き取り手のいなかった灯雪は、数ヶ月ほど児童園で過ごした後、子供ができなく悩んでいた夫婦に養子として迎え入れられた。
彼は両親に溺れるほどの愛を与えられ、溶けるほどに甘やかされた。
両親は金にも労力にも糸目を付けず灯雪の望みを叶えていった。
欲しいものは何でも手に入るその環境は、弱冠3歳の幼児に、もはや自分に叶わないことなど何も無いと本気で思わせるほどだった。
4歳の冬、灯雪はサンタクロースに弟か妹が欲しいという願い事をした。
しかし、その年のクリスマスは20トントラックいっぱいのおもちゃが届いたのみで、灯雪の願いが聞き届けられる事は無かった。
灯雪は初めての挫折を味わった。
往生際の悪い灯雪は、それから外出先で小さな子を見かける度に、物欲しそうに見つめるようになる。
両親はそれを見ては、合法的な略奪を企てるが、優秀な側近に全力で阻止されていた。
そしてついに翌年のクリスマス、灯雪のもとに両親の特徴をよく受け継いだ可愛らしい弟が届けられたのであった。
灯雪は自分にできた弟を、それはそれは可愛がり、一緒に遊ぶことも、おむつを替えることも、泣きあやすことも、誰よりも率先してやりたがった。
灯雪にとって、弟は何よりも大切な存在になった。
そんなある日、小学校に上がった灯雪は、早熟な同級生からサンタクロースの正体というものを教えられた。
するとふいに、灯雪の脳裏にあの時の光景がフラッシュバックしたのだった。
『サンタさんからのプレゼントだよ』と、生後間もない弟をリボン付きの籐の揺りかごに眠らせて、微笑みながら贈呈する当時の両親の姿。
それを思い出した瞬間、背中の下から這い上がるようなゾワゾワとした、うすら寒いものを感じた灯雪は、過度な望みは決して持つまいと心に強く誓ったのだった。
こうして、両親の過剰な愛情に翻弄されながらすくすくと育った彼も、中学三年生となり、只今夏休みの真っ最中。
いつものように灯雪は、朝の日課である庭の植物たちへ水やりをしていた。
延長ホースを片手に、起き抜けの緩慢な動きでの水やりは一見おざなりに見えるが、なぜか灯雪の育てる草花は、もうダメだと諦めた枯れかけの植物でさえ生き生きと成長し誇らしげに顔を上げるのだった。
それは、植物に限らず、動物たちにも言えた。
幼い頃から、動植物に好かれる質のおかげで、灯雪は今まで何度も、捨てられた犬や猫、怪我をした野生動物を保護した経験がある。
灯雪の保護を受けた動物は、ボロボロにやつれ、見るも無残な当初の姿を全く連想させないまでに、美しく健康的に様変わりするのだった。
家族の協力もあり、捨て犬、捨て猫たちは里親に引き渡され、野生動物は自然に放すことに成功した。
今時点では、はなから一緒に住まう、飼い犬が一匹いるのみだ。
だが、ここまでしている本人に、動植物に対して好きとか嫌いなどという意識はなかった。
本人の意思とは関係なく、向こうからやってくるのだ。
ただそれを、放っておけるほど残忍にはなれないという、彼曰く、『呪われた因果』らしい。
水やりをする今も、彼の肩や頭には否応無しに小鳥たちが羽を休めている。
まるで、○ィズニー映画のヒロインのようなその光景。
学校でその姿を目撃した生徒たちが、灯雪のことを影で『雪姫』と呼んでいることは、本人のあずかり知らぬところであった。
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