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Kapitel 02
狼と兎 02
しおりを挟むどっぷり日も暮れた時刻。
緋と話したあと、ビシュラは一人居残って自分なりにキリの良いところまで書類仕事を片付けた。緋にはあまり遅くなるなよと言われたが、窓の外はすっかり暗くなってしまった。昼間と異なり隊舎内に人気がなかった。当直がいるはずだが詰所はここから離れているから、ビシュラにとってはいないも同然だ。
ビシュラは静まり返った廊下、歩兵長室のドアの前に立っていた。ノックをする為に握った拳は宙で停止していた。
三本爪飛竜騎兵大隊では、隊舎内に第何室とナンバリングされている大部屋が存在する。それとは別個に騎兵部隊、歩兵部隊それぞれの隊の長には一室が与えられている。つまり、トラジロとヴァルトラムは自分専用の部屋を持っている。
(うーん……どうしましょう。歩兵長のお考えを理解していなかったのはわたしが未熟だったからに違いないのですが、謝らなければいけないほどのことでもないような。歩兵長は何のことだかお分かりになりませんよね。もしかしたらわたしが言ったことなどもう忘れていらっしゃるかも……。あ、そもそももうこんな時間ですし、ご帰宅されたあとかもしれません。そうです。3回ノックしてみて反応がなければ、もう無かったことにしましょう、うん)
ビシュラはゆうに数分はドアの前に立ち、ああでもないこうでもないと一人で考え込んでいた。ようやく結論と決断に達して「ヨシ」と顔を上げた。
ガチャ、とノブが回りドアが開いた。ビシュラは完全に虚を突かれた。ドアの向こうには上半身裸で首にタオルを掛けたヴァルトラムが立っていた。
「いつまでもそこで何してやがる」
「ヒッ」
またしてもやってしまった。だって無表情の三白眼に見下ろされるの恐いんですもの。
「人の顔見ただけで悲鳴上げるたァ」
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
「入るなら入れ」
ヴァルトラムは何度も頭を下げるビシュラから顔を逸らし、フイッと踵を返して室内へと戻っていった。
ビシュラは言われるがまま室内へと入り、音が立たないように丁寧にドアを閉めた。振り返ると既にヴァルトラムは部屋の突き当たりに設置されたデスク近くにおり、ビシュラは早足でデスクに近付いた。
ヴァルトラムはデスクチェアではなくデスクに腰掛けた。
「こんな時間まで何してた」
「書類の作成をしておりました。日中は外出していて進められなかったものですから。歩兵長は何を?」
何故ハダカなのですか、と直接的に尋ねることは避けた。
「トレーニングルームで身体を動かしてた」
ヴァルトラムはタオルで朱い髪をガシガシと掻くように拭いた。彼が上半身裸で濡れ髪になっている理由は、トレーニング後にシャワーを浴びて自室に戻った直後だったからだ。
ヴァルトラムは一頻り濡れ髪を拭いたあと、ビシュラに視線を移した。ビシュラはその視線が自分の発言を促しているのだと察し、慌てて口を開いた。それはそうだ。自ら部屋を訪ねておいていつまでも黙っているのはおかしい。
「先程は、歩兵長のお考えを理解することができず申し訳ございませんでした」
「何の話だ」
ビシュラは早くも心が折れそうになった。やはりこの人は自分如きの発言など覚えてもいない。しかしながら、ここまできて「じゃあいいです」と言って帰るわけにもいかない。ヴァルトラムが気にしていなくても関係ない。自分の伝えるべきことを伝えようと思った。
「歩兵長が強くなれと仰有ったのはわたしの身を案じてくださったから、ですよね。ここはわたしには過ごしやすい環境ではないから。ここがどういう場所か理解が足りない若輩者に歩兵長自ら苦言を呈してくださったのにそれを無碍にするような発言でした。大変申し訳――」
「回りくどい」
ビシュラの精一杯の謝罪は一刀両断された。
ヴァルトラムはビシュラの目の前までやってきてギロッと見下ろした。ビシュラはビクッと身を竦めた。
「簡単に言え」
「じっ、自衛の意識が欠けておりました! ごめんなさいっ!」
ビシュラは咄嗟に力いっぱい両瞼を閉じてしまった。ヴァルトラムに対して怯えていることは最早繕いようがなかった。だってとにかく恐い。目の前に野獣がいて平静を保てる者のほうが少数派だ。
柔らかく温かいものが唇に触れた。ビシュラが吃驚して目を開けるとほぼ同時に感触が離れた。眼前には先程よりも近くヴァルトラムの顔があった。
「ああ、自衛はできてねェな。オメエには期待できなさそうだ」
「なっ、なっ、なにをなさるのですか! ここは隊舎ですよっ!?」
ビシュラの顔は一気に真っ赤になった。
ヴァルトラムは、反射的に距離を取ろうとしたビシュラの二の腕を掴んで自分のほうへ引き寄せた。容易くビシュラの身体を反転させ、背中から抱き留めた。
「そうだな。隊舎でもこんな時間になれば人がいねェ。一人で残ってるっつうのは不用心だな」
「わ、分かりました! もう分かったので離してくださいっ」
ビシュラはヴァルトラムを振り払おうと肩を振ったが、太い腕に胴と上半身を固定されており無駄だった。ビシュラでは並の男でも後ろから抱きつかれたら引き剥がすことは難しい。体格も腕力も勝るヴァルトラムでは話にもならない。
「何が分かった?」
「え」
「オメエの分かったは口だけか。何が分かったのか説明してみろ」
「それは…………歩兵長と二人きりになると、襲われる?」
クカカッ、と頭上から笑い声が降ってきた。
「正解だ」
抱き締める腕の力が強くなり、ビシュラは「歩兵長っ」と非難めいた声でヴァルトラムを見上げた。その瞬間、顎を捕まえられて唇に食い付かれた。唇と歯列を割って半ば強引に舌がねじ込まれた。顎を固定されているから逃れられなかった。口腔内を舐め回され、舌で舌を巻き取られるようにして吸い上げられる。
(さっきのキスとぜんぜん違っ……)
先程の掠めるような口吻とはまったく異なる。貪り尽くされるような、何かを引き摺り出されるような、つまりこれが情欲を駆り立てられるということだと理解するには、ビシュラには経験が足りなかった。
ビシュラはわずかに自由の利く手で抗議の意を込めて懸命に太い腕を握り締めるが、ヴァルトラムはやめてはくれなかった。
それどころかヴァルトラムの手はビシュラの服の上を下方へと滑っていった。ヴァルトラムがビシュラを抑え込むには片手で充分であり、もう一方の手を難なくスカートのなかへと潜り込ませた。ヴァルトラムは下着の上からビシュラの秘部を弄った。彼は女の肉体で最も敏感な箇所の一つ、肉芽を探っていた。指で何度も擦るとじきに其処は頭角を現した。
その間もヴァルトラムはビシュラを腕でも唇でも拘束し続けた。ヴァルトラムはビシュラの舌を吸いながら肉芽を指先で掻いた。爪を立てるように何度もカリカリと掻き毟り、肉芽はあっという間にピンと硬くなった。
「うっ…ふぅン……っ」
ビシュラの口の端から嚥下しきれない唾液と共に声が漏れた。
ヴァルトラムは腕のなかで柔らかな肢体がぷるぷると小刻みに震えるのを噛み締めるようにさらにぎゅうと抱き締める力を強くした。ビシュラの反応を愉しみながら肉芽をカリカリと刺激し続けた。震えが次第に大きくなってゆき、肢体がピクッピクッと撥ねた。
ヴァルトラムは下着越しにビシュラの聖裂に沿って指を動かし始めた。敏感な肉芽を引っ掻かれ続け、下着はすでに湿っていた。下着ごと指先を押し込んでみると飲み込まれた。
「んーっ」
途端にビシュラから漏れる吐息が明らかに変わった。
ヴァルトラムはビシュラの舌を強く吸い上げ、唇を解放した。
「感じてるみてぇだな。ナカもイジってやるからな」
「歩兵長、もうやめてください……っ」
はー、はー、とビシュラの呼吸は乱れ、頬は紅潮していた。彼女は潤んだ瞳で睨んだのに、ヴァルトラムは薄く笑っていた。
ヴァルトラムはビシュラの下着のなかへ手を潜り込ませた。ビシュラは腰を捻って抵抗したが、股間に異物感を覚え「あっ!」と身体を大きく撥ねさせた。ヴァルトラムはビシュラの秘められた部分に遠慮なく指を押し込んだから、ビシュラにはぐぷっという卑猥な音が聞こえたようだった。
ぐじゅんっ、とヴァルトラムは温かい内部に中指を根元までしっかりと埋め込んだ。
「んあっ……ふっ❤」
ヴァルトラムが指を少し折り曲げたり抜き差しするだけで、ビシュラからは甘い声が上がった。堪えきれないのは声だけではなかった。ビシュラが気を抜いた瞬間、頭部からピンと長い耳が立ち上がった。
「そうか。イイのか。素直で可愛いヤツだ」
ヴァルトラムはビシュラの〝獣耳〟を見るや上機嫌にクハッと笑みを零した。艶やかな黒の毛並みに覆われた〝獣耳〟の傍で囁き、その耳朶に甘噛みした。
ビシュラの鼓膜にヴァルトラムの低い声がやけに響いて聞こえた。その声で「可愛い」と囁かれると背筋をゾクゾクとした感覚が走った。
ヴァルトラムが指を抜き差しする速度を速めると、それに合わせるように内壁がキュウッキュウッと締め付けてきた。
ずちゅっ、ずちゅっ、ずちゅっ、ぐじゅっ。
いつの間にか卑猥な水音が大きくなり、それと共にビシュラの快感は確実に育っていた。
「あっ、あっ、あっ❤ やっ、ほへい、ちょ……ほへいちょっ……お❤」
ビシュラの声は甘ったるかった。顔はしまりがなくなり紅潮し、ヴァルトラムを見上げた瞳は潤んでいた。その瞳にヴァルトラムは請われていると感じた。そのような表情で拒絶しているというなら説得力がなさ過ぎる。快楽の前にはビシュラの建前は薄弱すぎた。
ヴァルトラムはもうビシュラを抱き締める腕の力を緩めていたが、ビシュラは振り払おうとはしなかった。振り払うどころか自らヴァルトラムの腕を握り締めていた。強制的に与えられる快楽のなかで正気を保つのに精一杯で、この情況から逃れなければという思考は停止していた。
「も、やめて……くださいぃ……」
はっ、はっ、と短い息継ぎをしながらビシュラは言葉を紡ぎ出した。
「何でだ。気持ちイイだろ」
「気持ちよくなんかっ……!」
「こんなに濡れて何言ってやがる」
「それは歩兵長がっ……する、からっ」
ヴァルトラムは内部に埋めていた指を引き抜き、ビシュラの口に突っ込んだ。途端に口内に独特の味がして、ビシュラは顔を顰めた。
「そうか。俺にイジられてそんなに気持ちイイか」
いいえ、違う――。ビシュラはそう言おうとしたのに、ヴァルトラムはそれをさせなかった。口内に突っ込んだ二本の指で舌を挟んで捕まえ、柔らかい舌をぐにぐにと玩んだ。
ビシュラの意識が完全にそちらに向かっている隙に、ヴァルトラムは再び指をビシュラの内に埋めた。今度は中指と薬指の二本を根元までねじ込んだ。すでに緩んでいた秘所は先程よりも容易く異物の侵入を許した。
太く節ばったヴァルトラムの指に狭い内部を押し広げられ、ビシュラが「んうっ」と声を上げた。その拍子に口内に溜まっていた津液が噴きこぼれた。ヴァルトラムはそれをじっとりと舐めとり、ビシュラの唇を一舐めし、唇を重ねた。
ぐっじゅ、ぐっじゅ、ぐっじゅ、ぐっじゅ、ぐじゅ!
舌を吸われながら内壁を乱暴に擦り上げられると快感が急激に迫り上がってきた。
(ダメ! これダメぇ……! キスしながらイジられるのヤダ……!)
ビシュラは太腿がぶるぶると震えるのを制御できなかった。少しでも気を抜いたら力が抜け落ちてしまいそう。しがみつくようにヴァルトラムの腕をぎゅうっと握った。
ヴァルトラムは指の抜き差しを一向に緩めず、寧ろ速度を増して荒々しく掻き混ぜた。
「んんっ! ふっ……んーーっ💕💕」
ビシュラが背筋を弓形に伸ばしたのと同時に、ヴァルトラムの指は内壁にキュウと締め付けられた。まるでヴァルトラムの指をさらに呑み込もうとするかのように、その圧力は一際引き絞られていた。
ビシュラは小刻みにビクビクと痙攣したあと、ヴァルトラムの胸板にくたりと凭れ掛かった。彼女は「はあ、はあ」と熱い息を吐くばかりで、膝には最早真っ直ぐに突っ張る力は残されていなかった。
ヴァルトラムは片腕でビシュラを支え、指をずるりと引き抜いた。ビシュラはそのような刺激にすら快感を覚え、無意識にぶるっと小さく身震いをした。
(何、これ……この前とぜんぜんちがう……)
脳内が一瞬真っ白になったかと思ったら、頭も身体もふわふわしている。
この前とは無論、初めてのあの夜のことだ。初めての夜のことは正直、恐怖と痛みしか覚えていない。無知な自分が受け止めるには衝撃が大きすぎたのか、もしかしたら心から忘れたいと願ったからかもしれない。
ヴァルトラムはビシュラを床に横たえた。華奢な肩幅を挟んで床に両手を突いて覆い被さり、ビシュラの顔を覗き込んだ。
「感度は悪くねェな。馴れたらもっとよくなるぞ」
「馴れるなんて何を言っ……!?」
「馴れねェとつれェのはオメエのほうだ。もう痛ェ思いしたかねェだろ?」
馴れるなんてとんでもない――。ビシュラがそう言おうと思った瞬間、ヴァルトラムがまた内部に指を二本押し込んだ。達したばかりで敏感になっているのに何かを探るように内壁をあちこち擦られるのは耐えがたい。ビシュラの肢体はヴァルトラムの下でピクッピクッと小刻みに撥ねた。
ヴァルトラムの指がざらりとした感触を捉えた途端、ビシュラの腰が大きくビクッと撥ねた。ヴァルトラムはその箇所を執拗に刺激し、同時に硬度を持った肉芽を親指で捏ねた。
「あっあっあっ❤ ソコっ、ダメ……ぇっ。ホントにダメ! また、なんか来ちゃう……! やああーーっ💕💕」
ビシュラは甘高い嬌声を上げた。痙攣しながら聖裂からトロトロと蜜を溢れさせ、ヴァルトラムの手を甲まで濡らした。
「ああ、ここがイイのかビシュラ」
ヴァルトラムは経験上当たりはついていたがビシュラの反応により確信を得た。二度目の絶頂は一度目よりも容易かったからだ。
「女は〝初めて〟は痛ェらしいじゃねェか。今日は気持ちよくしてやるからな。早く馴れちまえよ」
この男は、女の弱い箇所を見抜いたからには手加減をしてやるような生易しい気性ではなかった。寧ろそこを集中的に責め立ててやろうと思った。ビシュラが上げる甘高い悲鳴は艶めかしく、この男をよい気分にさせる。夜中でも際限なく啼かせてやりたくなる。
ヴァルトラムは指を抜かなかった。間を空けず再度ピストンを開始され、ビシュラは堪らずヴァルトラムを制止しようと手を押さえた。しかしながら最早その手には力が入らず、ヴァルトラムは好き勝手にビシュラの膣内を弄くり回した。
「ふーっ、ふーっ、ふー……っ❤」
ビシュラは目に涙を溜めて快感を堪えた。気持ちよいならよいことではないか。それを素直に享受し愉しめばよいのに、何故堪えようとするのかヴァルトラムには理解ができなかった。
ヴァルトラムは床に肘をついてビシュラを押し潰さんばかりに覆い被さり、唇を重ねた。ビシュラの舌に自分の舌を絡ませ、舌ごと唾液を吸い上げた。
(ダメっ……舌吸わないでぇ……変になる……!)
ビシュラは、分厚い筋肉に押し潰され、自分以外の体温を感じ、津液を啜る音を聞かされると、何も考えられなくなった。今までに経験したことのない類いの興奮や気持ちよさばかりが脳内を占める。
ズチュッ、ズチュッ、グチュッ。
「あーっ❤ あーっ❤」
ビシュラは弛んだ唇から無意識に甘い声音を吐露した。強請るような声を漏らすのと同じように聖裂から愛液を垂れ流していた。秘密の場所の奥の奥、狭い部分を太い指でこじ開けられて穿られて、快感の蓋はもう完全に開けられてしまっていた。
快感が蓄積して徐々に背筋を上ってくる。流石にもう予感がした。また絶頂がやってくる。それを凌ぐ手立ては無い。寧ろ、与えられる快感を期待して太腿が勝手に痙攣した。いやいやと頭を左右に振っても、肉体は正直に快楽を欲していた。ビシュラの肉体は最早彼女の制御を離れており、絶頂を堪えることなどできようはずもなかった。
「おっおっおっ❤ また来ちゃうっ……来ちゃうぅ。やだぁ……!」
「イっていいぞ。ほら、イケ」
「もっ……またぁ……! ああああっ💕💕💕」
ゾゾゾゾッ、と快感が一気に背中を駆け上がり、脳に到達して思考を焼き切ってしまった。本能的に背が仰け反り、勝手に内壁がきゅうぅっと締まった。ヴァルトラムの太い無骨な指が己の奥深くまで埋まっていると思い知った。
ヴァルトラムはビシュラの内部で二本の指をバラバラにクチュクチュと動かした。
「やっ、まだ……ダメぇ……っ」
ビシュラはぴくんっ、ぴくんっと痙攣した。その肢体はまだ快感の渦のなかに在り、ヴァルトラムが指を僅かに動かすだけで小さな絶頂の波に似たものに襲われた。
「経験が少ないにしちゃ感じやすい。イイ子だ、ビシュラ」
ヴァルトラムは、ぷるぷると震える黒い獣耳の近くで囁いた。
可愛い、イイ子だ。この男は何故このように自分を甘やかすのか、ビシュラには到底分からなかった。その声で鼓膜を撫でられると己の意思など関係なくゾクゾクと気持ちよくなってしまう理由もまったく分からない。分かっているのはヴァルトラムに与えられる快感には抗えないということだけだ。
このような自分はなりたかった自分とは異なる。快感に溺れてしまう一面など知りたくなかった。望むと望まざるとお構いなしに、この男は何もかもを暴いてしまう。しかもそれに抵抗する術は無い。
ビシュラは自身の無力感に心底嫌気が差し、眼球が熱くなった。肉体にはまだ快感が残っており、脳が浮かされ、熱い雫を押し留めることはできなかった。瞳から玉のような涙がポロポロと零れた。
「歩兵長の、嘘吐き……っ。大事にするって、言ったのにぃ……」
ヴァルトラムは心外という表情をした。
「大事にしてるだろうが。今日はオメエが嫌がることはしてねェ。オメエの身体、悦んでるだろ」
「悦んでなんか……っ」
「これからもっとよくしてやる。オメエは俺のモンだからな」
ヴァルトラムに耳許で囁かれ、この期に及んでゾクリとした。長い舌で耳介を舐められると、ゾゾゾゾと背筋に快感が蘇ってきた。
「あああ……❤ 歩兵長なんかキライ、です……っ」
厭よ厭よも――――。
嫌いというその声音のなんと甘ったるいことか。ヴァルトラムは愉快そうにニヤリと口角を引き上げた。
「そうか。俺は気に入っているぞ、ビシュラ」
獲物たる兎にどう思われているかなど真実、関心が無い。この男は狼であるが故に。
兎は兎らしく己の無力を思い知るがよい。無慈悲な裁決を受け容れるがよい。兎が狼に歯向かったとて、運命は変えられない。
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