ベスティエンⅡ【改訂版】

花閂

文字の大きさ
上 下
130 / 135
#20:Home sweet home

Sea of night 02

しおりを挟む


 海のほうを向いて並んで座っていた渋粋シブイキ撥香ハツカは、背後に人が近付いてきた気配を感じて振り返った。
 攘之内ジョーノウチたちがビニール袋を手に提げて近付いてきた。

「ほら、買うてきたで、花火」

 攘之内は渋粋の後頭部にビニール袋をぶつけた。

「コイツ等ノロイさかい時間かかったわー」と祥太朗ショータローが言った。

「カメで悪かったな。こっちゃ二人乗りや」

「もう時期も終わりやからな、売れ残りっぽいヤツしかなかったで」

 祥太朗は渋粋と撥香との中間辺りに座り込み、ビニール袋を開いて見せた。

「花火かあ」と、撥香はビニール袋を覗き込んで嬉しそうに言った。
 渋粋は攘之内から受け取ったビニール袋の中身を確認したあと、不服そうな表情を攘之内に向けた。

「打ち上げが入ってへんで。しょぼいのばっかりやなー」

「売れ残りに文句言うな」

 渋粋と攘之内、祥太朗は声を上げて笑い合った。

「ハッカ。好きなのやってええで」

「やったー」と撥香は祥太朗からビニール袋を受け取って立ち上がった。
 渋粋は胸ポケットからライターを取り出し、ポイッと剛拳ゴーケンに投げた。剛拳はそれを宙で受け取った。

「行こ行こ」と撥香は剛拳の服を掴んで引っ張った。剛拳は撥香に引かれるまま、砂浜のほうへ二人で歩いて行った。

 渋粋と攘之内、祥太朗の三人は堤防から、砂浜の撥香と剛拳を眺めた。
 撥香は花火を振り回して遊び、剛拳は保護者のようにそれを見守る。
 空も海も真っ暗。漆黒のキャンパスに、火薬の煙と色とりどりのスパークが映える。撥香の色素の薄い髪の毛が揺れ動いてキラキラと輝いて見えた。
 アハハ、と祥太朗は堤防に頬杖を突いて肩を揺すって笑った。

「白人の美少女と大型犬の戯れを眺めとる気分」

「分かる」と渋粋と攘之内は声を揃えた。
 日頃は従順で面倒見がよく、時には主人の為に牙を剥く、剛拳の性質が犬のイメージであることは、三人の共通認識だった。

「ハッカは随分丸なったなあ」

「え。ハッカ肥えたか?」

「トゲが取れたっちゅう意味や。最初の頃はツンケンしとったやろ」

 パンッ、と祥太朗が渋粋の後頭部を叩いた。
 それから祥太朗は「そういえば」と続けた。

「ゴーがああして女と一緒におるのも珍しいな。ほかの女とは話しとるとこもあんま見いひん。ブサイクちゃうし、俺等と違て真面目やし、愛想よかったら女ウケ悪ないやろに、勿体ないなあ」

「ああ、まあ、フツーに喋ってんのはハッカぐらいやろな」

「なんでハッカだけ?」

 祥太朗は疑問を持ったが、攘之内には何となく理由が分かる気がした。
 今思えばそれは、兄と妹のような関係性。渋粋が断言したように、剛拳は撥香に対して下心など一切無かった。剛拳にとって撥香は、はじめて甘やかして守ることのできる存在だった。秀でた従兄弟・攘之内と常に自分を比較して、卑下し、低い評価しか与えられなかった男が、はじめて守ってやらなければいけないと使命感を覚えた。そして撥香も無意識にそれを求め、受け容れていた。剛拳と撥香が自然と互いに求めたのは、異性ではなかった。

「ハッカはトクベツやからな」

(よう特別とかサラッと言いよんな、コイツ)

 渋粋が笑いながらそう言い、祥太朗は横目で冷めた視線を送った。

「ハッカはもう大丈夫なんか?」

「あんだけはしゃいで花火しとるさかい今は大丈夫やろ、たぶん」

「今は?」と攘之内が聞き返した。
 渋粋は煙草を前歯に挟んでガジガジと後頭部を掻いた。

「あ~~……なんか意外と根が深そうっちゅうか。親父がドイツ人やから海が恐いんやと」

「はあああッ? ハーフか、ハッカ。それであの日本人離れした見た目か。ちゅうか、せやから海が恐いてなんやねん」

 パシンッ、と祥太朗はまた渋粋の頭を叩いた。学業が優れないことは最早詮無きことだが、日常会話の要点を押さえるくらいはしてくれ。
 攘之内はフーッと紫煙を吐き出した。それから一呼吸置いて口を開いた。

「納得した。ハッカのヤツ、たまに真顔で常識ハズレなこと言うしな」

「そこがええんや。見た目も中身も全部ひっくるめてハッカやからな」

 攘之内は、隣で煙草を咥えている渋粋の顔を横目で見た。じんわりと笑みが滲み出る横顔、声質、漂う雰囲気が、なんとなくいつもと少し異なる気がした。余裕があるような、浮かれているような……。
 だから、ああ、これは何かあったな、と確信した。

「イッキ。ハッカに言うたんか」

 攘之内から尋ねられ、渋粋は自分の手の平に目を落とした。其処には勿論、よく見慣れたいつも通りの右手。指を動かして拳を作り、グググと力を入れてみた。正常な動作だった。

「ダサイ話。……手が震えた」

 好きだと告げたあのときは、このような単純な動作もできなかった。自分の意思に反して先端が小刻みに震え、心臓の鼓動が胸を叩いた。何度何人と対峙しても、緊張を感じたことなどないのに。死ぬような目に遭っても、恐怖を感じたことなどないのに。
 このようなみっともない姿を撥香に気付かれなくてよかった。

「好きや言うだけでアホみたいにビビってしもた。アホ臭。初めてちゃうのに」

 渋粋は額を押さえ、顔をくしゃっと歪ませてはにかんだ。いつもみたいに白い歯を剥いて少年のような笑顔。耳が仄かに赤かった。
 祥太朗は渋粋の腿を膝で蹴った。

「ほんまの本気で惚れたのは初めてやったんやろ」

「今までさんざ女遊びしてきて、本気で告るのは初めてか。ガキ臭ァ」

「告白どころか初恋かもしれへんで。情緒がガキ」

「思春期」

 攘之内と祥太朗は口々に渋粋を嘲った。渋粋が照れ臭そうに弱味を露出することなど珍しい。チャンスとばかりに揶揄った。
 渋粋は何を思ったか堤防の上によじ登った。攘之内と祥太朗は、何をするつもりかと見守った。
 渋粋は深く息を吸い込んだ。

「ハッカァーーッ! お前が好きや! 大ッ好きや!」

 ありったけの大声を撥香にぶつけた。揶揄われるくらいなら堂々としてやろうという心算があったのか、ただただ気恥ずかしさを発散させただけか。
 渋粋の二度目の告白は、海風にも波音にも掻き消されることなく、砂浜にいる撥香に届いた。

「えッ! ええっ、なっ⁉」

 撥香は両手に花火を握り締めたまま顔を真っ赤にした。突然のことに混乱してその場にしゃがみ込んだ。とにもかくにも恥ずかしくて居たたまれないといった風で、嫌がっている素振りは微塵もなかった。
 剛拳はそのような撥香を見下ろしてフッと笑みを溢した。
 渋粋は堤防から砂浜へ飛び降りた。ザクッザクッザクッと大股で砂浜を踏み鳴らし、撥香のほうへ近付いた。

「アホめ」

「アホやな」

 残された攘之内と祥太朗は、渋粋の背中を眺めながら笑った。
 二人は同じように並んで、同じ話を聞き、同じシーンを目にしたが、祥太朗は攘之内とは同じ心持ちではなかった。悪友が本気の恋をして、その想いを告げて実らせて喜ばしい。その反面、もう一人の悪友のことが同じくらい気に懸かった。
 祥太朗は堤防に頬杖を突いて攘之内のほうへ顔を向けた。

「ジョー。お前、ハッカのことええんか」

「何が」と素早く攘之内から返ってきた。

「ゴーはハッカのこと妹みたいに可愛がっとるんやろけど、お前はちゃうやろ」

「まさか」

 攘之内の返答は祥太朗の想定よりも端的で迅速だった。もし指摘されるようなことがあったらそうしようと用意していたみたいだった。

「イッキが、ツレが惚れた女やから諦めるんか。目を付けたのはイッキが先かも知らんけど、こんなもん順番ちゃうで。何もせんで諦めて、お前はそれでええんか」

「諦めるも何も、ハナから何もない」

 すべては始めから決まっていた。始まる前から勝敗は決していた。持てる資質も実力も〝半身〟の如く対等でも、たった一つを取り合うなあらばそうはいかない。分け合うことのできない至宝を求めるならば雌雄を決するしかない。
 攘之内は勝負から下りることを選んだ。否、選んだのは撥香だ。攘之内は撥香の目には渋粋しか映っていないことに誰よりも早く気付いた。同じように始まり、同じように隣に並び、同じように時間を過ごしても、撥香は渋粋のほうばかりを見詰めていた。
 選ばれなかったことに悔いはない。奪いたいとも思わない。
 ――お前が幸せなら、俺はそれでええねん。

「何かあったとしても、忘れた」

「忘れたて……」

「タロ。忘れたんや」

 祥太朗が見た攘之内の横顔は、苦い表情をしていた。呑み慣れた銘柄であるはずなのに。攘之内のような、威風堂々と、清廉潔白な、謹厳実直な、男がそのような表情をするのだから、祥太朗はそれ以上追及しなかった。攘之内が自身の内部で決着をつけたのなら、それでよかった。

「そーか。忘れたか。お前はイッキには勿体ないツレや」

「お前もな」

 ハハハ、と攘之内は肩を揺すって笑った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ベスティエンⅢ【改訂版】

花閂
ライト文芸
美少女と強面との美女と野獣っぽい青春恋愛物語。 恋するオトメと武人のプライドの狭間で葛藤するちょっと天然の少女と、モンスターと恐れられるほどの力を持つ強面との、たまにシリアスたまにコメディな学園生活。 名門お嬢様学校に通う少女が、彼氏を追いかけて地元で恐れられる最悪の不良校に入学。 女子生徒数はわずか1%という環境でかなり注目を集めるなか、入学早々に不良をのしてしまったり暴走族にさらわれてしまったり、彼氏の心配をよそに前途多難な学園生活。 不良たちに暴君と恐れられる彼氏に溺愛されながらも、さらに事件に巻き込まれていく。 人間の女に恋をしたモンスターのお話がハッピーエンドだったことはない。 鐵のような両腕を持ち、鋼のような無慈悲さで、鬼と怖れられ獣と罵られ、己のサガを自覚しながらも 恋して焦がれて、愛さずにはいられない。

先生と僕

真白 悟
ライト文芸
 高校2年になり、少年は進路に恋に勉強に部活とおお忙し。まるで乙女のような青春を送っている。  少しだけ年上の美人な先生と、おっちょこちょいな少女、少し頭のネジがはずれた少年の四コマ漫画風ラブコメディー小説。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ほどけそうな結び目なのにほどけないね

圍 杉菜ひ
ライト文芸
津賀子さんに迫り来るものとは…… 紹介文 津賀子は小学一年生の時以来と思われるソナタさんとトイレで偶然に再会した。この再会により津賀子は大変な目に……。

アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓
恋愛
 女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。  零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。  接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。  零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。 ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。  それに気付き、零児の元から走り去った響季。  そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。  プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。  一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。  夜の街で、大人相手に育った少年。  危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。  その少女達は今や心が離れていた。  ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!  そうだVogue対決だ!  勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!  ひゃだ!それってとってもいいアイデア!  そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。 R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。 読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 検索用キーワード 百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ

ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした

黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。 日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。 ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。 人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。 そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。 太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。 青春インターネットラブコメ! ここに開幕! ※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。

処理中です...