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Kapitel 11:父親
父親 04
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夜。
天尊は、耀龍の部屋の玄関にて白の父・紫と再び対面するこことなった。
紫がいる以上、白の部屋にある私室に戻ることはできない。紫の滞在中は耀龍が所有する一室で過ごすつもりだった。
紫のほうから訪問してくるのは想定外だ。
「や。今晩は。銭湯に行かない?」
「セントー?」
天尊は突然何を言われたのか分からず、紫に鸚鵡返しした。
自分の背後にいる耀龍を肩越しに見た。
「龍。セントーとは何だ。今すぐ辞書を引け」
「え。先頭? 戦闘? 尖塔?」
紫はピッと人差し指を立てた。
「大衆浴場。みんなで入る大きなお風呂だよ」
「みんなで? ここにいる全員で同じ風呂に入るってこと? えええ~?」
耀龍は眉をひん曲げて明らかに不服そうな声を出した。
ティエンゾンくん、ティエンゾンくん、と紫は無反応な天尊にパタパタと手を振った。
「日本にはさ、裸の付き合いっていう文化があるんだよ。一緒にお風呂に入るのは、アナタと親睦を深めたいですっていう意味なんだ。ティエンゾンくんは俺と仲良くなりたくないかな? 白ちゃんのパパの俺と」
紫のエサは露骨だったが、天尊はコクッと頷いた。露骨だろうと何だろうと、天尊にとっては魅力的なエサには違いない。
「勿論、喜んで御一緒させていただきます、大哥」
「ええええーーッ‼」
耀龍は、天尊が紫からの誘いを食い気味に了承したのに驚いて大声を上げた。
天尊は、喧しい、と耀龍の頭をペシッと叩いた。
瑠璃瑛商店街・銭湯。
天尊は、紫と銀太について初めてこの街の銭湯にやって来た。脱衣所も浴室も、フォルムに丸みを帯びた中年男性や、腰の曲がったお爺さんばかり。天尊どころか紫も若手の部類に入る。
天尊は銭湯での作法について紫から軽く教えを受けたあと、紫に続いて従順に踏襲し、湯船に浸かった。
壁面に描かれた絵に目が留まり、見上げて眺めた。裾野の広い大きな赤い山。天尊はこれが何であるか知らず、当然、特に思い入れはなかった。
(山火事か?)
紫は湯船で手足を伸ばして、ああ~ッ、と気持ちの良さそうな感嘆を漏らした。それから、顔に垂れ下がってきた前髪を両手で掻き上げて後方へ持ってゆき、手拭いを頭の上に載せた。
「ヤオロンくんは来なかったんだね。カルチャーショックな反応だったもんねえ。誘っちゃって悪かったかな」
「いいえ。お誘いいただけて光栄です。恥ずかしながら、弟はこういうものに慣れていないのです。根っからのお坊ちゃん育ちでして」
「兄弟なのにティエンゾンくんは平気なの?」
「幸い、私は職業柄、弟ほど神経質でもデリケートでもないもので」
紫は湯船の中をスーッと移動して天尊の真横に並んだ。
「ティエンゾンくん。キミについて俺の率直な感想を言ってもいいかな」
「勿論です」
「服の上からでもイイカラダだなって思ったけど脱ぐとスゴイね、イロイロと」
「ハハハ。何処を御覧になって仰有っているのですか、大哥」
紫の目線は湯船の中に落ちていた。天尊は自分の身体のどの部分を注視されているか何となく察し、笑って受け流した。
「長期休暇中だって言ってたけど、今も鍛えているのかい。羨ましい筋肉だなあ。デスクワークで運動不足気味だから俺も鍛え始めようかなあ」
紫の手が天尊の皮膚に触れた。腕や胸の筋肉をさわさわと撫で回して確かめた。
許可も得ず身体に触れるなど不躾だが、天尊は笑顔を崩さなかった。相手は白の実父だ。気に入られたい打算がある。彼が信条とする損得勘定の最たるものだ。表情を作るくらいはお手の物だ。
減るものでも損するものでもなし、飽きるまで撫で回したらよい。
銀太が腕を左右に広げてスイスイと泳ぐように湯を掻き分けながら近づいてきた。大きな目を天尊に向けた。
「スゴイってなにが? ティエンのなにがスゴイんだ?」
「お前にはまだ早い」
なんだよ、と銀太はつまらなさそうな顔をして、天尊の正面に腰を落ち着けた。
「ロンとユェンもくればよかったのにー」
「家の風呂に誘ってみろ。ギンタと二人なら龍もおそらく断らん」
「ロンはティエンといっしょにおふろはいらないのか?」
「ガキの頃は入った」
紫は湯船に体を沈めてゆき、浴槽の縁にうなじを置いた。また、ああぁ~と気持ちの良さそうな声を絞り出した。
「家族でお風呂に入るってイイよねえ。久し振りに銀太くんと一緒にお風呂に入ろうってことになったんだけどさ~」
「オレははいりたいなんてゆってない」
「新しいお家のお風呂は二人で入るにはちょっと狭くてね。銀太くんも大きくなってきたってことだね。白ちゃんも銀太くんもさ、俺が見てないところで大きくなって、知らない内に大人になっちゃうんだろうなあ……」
紫は銀太を見詰めて額に皺を寄せた。
「そんなに急いで大人にならないでよ」
「ヤダよ。オレでっかくなるんだ、ティエンよりも」
銀太は口をめいいっぱい横に開き、いーっとして見せた。
紫はアハハと声を上げて破顔した。
子どもに大きくなるなとは無理な話だ。成長するなとは勝手な願望だ。傍にいてやれないのは自身のエゴの代償なのに、目を離した隙に置いていかれた気分になる。
寂しいと感じているなど、我が子が知る必要はない。寂しさはこうやって冗談みたいに笑い飛ばす。君たちが、ただただ健やかに育ち、なりたいものになってくれたら本望だ。
「なあ。ティエンはこどものころからデカかったか」
天尊は、何を当然のことを、という目を銀太に向けた。
「幼児の頃は幼児のサイズだ」
「なんでこんなにデカくなった」
「毎朝、日の出の光を浴びながら3分間マッパで逆立ちをする」
「えぇッ! マジで⁉」
「ティエンゾンくん。うちの子に脈絡の無いウソ吹きこむのやめて」
紫は肩を揺すって笑った。
銀太が大真面目に直球の質問をぶつけてくるものだから、つい揶揄いたくなる気持ちは分かる。
「ウソはダメなんだぞ! アキラにいいつけるッ」
「ソレはお前、反則だろう」
銀太は両手で掬ったお湯をバシャッと天尊に叩きつけた。
天尊が不快な表情を見せると、効果があると思ったのか何度も繰り返しお湯を浴びせた。
「やめろ。風呂で暴れるな」
銀太は何度もやっている内にその行為そのものが楽しくなって、ギャハハと声を上げた。
「ティエンゾンくんやヤオロンくんがいて、毎日楽しいかい、銀太くん」
「うん。ティエンはたまにイヤなヤツだけど」
「本人の前でそういうことを言うんじゃない。傷つくだろう」
そう言う天尊の態度はまるで傷付いた素振りがなかった。
紫は顎を湯船につけて目線の高さを銀太とほぼ同じにしてジッと見詰めた。
「最近、つらいこととか悲しいこととかないかな」
「サイキン? それってきのうのことか?」
「昨日だけじゃないかな」
「いっぱいまえの日か」
「そう。パパがいない間のことだよ」
「ママが」
紫はなるべく婉曲を用いたはずなのにいきなり銀太から核心が飛び出しそうで、小さく生唾を嚥下した。
「……うん?」
「ママが……アキラはオレのホントーのおねえちゃんじゃないってゆった。それがいちばんかなしかったこと」
天尊は銀太の発言を聞いて嘆息を漏らした。
ほら、あの母親は銀太を傷付ける。白を攻撃する。二人にとって害悪だと認識した自身の判断は正しかったと、今一度確信を持った。
「オレのママとアキラのママはちがう人で、オレはホントーのキョーダイじゃないっておもったけど。でも、ロンはキョーダイだよって。アキラのこと大スキならダイジョーブだよってゆってた」
「…………。白ちゃんは何て?」
「アキラはオレのこと大スキだって。オレもアキラがいちばんスキだ。だからダイジョーブだよな?」
何を以てして「ダイジョーブ」なのか、正確な意味は紫には分からない。しかし、それをこの子に説明させるのは薄情だ。意味など理解できなくてもすべきことは分かる。今ここで父親である自分が、傷を負ったこの子にしてあげられることは、たったひとつ、肯定してあげること。
銀太が否定されたくないこと、心底望むもの、それは白との断てぬ絆だ。
「勿論。何も心配は要らないよ。白ちゃんと銀太くんは何があっても姉弟だし、パパは離れててもパパだよ」
紫は銀太の頭を両手でわしわしわしっと勢いよく撫で、抱き締めた。
バッシャバッシャ、と水飛沫を上げて銀太は紫の腕の中で藻掻いた。
「いや、ユカリはいい! いいって!」
「いい⁉ いいって何? いいってどういう意味なの銀太くんッ」
「ウザイ」
グサッ! ――紫の胸に無情な言葉のナイフが突き刺さった。
紫は半泣きになって銀太を腕の中から解放した。
「ウザイなんて白ちゃんにも言われたことないのに……。大体どうして二人ともパパって呼んでくれないの……。白ちゃんなんて銀太くんくらいの頃は、パパ、パパ~っていつも俺の後をついてきて可愛かったんだからね」
「事実か?」と天尊は銀太に尋ねた。
子どもたちとの温度差が大きく、マイペースな紫のことだ。自分勝手な記憶の改竄は有り得る。
「わかんね。オレうまれてない、たぶん」
銀太は天尊の間近に寄って顔を見上げた。
「なあ、なあ、なあ、なあ。ティエンはアキラにフラれたのか?」
「…………」
天尊は一瞬、真顔で押し黙った。当の本人に面と向かって尋ねるとは、デリカシーが無いにも程がある。相手が幼児でなければ鼻先に拳をお見舞いするところだ。
「そうだ」
「なんで? なんでアキラはティエンをフったんだ?」
「そういうことは本人に訊くな」
「だってアキラにきけねーだろ。アキラにきいて、きかれたくないことだったらアキラがイヤなキモチになる」
「アキラにはそれだけ気を遣えるクセに、何故俺への気遣いはできない」
「オレはティエンのことスキなんだけどなー。アキラはティエンのことスキじゃないのかー……」
「わざわざ、言葉にして、再確認、させるな」
ハーッ、と天尊は息を吐いて額を押さえた。
この幼児は、純真無垢な振りをしてわざとやっているのではあるまいな。このような幼気な外見で、そこまでの策士ではないと思いたい。
「ギンタはもう怒っていないのか。さっきは約束を破ったと、顔を真っ赤にして怒ったろう」
「やぶってない。ティエンはヤクソクをやぶらない」
銀太がすんなり認めたのは、天尊には意外だった。銀太には強がっている節もない。理由は分からないが、自分の言い分を理解してくれたようだ。
「そうだ。決して俺はお前との約束を破らない。俺がアキラの恋人になったなら、お前も含めて不幸になどせん」
銀太は天尊の目を見て、しっかりコクンと頷いた。
「ティエンはヤクソクをまもる。ただアキラにフラれただけ」
(このガキ……!💢)
天尊は、耀龍の部屋の玄関にて白の父・紫と再び対面するこことなった。
紫がいる以上、白の部屋にある私室に戻ることはできない。紫の滞在中は耀龍が所有する一室で過ごすつもりだった。
紫のほうから訪問してくるのは想定外だ。
「や。今晩は。銭湯に行かない?」
「セントー?」
天尊は突然何を言われたのか分からず、紫に鸚鵡返しした。
自分の背後にいる耀龍を肩越しに見た。
「龍。セントーとは何だ。今すぐ辞書を引け」
「え。先頭? 戦闘? 尖塔?」
紫はピッと人差し指を立てた。
「大衆浴場。みんなで入る大きなお風呂だよ」
「みんなで? ここにいる全員で同じ風呂に入るってこと? えええ~?」
耀龍は眉をひん曲げて明らかに不服そうな声を出した。
ティエンゾンくん、ティエンゾンくん、と紫は無反応な天尊にパタパタと手を振った。
「日本にはさ、裸の付き合いっていう文化があるんだよ。一緒にお風呂に入るのは、アナタと親睦を深めたいですっていう意味なんだ。ティエンゾンくんは俺と仲良くなりたくないかな? 白ちゃんのパパの俺と」
紫のエサは露骨だったが、天尊はコクッと頷いた。露骨だろうと何だろうと、天尊にとっては魅力的なエサには違いない。
「勿論、喜んで御一緒させていただきます、大哥」
「ええええーーッ‼」
耀龍は、天尊が紫からの誘いを食い気味に了承したのに驚いて大声を上げた。
天尊は、喧しい、と耀龍の頭をペシッと叩いた。
瑠璃瑛商店街・銭湯。
天尊は、紫と銀太について初めてこの街の銭湯にやって来た。脱衣所も浴室も、フォルムに丸みを帯びた中年男性や、腰の曲がったお爺さんばかり。天尊どころか紫も若手の部類に入る。
天尊は銭湯での作法について紫から軽く教えを受けたあと、紫に続いて従順に踏襲し、湯船に浸かった。
壁面に描かれた絵に目が留まり、見上げて眺めた。裾野の広い大きな赤い山。天尊はこれが何であるか知らず、当然、特に思い入れはなかった。
(山火事か?)
紫は湯船で手足を伸ばして、ああ~ッ、と気持ちの良さそうな感嘆を漏らした。それから、顔に垂れ下がってきた前髪を両手で掻き上げて後方へ持ってゆき、手拭いを頭の上に載せた。
「ヤオロンくんは来なかったんだね。カルチャーショックな反応だったもんねえ。誘っちゃって悪かったかな」
「いいえ。お誘いいただけて光栄です。恥ずかしながら、弟はこういうものに慣れていないのです。根っからのお坊ちゃん育ちでして」
「兄弟なのにティエンゾンくんは平気なの?」
「幸い、私は職業柄、弟ほど神経質でもデリケートでもないもので」
紫は湯船の中をスーッと移動して天尊の真横に並んだ。
「ティエンゾンくん。キミについて俺の率直な感想を言ってもいいかな」
「勿論です」
「服の上からでもイイカラダだなって思ったけど脱ぐとスゴイね、イロイロと」
「ハハハ。何処を御覧になって仰有っているのですか、大哥」
紫の目線は湯船の中に落ちていた。天尊は自分の身体のどの部分を注視されているか何となく察し、笑って受け流した。
「長期休暇中だって言ってたけど、今も鍛えているのかい。羨ましい筋肉だなあ。デスクワークで運動不足気味だから俺も鍛え始めようかなあ」
紫の手が天尊の皮膚に触れた。腕や胸の筋肉をさわさわと撫で回して確かめた。
許可も得ず身体に触れるなど不躾だが、天尊は笑顔を崩さなかった。相手は白の実父だ。気に入られたい打算がある。彼が信条とする損得勘定の最たるものだ。表情を作るくらいはお手の物だ。
減るものでも損するものでもなし、飽きるまで撫で回したらよい。
銀太が腕を左右に広げてスイスイと泳ぐように湯を掻き分けながら近づいてきた。大きな目を天尊に向けた。
「スゴイってなにが? ティエンのなにがスゴイんだ?」
「お前にはまだ早い」
なんだよ、と銀太はつまらなさそうな顔をして、天尊の正面に腰を落ち着けた。
「ロンとユェンもくればよかったのにー」
「家の風呂に誘ってみろ。ギンタと二人なら龍もおそらく断らん」
「ロンはティエンといっしょにおふろはいらないのか?」
「ガキの頃は入った」
紫は湯船に体を沈めてゆき、浴槽の縁にうなじを置いた。また、ああぁ~と気持ちの良さそうな声を絞り出した。
「家族でお風呂に入るってイイよねえ。久し振りに銀太くんと一緒にお風呂に入ろうってことになったんだけどさ~」
「オレははいりたいなんてゆってない」
「新しいお家のお風呂は二人で入るにはちょっと狭くてね。銀太くんも大きくなってきたってことだね。白ちゃんも銀太くんもさ、俺が見てないところで大きくなって、知らない内に大人になっちゃうんだろうなあ……」
紫は銀太を見詰めて額に皺を寄せた。
「そんなに急いで大人にならないでよ」
「ヤダよ。オレでっかくなるんだ、ティエンよりも」
銀太は口をめいいっぱい横に開き、いーっとして見せた。
紫はアハハと声を上げて破顔した。
子どもに大きくなるなとは無理な話だ。成長するなとは勝手な願望だ。傍にいてやれないのは自身のエゴの代償なのに、目を離した隙に置いていかれた気分になる。
寂しいと感じているなど、我が子が知る必要はない。寂しさはこうやって冗談みたいに笑い飛ばす。君たちが、ただただ健やかに育ち、なりたいものになってくれたら本望だ。
「なあ。ティエンはこどものころからデカかったか」
天尊は、何を当然のことを、という目を銀太に向けた。
「幼児の頃は幼児のサイズだ」
「なんでこんなにデカくなった」
「毎朝、日の出の光を浴びながら3分間マッパで逆立ちをする」
「えぇッ! マジで⁉」
「ティエンゾンくん。うちの子に脈絡の無いウソ吹きこむのやめて」
紫は肩を揺すって笑った。
銀太が大真面目に直球の質問をぶつけてくるものだから、つい揶揄いたくなる気持ちは分かる。
「ウソはダメなんだぞ! アキラにいいつけるッ」
「ソレはお前、反則だろう」
銀太は両手で掬ったお湯をバシャッと天尊に叩きつけた。
天尊が不快な表情を見せると、効果があると思ったのか何度も繰り返しお湯を浴びせた。
「やめろ。風呂で暴れるな」
銀太は何度もやっている内にその行為そのものが楽しくなって、ギャハハと声を上げた。
「ティエンゾンくんやヤオロンくんがいて、毎日楽しいかい、銀太くん」
「うん。ティエンはたまにイヤなヤツだけど」
「本人の前でそういうことを言うんじゃない。傷つくだろう」
そう言う天尊の態度はまるで傷付いた素振りがなかった。
紫は顎を湯船につけて目線の高さを銀太とほぼ同じにしてジッと見詰めた。
「最近、つらいこととか悲しいこととかないかな」
「サイキン? それってきのうのことか?」
「昨日だけじゃないかな」
「いっぱいまえの日か」
「そう。パパがいない間のことだよ」
「ママが」
紫はなるべく婉曲を用いたはずなのにいきなり銀太から核心が飛び出しそうで、小さく生唾を嚥下した。
「……うん?」
「ママが……アキラはオレのホントーのおねえちゃんじゃないってゆった。それがいちばんかなしかったこと」
天尊は銀太の発言を聞いて嘆息を漏らした。
ほら、あの母親は銀太を傷付ける。白を攻撃する。二人にとって害悪だと認識した自身の判断は正しかったと、今一度確信を持った。
「オレのママとアキラのママはちがう人で、オレはホントーのキョーダイじゃないっておもったけど。でも、ロンはキョーダイだよって。アキラのこと大スキならダイジョーブだよってゆってた」
「…………。白ちゃんは何て?」
「アキラはオレのこと大スキだって。オレもアキラがいちばんスキだ。だからダイジョーブだよな?」
何を以てして「ダイジョーブ」なのか、正確な意味は紫には分からない。しかし、それをこの子に説明させるのは薄情だ。意味など理解できなくてもすべきことは分かる。今ここで父親である自分が、傷を負ったこの子にしてあげられることは、たったひとつ、肯定してあげること。
銀太が否定されたくないこと、心底望むもの、それは白との断てぬ絆だ。
「勿論。何も心配は要らないよ。白ちゃんと銀太くんは何があっても姉弟だし、パパは離れててもパパだよ」
紫は銀太の頭を両手でわしわしわしっと勢いよく撫で、抱き締めた。
バッシャバッシャ、と水飛沫を上げて銀太は紫の腕の中で藻掻いた。
「いや、ユカリはいい! いいって!」
「いい⁉ いいって何? いいってどういう意味なの銀太くんッ」
「ウザイ」
グサッ! ――紫の胸に無情な言葉のナイフが突き刺さった。
紫は半泣きになって銀太を腕の中から解放した。
「ウザイなんて白ちゃんにも言われたことないのに……。大体どうして二人ともパパって呼んでくれないの……。白ちゃんなんて銀太くんくらいの頃は、パパ、パパ~っていつも俺の後をついてきて可愛かったんだからね」
「事実か?」と天尊は銀太に尋ねた。
子どもたちとの温度差が大きく、マイペースな紫のことだ。自分勝手な記憶の改竄は有り得る。
「わかんね。オレうまれてない、たぶん」
銀太は天尊の間近に寄って顔を見上げた。
「なあ、なあ、なあ、なあ。ティエンはアキラにフラれたのか?」
「…………」
天尊は一瞬、真顔で押し黙った。当の本人に面と向かって尋ねるとは、デリカシーが無いにも程がある。相手が幼児でなければ鼻先に拳をお見舞いするところだ。
「そうだ」
「なんで? なんでアキラはティエンをフったんだ?」
「そういうことは本人に訊くな」
「だってアキラにきけねーだろ。アキラにきいて、きかれたくないことだったらアキラがイヤなキモチになる」
「アキラにはそれだけ気を遣えるクセに、何故俺への気遣いはできない」
「オレはティエンのことスキなんだけどなー。アキラはティエンのことスキじゃないのかー……」
「わざわざ、言葉にして、再確認、させるな」
ハーッ、と天尊は息を吐いて額を押さえた。
この幼児は、純真無垢な振りをしてわざとやっているのではあるまいな。このような幼気な外見で、そこまでの策士ではないと思いたい。
「ギンタはもう怒っていないのか。さっきは約束を破ったと、顔を真っ赤にして怒ったろう」
「やぶってない。ティエンはヤクソクをやぶらない」
銀太がすんなり認めたのは、天尊には意外だった。銀太には強がっている節もない。理由は分からないが、自分の言い分を理解してくれたようだ。
「そうだ。決して俺はお前との約束を破らない。俺がアキラの恋人になったなら、お前も含めて不幸になどせん」
銀太は天尊の目を見て、しっかりコクンと頷いた。
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