ベスティエンⅡ【改訂版】

花閂

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#12:Bill to pay for the laziness

Tell a lie. 02

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 翌日の昼休み。私立荒菱館コーリョーカン高校、学食にて。
 レイアンズは昼食を終え、食器を返却したのち、残った休み時間をお喋りに費やしていた。
 杏の関心事は、一日経ってもやはり渋撥シブハツの不審な行動についてだった。尤も、当の禮は少しも不審がってはいないのだけれど。昨日、あれほど教室で話題にされても帰宅してしまえば特段気にしなかった。渋撥とはいつも通りの熱量のメッセージを交わした。

「なァ、昨日あれから近江オーミさんから連絡あった?」

「うん。寝る前にメッセ来たよ」

「メッセだけ? 何て?」

「いつも通り。オヤスミとか」

「それだけ?」

 杏は紙パックのジュースのストローを咥えて難しい顔をしていた。ストローを吸ってペコッと剽軽ひょうきんな音を鳴らした。
 禮はまた「うん」と答えた。それから昼食のデザートにと購入したプリンをスプーンですくって口に運んだ。
 杏は、甘いものに有り付けて上機嫌の禮を呆れ顔で眺める。

「何で電話出えへんかったの、とか訊けへんかったんか?」

「別に用があったワケちゃうし」

「用があるかないかが問題ちゃうやろ。出えへんかった理由が重要なんやろ」

「たまたま何かしてたのかも」

「何かって?」

「うーん。例えばお家でご用事あったとか」

「アンタ、ホンマに近江さんが浮気するなんてこれっぽっちも思てへんのか」

 杏はやや大きめの声で否定的に言った。浮気心が微塵も無い男はいない、裏切る可能性がゼロの安心案件などない、と杏は信じている。禮にも危機感を持ってほしい。
 杏は、のほほんとプリンを食している禮を見ていると力が抜けてきて「はあ」と溜息を吐いた。
 禮はふと食堂を見回し、見知った人物を発見した。美作ミマサカ曜至ヨージが、食堂入り口付近に設置されている自動販売機で何やら購入しているところだった。
 禮が手を振ると、自動販売機の受け取り口から缶ジュースを取って頭を上げた美作が気が付いた。曜至と一緒に禮と杏のテーブルに近付いてきた。

ジュンちゃん曜至くん、こんにちは」

 禮が笑顔で挨拶し、曜至は自分の口を手でパッと覆った。

「コンニチワだと。このガッコでこんな丁寧な挨拶初めて聞いたぜ」

「イヤ、こんにちはってフツーの挨拶やろ。曜至君は荒菱館に毒されすぎや」

 美作は妙なことに感心している曜至は放っておいて、禮へと顔を引き戻した。

「今日は学食か」

「今日はいうか毎日学食やよ。お弁当作るのめんどいもん」

「アハハ。レイちゃんも女のコやからな、朝はオシャレが忙しいて弁当作ってる時間なんかあれへんか」

「ううん。ギリギリまで寝てるから」

 禮と美作が他愛もない会話をしている最中、杏ははたと曜至と目が合った。無論、向こうも此方を見ていたからだ。
 曜至は自分の顎を触りながらジーッと杏を注視していた。それは値踏みするような視線だったが、最上級生と直面してピーンッと緊張した杏にはそのようなことは気にならなかった。

「お前も一年か?」

「ハ、ハイ! ウチ、桜時オージアンズ言います。よろしくお願いしますっ」

「今年の一年は豊作だな」

 曜至がニッと笑った理由は、杏には分からなかった。
 美作は曜至の発言を聞き漏らさなかった。すぐに曜至と杏との間に腕を伸ばして差し入れた。

「こらこらこら。この子はダメやで、曜至君」

「あんだよ。お前のオンナか」

「この子はレイちゃんの大事なトモダチやねん。手ェ出すのはナシや」

「近江さんのオンナの関係者ならちょっと面倒臭ェなー」

 曜至が好色家で手が早いことは荒菱館高校では周知の事実。美作は曜至の魔手が伸びる前に先手を打った。
 曜至の女遊びを咎める気はないし、逐一監督するほど暇ではない。しかしながら対象が禮の友人となると話は変わってくる。友人が傷付けば禮が悲しむことは必至であり、禮が悲しめば渋撥の不興を買うことも想像に難くない。そうなれば多かれ少なかれ美作には面倒な事態なのだ。曜至がどうなるかは正直どうでもよい。彼の所業によって自分が負担を負う羽目になるのは御免被る。
 曜至は美作の介入によりひとまず杏への興味は失せた。禮のほうへ体を向けた。

「お前は何でガッコにいんだ?」

 曜至からポンッと投げかけられ、禮は咄嗟に「え?」と零した。曜至の表情からも目付きからも悪意は感じられなかったが、問いかけ方は不躾だった。

「近江さん今日も朝から見かけねェからよ。てっきりお前と引き籠もってるもんだと思ってたぜ」

「今日も?」

「つーか、ここ最近ガッコにいねェほうが多いだろ」

 今日も――その一言に引っかかり、禮は即座に聞き返した。曜至から返ってきた言葉はさらに予想外のものだった。学校にいないことが多いなど、渋撥から聞いていない。
 否、聞かなかったのは自分のほうだ。渋撥はお喋りが得意な性格ではなく、自分から話を拡げることや自身に関する話をあまりしない。性格を知っているのに聞かなかった。
 美作は曜至の腕を引っ張って禮と杏から少し引き離した。二人に背を向けて小声で話し始めた。

「ちょお、曜至君。何でレイちゃんに訊くねんな」

「あ? ダメなの?」

 ダメダメ、と美作は当然のように言った。

「あー……。他のオンナと遊んでっからガッコ来てねェのか。近江さんに俺が知らねェオンナがまだいたとはな。ンな器用だとは思ってなかったぜ。お前は見たことあんのか美作」

「あれへん。ちゅうか近江さん今はレイちゃんの他にオンナなんかいてへん」

「絶対にいねェって言い切れんのか」

「…………」

 美作は苦々しい表情をして黙り込んで宙を仰いだ。
 つんつん、と背中を突かれた感触がして、美作は背後を振り返った。大きな黒い瞳を真っ直ぐに自分に向けてくる禮と目が合った。

「ハッちゃん、女の人と一緒にいてんの?」

 完全に的を射ている質問。それに正直に答えることは想像力に欠けるというものだ。渋撥は怒り、禮は悲しむシーンが容易に想像できた。
 美作は回答から逃れるように、杏のほうへと視線を滑らせた。

「話、聞こえとった?」

「まあ、その……そこそこ」

 杏は美作から顔を背けて言いにくそうに答えた。
 美作は苦しい笑みを湛えるばかりで口を噤んでしまった。禮は美作から曜至へと目を動かした。

「ハッちゃんて、浮気する人?」

「浮気心のねェ男はいねェ」

 美作とは異なり、曜至は即座に、そしてキッパリと断言した。

「しようと思ってなくてもイイ女が目の前通れば反応すんのが男っつーモンなんだよ。しょうがねェーだろ」

 曜至には美作のように気まずそうにする素振りも、まったく悪びれる様子もなかった。ズボンのポケットに両手を突っ込み、寧ろ何が悪いといった態度だった。
 美作が禮と曜至の間に割って入った。禮と向き合ってすぐにそれと判る愛想笑いをした。

レイちゃんみたあなステキなカノジョがいてんのに近江さんが浮気しはるワケないやん」

「そんなおべっかで誤魔化せるかよ。コイツ学年首席なんだろ。今の情況で疑わねェとかバカだろ」

 曜至は禮を指差し、やはり偉そうに放言した。禮にしても褒められている気はまったくしなかった。寧ろ莫迦にされかけたような気がする。

「曜至君、レイちゃんイジメて楽しいか」

「俺は正直なだけ」

 曜至の豪胆さは美作の批難がましい視線もものともしなかった。クラスメイトとはいえ年下に遠慮する性格ではない。


 四人で話している内に、あっという間にそろそろ昼休みが終わるという時分になった。美作と曜至は午後の授業が始まろうと気にするタチではなかったが、真面目な禮はそうはいかない。禮が教室に戻ると言って腰を持ち上げ、四人は連れ立って食堂から出た。
 食堂と校舎エントランスホールは距離が近い。食堂から通路に出た禮がふとエントランスホールへと目を向けると、真っ白の学生服を着た荒菱館の生徒が一人、入ってくるところが見えた。ズボンのポケットに両手を突っ込みながら歩く、とても高校生には見えない人相をした長身かつ大柄な男――渋撥だった。
 渋撥も禮たちに気付き、足を停めた。美作へジロリと睨むような目付きを向けた。

「お前ほんま俺のいてへんとこでレイと会うとるな」

「狙ってやっとるんちゃいます。同じガッコなんやから偶然会うことなんかなんぼでもありますがなっ」

 美作の言うことは尤もであり、無論禮への下心などあるはずもなかった。彼は渋撥に忠誠を誓っており、異性への邪な気持ち程度のもので折角獲得した信頼を裏切るような暗愚ではない。しかしながら、美作が如何様にそれを熱弁したところで、渋撥はその一点についてだけは決して気を許しはしないだろう。
 禮は渋撥の真正面に立ち、自分より頭一つ分は高い長身を見上げた。

「ハッちゃん久し振り」

「オウ、久し振り」

 互いに声を聞くのは数日ぶりだというのに有り触れた挨拶を交わしただけで二人は一瞬沈黙した。
 その変な間の意味は禮以外の誰にも分からなかった。禮は次の言葉を口にすることを躊躇した。それを渋撥に言ってしまったら聞きたくない言葉が返ってくるのではないかと厭った。
 しかしながら、一度気になってしまったら胸の内に留めることができないのもまた禮の性情だった。

「ハッちゃん、浮気してる?」

 俄に渋撥の眉間に皺が寄った。
 曜至は禮の後ろ姿から顔を背け「フー」と嘆息を漏らした。

(勉強はできてもバカ正直の部類だったかレイ

「してへん」

「ほんま?」

「…………。どっちや。曜至と美作のどっちに要らんこと吹き込まれた」

 渋撥は顔を持ち上げ、美作と曜至をジーッと鋭い視線で見詰める。美作と曜至は揃って首をブンブンッと左右に振った。
 禮一人でそのような下世話な発想に辿り着くわけがないのだから、どいつかが入れ知恵したに違いない。渋撥はそう確信していた。
 バキバキッ、と渋撥が豪快に指の骨を鳴らすと、曜至が責っ付かれたように口を開いた。

「俺じゃねェっつってんだろ!」

「お前やろなんざ言うてへんやろ」

「あ」

 曜至はポロリと零したあと、即座に渋撥が拳を造っていることを視認した。彼は「俺じゃない、俺じゃない」と繰り返したが渋撥は聞く耳を持たない。渋撥は拳を握り締めてジリジリと彼に躙り寄った。
 渋撥が完全に曜至をロックオンし、美作は曜至の人柄に感謝した。

(曜至君がアホで助かる)

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