マインハール ――屈強男×しっかり者JCの歳の差ファンタジー恋愛物語

花閂

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Kapitel 13:雷鎚

悲鳴 01

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「やめろぉおーーッ!」

 ルフトの甲高い悲鳴が夜空を切り裂いた。
 それを耳にした瞬間、ヴィントの背筋を悪寒が駆け抜けた。姉が崩れ落ちてしまいそうな気がした。逞しく誇り高い姉が。

「黙れッ!」とヴィントは天尊ティエンゾンに怒鳴った。

「誰が命じたかなどどうでもよいこと。貴様が我が部族を滅ぼしたことに変わりはない! 平気な顔をして何百人と皆殺しにできる者が悪魔でなくて何だッ」

「どうでもいい、か。俺を憎むほうが分かり易いもんなあ。姿形のない敵を討つよりも、俺ひとりに的を絞ったほうが現実的で遥かに簡単だ。つまり楽なほうを選んだんだろ?」

「貴様ッ……!」

 天尊はフンッと嘲弄した。
 正義を執行しようとしたはずのルフトよりも、悪魔と罵られた天尊のほうがずっと泰然自若だ。天尊は自身を正義とも善人とも思わないが、この浅慮な姉弟よりも物事の道理に明るい自信があり、また、自身の決定と行動に後悔などなかった。自分自身を揺るぎなく正しいと信じること、それこそが強者の証だ。

 ――ボクは、あのお姉さんのこともティエンのことも、可哀想だと思った。
 自分が正体不明のものに動かされていると分かっていても、分かっていなくても、自分の命を奪われそうになりながら誰かの命を奪う。この人たちはボクが生きているこの世界とはまったく違う世界に生まれて、想像もできないつらい境遇で生きて、たぶんそのことに納得できる理由なんてなくて、神様の気まぐれみたいなもの。
 それなら、誰も悪くないんじゃないかって。すべては〝そういう世界〟が悪いんじゃないかって。
 違う。本当はボクは――――。

「ティエンは悪魔なんかじゃないよ……」

 白は独り言のように零した。
 そのか細い自信なさげな声は、天尊の耳にも届いた。
 ――すべての悪いことを世界の構図の所為にして、ティエン以外の所為にして、ティエンを肯定したいんだ。世界中の人がキミを悪魔と罵っても、ボクは目に見える世界を無視してキミを信じる。
 キミの罪を知ってキミを許す。たぶん、ボクもまた罪を犯してる。

「ティエンがしたくてしたわけじゃない。人を殺すのは……悪いことだけど、命令されたから仕方なく……。ティエンはここではそんなことしない……。ボクの知ってるティエンは優しい人だよ。優しい人だって……信じてる」

 白の声はわずかに震えていた。天尊は、嘘をついているな、と感じ取った。
 品行方正かつ善良で正しくあろうとする白の本音とは思えない。天尊を擁護するための建前だ、要は依怙贔屓だ。無理をさせたことは忍びないが、そこまでして肯定してくれることが嬉しかった。

「アキラ……ッ」

 天尊は白を見詰め、拳を握る力にぐぐぐと力が入った。
 自分を信じると言ってくれる白を、失いたくない。白の死に因っても、自分のそれに因っても、ふたりを別つことを許容しない。必ず共に生きて帰るという決意が、さらに燃え上がった。

 キュィンッ。キュィンッキュィンッ、キュキュッ。
 突然、天尊の足元が発光した。そこから光の線が四方八方へ走って地面に碁盤を描いた。
 光る碁盤がルフトとヒンメルの足元にも及んだ瞬間、天尊は一気に片腕を振り上げた。

 ――《千畳鑓ヴァイテランツェ

 ザザザザンッ!
 天尊の動作に呼応して碁盤の交点から光り輝く〝銀竹〟が一斉に屹立した。
 ルフトとヒンメルは、嫌な予感がして反射的に空高く飛び上がり、銀竹に貫かれることから免れた。
 しかしながら、光る銀竹は目眩ましか誘い水。
 ピカッ、と夜空が一瞬閃いた。ルフトとヒンメルはハッとして顔色を変えた。如何に彼らが飛行を得手とするといえども、稲妻が空を駆け抜けるほうが必ず迅い。
 雷光が夜空を割ってふたりに落ちた。
 バリバリバリバリバリバリバリィイッ!
 稲妻がルフトとヒンメルに到達する寸前、ふたりは薄い膜に覆われた。それに稲妻が衝突し、ふたりは直撃から免れた。
 耀龍ヤオロンは目を大きくした。

「何あれ!」

「〝防護殻〟です。軍用品まで装備しているとは」

 防護殻はプログラムではなくマシンであり、持ち主への攻撃を感知して自動で発生する盾。見事、稲妻を防いで見せた。
 ヒンメルは稲妻の直撃を免れてホッとする間もなかった。ヴィントに突進する天尊の後ろ姿を見て、その狙いに逸早く気づいた。ネェベルを大量に消費するプログラムも、ふたりの間隙を突いた稲妻による急襲も、すべてが誘い水。天尊の狙いは人質の奪還だ。
 天尊に間近に迫られたヴィントは、身体が硬直した。先ほどルフトが受けそうになった拳が脳裏に過ぎった。あれはまさに神話の鎚。あの拳に撃たれれば命はないかと思うと戦慄した。

「娘を捨てろヴィント!」

 ヒンメルの声によってヴィントは金縛りが解けた。言われるがまま、小脇に抱えていた白を宙に放り投げた。
 ズドォオンッ!
 天尊の鉄拳が大木を撃ち抜いた。
 ヴィントからは大きく外れたが、それは重要ではなかった。天尊の意識は白に向いていた。
 白は身体の自由を取り戻したが重力に逆らう術がない。キュッと瞼を閉じて全身に力を入れた。数十メートルの高度から地面へ真っ逆さまに落下した。

「アキラァアーーッ!」

 天尊は、不格好に、形振り構わず、空を掻いて白に手を伸ばした。
 地面はすぐそこに迫る。ガチンッと奥歯を強く噛み、腱や肉が千切れても構うかと必死に手を伸ばした。
 ズガガァンッ! ――白と天尊は地面に落ちた。
 天尊は地面に直撃する手前で白の手を掴み取り、腕のなかに抱きこんで地面に叩きつけられた。

「いた……っ」

 白は思わず口走ったが、固い地面に叩きつけられたとは到底思えなかった。硬いけれど温かい感触に包まれている。ゆっくりと瞼を持ち上げると、期待通りのものを見た。
 天尊は腕のなかの白を、真剣な表情で覗きこんでいた。白が二、三まじろぎをすると、ようやくホッと息を吐いた。
 それから、白を抱き締めた。言葉で確認するよりも、実際に感触で、温度で、鼓動で、その無事を確かめたかった。

「……ティエン、大丈夫?」

「こっちの台詞だ」

「ひどいケガしてる。ツライ、よね?」

「アキラにそう言われると実に情けない」

 天尊はジョークのようにハハッと笑った。
 その吐息は途切れ途切れだった。本当は言葉を発するのも笑顔を作るのもつらいのではないか。痩せ我慢をしていると白は察した。

「ティエン。早く帰ろう」

「帰ろう、か……」

 天尊はそう呟いて白の首筋に目を落とした。白い肌に真新しい赤い傷。それをグイッと親指で押さえた。
 白はズキッと鋭い痛みを感じて一瞬、顔を顰めた。意識を失っている間にヴィントに付けられた傷に気づいていなかった。

「こ、これくらい何ともないよ。ティエンのケガのほうが心配。早く手当てしないと。こんなことやめて、もう帰ろう」

「帰る?」

 天尊から聞き返され、白はギクッとした。自分の首に置かれた天尊の手をパシッと両手で捕まえた。

「ティエンお願い。あの人たちを……殺したりしないで。お願い……っ」

 震えながらそんなことを願うのか、と天尊はおかしくなった。
 そのような些細な望みさえ叶わないかもしれないと怯えるのは、自分が何であるかを自覚していない証拠だ。懇願などしなくてよい。ただ一言、そうしてほしいと命じるだけでよい。

「……ああ。アキラがそう望むなら。アキラが無事なら充分だ。家に帰ろう」

 天尊は白の手をギュッと握り返して笑顔を見せた。
 白は、天尊が自分を安心させようとしていると分かった。胸中がほんわりと温かくなる。
 よかった。これにて終幕。これで家に帰れる。平穏な日常に、穏やかな暮らしに、幸福な毎日に戻れる。
 家に帰ったらまずは天尊の手当をしよう。銀太はどうしているだろうか。心配させているかもしれない、お腹を空かせているかもしれない。今夜の食事はあり合わせのものになるけれど、明日はみんなであたたかいものを食べよう。安堵しきった白の脳内は、さっそく穏やかな情景を思い描いた。

 天尊は白を自分の上から下ろしてゆらりと立ち上がった。白が蒼褪めるほどの怪我を負って足許は少々ふらついたが、まだ意識を保って白に支えられなくて済むほどの体力は残っていた。
 ドスンッ!
 天尊の腹部に鋭いものが差しこまれた。
 皮膚を突き破って筋肉を押し退け、深く深く臓腑にめりこんだ。白の目の前で、真っ赤な刃が天尊の腹を破って突き出た。内臓から喉元へと熱い液体が逆流してきた。
 ビチャビチャビチャッ。――天尊は地面に向かって口から血を噴き出した。

「グァッハ……ッ」

「ティエン!」

 どろどろどろ、どろどろどろ。
 赤黒い液体が腹から止め処なく溶け出す。見る見るうちに地面の上に広がってゆく。
 ぐるぐるぐる、ぐるぐるぐる。
 立ち上がっても動いてもいないのに脳内の感覚が回転して天地が分からない。螺旋を描きながら意識が抜け出てゆく。

「ティエッ――……」

 目の前にいる白の声が遠い。どんどん遠くなって何を言っているのか言葉が聞き取れない。しきりに唇を動かす白の顔が霞み消えてゆく。
 どさんっ。――天尊は血が染みこんで赤く染まった地面の上に肩から突っ伏した。
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