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Kapitel 05
05:眠り姫 05
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「あなたたちは揃いも揃って何をやっているのですか!」
それがトラジロの第一声だった。
爆発騒動の翌日、歩兵隊・騎兵隊それぞれ部隊長と二位官、それに付け加え、隊で一番の新人であるビシュラに対し、天尊から招集がかかった。揃って天尊の自室を訪ねろとのことだった。そこで、天尊の部屋の前でトラジロと出会した矢先、頭ごなしに叱り付けたれたのだった。
「到着した初日に、大公の御座す居城で破壊行為など前代未聞ですよ。ここは隊舎ではないのです。何かあれば我等三本爪飛竜騎兵大隊の評判に関わります、信用をなくします、立場を弱めます。大隊長に恥をかかせたいのですか」
「大変申し訳ございません……」
ビシュラは深々と頭を下げて陳謝した。しかしながらそのほかの者は不貞不貞しく突っ立っているだけで申し訳なさそうな顔一つ見せなかった。
「悪いのは歩兵長だろー。何で俺たちまで怒られんだよ、なあ?」
「静かにしてろズィルビー。トラジロの説教が長引くぞ」
不服そうに緋に同意を求めたズィルベルナーを、トラジロがキッと睨み付けた。
「ズィルベルナー、あなたには後で話があります」
「何で俺だけ⁉」
トラジロから叱られ素直にしゅんと凋れているビシュラに、ヴァルトラムが「オイ」と声をかけた。
「オメエが騒ぎにすっからチビのヒスが出てんじゃねェか」
「わっ、わたしだけの所為ですかっ」
一切の非が無いとは言わないが、基はといえばヴァルトラムが無茶なことを言い出したことに端を発するのだから責任を押し付けないでほしい、とビシュラは思った。
「呼ばれたのは隊長と二位官だけかと思ったが、何でオメエもここにいる」
「大隊長から直々に御連絡をいただきました。昨日も参上できなかったのに今日までお断りするわけにはいきません」
ドンッ!
ヴァルトラムはビシュラのすぐ横の壁を踏ん付けた。その一蹴で壁に穴が空き、剥げ落ちた破片がゴロンッと床に落ちた。
「な、何ですかっ」
「何となくムカついただけだ」
ヴァルトラムの行為を目にしたトラジロはまたカッとして口を開いた。
「ヴァルトラム! 壊すなと言っているでしょう。同じことを何度も言わせないでください」
事実、何度トラジロに説教をされてもヴァルトラムは変わらないであろう。そのような態度にも腹が立つのだがヴァルトラムの為に無限に時間を使ってやるわけにもいかない。トラジロが不快そうに顔を逸らすと、ビシュラのほうが恐縮してしまってペコペコと頭を下げる。
天尊から招集を受けたメンバーは全員揃っている。トラジロは天尊の部屋の扉をノックした。
〝眠り姫〟は瞳を開けていた。
背もたれの縁に花や蔦が装飾された黒を基調としたカウチに、天尊と一人の少女が並んで座っていた。見慣れない新緑の衣服を着ており、肩に付くか付かないかのボブの黒髪、夜のような黒い瞳で彼らを真っ直ぐに見る。人目を引くような華美なパーツはないが整った顔立ちは、まだあどけなさを濃く残しており、成人前であることは確かだ。
「ようやく意識がハッキリしてきたみたいだからな、改めて紹介する。アキラだ」
天尊に紹介され、少女はカウチから立ち上がった。
「はじめまして。アキラと言います。……宜敷お願いします」
アキラは深々と頭を下げた。
天尊が呼び寄せた彼らは沈黙してアキラを観察した。アスガルト各地を飛び回ることが主な任務である彼らは、一般的なアスガルトの住人それ以上にミズガルズに対して関心が薄い。学院で習った程度の浅い知識など忘れてしまったし、そもそも覚える気もなかった者もいる。ましてや動いているエンブラを見るなど初めてのことだ。ほかのどの隊員も一様に同じような反応を見せるだろう。その程度にエンブラは珍しくはあるが些細な存在なのだ。
ズィルベルナーはツカツカとアキラの前にやってくると、しゃがみ込んで下からジロジロと観察した。
「へー。見た目は俺らとゼンゼン変わらないんだな」
ズィルベルナーがアキラをあまりにも不躾にジロジロと観察するものだから、天尊はズィルベルナーの足をげしっと蹴った。
「これ、つまらないものですが」
アキラはそう言って、カウチの前のテーブルをスッと掌で指した。テーブルの上には彼らが見たことがない〝何か〟が積み上げられて三角形の山ができていた。一つ一つはブロックのように四角柱の形状をしており、50~60本はあるだろうか。
隊では博識で通っているトラジロでさえ知らない〝何か〟。トラジロはテーブルの上の山を指差した。
「大隊長。コレは何でしょう?」
「カステラ。手土産ってヤツだ」
トラジロは「カステラ」と復唱し、腕組みをして更に凝視する。
天尊は「ビシュラ」と声をかけた。チョイチョイと手招きされるままにビシュラは天尊の傍に寄る。三角の山の天辺を一本取って手渡された。
「ミズガルズの菓子だ。美味いぞ。甘いもの好きだろ」
「はい。ありがとうございます✨」
菓子と聞いた途端ビシュラの顔が輝いた。ヴァルトラムは無意識に無自覚にブスッとした様子で、天尊は内心やや勝ち誇った。あまり物事に動じないヴァルトラムを簡単に刺激できるのは少々小気味が良い。
ビシュラはカステラを胸に抱き、アキラに向かって頭を垂れた。
「お目文字叶いまして光栄に存じます、奥方さま。このように丁重なお心遣い、誠に痛み入ります」
アキラは目を丸くした。今まで温和しそうな印象だった表情を途端に真っ赤に変えた。
「奥方さま⁉ なっ、なっ?」
「大隊長の奥方さまと、お伺いしておりますけれど……」
「ティエン!」
アキラは天尊をキッと睨む。
「嫁みたいなモンだろ。アキラがまだ一緒になるような歳じゃないと言うから俺は待ってる」
「だからって紹介するのに嫁って……っ」
アキラと天尊のやり取りを見て、トラジロは内心驚いていた。
「緋姐、聞きましたか。今、大隊長をティエンと」
「嫁だっていうならおかしかないだろ」
当然のことだが、三本爪飛竜騎兵大隊において大隊長である天尊を愛称で呼ぶ者などいない。畏怖と敬愛を持って大隊長と呼ぶ。アキラが天尊を「ティエン」と呼び、天尊がそれを許容している事実が、トラジロのなかで二人の関係性に俄に信憑性を持たせ始めた。
アキラはまだ赤い顔で「とにかく」と仕切り直した。
「わたしは奥方さまではないです。アキラでお願いします」
「ではアキラさま、と?」
「それもちょっと」
「アキラさん?」
「……はい」
アキラはビシュラを見て、見掛け通りとても礼儀正しく丁寧な人なのだろうと思った。年上からさん付けで呼ばれることは少々むず痒いが、過ぎるくらいに控え目な質のビシュラと他人行儀なアキラではそこら辺りが妥協点であろう。
「緋とビシュラはアキラの面倒を見てやってくれ」
緋はコクッと頷き、ビシュラは「はい」と返事をした。アキラは大人の女性二人の顔をよくよく確認し、再びぺこっと頭を下げた。
「特にビシュラは観測所にいたからな。ウチじゃ一番人間に詳しい」
「わたしも知識でしか……。本物のエンブラを拝見するのは初めてですので、お役に立てますかどうか」
「それでもウチの者のなかでは一番役に立つ。人間は外見こそ俺たちと変わらんが、俺たちほど頑丈じゃないのは確かだ。以前医者に診せたとき、食い物やクスリを不用意に与えるなと言われた。何が害があって何が害がないのかよく分からんし、もしも何かあっても効果的な治療ができる保証は無いと」
ヴァルトラムはハッと鼻先で嘲弄した。
「莫迦かよ。それなら手土産なんざ持ってくるぐらいならテメエの食い物持ってくりゃよかったじゃねェか」
今度は天尊のほうが小馬鹿にしたように、そして厭味っぽく「はぁ~あ」と溜息交じりに笑った。
「観測所を通るには検閲がある。チェックに時間がかかるから何種類も持ってこれんし量も制限される」
天尊は腿の上に頬杖をつき、横目でアキラを見た。
「手土産は、世話になるからどうしても持って行きたいというアキラの頼みだしなァ」
アキラだから特別扱いをしたと暗に言っているようなものだ。当のアキラはそれに気付かない振りをして天尊からフイッと顔を背けた。
「テメエの女にゃ甘ェなァ、エフェ野郎」
「アキラは優しい女なんだよ。三回生まれ変わってもクソ人でなしには解らんだろうがな」
ガタッ。
ガジャコンッ。
天尊がカウチから立ち上がると同時に、ヴァルトラムも自前の銃を抜いて天尊の顔面に銃口を突き付けた。しかしながら天尊はヴァルトラムを真っ直ぐ見据えたまま怯まなかった。真っ直ぐに伸ばした腕の延長線上、銃のバレルの先端にある天尊と目と目をかち合わせ、ヴァルトラムはニイッと笑った。
「この距離じゃ俺の弾のほうが速ェなァ」
「ンな弾で俺の体を貫通できるかよ」
「試すか?」
「やってみろ」
天尊とヴァルトラムが睨み合う一触即発のムード。譬え命懸けになろうとも天尊が本気を出すならヴァルトラムは願ったり叶ったりである。しかしながら巻き込まれる周囲の者はたまったものではない。
「歩兵長、アンタが暴れるにはここは狭い。やめとけ」
「抑えてください大隊長! 内輪揉めでこれ以上城に被害を出すなどグローセノルデン大公に申し訳が立ちません💦」
ビシュラはオロオロし、緋は腕組みをして呆れ顔。トラジロとズィルベルナーは天尊とヴァルトラムの間に入って天尊を宥める。
「ティエン。やめて、お願い」
全員がアキラに目を向けた。子どもを諫める母親のように穏やかな口調だった。歳や外見の割にはとても落ち着いていて大人びている。そのギャップが自然とアキラを注視させた。アキラが天尊に向ける視線には怒りも焦りもなかった。ただ自分が懇願しさえすれば聞き入れてくれると知っている目だ。
天尊はやや顎を仰角にしてフーッと息を吐いた。ヴァルトラムに対して湧いてきた一過性の怒気を大気中に吐き出した。天尊がやる気にならないのなら挑発する意味は無い。ヴァルトラムは興醒めしてしまって銃を下げた。
ビシュラと緋は明日も天尊の部屋に来るよう指示され、一同は部屋から下がった。
それがトラジロの第一声だった。
爆発騒動の翌日、歩兵隊・騎兵隊それぞれ部隊長と二位官、それに付け加え、隊で一番の新人であるビシュラに対し、天尊から招集がかかった。揃って天尊の自室を訪ねろとのことだった。そこで、天尊の部屋の前でトラジロと出会した矢先、頭ごなしに叱り付けたれたのだった。
「到着した初日に、大公の御座す居城で破壊行為など前代未聞ですよ。ここは隊舎ではないのです。何かあれば我等三本爪飛竜騎兵大隊の評判に関わります、信用をなくします、立場を弱めます。大隊長に恥をかかせたいのですか」
「大変申し訳ございません……」
ビシュラは深々と頭を下げて陳謝した。しかしながらそのほかの者は不貞不貞しく突っ立っているだけで申し訳なさそうな顔一つ見せなかった。
「悪いのは歩兵長だろー。何で俺たちまで怒られんだよ、なあ?」
「静かにしてろズィルビー。トラジロの説教が長引くぞ」
不服そうに緋に同意を求めたズィルベルナーを、トラジロがキッと睨み付けた。
「ズィルベルナー、あなたには後で話があります」
「何で俺だけ⁉」
トラジロから叱られ素直にしゅんと凋れているビシュラに、ヴァルトラムが「オイ」と声をかけた。
「オメエが騒ぎにすっからチビのヒスが出てんじゃねェか」
「わっ、わたしだけの所為ですかっ」
一切の非が無いとは言わないが、基はといえばヴァルトラムが無茶なことを言い出したことに端を発するのだから責任を押し付けないでほしい、とビシュラは思った。
「呼ばれたのは隊長と二位官だけかと思ったが、何でオメエもここにいる」
「大隊長から直々に御連絡をいただきました。昨日も参上できなかったのに今日までお断りするわけにはいきません」
ドンッ!
ヴァルトラムはビシュラのすぐ横の壁を踏ん付けた。その一蹴で壁に穴が空き、剥げ落ちた破片がゴロンッと床に落ちた。
「な、何ですかっ」
「何となくムカついただけだ」
ヴァルトラムの行為を目にしたトラジロはまたカッとして口を開いた。
「ヴァルトラム! 壊すなと言っているでしょう。同じことを何度も言わせないでください」
事実、何度トラジロに説教をされてもヴァルトラムは変わらないであろう。そのような態度にも腹が立つのだがヴァルトラムの為に無限に時間を使ってやるわけにもいかない。トラジロが不快そうに顔を逸らすと、ビシュラのほうが恐縮してしまってペコペコと頭を下げる。
天尊から招集を受けたメンバーは全員揃っている。トラジロは天尊の部屋の扉をノックした。
〝眠り姫〟は瞳を開けていた。
背もたれの縁に花や蔦が装飾された黒を基調としたカウチに、天尊と一人の少女が並んで座っていた。見慣れない新緑の衣服を着ており、肩に付くか付かないかのボブの黒髪、夜のような黒い瞳で彼らを真っ直ぐに見る。人目を引くような華美なパーツはないが整った顔立ちは、まだあどけなさを濃く残しており、成人前であることは確かだ。
「ようやく意識がハッキリしてきたみたいだからな、改めて紹介する。アキラだ」
天尊に紹介され、少女はカウチから立ち上がった。
「はじめまして。アキラと言います。……宜敷お願いします」
アキラは深々と頭を下げた。
天尊が呼び寄せた彼らは沈黙してアキラを観察した。アスガルト各地を飛び回ることが主な任務である彼らは、一般的なアスガルトの住人それ以上にミズガルズに対して関心が薄い。学院で習った程度の浅い知識など忘れてしまったし、そもそも覚える気もなかった者もいる。ましてや動いているエンブラを見るなど初めてのことだ。ほかのどの隊員も一様に同じような反応を見せるだろう。その程度にエンブラは珍しくはあるが些細な存在なのだ。
ズィルベルナーはツカツカとアキラの前にやってくると、しゃがみ込んで下からジロジロと観察した。
「へー。見た目は俺らとゼンゼン変わらないんだな」
ズィルベルナーがアキラをあまりにも不躾にジロジロと観察するものだから、天尊はズィルベルナーの足をげしっと蹴った。
「これ、つまらないものですが」
アキラはそう言って、カウチの前のテーブルをスッと掌で指した。テーブルの上には彼らが見たことがない〝何か〟が積み上げられて三角形の山ができていた。一つ一つはブロックのように四角柱の形状をしており、50~60本はあるだろうか。
隊では博識で通っているトラジロでさえ知らない〝何か〟。トラジロはテーブルの上の山を指差した。
「大隊長。コレは何でしょう?」
「カステラ。手土産ってヤツだ」
トラジロは「カステラ」と復唱し、腕組みをして更に凝視する。
天尊は「ビシュラ」と声をかけた。チョイチョイと手招きされるままにビシュラは天尊の傍に寄る。三角の山の天辺を一本取って手渡された。
「ミズガルズの菓子だ。美味いぞ。甘いもの好きだろ」
「はい。ありがとうございます✨」
菓子と聞いた途端ビシュラの顔が輝いた。ヴァルトラムは無意識に無自覚にブスッとした様子で、天尊は内心やや勝ち誇った。あまり物事に動じないヴァルトラムを簡単に刺激できるのは少々小気味が良い。
ビシュラはカステラを胸に抱き、アキラに向かって頭を垂れた。
「お目文字叶いまして光栄に存じます、奥方さま。このように丁重なお心遣い、誠に痛み入ります」
アキラは目を丸くした。今まで温和しそうな印象だった表情を途端に真っ赤に変えた。
「奥方さま⁉ なっ、なっ?」
「大隊長の奥方さまと、お伺いしておりますけれど……」
「ティエン!」
アキラは天尊をキッと睨む。
「嫁みたいなモンだろ。アキラがまだ一緒になるような歳じゃないと言うから俺は待ってる」
「だからって紹介するのに嫁って……っ」
アキラと天尊のやり取りを見て、トラジロは内心驚いていた。
「緋姐、聞きましたか。今、大隊長をティエンと」
「嫁だっていうならおかしかないだろ」
当然のことだが、三本爪飛竜騎兵大隊において大隊長である天尊を愛称で呼ぶ者などいない。畏怖と敬愛を持って大隊長と呼ぶ。アキラが天尊を「ティエン」と呼び、天尊がそれを許容している事実が、トラジロのなかで二人の関係性に俄に信憑性を持たせ始めた。
アキラはまだ赤い顔で「とにかく」と仕切り直した。
「わたしは奥方さまではないです。アキラでお願いします」
「ではアキラさま、と?」
「それもちょっと」
「アキラさん?」
「……はい」
アキラはビシュラを見て、見掛け通りとても礼儀正しく丁寧な人なのだろうと思った。年上からさん付けで呼ばれることは少々むず痒いが、過ぎるくらいに控え目な質のビシュラと他人行儀なアキラではそこら辺りが妥協点であろう。
「緋とビシュラはアキラの面倒を見てやってくれ」
緋はコクッと頷き、ビシュラは「はい」と返事をした。アキラは大人の女性二人の顔をよくよく確認し、再びぺこっと頭を下げた。
「特にビシュラは観測所にいたからな。ウチじゃ一番人間に詳しい」
「わたしも知識でしか……。本物のエンブラを拝見するのは初めてですので、お役に立てますかどうか」
「それでもウチの者のなかでは一番役に立つ。人間は外見こそ俺たちと変わらんが、俺たちほど頑丈じゃないのは確かだ。以前医者に診せたとき、食い物やクスリを不用意に与えるなと言われた。何が害があって何が害がないのかよく分からんし、もしも何かあっても効果的な治療ができる保証は無いと」
ヴァルトラムはハッと鼻先で嘲弄した。
「莫迦かよ。それなら手土産なんざ持ってくるぐらいならテメエの食い物持ってくりゃよかったじゃねェか」
今度は天尊のほうが小馬鹿にしたように、そして厭味っぽく「はぁ~あ」と溜息交じりに笑った。
「観測所を通るには検閲がある。チェックに時間がかかるから何種類も持ってこれんし量も制限される」
天尊は腿の上に頬杖をつき、横目でアキラを見た。
「手土産は、世話になるからどうしても持って行きたいというアキラの頼みだしなァ」
アキラだから特別扱いをしたと暗に言っているようなものだ。当のアキラはそれに気付かない振りをして天尊からフイッと顔を背けた。
「テメエの女にゃ甘ェなァ、エフェ野郎」
「アキラは優しい女なんだよ。三回生まれ変わってもクソ人でなしには解らんだろうがな」
ガタッ。
ガジャコンッ。
天尊がカウチから立ち上がると同時に、ヴァルトラムも自前の銃を抜いて天尊の顔面に銃口を突き付けた。しかしながら天尊はヴァルトラムを真っ直ぐ見据えたまま怯まなかった。真っ直ぐに伸ばした腕の延長線上、銃のバレルの先端にある天尊と目と目をかち合わせ、ヴァルトラムはニイッと笑った。
「この距離じゃ俺の弾のほうが速ェなァ」
「ンな弾で俺の体を貫通できるかよ」
「試すか?」
「やってみろ」
天尊とヴァルトラムが睨み合う一触即発のムード。譬え命懸けになろうとも天尊が本気を出すならヴァルトラムは願ったり叶ったりである。しかしながら巻き込まれる周囲の者はたまったものではない。
「歩兵長、アンタが暴れるにはここは狭い。やめとけ」
「抑えてください大隊長! 内輪揉めでこれ以上城に被害を出すなどグローセノルデン大公に申し訳が立ちません💦」
ビシュラはオロオロし、緋は腕組みをして呆れ顔。トラジロとズィルベルナーは天尊とヴァルトラムの間に入って天尊を宥める。
「ティエン。やめて、お願い」
全員がアキラに目を向けた。子どもを諫める母親のように穏やかな口調だった。歳や外見の割にはとても落ち着いていて大人びている。そのギャップが自然とアキラを注視させた。アキラが天尊に向ける視線には怒りも焦りもなかった。ただ自分が懇願しさえすれば聞き入れてくれると知っている目だ。
天尊はやや顎を仰角にしてフーッと息を吐いた。ヴァルトラムに対して湧いてきた一過性の怒気を大気中に吐き出した。天尊がやる気にならないのなら挑発する意味は無い。ヴァルトラムは興醒めしてしまって銃を下げた。
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