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#12:Bill to pay for the laziness
Which side are you on ? 02
しおりを挟むB組とC組の教室は隣り合っておりベランダは繋がっている。禮はベランダを抜けてC組の教室へと逃げ込んだ。
杏はそれを見るなり自分の席から禮の許へ駆け付けた。禮が全力疾走でベランダから駆け込んでくるなど只事ではないと察知したのだ。話を聞けば渋撥が教室に乗り込んできたというのだから本当に只事ではなかった。
禮と杏はベランダ入り口付近にしゃがみ込んで身を隠しつつ、B組の様子を窺っていた。B組で沸き上がる歓声が此処まで聞こえてくる。事細かな内容までは聞き取れないがこの学校の男たちが騒ぐなど想像に難くない。
騒動に惹かれてC組から数人の生徒がベランダ伝いに隣のクラスの様子を覗きに行った。そのなかの一人が戻ってきたので、杏は彼に情況を尋ねてみた。
「どんなかんじやった?」
「何かオオゴトになってんで。新入生代表VS絶対王者っちゅうカンジや。アイツ等、近江さんに楯突くとかアホちゃうか。ちゅうか近江さん一人やけど、人数で勝っても何も意味ないな。アイツ等ボトボトにやられとるで」
はあ~~、と禮は深い溜息を吐いて天を仰いだ。
「ハッちゃん短気やからなあ」
「あ、虎徹のヤツもうダウンしてるで。根性ないなアイツ」
「無茶言うな。あんなごっついパンチ、モロに喰らって平気しとけるワケないやろッ」
渋撥の攻撃を一度でも真面に受けてしまったなら、常人は戦意喪失するのが当たり前だ。それなのに虎徹も幸島もダメージの残る体で立ち上がり、由仁たちは渋撥の脅威を目にしたあとでも加勢した。本来ならしがない新入生である彼等が王様に反抗する理由はない。理由があるとしたら、禮があとを頼むと言ってしまったから。
「ウチが咄嗟に逃げてしもたさかいみんなに迷惑かけてしもた……」
しょんぼりとした禮が両膝を抱え、それを見た杏は禮の背中をパンッと叩いた。
「なに言うてんねん。ウチは迷惑なんて思てへんで」
(お前はドツかれてへんからな)
杏のクラスメイトの彼は心中を口に出さなかった。
「もしアイツ等が、ガッコ中の男共が、近江さんのほうについたかてウチは禮の味方や。ウチだけは何があっても味方でいたる」
杏は禮の目を真正面から見据えて力強く断言した。
「浮気した男の顔なんか見たなくて当然や。禮がいま近江さんに会いたない言うなら会わんでええ。禮は近江さんのカノジョで対等なんやから、何でも素直に言うこときくことないねん。イヤなことされても許さなあかん義務なんかないねん。ここの男共は誰も近江さんのすることに文句言わへんやろし、従うのが当然と思っとるやろけど、禮は自分の好きなようにしてええねん」
禮は自信なさげに「そーかな……」と零した。
杏はクラスメイトを親指でビッと指した。
「コイツなんか近江さんに命令されたら何でもするで」
「ちょっ、オマッ!」
さて、B組の情況はどうなったかと杏が視線を戻すと、丁度渋撥がベランダにぬっと姿を現した。肩を怒らせて接近してくる渋撥はまるで鬼のように見え、口からヒエッと悲鳴が漏れそうになったのを呑み込んだ。
杏は慌ててベランダから離れるように禮をドンッと突き飛ばした。
「あかん! アイツらもうやられよった! 近江さんこっち来るッ」
「えぇっ⁉」
「とりあえず禮は東棟のほう行き。あっちはセンセエがぎょうさんいてるさかい近江さんも派手なことでけへんやろ」
禮は従順にコクコクと頷いた。
「うっ、うん、分かった。アンちゃんは……」
「ええから早よ行きッ」
杏は顎で頻りに行けと合図した。恐らく今の渋撥は非常に機嫌が悪いから、禮は杏を残していくのが気懸かりだった。しかしながら、男だらけのこの狭い世界において自分の味方でいてくれるという杏の決意を無視することもできない。彼女の気持ちを汲んでその場から駆け出した。
禮は男子顔負けの駿足の持ち主だ。ベランダから廊下側の教室出入り口まで一瞬だった。
「コラ禮ィーーッ‼」
渋撥の怒声が教室中に響いたが、禮は一目も振り返らず決して足をとめなかった。
渋撥のすぐあとに美作も教室に足を踏み入れたが、そのときにはヒラリとセーラーの襟だけが見えた。
「また逃げられたかー……」
美作は「はぁー」っと深い溜息を吐いた。
一切姿を捉えられないならまだしも、セーラーの襟がヒラリヒラリと視界を掠めるのが、捕まえられるものならやってみろと挑発されているみたいだ。無論、禮自身はそのようなつもりはまったくないだろうけれど。
「オイ金髪」
「ハイッ!」
名前を呼ばれなかったが杏はスグに自分のことだと分かった。緊張した声で即座に返事をした。
渋撥は、ベランダのドア付近にしゃがみ込んでいる杏を長身から見下ろした。
「禮はどこ行った」
一対一で声をかけられただけで心臓が跳ねた。目と目が合っただけで心臓が停まりそう。沈黙している間中、心臓を直接握られている気分。クラスメイトを小馬鹿にしてああは言っても、王様と実際に対峙すれば萎縮する。圧倒的武力差は当然に恐ろしい。
杏はゴクッと生唾を嚥下した。
男だらけで弱肉強食で味方の少ないこの狭い世界で、何者を敵に回しても禮の傍にいる決意をした。王様と雖も相手はたった一人。自分と同じたった一人でしかない。恐くない、恐くない、と自分に言い聞かせた。
「知りまへん」
杏の答を聞いて、美作は明らかに意外そうな表情をした。大の男でも怯んでしまう強面の渋撥に対して真っ向から「NO」と断言できる女など禮以外にはいないと思っていた。
その胆力には感心するが、腹の虫の居所が悪い渋撥への反抗は男女ともに得策ではない。その証拠に一年B組の男子生徒は是非もなく殴り飛ばされた。
「アンちゃん、知っとるなら教えてくれへんかなー。禮ちゃんと近江さんがこじれても周りに何もええことあれへんで。禮ちゃんがちゃんと話聞いてくれれば近江さんも収まりはる」
「ほんまに知りまへん」
杏はキッパリと言い切った。美作がやんわりと諭そうとしてくれていることは伝わっているが、優しいからといって絆されるわけにも、恐ろしいからといって従うわけにもいかなかった。
渋撥は忌々しげに眉間の皺を深くした。杏の目を見ればピンと来る。決して口を割らない。決して禮を裏切らない。女一人脅すのは容易いし、殴るのはもっと容易い。しかしながらそうしたところで得るものはない。
渋撥の纏う空気が一層ピリッと張り詰め、杏は身を強張らせた。
ガッシャァアンッ!
渋撥は教室側からベランダのドアを蹴破った。ドアがサッシから外れて吹っ飛び、ベランダの柵に激突した。その衝撃で窓ガラスが粉々に弾けた。
大小のガラスの破片がベランダ中に飛び散り、陽光を受けてキラキラと目障り。それはまさに八つ当たりの残骸。
悲鳴こそ上げなかったものの半ば愕然としている杏に「チッ」と舌打ちが降ってきた。
「女の友情も捨てたモンやないな。……クソ、苛々する」
渋撥は杏を一瞥することもなく唾棄するように言った。禮が消えていった廊下側の教室出入り口へと方向転換した。
杏がポカンと口を半開きにして渋撥の背中を見詰めていると、美作が手を差し出してくれた。特に何も考えずに条件反射でその手に捕まると、今度は嘆息が降りかかった。
「あーあ、アンちゃんも禮ちゃんの味方かあ……。何でみんな近江さんに楯突いてまでソッチにつくかな」
美作の口振りは厭味っぽくはなかった。攻めている風でもなかった。呆れているようだった。しかしながら、何処か面白がっているような気もした。
美作は杏を引き上げ、肩の上に乗っていたガラスの細かな欠片をポンポンと払ってやった。それから「ほな」と簡単な別れを告げてクルリと背を向けた。
禮のあとを追う渋撥のあとを追った。渋撥の姿すらもう此処にはない。禮にはいつになったら追い付くのだろう。追い付いたところで禮を宥め賺すなど渋撥にできるのだろうか。
あの傍若無人の王様に、絡まった細い糸を断ち切らないようにそっと優しく解くなんて所業ができるとは到底思えなかった。
キーンコーン、カーンコーン。
時限の開始を告げるチャイム。禮の逃亡劇は四時限目突入していた。
禮は杏に教示された通り、東棟へと向かった。北棟と東棟の連結部にして境目、一階の学生食堂まで辿り着いてクルッと後ろを振り返った。追っ手のすがたは無かった。追ってくる気配もナシ。やっと足を止めてホッと一息吐いた。
少し気分が落ち着くと急激に頭が冷えてきた。美作に宛てたメッセージの文面、渋撥から逃げ出した態度、自分を逃がす為の犠牲、授業を放棄してまで逃げ続けている現状、冷静に振り返ると大いに後悔しかない。
禮は頭を抱えてその場に蹲った。
(あああ~っ💦 勢いでハッちゃんから逃げてしもたけど、これからどうしよ~。ハッちゃん怒ってたなあ。だって完璧避けてしもたもん。避けたいうか全力ダッシュで逃げたやん! あんなん怒って当たり前やん。ちゅうかウチの所為でみんなハッちゃんに殴られてしもた。何て言うて謝ろ……うーん。……みんなに謝らなあかんし教室戻ろかな。それにカレシと気まずいくらいで授業サボったらあかんよね。せやけどハッちゃんにはまだ会いたないなあ)
禮は揃えた膝頭の上に顎を置き、嘆息を漏らした。
「ちゅーかいつまで逃げる気……ウチ」
嘆息と共に漏れたのは本音だ。それは誰もいない廊下にポツンと落ちた。響くことも、誰かに拾われることもなく、ただ床に落下して、雪みたいに融けて消えた。
逃げている自覚は勿論ある。逃げても何も解決しないし事実が変容することもないと頭では理解している。しかしながら、心も体も恐怖に対して馬鹿正直に反応してしまう。
面と向かってしまったら真実を訊かなければならない。知りたくない真実だとしても訊かなければならない。すべてを知りたいのに、真実を知ってしまうのは恐ろしい。真実がいつも必ず自分の期待する通りだとは限らない。
「ハッちゃん、浮気してる?」――――あのとき何も恐れずに無防備に口にした同じ質問をしたら、今度は正反対の答が返ってくるかも知れない。それを聞きたくないから逃げている。
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