ゾルダーテン ――美女と野獣な上下関係ファンタジー物語

花閂

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Kapitel 05

急襲 02

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 ヴィンテリヒブルク城・貴賓用ゲストルーム――――天尊ティエンゾンの部屋。
 本日の業務を終えた天尊は、自室に戻った。日中は十二分に大隊長としての責務を果たし、夜間の防備は部下に任せた。一日の疲れをアキラに癒やしてもらおう。
 天尊は自室のドアを開けると同時にスタンドカラーの上着の留め具を指で外し、仕事モードのスイッチを切った。室内を一瞥してアキラを探した。しかし、室内を見回してもアキラの姿は無かった。
 天尊は直ぐさま部屋付きの侍女へと目線を移した。

「アキラはどうした。風呂か?」

「いいえ。御嬢様はユリイーシャ姫様の御部屋に」

 天尊の表情が一気に曇った。アキラの姿が見えないときはいつもユリイーシャが絡んでいる。

「またユリイーシャが引き留めているのか。あの女……」

「御嬢様は一度こちらへお戻りになりました。その後、簡易な身支度をされて再度ユリイーシャ姫様の御部屋へといらっしゃいました」

「は? 身支度?」


 ユリイーシャ・グローセノルデン私室。
 天尊は姫付きの侍女に部屋のドアを半ば強引に開けさせた。侍女たちが懸命に制止するのもきかずズカズカと早足で内部を進んでいった。許可も得ずに女性の部屋へ入室することが無礼であるとは心得ているが、そのようなことに構ってやる余裕は無かった。

「大隊長様、大隊長様! お待ちください! まずは姫様にお知らせいたします故、今しばしお待ちくださいませッ」

「知るか。退け」

 天尊はまとわりつく侍女たちを鬱陶しそうな顔で振り払い、ユリイーシャのいる間に辿り着いた。

「ユリイーシャ! アキラが来てるだろッ」

 アキラは突然大声で自分の名が出て、ビクッと肩を跳ね上げた。
 当の本人のユリイーシャは相変わらずのんびりとした所作で天尊のほうへ目線を向けた。天尊は明らかに不機嫌な表情をしているのに、対照的に穏和な顔付きだった。
 天尊は、応接テーブルを挟んでユリイーシャの正面に座っているアキラを見つけ、誰にも気づかれないくらい小さくホッと息を吐いた。それから、早足でアキラに近寄り、その小さな両肩をガッと捕まえた。
 アキラは天尊の真剣な面持ちに面喰らった。

「えッ。なに、どうしたの?」

「急に出て行くなど何があった。この城に滞在するのが不満か、それとも俺に何か不満があるのか」

 天尊は至極真剣な顔。本気で言っているらしい。何が天尊をこのように焦らせているのか分からないアキラは首をやや傾げた。

「ユリイーシャさんのところに泊まりに来ただけ……だよ?」

「泊まり?」

 天尊はハーッと大きく息を吐いて項垂れた。安堵して脱力した。

「身支度をして出て行ったというから何事かと思ったぞ」

「別に出て行ったわけじゃないよ。お泊まりの準備して持ってきただけ」

「というか泊まりとは何事だ」

 天尊はガバッと頭を持ち上げてアキラの顔を見た。

「今夜はユリイーシャさんのところにみんなで泊まろうってことになって」

「何故そんなことになる」

「ユリイーシャさんが、お父さんと離れたばっかりで心細いだろうから」

 天尊がユリイーシャへと目を遣ると、彼女はニッコリと微笑んだ。

「ティエンゾン様や隊の方々が護衛してくださるとは言っても、やはり御父様がいらっしゃらないと少々不安になってしまいまして……。アキラ様とフェイとビシュラに御部屋に泊まってくださるようお願いしましたの」

フェイとビシュラは構わん、好きにしろ。部屋のなかまで警護できるのはアイツらくらいだ。ふたりもいればアキラまで泊まる必要はないだろう」

「人数は多いほうが夜は寂しくならないものですわ」

「は?💢」

 アキラは天尊の額にうっすらと青筋が浮いていることに気づき、まあまあと天尊の袖を引っ張った。

「ユリイーシャさんが寂しいって言うなら今夜くらいはいいでしょ」

「何が寂しいだ。コイツは俺より年上だぞッ」

 天尊は無礼にも大公令嬢・ユリイーシャをビシッと指差した。
 侍女たちは天尊の剣幕を恐ろしがってヒッと悲鳴を上げたりオロオロしたり。

「人が我慢してやっていれば調子に乗りやがって。我が儘も大概にしろ。付き合いきれん。何故、お前のために俺が独り寝しなきゃならん。アキラは俺と寝るんだよ、未来永劫な!」

 ――イイ歳をした大人が臆面も無く何を堂々と言い張るのか。
 アキラは惘れたのと恥ずかしいのとで額を押さえた。

 時を待たずして、緋が早足で室内に入ってきた。侍女たちが血相を変えているからどうしたことかと思ったが、対峙する天尊とユリイーシャを見て何となく分かったような気がする。

「侍女たちが慌てて呼びに来たから何事かと思えば。ユリイーシャの部屋で何をしてるんだ、大隊長」

「この女が話にならんッ」

 天尊は隠すつもりもなくチイッと盛大に舌打ちした。
 ユリイーシャは天尊の態度を気にも掛けず緋へと穏やかな表情を向けた。

「アキラ様を今夜、私のところにお泊めするのをティエンゾン様にお許しいただけなくて。御一緒に説得してくださらない? フェイ~」

 ユリイーシャの甘ったるい声は天尊の神経を逆撫でする。普通の男ならば美女に甘えられて、庇護欲を刺激されたり優越感を満たされたりするところだろうけれど。

「今夜はひとりでなんて寂しくてとても眠れそうにないもの。御父様がいらっしゃらないだけで心細くて心細くて……」

「そんなに寂しければぬいぐるみでも抱いて寝ろ」

「嫌ですわ、ティエンゾン様。私はもうそのように幼くはありませんでしてよ」

「言っていることは大差ないだろうが」

「たった一晩でよろしいのですよ? ティエンゾン様ともあろう御仁が狭量なことを仰有らないでくださいまし」

「誰が狭量だッ。ヘルヴィンと兄貴への義理立てで我が儘を許してやっていれば付け上がりやがって。二度とお前のところにはアキラを遣らん」

「ティエンゾン様は意地悪ですわ」

「あァッ💢」

 このふたりの相性は水と油。話せば話すほど情況は悪化してゆく。
 緋は、ハアーーッと深い溜息を吐いた。
 彼女は大隊長と姫様のどちらに肩入れするつもりもなかった。眼前の不毛な言い争いが早急に収束しさえすればよい。しかし、両者どちらとも説得されてすんなりと聞き入れる性分ではないのが厄介だ。

「アキラはどうしたいんだ?」

 緋は、比較的スムーズに天尊を説得する希望をアキラに見出した。大隊の誰の言うこともきかない大隊長が、この最愛の少女にだけは逆らわないことを心得ていた。

「お父さんが出発したばっかりだし、心細いって言うなら今夜ぐらい泊まってあげたほうがいいと思います、ケド……」

 アキラはチラッと横目で天尊を見た。

「ユリイーシャを甘やかすなッ」

「やはりアキラ様は思い遣り深い方ですわ」

 天尊もユリイーシャもアキラより遙かに年齢を重ねているのに、アキラのほうがずっと冷静に見えた。
 緋は「けど?」とアキラにその先を促した。

「ティエンが聞き分けがないので💧」

 緋は苦笑するアキラの頭をポンポンと撫でた。

「だそうだぞ、大隊長。こんな若い娘を困らせて情けなくないのか。どうせ毎日同じ部屋で寝起きしているんだ。今夜一晩くらいユリイーシャに譲ってやったっていいじゃないか。たった一晩のことなのに、話の分からない恋人だとアキラに愛想を尽かされたくはないだろ」

 アキラに愛想を尽かされるなど最悪の展開に決まっている。そうなるくらいならばほかに何をしても構わないと思える程に。

「じゃあ俺も泊まる」

「そんなことできるわけないだろ。兄貴の婚約者の部屋に弟が泊まれるか」

 天尊はまた「チィッ!」と盛大な舌打ちをした。
 ユリイーシャを視界に入れないようクルリと身体の向きを反転させた。腹の虫が治まらない内にあの暢気な顔を見たら怒鳴ってしまいそうだ。

「アキラといられる貴重な時間を何故ユリイーシャのためなんかに……💢」

 ブツブツと文句を吐露する天尊の背中を、アキラがポンポンと撫でた。アキラは天尊を見上げ、眉尻を下げた少し困ったような表情を見せた。

「ごめんね? お願い」

(…………。可愛い)

 そのような顔でお願いをされては折れるしかなかった。緋の言うようにアキラから愛想を尽かされるのは御免だ。

「アキラが謝ることはない」

 天尊はアキラの両頬に手の平を添えた。溶けない雪のように滑らかで柔らかな感触を惜しむようにぐにぐにと撫で回した。
 朝になればひとりベッドで目を覚まして日中は業務に追われ、自室に戻るのは日暮れ後だろう。ざっと明日の夜まではこの感触には触れられまい。
 天尊は名残惜しく少々長めにアキラを撫で回したあと、ユリイーシャのほうを振り返った。

「今夜だけだからな。二度とこんなことを言い出すな、ユリイーシャ」

 最後にそう言い置いてユリイーシャの部屋から出て行った。


 ヴィンテリヒブルク城・南側張り出し陣。
 歩兵長ヴァルトラムと歩兵隊三位官マクシミリアン、ほか歩兵部隊隊員数名は夜間は此処に詰めることになっていた。此処は城の防備の第一線。上空も地上も見渡せる。夜空を見上げれば数頭の飛竜が旋回し、眼下を見下ろせば要所に配置された隊員たちが見える。
 細い月と小さな星で飾られた黒いキャンバスに雪がちらつくなか、ヴァルトラムはロングチェアの上に仰向けに寝転がっていた。頭の後ろで両手を組んで枕にし、一見して横になってサボっているようにしか見えない。しかし、ヴァルトラムにとってはこれが常態のようなものであり、わざわざ注意して機嫌を損ねるような愚か者は周囲にはいない。

〈――――入電〉

 マクシミリアンは通信を受信してヴァルトラムに背中を向けた。

「……ああ、ハイハイ。こちらは問題ナシ。以上」

 短い会話を終了して向き直ると、ヴァルトラムが横目で此方を見ていた。

「あン? 誰だ」

「騎兵長です。異常が無いかの定時連絡です」

「クソ暇だっつっとけ」

 マクシミリアンは自分の手の平にハーッと白い息を吹きかけ、手と手を擦り合わせた。ヴァルトラムの悪態などいつものこと。三位官ともなるとこの程度のことで動じることはなかった。

「何も無いのはいいことです。今回の任務は城の防備。戦闘無しで済むならありがたい。歩兵長は不満でしょーけど」

「こんなに暇なら来るんじゃなかったぜ」

「昨日まで騎士団の連中を散々ぶっ飛ばしてたじゃないですか」

 ヴァルトラムはハンッと鼻で笑い飛ばした。

「あんなモン物の数に入るかよ。ちぃっと吹っ飛ばしただけでどいつもこいつもスグ降参するか気絶しやがる。あンだけ使えなけりゃ自分トコの守りをウチに頼むわけだぜ」

「大公の騎士団の一部は城に残ってるんですから、ソイツらの前では言わないでくださいよ、その本音」

 マクシミリアンは寒さに首を縮めながらクックッと身体を揺すった。

「寝る。何かあったら起こせ」

「ここでですか。よくこんな寒いところで眠れますね」
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