ゾルダーテン ――美女と野獣な上下関係ファンタジー物語

花閂

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Kapitel 05

蒼髪の姫君 02

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 十数分後――――。
 立っているのは天尊ティエンゾンとヴァルトラムだけだった。ふたりに呼び出された男たちは大隊と騎士団の別なくみな、床に突っ伏して呻き声を上げたり意識がなかったり。無傷の者は誰ひとりいなかった。

「ティエンやめてッ」

 アキラは天尊たちを囲う牆壁をドンドンッと叩いた。目には見えないものだが、アキラには決して超えられない堅固なものだ。ビシュラが何度も、おやめになってください、と訴えたがアキラは聞かなかった。
 天尊はアキラの手前、身構えるのをやめて両手を挙げた。
 フェイは牆壁を解除した。途端にアキラは天尊に駆け寄った。

「ティエン! むやみやたらと人にケガをさせるんじゃありませんッ」

「分かった分かった。次からはもっと加減するから」

「こらあ! ちゃんと聞きなさいッ」

 天尊は反省の色はなく適当にアキラを宥めようとし、アキラは天尊の体をぼすっぼすっと叩いた。
 緋は、床に突っ伏した男たちを眼下に見据えて惘れ顔だった。

「だらしないヤツらだな」

「フェ、緋姐フェイチェ……」と呻き混じりの声が上がった。

「騎士団はいいとして、大隊隊員共。お前たちは大隊長と歩兵長の戦い振りを知っているのに、揃いも揃って誰ひとり対策ひとつ持ってないのか」

「そんな、厳しい……」

 緋は腕組みをしてフンッとそっぽを向いた。ビシュラ、と声をかけた。

「手当てしてやれ、ビシュラ」

「大隊長も歩兵長もやりすぎですよッ」

 ビシュラはふたりを注意しつつ、一番手近な被害者へと駆け寄った。
 天尊とヴァルトラムが素手だったのは不幸中の幸いだった。一見してみな怪我の程度は似たようなものであり、緊急を要する者はいないようだ。
 緋は天尊へと近づいた。天尊はアキラの両手を捕まえ、自分を叱るアキラをまあまあと宥めている最中だった。

「気は済んだか、大隊長」

 天尊は眉間に皺を寄せ、ハーッ、と大きな溜息を吐いた。

「やはりアキラを人前に出すんじゃなかった。悪い虫が寄ってくる」

「大隊長が連れてくるのが悪い。アタシは大隊長に訓練に顔を出せと言っただけでアキラを連れてこいとは言ってない」

「アキラから目を離せるわけないだろうが」

「大隊長が引っ付けてるから目立つんだ。大隊長が仕事に引っ付けてくるほどのお気に入りなんか、どこの有力貴族の娘かニーズヘクルメギルの秘蔵の姫かって噂になって当たり前だ。ウチのモンもグローセノルデン大公の騎士団もな」

「俺のアキラはむちゃくちゃカワイイからなー……。気にするなというのは無理か」

(あー、ダメだ。人の話が耳に入ってないな、この色ボケ大隊長)

「バカじゃないのッ!💢」

 アキラは頬を真っ赤にして天尊を怒鳴った。
 緋はアキラの気を静めようと頭をよしよしと撫でてやった。こうも話が通じないとなると、怒鳴りたくなる気持ちは分かる。

「……ビックリしました」

「何に?」

「こっちの人はみんな、ティエンと同じくらい強いのかと思ってたので」

 人間のアキラにとっては此方の世界の住人は、誰も彼もが自分とは異なる。みな一様に不思議な力を持っている。しかし、天尊とヴァルトラムはそのなかでも傑出した存在だ。誰もふたりに真面に触れることもできない、誰もふたりと同じように振る舞えない、誰もふたりに対抗できない。

「ア、アキラさん💦 大隊長はッ……」

「クハハハハハッ!」

 ビシュラが慌ててアキラに説明しようとしたところ、ヴァルトラムが大口を開けて笑った。余程可笑しかったようで、広い肩幅を豪快に揺する。

「みんな大隊長と同じくらい強ェのかだと。なかなか面白ェこと言う嬢ちゃんだ、カカカカッ」

 ヴァルトラムは天尊を見てニヤリと笑った。天尊は反射的にムッとした。

「後生大事に引っ付けちゃいるが、そんなに大した男とは思われちゃいねェなァ、エフェ野郎」

「黙れ、レイパー野郎。大した男どころか犯罪者が大きな口を叩くな」

 ガッ! ――天尊とヴァルトラムは同時に互いの胸座を掴み合った。
 緋は眉間に皺を寄せてハーッと深い溜息を吐いた。

「だから、トラジロにやめろと言われただろ。ここは隊舎じゃないんだぞ。ガキみたいなケンカでぶっ壊す気かッ」


「傾注!」

 突然、訓練場に大きな声が轟いた。
 かぶとを被ったメタルメイルの騎士たちが、整然と二列の隊列を成し、ガジャンガジャンッ、と重たい足音をさせながら物々しく訓練場へ入ってきたところだった。

「ユリイーシャ姫の御前である。騎士団総員、傾注せよ」

 床に臥せっていた騎士たちは、ううう……と呻き声を上げながらも、ヨロヨロと立ち上がった。ダメージが残る身体にメタルメイルが重たくのしかかるが、号令を無視するわけにはゆかなかった。
 入り口から真っ直ぐに整列したかぶとの騎士たちが、一歩ずつ左右に動いた。その間からスッと音もなく進み出てきたのは、ひとりの貴人。海色のように深い蒼の巻き毛、それとは対照的な臙脂色のドレス、肩には総レースのストールを掛け、上品な出で立ちだった。
 ビシュラは立ち上がって蒼髪の貴人を見詰める。

(あ。この方がユリイーシャ・グローセノルデンさまなのですね)

 ユリイーシャ・グローセノルデン――――
 ヘルヴィン・グローセノルデン大公の令嬢。歳を経ても屈強さに陰りを見せない父親には顔も風貌も似ても似つかないが、父親譲りの蒼い髪を見れば血縁であることは明白だ。
 姫は美しかった。髪の色、ドレスの色、肌の色が絵画のように見事に調和が取れており、顔は彫刻のように端正。絵画から抜けてできた妖精だと言われても信じたかもしれない。

 蒼髪の貴人・ユリイーシャは、小さな歩幅で優雅にゆっくりと天尊の前まで歩いてきた。天尊としっかりと目を合わせて柔らかく微笑んだ。

「お久し振りです。御機嫌麗しゅう、ティエンゾン様」

「お姫様がこんなところに何しに来た、ユリイーシャ」

 優美な微笑みを向けてくる妖精的な姫に対し、天尊は少々無愛想すぎるほどの無表情だった。

「ティエンゾン様が可愛らしい御嬢様をお連れになったと御父様から伺いましたの。ご挨拶させていただきたく参りました」

(ヘルヴィンのヤツ、余計なことを)

 天尊はチッと舌打ちした。

「ティエンゾン様。今からお茶を御一緒しませんこと? 是非ともティエンゾン様の可愛い方もお連れになってくださいませ」

「それは」

「私の日課のようなものですから、気が置けないティータイムですわ。どうぞそのままでいらして」

「俺は」

「ティエンゾン様のお好きな葉は何でしたかしら? 城に用意があるとよいのですけれど。冬の間は稀少なものは手に入りづらいのであまり珍しいものは仰有らないでくださいね」

 ユリイーシャはおっとりした口調でありながら天尊の返事も待たずポンポンと話を進める。これは交渉の得手・不得手ではない。ただ単に自分の話したいことから話すタイプだ。
 話を聞かない相手に何を話しても効果は期待できない。無駄な労力を割きたくない天尊は、また無表情でユリイーシャが喋り終えるのを待った。
 ユリイーシャは一頻り話したあと、顔を左右させてアキラとビシュラをチラッチラッと一度ずつ見た。

「それで、どちらがティエンゾン様の可愛い方でしょうか」

 ヴァルトラムは不愉快そうに眉間を寄せた。ビシュラの背後から腕を回してグイッと自分のほうへと引き寄せた。

「オイ。コレは俺のだ」

「ほ、歩兵長! ユリイーシャ姫さまに対して失礼ですよッ」

 ユリイーシャはヴァルトラムの荒っぽい物言いに気分を害した様子はなかった。笑顔を湛えたままアキラのほうへと目線を移動させた。

「では、こちらがティエンゾン様の」

 アキラは初対面のユリイーシャからジッと見詰められても悪い気分にはならなかった。アキラにとって蒼天の髪色は見慣れないものなのに、美しい相貌に柔和な笑み、穏やかな雰囲気が、自然と警戒心を感じさせなかった。お姫さまとはみな、こういうものなのだろうか。そういえば、天尊の弟・耀龍ヤオロンも初対面のときから警戒心を抱かせない人物だった。

「お茶はお嫌いかしら?」

「い、いいえ」

 ユリイーシャは口許に手を宛がってウフフと笑った。

「すぐに美味しいお茶とお菓子を用意させます。ティエンゾン様とご一緒に私の部屋にいらしてね」

「俺はいいとは言っていない。ユリイーシャ」

「訓練のあとですもの。私は多少の汚れなんて気にしませんわ」

「そんな話はしていない💢」

 ユリイーシャは天尊の苛立ちなど気づきもせず、クルリと踵を返した。そのまま出て行くのかと思ったら、緋の前で足を止めた。

「フェイも一緒にお茶しましょうね」

 緋は、分かった、と頷いた。
 そちらの御嬢様と歩兵隊長様も是非ご一緒に、とユリイーシャは言い置いて訓練場をあとにした。
 このお姫様は、名実共に生粋のお姫様なのだ。生まれついての姫であり、そうあるように育てられた。父親や騎士に愛されて守られて育ち、人の悪意を知らず、拒絶や拒否も知らない。それが何なのか分からないのだから、拒否をしても徒労だ。


  § § § § §


 ヴィンテリヒブルク城・ユリイーシャ姫の私室。
 お茶の支度が調うまで、招待客は前室で待つよう姫付きの侍女に言われた。前室だけで客室同等の広さはあり、隊員たちが寝泊まりしている宿舎とは比べようもなかった。
 ユリイーシャに招かれたのは五人。まずは天尊ティエンゾンとアキラ、そしてあの場にいたフェイとヴァルトラムとビシュラ。
 なかでもビシュラは、明らかに緊張していた。アキラも同じく貴族からお茶に招かれた経験などないが、それがどれほどの価値か分かるが故に、ビシュラのほうが遙かに緊張した。アスガルトで屈指の宏大な領地を有する大公の令嬢、つまりとびきりの貴人――――姫君の姿を直接拝謁しただけでも光栄なのに、そのティータイムに招待されるなど気が引けて当然だ。ユリイーシャ本人は自分の身分を鼻にかける素振りのない気さくな人物のようであったが。

「お、お姫さまとお茶を御一緒するのに、ほ、本当に普段着でよいのでしょうか」

「大丈夫だ。ユリイーシャはそういうことを気にする性格じゃない」

 ガチガチに緊張するビシュラに対して、緋が平然と言ってのけた。
 緋は落ち着いており、慣れている風さえある。ユリイーシャが直接声をかけたことにしても、少なからず面識があるようだ。

「フェイさんはユリイーシャ姫さまと面識がおありなのですか?」

「アタシの姉が親しくしている」

「フェイさんにはお姉さまがいらっしゃるのですか」

「姉とユリイーシャが幼馴染みみたいなもので子どもの頃から仲が良い。それでアタシも昔からユリイーシャを知っている」

 えっ、とビシュラは驚いて声を上げた。

「ということは、フェイさんのお家は相当な御身分の」

「フェイは貴族の娘だ」

 ヴァルトラムがサラリと放言した。
 まるで想定しなかった事実を知ったビシュラは、思わずピンッと背筋を伸ばした。

「そうでしたかッ」

「そうだったんだ。意外だろ」

 緋は冗談みたいにハハハと笑った。

「どうして今まで黙っていらしたのですか」

「わざわざ宣伝して歩くようなことじゃない。それに、三本爪飛竜リントヴルム騎兵大隊リッターじゃ貴族かどうかなんて意味の無いことだ」

 大隊長である天尊が敷いた大隊の掟は、能力主義。出自・経歴は不問、年功序列もない、身分の貴賤もない。身の丈以上に己を蔑む必要もなければ、過ぎて貴ばれることもない。故に、人性さえも疑わしい、〝人でなし〟のヴァルトラムが人の上に立っている。人格は遙かに緋のほうが優れることには、異を唱える者はいないだろう。しかし、緋自身もヴァルトラムが自分の上官であることに反感は無い。実力こそが何より重要な指標であると信じて疑わないからだ。
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