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#14: Visitor
Visitor 01 ✤
しおりを挟む下校時刻。私立荒菱館高等学校正門前。
校門前の道路に数台の黒塗りの高級車がズラリと並ぶという見慣れぬ光景を、幾人もの生徒たちが物珍しそうにジロジロと不躾な視線で観察しながら横切っていく。興味津々だが実際に手を出そうとはしないのは、自動車そのものもだが車内にいる黒服たちに威圧感があるからだろう。
自動車の窓には黒いシェードが貼られており、車内を覗けない仕様になっている。そのため誰も気が付いていないが、なんとその車の一台には荒菱館高校の元序列第二位である羽後鶴榮が乗車していた。
鶴榮は後部座席の革張りのシートに深々と沈み、煙草を燻らせていた。鶴榮の前には一人の少年が座していた。
その少年は、無精髭を蓄えサングラスをかけ普段着で煙草を咥えている鶴榮とはとても不釣り合いな人物だった。上機嫌に車窓の外を眺めており、その横顔はまるで彫刻のように端正。微笑む表情は少女と見紛わんばかりの白皙の美少年。学生服を着用していなければ少年と判断するのも難しい。
「こんなヒゲ面の男拉致るとはええ趣味しとるな、津伍」
鶴榮が呼び掛けると、美しい少年は窓に向けていた顔を引き戻してニコッと微笑んだ。
「今日、お店定休日なんやろ。たまには遊んでや」
「ワシなんかに構て何が楽しいんや、お前は」
「オレ、ツル君のこと好きやもん。好きな人と遊びたいっちゅうのは当たり前のことやろ」
「お前が男やなかったらもちっと嬉しいけどなァ」
「つれへんなー。折角ヒマ作って遊びに来たのに」
鶴榮は煙草を唇に挟んだままククッと笑った。
「お前の本命は撥やろ。構ォてほしいんやったらガッコに張り込むなんか回りくどいことせんでも、素直に連絡取ったらええ」
「久々なんやから驚かしたりたいやん、サプラーイズってな。ま、ハツ君の驚く顔なんかそうそう見れへんケド」
「サプライズなあ。急に出てってカノジョとの時間邪魔せんほうがええ思うで。撥は今カワエエカワエエカノジョにお熱やからな。キレさしたらお前でもシカトされるくらいじゃ済まんで」
津伍は「え」と零して眉を顰めた。
「中学生の子と付き合うてるって話は聞いたけど、まだ続いてんの? あのハツ君が?」
津伍は鶴榮のほうへズイッと首を伸ばした。鶴榮は車窓の外、つまり校門を親指でクイッと指した。
「もう高校生や。今年から荒菱館に通うとる」
「ハツ君が一人とそんなに続くなんて珍しい。へぇ~~。それは見てみたいな~」
津伍が妙に含みのある言い方をしたことに、鶴榮は勿論気付いた。片方の眉を引き上げた。
「お前なァ、妙なことして撥に嫌われてもワシはフォローしたらへんで」
「冗ー談。オレはハツ君のこと、大好きやで」
津伍はシートに背中を投げ出してアハハと笑った。
禮と杏は、二人並んで楽しそうにお喋りをしながら校門から出てきた。
「禮、今日の英語の小テストどうやった?」
「んー。2つ間違えた」
「2つだけっ? 天才やん!」
「大袈裟やよ」
禮と杏は、進行方向からザッと人の足音、数人の気配を感じてはたと足を停めた。
顔を上げるとやはり数人の男たちがいた。いたというよりは、二人の行く手を阻むように横並びに展開していた。学生の学舎には不似合いな揃いの黒いスーツ姿であり、オマケにそのスーツがパツパツになるほど鍛え上げられた肉体。どう見ても通りすがりのサラリーマンには見えなかった。
「御嬢様方。今から少々お時間を頂けますか」
杏の常識に照合すると「御嬢様方」などと切り出してくる事態は尋常ではない。杏はすぐさま怪訝な表情をして禮の腕に手を置き、小声で話しかけた。
「コイツら何者なん。禮の知り合い?」
禮は「知らない」とふるふると首を左右に振ったが、杏ほど警戒はなかった。禮がかつて通っていた御嬢様学校では、こういう人たちを見かけることはそう珍しくはなかった。
「何の用ですか?」
「主人がお時間を頂きたいと申しております」
禮は素直に「主人?」と聞き返したが、杏がグイッと制服の袖を引っ張った。
「やばいやばいやばい。なんか意味分からへんこと言うてるやん。校門で待ち構えてるなんて絶対怪しいで。相手せんほうがええって。もう行こう」
「そうかなあ。ちゃんとした恰好してはるよ。それにウチらがついてかへんかったらこの人ら、主人さんに怒られるんちゃう?」
「そんなんウチらの知ったことちゃうやろ。アンタそんなんやから近江さんがああやねんッ」
禮はキョトンとして「ああって?」と聞き返した。
通常の場合、恐らく杏の判断のほうが正しい。禮はかつての御嬢様学校の環境、つまり通常ではない情況に変に慣れてしまっているの所為で危機感がなさ過ぎる。揃いのスーツとサングラスの集団に突然話しかけられたら怪しむのが当たり前だ。真面に話など聞かず走って逃げてもよいくらいだ。
「れーいちゃん」
禮は聞き覚えのある声だと思い、そのほうへ目を向けた。ピカピカの高級車の窓から手を出して振っている鶴榮が見えた。
鶴榮に手招きされて杏も警戒心を解いた。禮と杏は黒塗りの高級車の中に足を踏み入れた。
後部座席は片側にソファのようなシート、反対側にはテーブルが配置してある。二人が乗り込むとそのテーブルの上には直ぐさま飲み物が用意された。車体が長いだけあって車内は広々としており、四人で座しても狭さは感じなかった。
杏は生まれて初めて体験する高級車にカチコチに緊張してしまい、革張りのスベスベのシートに腰掛けても深く沈み込むことなどできやしなかった。
「いきなり厳ついオッサン等に声掛けられてビックリしたやろ」
鶴榮から話しかけられ、杏は咄嗟に「はっ、はい」と上擦った返事をしてしまった。
鶴榮がこれまで見てきた人間たちのなかでは杏はとても正直な部類に入る。鶴榮には杏の心境が透けて見えるようですらあり、少し笑いながらグラスを傾けた。
杏は自分と引き換え少しも緊張した様子が無く、寧ろ慣れている感さえある鶴榮を流石と思わずにはいられなかった。
しかしながら、鶴榮が此処にいる理由よりももっと気になっていることがあった。鶴榮の隣に座っている少年――――彼は一体何者なのか。
「今日は撥はくっついてへんのか」
鶴榮が尋ねると、禮は「うん」と歯切れよく答えた。
「ハッちゃん、小テストの点数あかんかったからペナルティなんやって。プリントやらな帰られへん言うてたよ」
「へぇ。よう撥がそんなモン素直に受けとるな」
「帰ろうとしてたさかいあかんよってウチが止めた」
禮は少々誇らしげにえっへんと胸を張った。
杏は、鶴榮と談笑している禮の隣から少年をジーッと見詰めた。ふと少年の顔が此方を向いた。彼の視線は杏を通り過ぎ、禮で止まった。
「ハツ君の今カノ?」
鶴榮も杏も少々険のある質問の仕方だと思ったが、当の禮はアッサリと「うん」と答えた。
「ウチ、相模禮です。荒菱館の一年生です」
「オレは津伍、中三。宜敷してなぁ、禮ちゃん?」
大己貴 津伍[オオナムチ シンゴ]――――
彼は厭が応にも目を引く容貌だった。色素が薄く朱色に近い髪の色、陶器のような白い肌、そして性別を判別しがたい独特の雰囲気を持った美麗な顔立ち。
容姿だけではなく彼が放つ雰囲気も何処か近寄りがたい。愛想良く笑っているときでも、常人では持ち合わせていない優雅で高貴な気品のようなものが漂っている。
目の前にいるのに、この世のものではないかのように錯覚する。
「えーと、鶴ちゃんとハッちゃんの……友だち?」
禮のほうから聞き返されると、津伍はニコッと微笑んだ。
「オレはハツ君の今カレかな」
なんですと? 鶴榮はブッと飲み物を噴き出した。そして爆笑してしまわないように口を押さえて腹を抱える。
鶴榮の態度にしても津伍のしれっとした表情にしても質の悪い冗談なのだろう。杏は微妙な表情をするしかなかった。そのような冗談を言って何が面白いというのだ。
「っ…………」
しかしながら禮はそれを冗談とは受け取らなかったようだ。目を見開いて硬直してしまった。純粋培養で信じやすいのにも程がある。
心配になった杏は「ちょっと?」と禮の腕を揺さぶってみた。
「あ、せやけどハツ君のほうが男役やからオレもカノジョっちゅうことになるんかなぁ? 役割がかぶってしもたなー。こうなったらオレ等、ライバル同士っちゅうことになるんかな、禮ちゃん」
禮は真剣な面持ちでキュッと拳を握り締めた。
「ラ、ライバル……! カノジョもカレシもいてるなんて……これは浮気……?」
あーあー、もうこれはかなり真に受けてしまっている。
流石に杏は絶句して額を押さえた。鶴榮に至ってはもう爆笑を我慢するのが限界近く、全身が震えている。
津伍は余裕満面、禮に対してニッコリと微笑みかけた。
「ほな、ライバルらしく、どっちのほうがハツ君のカノジョに相応しいか勝負でもしてみる? カノジョなんやからカレシの一番になりたいのが当たり前や」
禮は前のめりになって「うんっ」と素直にコクンッと頷いた。
津伍は満面の笑みでピッと人差し指を立てた。
「どっちも女役なワケやから、どっちのほうがエエ女か勝負するっちゅうのはどや?」
「はぁっ⁉」
大きな声を上げたのは杏だった。眉をひん曲げて津伍を睨んだ。
「ナメんなよお坊ちゃん。男と女で勝負になんかなれへんわ!」
「へぇ、そっちこそ自信満々やん。勝負しよって言い出すからにはオレも自信あれへんワケやないんやで?」
「上等や! 禮が男に負けるワケあれへんやろー!」
「ア、アンちゃん……💦」
「だーははははははっ‼」
車内に響く鶴榮の笑い声。今の今まで沈黙を貫いていると思ったらまだ笑いを堪えていたのか。
こうして現役女子高生と男子中学生との、世にも奇妙な対決の火蓋が切って落とされることとなった。
§§§§§
〝イイ女対決〟開催急遽決定。
津伍は顔立ちは端正だが生物学的には紛れもなく男児であり、現在も学生服を着用している。言うまでもなく準備が必要だ。一行はファッションビルが建ち並ぶ地区へと車を走らせた。
津伍は自分だけ入念に準備をするのはアンフェアであるとして、禮にも準備をする猶予を与えてくれた。禮にも時間が許す限り好きなだけ着飾ってよいと言う。しかも資金は津伍持ち。やはり想像通り大変なお金持ちであるのだろう。
約束の刻限を決め禮、杏、鶴榮の三人を降ろし、津伍は車で走り去った。
自分のセンスに自信の持てない禮は、服装のチョイスを杏に任せた。ノースリーブのトップスに透けるシフォンのカットソー、極め付けは生足に大胆なミニスカート。制服のスカートよりも短いものは持っていない禮は恥ずかしそうに何度もスカート丈をチェックする。
「え~~、スカート短かない?」
「これくらい当然や。もっと短いの履いてる子もいてるやん。禮の本気を見せるときやで。あんな小生意気なボンボンに負けたないやろ! ウチは負けたないッ!」
禮の制服以外のスカート姿など滅多にない。健康的な白い太腿が眩しい。サングラスをしていても神々しいくらいだ。鶴榮は心の中で合掌していた。
(眼福✨)
杏は両の拳を握って闘志を燃やしていた。
「徹底的に負かしたるからなあのボンボン~~」
「何でアンちゃんそんなに燃えてるん」
「あーゆー鼻持ちならへんボンボンはギタギタにしたりたい」
「あっはっはっ。正直やなァ」
鶴榮は脇腹を押さえて大笑い。
約束の刻限。
禮と津伍は街中のオアシス・中央公園で再び相見えた。芝生で囲まれベンチや腰掛けられる石壇が等間隔に配置してあり、ほぼ中央には広場を擁している。公園内には買い物途中の人や暇を持て余す人などがちらほらと見られる。
禮と津伍は広場のど真ん中で対面した。私服姿へと一変した禮を目の前にしても、津伍は余裕のある表情を崩さなかった。寧ろ自信満々といった感じで両手を腰に当てて堂々としている。
「どっから出したん、女子の制服なんか」
杏は津伍の姿をジーッと観察する。
恥ずかしげも無く女子の制服を着て、髪の毛はウィッグで長くし、顔にはうっすらメイクまで。これは宣言するまでもなく全力で本気だ。しかもお世辞ではなく見事に少女にしか見えないクオリティに仕上がっている。
「コレ、うちのガッコのやから。自分のガッコの制服持ってて当然やん」
「フツー男が女の制服持ってへんやろ!」
「ま、ええやん。似合うやろ?」
津伍は自信満々でウフフと微笑みながら髪の毛に触れた。確かに似合っているがその過分な自信は杏を刺激した。
「お前の自信はほんま大したモンやな」
「見目はオレの財産の一つやから」
鶴榮は半ば感心。津伍は恐縮することなく誇らしげに言明した。
杏は津伍の前に仁王立ちになり、挑発的に腕組みをした。
「で、エエ女なんてどーやって決めるん、ニセモノくん。アンタもニセモノにしてはガンバってるけど、本気出した禮のほうがカワエエに決まってるで」
「ほんまモンかニセモンかなんか大した問題ちゃう。こんっなにカワエエんやから」
――ムカッ💢
突発的に拳を握った杏を、禮が慌てて宥めた。
この白皙の美少年は、とかく正確に杏の神経を逆撫でしてくれる。杏の気性が挑発的であることも相俟って相性がよろしくないらしい。
津伍は人差し指をピッと立てた。
「男と女は所詮オスとメス。オスもメスもより優秀な個体に惹きつけられるもんや。エエ女には男がぎょうさん寄ってくるのが自然の摂理。つーまーり、より多くナンパされたほうがエエ女っちゅうことや」
津伍の出した要件を聞き、杏の口からはフッと吐息のような笑みが零れた。
「勝った」
突然の勝利宣言。意表を突かれた禮は「えっ⁉」と杏の顔を見た。
杏はクルッと禮のほうへ向き直り、肩を掴んだ。
「禮。アンタ、普段からただ立ってるだけでようナンパされてるやん」
「イヤ、そんなされへんけど」
「分かりやすい大通りで道訊かれたり、知らん男から話しかけられたり、オッサンが近寄ってきたりしてるやろ」
「道訊かれるのはナンパちゃうやん?」
「ナンパや! アンタがニブくて気付いてへんだけやッ」
(禮ちゃん自覚ナシかー。撥の苦労が目に浮かぶのォ)
鶴榮は禮の横顔を眺めて「うーん」と唸った。可愛い恋人を持った以上、避けられない事態とはいえ渋撥の苦労が忍ばれた。
「とにかく目が合った男にニコニコしとき。そしたら向こうから寄ってくる」
「知らん人にニコニコなんかでけへんよ~……」
「四の五の言わんとやれッ!」
メラメラと津伍への闘志を燃やす杏に逆らうことなど禮にはできなかった。
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