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Kapitel 05

20:急襲 02

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 定時を迎え、天尊ティエンゾンは自室に戻ってきた。今夜の防備体制の責任者は天尊ではないから定時後はいつも通りゆっくりできる。しかしながら夜間の仕事はなくとも日中は十二分に大隊長としての責務を果たした。一日の疲れはアキラに癒やしてもらおう。
 天尊は自室のドアを開けると同時にスタンドカラーの上着の留め具を指で外し、はあーっと深く息を吐いた。仕事モードのスイッチを切ってお目当てのアキラを探す。しかしながら室内を見回してもアキラの姿は無かった。
 天尊は直ぐさま部屋付きの侍女を見た。

「アキラはどうした。風呂か?」

「いえ、御嬢様はユリイーシャ姫様の御部屋に」

 天尊の表情が一気に曇った。この城で何かがあるときはいつもユリイーシャが絡んでいる。

「またユリイーシャが引き留めてんのか。あの女……」

「いえ、御嬢様は一度お戻りになりました。その後、簡易な身支度をされて再度ユリイーシャ姫様の御部屋へといらっしゃいました」

「は? 身支度?」


 ユリイーシャ・グローセノルデン私室。
 天尊は部屋のドアを半ば強引に開けさせた。侍女たちが制止しようとするのもきかずズカズカと早足で内部を進んでいった。許可も得ずに女性の部屋へ入室することが無礼であるとは心得ているが、そのようなことに構ってやる余裕は無かった。

「大隊長様、大隊長様! まだ姫様にお話をお通ししておりませぬ故しばしお待ちください!」

「知るか。退け」

 天尊はまとわりつく侍女たちを鬱陶しそうな顔で払い、ユリイーシャのいる間に辿り着いた。

「ユリイーシャ! アキラが来てるだろ!」

 突然大声で自分の名が出て、アキラはビクッと肩を跳ね上げた。
 当の本人のユリイーシャは相変わらず暢気な顔を天尊のほうへ向けた。天尊は明らかに不機嫌な表情をしているというのに。
 応接テーブルを挟んでユリイーシャの正面に座っているアキラを見付けた天尊は、誰にも気付かれないくらい小さくホッと息を吐いた。それからまた早足でアキラに近寄った。余程逃げられたくないのかアキラの両肩をガッと捕まえた。

「えっ。なに、どうしたの?」

「急に出て行くなんざ何があった。この城に滞在するのが不満か、それとも俺に何か不満があるのか」

 天尊は至極真剣な顔。本気で言っているらしい。何が天尊をこのように焦らせているのか分からないアキラは首をやや傾げた。

「ユリイーシャさんのところに泊まりに来ただけ……だよ?」

「泊まり?」

 天尊は「はぁーっ」と大きく息を吐いた。肩から力が抜けて項垂れた。

「身支度をして出て行ったというから何事かと思ったぞ」

「別に出て行ったわけじゃないよ。お泊まりの準備して持ってきただけ」

「というか泊まりとは何事だ」

 天尊はガバッと頭を持ち上げてアキラの顔を見た。

「今夜はユリイーシャさんのところにみんなで泊まろうってことになって」

「何故そんなことになる」

「ユリイーシャさんが、お父さんと離れたばっかりで心細いだろうから」

 天尊がユリイーシャのほうを見ると、彼女はニッコリと微笑んだ。

「ティエンゾン様や隊の方々が護衛してくださるとは言っても、やはり御父様がいらっしゃらないと少々不安になってしまいまして……。アキラ様とフェイとビシュラに御部屋に泊まってくださるようお願いしましたの」

フェイとビシュラは構わん、好きにしろ。部屋のなかまで警護できるのはアイツらくらいだしな。二人もいればアキラまで泊まる必要はないだろう」

「人数は多いほうが夜は寂しくならないものですわ」

「あァ?💢」

 天尊の額にうっすらと青筋が浮いていることに気付いたアキラは慌てて天尊の袖を引っ張った。

「ユリイーシャさんが寂しいって言うなら今夜くらいはいいでしょ」

「何が寂しいだ。コイツは俺より年上だぞ!」

「えっ」

 天尊はユリイーシャを指差して睨みつけた。

「人が優しくしてやってるからって調子に乗りやがって。我が儘も大概にしろ。付き合いきれるか。何故お前の為に俺が独り寝しなきゃならん。アキラは俺と寝るんだよ、未来永劫な!」

 まあ臆面も無くハッキリと言い放ってくれる。アキラは呆れているのと恥ずかしいのとで額を押さえて項垂れた。
 暫くして緋が室内に入ってきた。侍女たちが血相を変えてオロオロするからどうしたことかと思っていたが、対峙する天尊とユリイーシャを見て何となく分かったような気がする。緋は腰に手を当てて小さな溜息を吐いた。

「侍女たちが慌てて呼びに来るから何事かと思えば。何をしてるんだ、大隊長」

「この女が話にならん💢」

 天尊は忌々しそうに舌打ちした。ユリイーシャは天尊の態度を気にも掛けず緋のほうに顔を向けてニッコリと微笑んだ。

「アキラ様を今夜わたくしのところにお泊めするのをティエンゾン様にお許しいただけなくて。御一緒に説得してくださらない? フェイ~」

 ユリイーシャの甘ったるい声が天尊の神経を逆撫でする。普通の男ならば美女に甘えられて庇護欲を刺激され優越感を満たされるところであろうが、天尊には通用しない。

「夜一人でなんて寂しくてとても眠れそうにないもの。御父様がいらっしゃらないだけで心細くて心細くて……」

「イイ歳した大人が寂しくて眠れないなんて知ったことか。そんなに寂しければぬいぐるみでも抱いて寝やがれ」

「嫌ですわ、ティエンゾン様。わたくしはもうそのように幼くはありませんでしてよ」

「言っていることは大差ないだろうがッ」

「たった一晩でよろしいのですよ? ティエンゾン様ともあろう御仁が狭量なことを仰有らないでくださいまし」

「誰が狭量だッ💢 ヘルヴィンと兄貴への義理立てで我が儘を許してやっていれば付け上がりやがって。二度とお前のトコにはアキラを遣らん」

「ティエンゾン様は意地悪ですわ」

「あァッ!?💢💢」

 この二人は水と油。話せば話すほど状況は悪化してゆく。緋ははぁ~あ、と深い溜息を吐いた。彼女にとっては泊まろうが泊まるまいがどちらでもよい。目の前の現状のほうが問題だ。ユリイーシャを説き伏せるのも天尊を宥めるのも手間がかかりそうだ。

「アキラはどうしたいんだ?」

 緋は、比較的スムーズに天尊を説得する希望をアキラに見出した。三本爪飛竜リントヴルム騎兵大隊リッターの誰の言うこともきかない天尊が、アキラには逆らわないことは既に心得ている。

「お父さんが出発したばっかりだし今夜ぐらいは泊まってあげたほうがいいと思います、ケド……」

 アキラはチラッと横目で天尊を見た。

「ユリイーシャを甘やかすなッ」

「やはりアキラ様は思い遣り深い方ですわ」

 天尊もユリイーシャもアキラより遙かに「大人」と言える年齢であるのに、今ばかりはそうは見えなかった。緋が真っ当に話す相手としてアキラを選ぶはずだ。ユリイーシャは一事が万事このような感じであり名実共に「お姫様」だが、天尊は殊アキラが関わると仕事中とは別人かと言うくらい大人げない。

「けど?」

「ティエンが聞き分けがないので💧」

 苦笑するアキラの頭を、緋はポンポンと撫でた。

「だそうだぞ、大隊長。こんな若い娘を困らせて情けなくないのか。どうせ毎日同じ部屋で生活してるんだから今夜一晩くらいユリイーシャに譲ってやったっていいじゃないか。たった一晩のことなのに、話の分からない恋人だとアキラに愛想を尽かされたくは無いだろ」

 アキラに愛想を尽かされるなど最悪の展開に決まっている。そうなるくらいならば他に何をしても構わないと思える程に。天尊から「チィッ!」と盛大な舌打ちが聞こえた。相当苛立っているようだがアキラがいるお陰か暴れ出さないのは有り難い。

「じゃあ俺も泊まる」

「そんなことできるか。兄貴の婚約者の部屋に弟が泊まれるか」

 釈然としない天尊はクルッと体の向きを変えた。ユリイーシャを視界に入れないようにする為だ。腹の虫が治まらない内にあの暢気な顔を見たら怒鳴ってしまいそうになる。

「本格的に警備が始まったから俺の非番だってそうは無いんだぞ、クソッ。アキラといられる貴重な時間を何故ユリイーシャの為なんかに」

 やはり納得がいかないのであろう、天尊はブツブツと文句を零している。アキラは天尊の顔を下から覗き込む。

「ごめんね?」

「…………。アキラが謝ることはない」

 天尊はアキラの両頬を掌で撫でた。溶けない雪のように滑らかで柔らかな感触を記憶に留めようとするように。朝になれば一人ベッドで目を覚まし昼間は仕事、アキラがいるはずの私室に戻るのは定時後、つまり日暮れ後だ。ざっと明日の夜まではこの感触には触れられまい。

「今夜だけだからな。二度とこんなこと言い出すなよ、ユリイーシャ」

 名残惜しく少々長めにアキラを撫で回した後、天尊はユリイーシャの部屋から出て行った。


 ヴィンテリヒブルク城・南側張り出し陣。
 歩兵長ヴァルトラムと歩兵隊三位官マクシミリアン、他歩兵部隊隊員数名は夜間は此処に詰めることになっていた。此処は城の防備の第一線。上空も地上も見渡すことができる。夜空を見上げれば数頭の飛竜が旋回し、眼下を見下ろせば要所に配置された隊員たちが見える。
 細い月と小さな星で飾られた黒いキャンバスに雪がちらつくなか、ヴァルトラムはロングチェアの上に仰向けに寝転がっていた。頭の後ろで両手を組んで枕にし、一見して横になってサボっているようにしか見えない。しかしながらヴァルトラムにとってはこれが常態のようなものであり、わざわざ注意して機嫌を損ねるような愚か者は周囲にはいない。

〈――――入電〉

 マクシミリアンは通信を受信し、ヴァルトラムに背を向けて会話する。

「……ああ、ハイハイ。こちらは問題ナシ。以上」

 会話が終了して向き直ると、ヴァルトラムが横目で此方を見ていた。

「あン? 誰だ、トラジロか、大隊長か」

「騎兵長です。異常が無いかの定時連絡です」

「クソ暇だっつっとけ」

 マクシミリアンは自分の掌にハーッと白い息を吹きかけ、手と手を擦り合わせた。ヴァルトラムの悪態などいつものこと。三位官ともなるとこの程度のことで動じることはない。

「何も無いのはいいことです。今回の仕事は城の防備なんですから、戦闘無しで済むならありがたい。歩兵長は不満でしょーけどね」

「こんなに暇なら来るんじゃなかったぜ」

「昨日まで騎士団の連中を散々ぶっ飛ばしてたじゃないですか」

 ヴァルトラムはハンッと鼻で笑い飛ばした。

「あんなモン物の数に入るかよ。ちぃっと吹っ飛ばしただけでどいつもこいつもスグ降参するか気絶しやがる。あんだけ使えなけりゃ自分トコの守りをウチに頼むわけだぜ」

「大公の騎士団も少しは城に残ってるんですから、ソイツらの前では言わないでくださいよ、その本音」

 歯に衣着せぬ物言い。ヴァルトラムがこういう人物であるとは理解している。マクシミリアンは寒さに肩を縮めながらクックッと体を揺する。

「寝る。何かあったら起こせ」

「ここでですか。よくこんな寒いところで眠れますね」
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