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#20:Home sweet home
Sea of night 02
しおりを挟む海のほうを向いて並んで座っていた渋粋と撥香は、背後に人が近付いてきた気配を感じて振り返った。
攘之内たちがビニール袋を手に提げて近付いてきた。
「ほら、買うてきたで、花火」
攘之内は渋粋の後頭部にビニール袋をぶつけた。
「コイツ等ノロイさかい時間かかったわー」と祥太朗が言った。
「カメで悪かったな。こっちゃ二人乗りや」
「もう時期も終わりやからな、売れ残りっぽいヤツしかなかったで」
祥太朗は渋粋と撥香との中間辺りに座り込み、ビニール袋を開いて見せた。
「花火かあ」と、撥香はビニール袋を覗き込んで嬉しそうに言った。
渋粋は攘之内から受け取ったビニール袋の中身を確認したあと、不服そうな表情を攘之内に向けた。
「打ち上げが入ってへんで。しょぼいのばっかりやなー」
「売れ残りに文句言うな」
渋粋と攘之内、祥太朗は声を上げて笑い合った。
「ハッカ。好きなのやってええで」
「やったー」と撥香は祥太朗からビニール袋を受け取って立ち上がった。
渋粋は胸ポケットからライターを取り出し、ポイッと剛拳に投げた。剛拳はそれを宙で受け取った。
「行こ行こ」と撥香は剛拳の服を掴んで引っ張った。剛拳は撥香に引かれるまま、砂浜のほうへ二人で歩いて行った。
渋粋と攘之内、祥太朗の三人は堤防から、砂浜の撥香と剛拳を眺めた。
撥香は花火を振り回して遊び、剛拳は保護者のようにそれを見守る。
空も海も真っ暗。漆黒のキャンパスに、火薬の煙と色とりどりのスパークが映える。撥香の色素の薄い髪の毛が揺れ動いてキラキラと輝いて見えた。
アハハ、と祥太朗は堤防に頬杖を突いて肩を揺すって笑った。
「白人の美少女と大型犬の戯れを眺めとる気分」
「分かる」と渋粋と攘之内は声を揃えた。
日頃は従順で面倒見がよく、時には主人の為に牙を剥く、剛拳の性質が犬のイメージであることは、三人の共通認識だった。
「ハッカは随分丸なったなあ」
「え。ハッカ肥えたか?」
「トゲが取れたっちゅう意味や。最初の頃はツンケンしとったやろ」
パンッ、と祥太朗が渋粋の後頭部を叩いた。
それから祥太朗は「そういえば」と続けた。
「ゴーがああして女と一緒におるのも珍しいな。ほかの女とは話しとるとこもあんま見いひん。ブサイクちゃうし、俺等と違て真面目やし、愛想よかったら女ウケ悪ないやろに、勿体ないなあ」
「ああ、まあ、フツーに喋ってんのはハッカぐらいやろな」
「なんでハッカだけ?」
祥太朗は疑問を持ったが、攘之内には何となく理由が分かる気がした。
今思えばそれは、兄と妹のような関係性。渋粋が断言したように、剛拳は撥香に対して下心など一切無かった。剛拳にとって撥香は、はじめて甘やかして守ることのできる存在だった。秀でた従兄弟・攘之内と常に自分を比較して、卑下し、低い評価しか与えられなかった男が、はじめて守ってやらなければいけないと使命感を覚えた。そして撥香も無意識にそれを求め、受け容れていた。剛拳と撥香が自然と互いに求めたのは、異性ではなかった。
「ハッカはトクベツやからな」
(よう特別とかサラッと言いよんな、コイツ)
渋粋が笑いながらそう言い、祥太朗は横目で冷めた視線を送った。
「ハッカはもう大丈夫なんか?」
「あんだけはしゃいで花火しとるさかい今は大丈夫やろ、たぶん」
「今は?」と攘之内が聞き返した。
渋粋は煙草を前歯に挟んでガジガジと後頭部を掻いた。
「あ~~……なんか意外と根が深そうっちゅうか。親父がドイツ人やから海が恐いんやと」
「はあああッ? ハーフか、ハッカ。それであの日本人離れした見た目か。ちゅうか、せやから海が恐いてなんやねん」
パシンッ、と祥太朗はまた渋粋の頭を叩いた。学業が優れないことは最早詮無きことだが、日常会話の要点を押さえるくらいはしてくれ。
攘之内はフーッと紫煙を吐き出した。それから一呼吸置いて口を開いた。
「納得した。ハッカのヤツ、たまに真顔で常識ハズレなこと言うしな」
「そこがええんや。見た目も中身も全部ひっくるめてハッカやからな」
攘之内は、隣で煙草を咥えている渋粋の顔を横目で見た。じんわりと笑みが滲み出る横顔、声質、漂う雰囲気が、なんとなくいつもと少し異なる気がした。余裕があるような、浮かれているような……。
だから、ああ、これは何かあったな、と確信した。
「イッキ。ハッカに言うたんか」
攘之内から尋ねられ、渋粋は自分の手の平に目を落とした。其処には勿論、よく見慣れたいつも通りの右手。指を動かして拳を作り、グググと力を入れてみた。正常な動作だった。
「ダサイ話。……手が震えた」
好きだと告げたあのときは、このような単純な動作もできなかった。自分の意思に反して先端が小刻みに震え、心臓の鼓動が胸を叩いた。何度何人と対峙しても、緊張を感じたことなどないのに。死ぬような目に遭っても、恐怖を感じたことなどないのに。
このようなみっともない姿を撥香に気付かれなくてよかった。
「好きや言うだけでアホみたいにビビってしもた。アホ臭。初めてちゃうのに」
渋粋は額を押さえ、顔をくしゃっと歪ませてはにかんだ。いつもみたいに白い歯を剥いて少年のような笑顔。耳が仄かに赤かった。
祥太朗は渋粋の腿を膝で蹴った。
「ほんまの本気で惚れたのは初めてやったんやろ」
「今までさんざ女遊びしてきて、本気で告るのは初めてか。ガキ臭ァ」
「告白どころか初恋かもしれへんで。情緒がガキ」
「思春期」
攘之内と祥太朗は口々に渋粋を嘲った。渋粋が照れ臭そうに弱味を露出することなど珍しい。チャンスとばかりに揶揄った。
渋粋は何を思ったか堤防の上によじ登った。攘之内と祥太朗は、何をするつもりかと見守った。
渋粋は深く息を吸い込んだ。
「ハッカァーーッ! お前が好きや! 大ッ好きや!」
ありったけの大声を撥香にぶつけた。揶揄われるくらいなら堂々としてやろうという心算があったのか、ただただ気恥ずかしさを発散させただけか。
渋粋の二度目の告白は、海風にも波音にも掻き消されることなく、砂浜にいる撥香に届いた。
「えッ! ええっ、なっ⁉」
撥香は両手に花火を握り締めたまま顔を真っ赤にした。突然のことに混乱してその場にしゃがみ込んだ。とにもかくにも恥ずかしくて居たたまれないといった風で、嫌がっている素振りは微塵もなかった。
剛拳はそのような撥香を見下ろしてフッと笑みを溢した。
渋粋は堤防から砂浜へ飛び降りた。ザクッザクッザクッと大股で砂浜を踏み鳴らし、撥香のほうへ近付いた。
「アホめ」
「アホやな」
残された攘之内と祥太朗は、渋粋の背中を眺めながら笑った。
二人は同じように並んで、同じ話を聞き、同じシーンを目にしたが、祥太朗は攘之内とは同じ心持ちではなかった。悪友が本気の恋をして、その想いを告げて実らせて喜ばしい。その反面、もう一人の悪友のことが同じくらい気に懸かった。
祥太朗は堤防に頬杖を突いて攘之内のほうへ顔を向けた。
「ジョー。お前、ハッカのことええんか」
「何が」と素早く攘之内から返ってきた。
「ゴーはハッカのこと妹みたいに可愛がっとるんやろけど、お前はちゃうやろ」
「まさか」
攘之内の返答は祥太朗の想定よりも端的で迅速だった。もし指摘されるようなことがあったらそうしようと用意していたみたいだった。
「イッキが、ツレが惚れた女やから諦めるんか。目を付けたのはイッキが先かも知らんけど、こんなもん順番ちゃうで。何もせんで諦めて、お前はそれでええんか」
「諦めるも何も、ハナから何もない」
すべては始めから決まっていた。始まる前から勝敗は決していた。持てる資質も実力も〝半身〟の如く対等でも、たった一つを取り合うなあらばそうはいかない。分け合うことのできない至宝を求めるならば雌雄を決するしかない。
攘之内は勝負から下りることを選んだ。否、選んだのは撥香だ。攘之内は撥香の目には渋粋しか映っていないことに誰よりも早く気付いた。同じように始まり、同じように隣に並び、同じように時間を過ごしても、撥香は渋粋のほうばかりを見詰めていた。
選ばれなかったことに悔いはない。奪いたいとも思わない。
――お前が幸せなら、俺はそれでええねん。
「何かあったとしても、忘れた」
「忘れたて……」
「タロ。忘れたんや」
祥太朗が見た攘之内の横顔は、苦い表情をしていた。呑み慣れた銘柄であるはずなのに。攘之内のような、威風堂々と、清廉潔白な、謹厳実直な、男がそのような表情をするのだから、祥太朗はそれ以上追及しなかった。攘之内が自身の内部で決着をつけたのなら、それでよかった。
「そーか。忘れたか。お前はイッキには勿体ないツレや」
「お前もな」
ハハハ、と攘之内は肩を揺すって笑った。
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