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Kapitel 05:門番
門番 02
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試合当日。市営グラウンド。
瑠璃瑛商店街対ショッピングモールベースボールクラブ・サウザンズとの一戦。商店街の皆様は因縁の、などと言っているが応援者の御子様にはジュースや御菓子の詰め合わせが配られ、勝利したチームのメンバー全員には瑠璃瑛商店街・ショッピングモールにて使用可能な一万円分の商品券が贈られるという、友好的な催しである。
グラウンドのベンチには、それぞれのチームメンバーがユニフォームを身につけて屯している。勿論、天尊もこの日の為に用意された新品のユニフォームに袖を通していた。
試合開始の時間が近づくにつれ、グラウンドに徐々に人が増えはじめた。グラウンドの周りは芝生。緑の絨毯の上に子連れの姿がいくつもある。本日のチームメンバーの家族や関係者たちだ。
その光景を見た商店街の店主たちは、じーんと喜びを噛み締めた。趣味の草野球とはいえ、応援があるのとないのとでは力の入りようが異なる。
「草野球の試合に家族が応援に来てくれるなんて、なかなかねェぞ」
「やっぱり賞品を商品券にしたのが良かったな、うんうん」
(勝てば一万か。まだここの物価がよく分からんが、食費の足しにはなるか。それよりもギンタにオモチャか新しいゲームでも買ってやったほうがいいか? アキラは欲しいものを訊いても言わんからなあ)
捕らぬ狸の皮算用。ユニフォーム姿の天尊は、腕組みをしてそのようなことを考えていた。
チームメンバーは、試合開始のかなり前に集合時間が設定されていた為、天尊はひとりで家を出た。白と銀太は、試合開始の少し前にグラウンドに到着した。
銀太は同じような恰好をした一団のなかからすぐに天尊を発見した。天尊の白髪は何しろ目立つから、同じユニフォームを身に付けても見つけることは容易だ。
「アキラ、ほら! ティエンがいるぞ。おうえんしにきたぞー、ティエン」
銀太は天尊を指差してベンチのほうへと駆けつけた。
白は昼食入りのバスケットを持っており、銀太の後を歩みで追った。
天尊も銀太の声で二人の到着に気づいた。駆け寄ってきた銀太をヒョイと片腕に載せて抱え上げた。
「今日勝ったら商品券がもらえるそうだ。お前何が欲しい?」
「オレ、ゲーム!」
「初試合で勝つ気でいるの強気だよね」
今に始まったことではないけれど、白は天尊の自信家ぶりに惘れながら破顔した。
「ティエンがユニフォーム着てるの、なんか変な感じ」
「失礼だな。俺は大抵どんな衣装でも似合う」
「似合う似合う」
天尊は上背があり筋肉質だから、ユニフォームが様にはなっている。見た目だけなら助っ人外国人選手。ルールブックに齧りついていたド素人には見えない。
「ギンターー!」
大声で銀太の名前を呼ぶ幼い声。
銀太と同じ年頃の少年が二人、こちらに駆け寄ってきた。彼らは銀太と同じ幼稚園に通う、仲のよい友人たちだ。
桐木廉大[キリキレンタ]は活発な性格をしており、桃生清汰[モノーセータ]は見た目こそ金髪で目立つが少しのんびり屋さんだ。
「ギンタのおねーちゃんおはよ!」
「ねーちゃんおはよ」
廉大は息を弾ませながら元気よく、清汰はいつも通りのマイペースで、白に挨拶をした。
「おはよう、廉大、清汰。二人とも、誰か試合に出るの?」
清汰は「とーちゃん」と、廉大は「でない」と答えた。
「でないけど、ギンタもセータもみにいくってゆーし、しろいおにーちゃんでるんだろ。だからみにきた」
廉大は天尊を見上げて目をキラキラと輝かせた。天尊は銀太のお迎えに幼稚園に行くから、銀太の友だちにはすでに知られている。
「ギンタのシンセキのおにーちゃん、すっげーデカくてすっげーしろい……。すっげーつよそー! うおースゴイ!」
天尊はただ立っているだけ。しかし、廉大は拳をブンブンと上下に振りながら興奮気味だ。まるっきりヒーローショーの主役のようだ。
白はフフフと笑った。
「子どもに人気だねえ、ティエン」
「本意ではないがな」
清汰は廉大とは異なり黙って天尊を見上げてジーッと観察していた。と思ったら、カクッと首を傾げた。
「ねーちゃんのカレシ?」
「ちがう!」
銀太がムキになって怒鳴り、白はまあまあと宥める。
清汰は銀太に動じず天尊を見上げ続けた。
「にーちゃんアタマしろい。そめたのか? オレみたいに」
「生まれつきだ」
「にーちゃんはめもしろいのなんで?」
「生まれつきだ」
「ふーん、そっかあ。ぜんぶしろいのウマレツキなんだ」
(それで納得しちゃうんだ)
白は、清汰が納得した表情をしたのを見て内心ホッとした。
清汰は前もって用意していたかのようにポンポンと疑問を投げつけた。もしかしたら銀太のお迎えにやってくる天尊を見る度に不思議に思っていたのかもしれない。大人は疑問を抱いても不躾だと判断したら面と向かっては口にしないが、子どもに遠慮は無い。天尊の回答も遠慮なく素っ気ないものだったが、清汰は気にしていない様子だ。むしろ、本人から回答を得て満足げだ。
「清汰ぁーッ!」
今度は女性の大声。
名前を呼ばれた清汰は、声のほうを振り返った。まったく動じなかったのは流石ののんびり屋さんだ。
「かーちゃん」
「あ、ママもいる」
こちらに近づいてくる女性の集団。清汰と廉大はそのなかにいるぞれぞれの母親へぶんぶんっと大きく手を振った。
白は銀太と仲の良いお友だちの母親たちとは勿論、顔見知りだ。二人に向かってぺこりと会釈した。
清汰の母親は、キリッとした目許が特徴的な女性だった。髪の毛をひとつに結い、パンツルックが多く、快活な性格だ。
廉大の母親は、緩くウェーブした綺麗なロングヘアの持ち主で、優しげな面立ちの人物だ。
「コイツ勝手に走っていって、もう!」
「銀太くんのところにお邪魔していたのね、廉大くん」
清汰の母親は息子を怒鳴り上げ、廉大の母親はフフフと微笑んだ。
「銀太くんを見つけた途端、走って行っちゃって。廉大くんは銀太くんが大好きなのよ」
「ち、ちがうよ! やめてよママッ」
おっとりママからの何の脈絡も無い暴露。廉大は顔を赤くして必死にママの服を引っ張った。
清汰の母親は、息子の頭を上からガッと押さえつけた。
清汰は、あいたた、と声を漏らした。
「うちの子みててくれてありがとうね、アキラちゃん。何か迷惑かけなかった? この子ボーッとしてるから」
「いえ、迷惑なんて何も。清汰も廉大もいい子にしてますよ」
「ホラ、清汰。アキラちゃんにありがとうは?」
「ありがと……」
清汰の母親は息子の頭をペーンッとはたいた。
「ありがとう・ごめんなさい・いただきます・ごちそうさまはハッキリ言えっていつも言ってるだろ」
「ありがとーございましたッ」
天尊は腕に載せていた銀太を地面に下ろした。
銀太はすぐに友人たちとキャッキャッと騒ぎ出した。
清汰の母親は天尊のほうへ向き直った。そして、白の予想外にも「ティエンゾンさん」と話しかけた。天尊のほうも特に驚いた様子もなかった。
「本当に試合に出るのね。ウチの人が草野球に誘うって言ってたけど、冗談かと思ってた」
「包囲されて頼み込まれた」
「商店街のオッサンたちに? ティエンゾンさん目立つから目を付けられたのね」
清汰の母親はキャハハハと声を上げて笑った。
「ティエンは清汰のママと知り合いなの?」
白は意外そうに天尊に尋ねた。
「ティエンゾンさんはウチの常連さんなのよ」
「え。あ。もしかして、清汰のおうちってパチンコ屋さん?」
「アキラちゃん知らなかった? まー、遊戯場なんて中学生には縁が無いもんね」
白たちが談笑していると、ひとりの中年男性がベンチから近づいてきた。まさに話題のパーラー・ピーチの店主であり、清汰の父親であるノブさんだ。
「あ。とーちゃん」と清汰。
「お前たち、少しは俺を探してくれよ。俺の応援に来たんだろ」
「イヤ、別に。清汰が野球見たいって言うから来ただけ。タダだし、子どもにお菓子くれるし」
清汰の母親はサラリと放言した。
ノブさんは、妻の後方にいる若い女性たちを指差した。一歩離れて愛想良く微笑んでいる彼女たちは、自分の城であるパーラーの従業員だ。
「何で女の子たち連れてきたんだ?」
「ああ、チアガール代わり」
「俺の応援か✨」
「ンなわけないでしょー。お目当てはティエンゾンさんよ。草野球に出るらしいわよって言ったら見たい見たいって騒ぐから」
白はチラリと天尊の表情を窺った。自分を目当てにしていると宣言されたのにまるで気にしていないしれっとした表情をしている。
白は気を利かせてそっと一歩天尊から離れた。すると、若い女性たちが空いた隙間に滑り込むようにして一斉に天尊を取り囲んだ。
「わたしたち応援に来ました。試合がんばってくださーい」
「ユニフォームかっこいい~。プロの野球選手みたい」
「あの子、知り合いですか? お子さん、じゃないですよね?」
「いくら何でもあんなに大きな子どもがいるわけないじゃない。ていうか男の子? 女の子?」
銀太はムッと鼻の頭に皺を寄せた。白本人は少年に見間違えられることに慣れっこであるが、姉大好きの弟はそうはいかない。
アキラちゃんは女の子よ、と清汰の母親が従業員たちに伝えた。すると、えー。女の子なんだーとか、ボーイッシュだね~とか、当たり障りのない感想を口にした。天尊目当てにわざわざ休日の午前中からグラウンドに馳せ参じたのだから、それにしか興味を示さないのは当然だ。
清汰の母親は白に向かって申し訳なさそうに片目を瞑って見せた。
「ゴメンね。ウチの子たちがはしゃいじゃって。ウチに店にあんな若い男前が来ること滅多にないからさー、ティエンゾンさん人気者なのよ」
全然、と白は笑顔で首を左右に振った。
「ティエンはモテるのか?」
「モテるみたいだねー」
白の言い草は天尊にてんで関心がなかった。
清汰の母親はアハハと笑った。
「アキラちゃんはまだああいうのピンと来ないかー」
「ティエンの見た目がカッコイイってことは分かりますよ」
「あー、そっかそっか」
清汰の母親は白の頭をスリスリと撫でた。
白の言動はやはりあっさりしていた。白よりもずっと大人の女性として経験が豊富な清汰の母親から見て、まだ色恋のやきもきや駆け引きに頓着がないことは明らかだった。白を、大人顔負けに家事や育児をこなす、飛び抜けて出来た中学生だと評価しているが、そのような点は子どもらしく思え、可愛らしく感じた。
試合開始から程なくして。
天尊の打順は戴星よりも後だ。天尊がベンチで頌栄と話していると、先ほど出て行ったばかりの戴星が舞い戻ってきた。
天尊は、肩を落としている戴星を見て首を傾げた。
「お前、打順が回ってきたんじゃなかったのか。何故ここにいる」
「行って、帰ってきたんスよ! 言わせないで、恥ずかしい……」
つまり、戴星は三振だった。
天尊は、そうか、とだけ返した。落胆しきっている戴星に温かい言葉をかけるという気遣いは持ち合わせなかった。天尊が持つ戴星のイメージは、いつも狭い小部屋で店番をしておりスポーツが得意とは思えなかったから、活躍しないのもそう意外ではなかった。
「だってアイツの球落ちるし曲がるんスよォ」
戴星は頌栄に泣きつき、頌栄はそれはそれはと笑顔で慰めた。
「ピッチャーは球種が豊富ですね。ボールをよく見て、打てるヤツだけ打っていきましょ」
「フゥン。よく見ればいいんだな」
天尊は、頌栄からのアドバイスにウンウンと頷いた。
この初めて挑むスポーツについて自分は自他ともに認める素人であり、頌栄はコーチだ。思い遣りあるコーチの教えには柔順であるべきだ。
天尊の打順。
打席に立った天尊は、頌栄に教えこまれた通りにバットを構えた。持ち前の体幹の強さが発揮され、フォームそのものは教本通り、姿勢はピシリと維持されて綺麗なものだ。
天尊に気のある若い女性たちは、ユニフォーム姿を見てプロ野球選手みたいと評したが、初心者とは思えない堂々とした出で立ちをしており、確かに外見だけなら助っ人外国人選手の雰囲気がある。
対する敵チームのピッチャーにも気合いが入る。白球を握った力の籠もった腕をおもむろに振り上げた。天尊は微動だにすることなく白球の所在を目で追った。
ピッチャーが腕を振り抜いて白球が放たれた。それは矢の如く直進した。
バシィインッ、と乾いた音を立てて白球がキャッチャーミットに吸いこまれた。
スットラァーイク! ――高らかな審判の声。
天尊の初打席は三振にて終了。
天尊は三度のストライクの間、微動だにしなかった。見事にフォームを維持したまま固定され、商店街の店主たちは電池が切れたマシンかと疑った。
天尊がベンチに戻ってくると、戴星は、ねーアイツの球速いでしょ、と三振仲間として迎えた。
頌栄は不思議そうに首を傾げた。
「どうして一度もバットを振らなかったのですか?」
「ボールをよく見てろと言っただろ」
「はッ?」
頌栄と戴星は一瞬固まった。
まさか、愚直なまでに野球の師の言葉に従ったというのか。天尊がそこまで柔順であることも、一般常識に疎いことも想定の範囲外だった。
「お渡ししたルールブックは読みましたか?」
「ん? ああ、目を通すだけはな。感想は特にない」
「ッ……!」
頌栄と戴星は絶句した。
瑠璃瑛商店街対ショッピングモールベースボールクラブ・サウザンズとの一戦。商店街の皆様は因縁の、などと言っているが応援者の御子様にはジュースや御菓子の詰め合わせが配られ、勝利したチームのメンバー全員には瑠璃瑛商店街・ショッピングモールにて使用可能な一万円分の商品券が贈られるという、友好的な催しである。
グラウンドのベンチには、それぞれのチームメンバーがユニフォームを身につけて屯している。勿論、天尊もこの日の為に用意された新品のユニフォームに袖を通していた。
試合開始の時間が近づくにつれ、グラウンドに徐々に人が増えはじめた。グラウンドの周りは芝生。緑の絨毯の上に子連れの姿がいくつもある。本日のチームメンバーの家族や関係者たちだ。
その光景を見た商店街の店主たちは、じーんと喜びを噛み締めた。趣味の草野球とはいえ、応援があるのとないのとでは力の入りようが異なる。
「草野球の試合に家族が応援に来てくれるなんて、なかなかねェぞ」
「やっぱり賞品を商品券にしたのが良かったな、うんうん」
(勝てば一万か。まだここの物価がよく分からんが、食費の足しにはなるか。それよりもギンタにオモチャか新しいゲームでも買ってやったほうがいいか? アキラは欲しいものを訊いても言わんからなあ)
捕らぬ狸の皮算用。ユニフォーム姿の天尊は、腕組みをしてそのようなことを考えていた。
チームメンバーは、試合開始のかなり前に集合時間が設定されていた為、天尊はひとりで家を出た。白と銀太は、試合開始の少し前にグラウンドに到着した。
銀太は同じような恰好をした一団のなかからすぐに天尊を発見した。天尊の白髪は何しろ目立つから、同じユニフォームを身に付けても見つけることは容易だ。
「アキラ、ほら! ティエンがいるぞ。おうえんしにきたぞー、ティエン」
銀太は天尊を指差してベンチのほうへと駆けつけた。
白は昼食入りのバスケットを持っており、銀太の後を歩みで追った。
天尊も銀太の声で二人の到着に気づいた。駆け寄ってきた銀太をヒョイと片腕に載せて抱え上げた。
「今日勝ったら商品券がもらえるそうだ。お前何が欲しい?」
「オレ、ゲーム!」
「初試合で勝つ気でいるの強気だよね」
今に始まったことではないけれど、白は天尊の自信家ぶりに惘れながら破顔した。
「ティエンがユニフォーム着てるの、なんか変な感じ」
「失礼だな。俺は大抵どんな衣装でも似合う」
「似合う似合う」
天尊は上背があり筋肉質だから、ユニフォームが様にはなっている。見た目だけなら助っ人外国人選手。ルールブックに齧りついていたド素人には見えない。
「ギンターー!」
大声で銀太の名前を呼ぶ幼い声。
銀太と同じ年頃の少年が二人、こちらに駆け寄ってきた。彼らは銀太と同じ幼稚園に通う、仲のよい友人たちだ。
桐木廉大[キリキレンタ]は活発な性格をしており、桃生清汰[モノーセータ]は見た目こそ金髪で目立つが少しのんびり屋さんだ。
「ギンタのおねーちゃんおはよ!」
「ねーちゃんおはよ」
廉大は息を弾ませながら元気よく、清汰はいつも通りのマイペースで、白に挨拶をした。
「おはよう、廉大、清汰。二人とも、誰か試合に出るの?」
清汰は「とーちゃん」と、廉大は「でない」と答えた。
「でないけど、ギンタもセータもみにいくってゆーし、しろいおにーちゃんでるんだろ。だからみにきた」
廉大は天尊を見上げて目をキラキラと輝かせた。天尊は銀太のお迎えに幼稚園に行くから、銀太の友だちにはすでに知られている。
「ギンタのシンセキのおにーちゃん、すっげーデカくてすっげーしろい……。すっげーつよそー! うおースゴイ!」
天尊はただ立っているだけ。しかし、廉大は拳をブンブンと上下に振りながら興奮気味だ。まるっきりヒーローショーの主役のようだ。
白はフフフと笑った。
「子どもに人気だねえ、ティエン」
「本意ではないがな」
清汰は廉大とは異なり黙って天尊を見上げてジーッと観察していた。と思ったら、カクッと首を傾げた。
「ねーちゃんのカレシ?」
「ちがう!」
銀太がムキになって怒鳴り、白はまあまあと宥める。
清汰は銀太に動じず天尊を見上げ続けた。
「にーちゃんアタマしろい。そめたのか? オレみたいに」
「生まれつきだ」
「にーちゃんはめもしろいのなんで?」
「生まれつきだ」
「ふーん、そっかあ。ぜんぶしろいのウマレツキなんだ」
(それで納得しちゃうんだ)
白は、清汰が納得した表情をしたのを見て内心ホッとした。
清汰は前もって用意していたかのようにポンポンと疑問を投げつけた。もしかしたら銀太のお迎えにやってくる天尊を見る度に不思議に思っていたのかもしれない。大人は疑問を抱いても不躾だと判断したら面と向かっては口にしないが、子どもに遠慮は無い。天尊の回答も遠慮なく素っ気ないものだったが、清汰は気にしていない様子だ。むしろ、本人から回答を得て満足げだ。
「清汰ぁーッ!」
今度は女性の大声。
名前を呼ばれた清汰は、声のほうを振り返った。まったく動じなかったのは流石ののんびり屋さんだ。
「かーちゃん」
「あ、ママもいる」
こちらに近づいてくる女性の集団。清汰と廉大はそのなかにいるぞれぞれの母親へぶんぶんっと大きく手を振った。
白は銀太と仲の良いお友だちの母親たちとは勿論、顔見知りだ。二人に向かってぺこりと会釈した。
清汰の母親は、キリッとした目許が特徴的な女性だった。髪の毛をひとつに結い、パンツルックが多く、快活な性格だ。
廉大の母親は、緩くウェーブした綺麗なロングヘアの持ち主で、優しげな面立ちの人物だ。
「コイツ勝手に走っていって、もう!」
「銀太くんのところにお邪魔していたのね、廉大くん」
清汰の母親は息子を怒鳴り上げ、廉大の母親はフフフと微笑んだ。
「銀太くんを見つけた途端、走って行っちゃって。廉大くんは銀太くんが大好きなのよ」
「ち、ちがうよ! やめてよママッ」
おっとりママからの何の脈絡も無い暴露。廉大は顔を赤くして必死にママの服を引っ張った。
清汰の母親は、息子の頭を上からガッと押さえつけた。
清汰は、あいたた、と声を漏らした。
「うちの子みててくれてありがとうね、アキラちゃん。何か迷惑かけなかった? この子ボーッとしてるから」
「いえ、迷惑なんて何も。清汰も廉大もいい子にしてますよ」
「ホラ、清汰。アキラちゃんにありがとうは?」
「ありがと……」
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「ありがとう・ごめんなさい・いただきます・ごちそうさまはハッキリ言えっていつも言ってるだろ」
「ありがとーございましたッ」
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銀太はすぐに友人たちとキャッキャッと騒ぎ出した。
清汰の母親は天尊のほうへ向き直った。そして、白の予想外にも「ティエンゾンさん」と話しかけた。天尊のほうも特に驚いた様子もなかった。
「本当に試合に出るのね。ウチの人が草野球に誘うって言ってたけど、冗談かと思ってた」
「包囲されて頼み込まれた」
「商店街のオッサンたちに? ティエンゾンさん目立つから目を付けられたのね」
清汰の母親はキャハハハと声を上げて笑った。
「ティエンは清汰のママと知り合いなの?」
白は意外そうに天尊に尋ねた。
「ティエンゾンさんはウチの常連さんなのよ」
「え。あ。もしかして、清汰のおうちってパチンコ屋さん?」
「アキラちゃん知らなかった? まー、遊戯場なんて中学生には縁が無いもんね」
白たちが談笑していると、ひとりの中年男性がベンチから近づいてきた。まさに話題のパーラー・ピーチの店主であり、清汰の父親であるノブさんだ。
「あ。とーちゃん」と清汰。
「お前たち、少しは俺を探してくれよ。俺の応援に来たんだろ」
「イヤ、別に。清汰が野球見たいって言うから来ただけ。タダだし、子どもにお菓子くれるし」
清汰の母親はサラリと放言した。
ノブさんは、妻の後方にいる若い女性たちを指差した。一歩離れて愛想良く微笑んでいる彼女たちは、自分の城であるパーラーの従業員だ。
「何で女の子たち連れてきたんだ?」
「ああ、チアガール代わり」
「俺の応援か✨」
「ンなわけないでしょー。お目当てはティエンゾンさんよ。草野球に出るらしいわよって言ったら見たい見たいって騒ぐから」
白はチラリと天尊の表情を窺った。自分を目当てにしていると宣言されたのにまるで気にしていないしれっとした表情をしている。
白は気を利かせてそっと一歩天尊から離れた。すると、若い女性たちが空いた隙間に滑り込むようにして一斉に天尊を取り囲んだ。
「わたしたち応援に来ました。試合がんばってくださーい」
「ユニフォームかっこいい~。プロの野球選手みたい」
「あの子、知り合いですか? お子さん、じゃないですよね?」
「いくら何でもあんなに大きな子どもがいるわけないじゃない。ていうか男の子? 女の子?」
銀太はムッと鼻の頭に皺を寄せた。白本人は少年に見間違えられることに慣れっこであるが、姉大好きの弟はそうはいかない。
アキラちゃんは女の子よ、と清汰の母親が従業員たちに伝えた。すると、えー。女の子なんだーとか、ボーイッシュだね~とか、当たり障りのない感想を口にした。天尊目当てにわざわざ休日の午前中からグラウンドに馳せ参じたのだから、それにしか興味を示さないのは当然だ。
清汰の母親は白に向かって申し訳なさそうに片目を瞑って見せた。
「ゴメンね。ウチの子たちがはしゃいじゃって。ウチに店にあんな若い男前が来ること滅多にないからさー、ティエンゾンさん人気者なのよ」
全然、と白は笑顔で首を左右に振った。
「ティエンはモテるのか?」
「モテるみたいだねー」
白の言い草は天尊にてんで関心がなかった。
清汰の母親はアハハと笑った。
「アキラちゃんはまだああいうのピンと来ないかー」
「ティエンの見た目がカッコイイってことは分かりますよ」
「あー、そっかそっか」
清汰の母親は白の頭をスリスリと撫でた。
白の言動はやはりあっさりしていた。白よりもずっと大人の女性として経験が豊富な清汰の母親から見て、まだ色恋のやきもきや駆け引きに頓着がないことは明らかだった。白を、大人顔負けに家事や育児をこなす、飛び抜けて出来た中学生だと評価しているが、そのような点は子どもらしく思え、可愛らしく感じた。
試合開始から程なくして。
天尊の打順は戴星よりも後だ。天尊がベンチで頌栄と話していると、先ほど出て行ったばかりの戴星が舞い戻ってきた。
天尊は、肩を落としている戴星を見て首を傾げた。
「お前、打順が回ってきたんじゃなかったのか。何故ここにいる」
「行って、帰ってきたんスよ! 言わせないで、恥ずかしい……」
つまり、戴星は三振だった。
天尊は、そうか、とだけ返した。落胆しきっている戴星に温かい言葉をかけるという気遣いは持ち合わせなかった。天尊が持つ戴星のイメージは、いつも狭い小部屋で店番をしておりスポーツが得意とは思えなかったから、活躍しないのもそう意外ではなかった。
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戴星は頌栄に泣きつき、頌栄はそれはそれはと笑顔で慰めた。
「ピッチャーは球種が豊富ですね。ボールをよく見て、打てるヤツだけ打っていきましょ」
「フゥン。よく見ればいいんだな」
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この初めて挑むスポーツについて自分は自他ともに認める素人であり、頌栄はコーチだ。思い遣りあるコーチの教えには柔順であるべきだ。
天尊の打順。
打席に立った天尊は、頌栄に教えこまれた通りにバットを構えた。持ち前の体幹の強さが発揮され、フォームそのものは教本通り、姿勢はピシリと維持されて綺麗なものだ。
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対する敵チームのピッチャーにも気合いが入る。白球を握った力の籠もった腕をおもむろに振り上げた。天尊は微動だにすることなく白球の所在を目で追った。
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スットラァーイク! ――高らかな審判の声。
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頌栄は不思議そうに首を傾げた。
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「ボールをよく見てろと言っただろ」
「はッ?」
頌栄と戴星は一瞬固まった。
まさか、愚直なまでに野球の師の言葉に従ったというのか。天尊がそこまで柔順であることも、一般常識に疎いことも想定の範囲外だった。
「お渡ししたルールブックは読みましたか?」
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「ッ……!」
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優しく、暖かく、そして少し切ない物語。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
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