マインハール ――屈強男×しっかり者JCの歳の差ファンタジー恋愛物語

花閂

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Kapitel 09:懸隔

忿懣 02

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 耀龍ヤオロンが呼び出して30分もした頃、天尊ティエンゾンはそれに応じて姿を現した。
 天尊の表情筋は硬かった。ソファに座った耀龍は、それを見て、背凭れに沈みこんだ。天尊の腹の虫が治まっていないことを察した。安易に早まったことをしたかもしれないと思った。
 アキラと天尊は、リビングで会した。
 リビングのテーブルの上を埋め尽くした贈り物、白は天尊の目の前でそれを指差して見せた。

「これはどういうこと?」

 天尊は顎を仰角にした。

「詫びだ。今回のことは、アキラの気分を大いに害したろうから」

「要らない。ティエンからプレゼントをもらう理由なんて無い」

 耀龍は半ば唖然として白をマジマジと凝視した。
 白も贈り物で絆されたから仲違いを修復する為に天尊を呼んだと思った。まさか面と向かって突き返すことが目的とは思わなかった。

(それを直接言う為にわざわざ呼び出したのか。アキラって見掛けはおとなしそうなのに、キツイところある)

「詫びだと言っている」

「そーゆーことは物じゃ伝わらないよ。ごめんって思ってるならちゃんと自分の口で〝ごめんなさい〟って言いなさい」

 流石にこの発言には、耀龍も縁花も内心ギョッとした。
 耀龍は天尊の様子を恐る恐る覗き見た。天尊の眉尻はピクッピクッと痙攣し、かなり神経を逆撫でしたことは明らかだった。

(性格がキツイどころじゃないよ。恐いもの知らずすぎる……!)

 白も天尊の表情が変わったことに気づいたが怯まなかった。言葉を訂正することもなかった。
 天尊は感情を押し殺して口を開いた。

「この俺がか」

「悪いことしたら〝ごめんなさい〟するのは当たり前のことです。ティエンが偉くても偉くなくても」

「随分と突っかかるじゃないか。そんなに俺が気に入らんか」

「ティエンが気に入らないなんて話じゃありません。悪いことをしたと思って謝るつもりがあるなら、この方法は正しくないって話です。少なくともボクにとっては、気持ちが伝わる方法じゃありません」

 耀龍は内心、感心した。
 白が世間知らずだとしても、軍人としての天尊を知らないとしても、不興を買ったと気づかないはずはない。それでも、自分よりも一回り以上も大柄な屈強な男に対等な物言いをする。白には、天尊は決して自分に危害を加えないという信頼がある。以前耀龍が尋ねたとき、天尊を恐ろしくないと言ったのは本心だった。

「ああ、そうだ。俺は自分が悪いなどと思っていない。謝っているんじゃない、折れてやっているんだ」

「そうだと思いました。話をするのが面倒だからって謝る振りだけしてるのが見え見えです」

 年端もゆかない少女に心根を見透かされたのは、或る種の屈辱だった。天尊は一瞬押し黙り、眉間に皺を刻んだ。

「話したところで何がどうなる。どうにもならんだろう。俺とアキラの考え方が違うことは昨日充分に分かっただろう!」

「アキラにどなるな!」

 苛立ち任せについ声を荒げてしまった天尊の前に、銀太が躍り出た。
 銀太の大きな黒い目はキラキラと光って天尊を批難した。この二対一の構図は、そのまま昨日の再現だ。白と銀太は、まるで善の象徴。天尊に、自分とは相容れない性質だと思い知らせる。

「アキラをイジメるならティエンのことホントーにキライになるからな!」

 耀龍はソファから立ち上がって銀太に近づき、小さな体を両手でヒョイッと抱え上げた。
 銀太は宙で手足をバタバタと動かした。

「ギンタ。天哥々ティエンガコとアキラを二人にしてあげよう」

「ティエンはアキラにどなるからダメだ!」

 銀太は天尊をビシッと指差した。
 耀龍は苦笑して、そうだね~、と銀太を宥めつつ、玄関のほうへ歩き出した。

「確かに怒鳴るのは良くないね。でも、大丈夫。天哥々ティエンガコはもう怒鳴らないし大きな声も出さないよ。アキラとちゃんとお話しできる。天哥々ティエンガコはアキラとギンタのこと大好きだから。ね?」

 耀龍は天尊の傍を通過するときにそのようなことを言った。天尊は、言い聞かせられているようで煩わしく、チッと舌打ちした。


 室内には白と天尊の二人だけが残り、シンと静まり返った。
 天尊はリビングに突っ立って閉口したままだった。白は不機嫌な天尊と二人きりになってもその場から逃げだそうとせず、一歩も退かなかった。
 天尊の本心は、白との対立を回避したかった。だから、贈り物をして露骨なご機嫌取りを図った。天尊の最大限の譲歩、特別扱いは、受け容れられず突っぱねられた。
 これまで、天尊は白から一度たりとも厭われず、望むものを際限なく齎された。故に、受け容れられないことが、与えられないことが、無性に腹立たしい。

「そんなに気に入らんか。俺のやり方も考え方も」

「だから、気に入る入らないの話じゃありません」

「取り敢えず、その敬語をやめろ。ギンタと同レベルで言い聞かせられているみたいで苛つく」

「分かった」

 天尊はグッと拳を握った。
 情けないことだ。簡単な短い台詞の為に腹に力を入れる必要があるだなんて。

「そんなに俺が気に入らんなら追い出せばいい」

 白の表情が天尊の言葉を聞いた途端、一変した。それまで子どもを叱る母親のような顔付きをしていたのに、驚いて大きく目を見開いた。

「……本気で言ってる?」

「ああ。家主はアキラだ。アキラが一言、出て行けと言えば片はつく。これ以上の問答は無意味だ。価値観や考え方が違うヤツと衝突して疲弊するより、排除したほうが楽だ」

 天尊は努めて平静を保ち、大事おおごとではないようにぶっきら棒に放言した。
 このような少女に対して声を大きくして感情を露呈するなどみっともない。何度も無様を晒し、言葉を交わすのは最後かもしれないと思えばこそ、無様のままでは終われない。最後のときも結局は、何より惜しむのは自身の意地とプライドだ。

「ティエン~……!」

 天尊は白の顔を見てギクッとした。白は眉を逆八の字にして憤慨して睨みつけてきた。
 何度も困ったり笑ったりした。悲しんだり泣いたりしたこともある。しかし、この心優しい少女が本気で激怒したことはなかった。弟を叱るときすら慈しみが満ちていた。

「楽しようとするな!」

 顔を紅潮させた白から怒鳴られたのは、完全に虚を突かれた。ギョッとして半歩たじろいだ。
 天尊は初めて白の逆鱗に触れてしまった。

「ティエンはズルイよ! 面倒臭いことはやりたがらないし、イヤなことはボクに決めさせようとして!」

 白は、ただ立ち尽くす天尊に詰め寄った。

「同じ家に暮らして毎日顔を合わせるんだから、楽しいことばかりじゃないし、嫌なことがあるのは当たり前でしょ。見せたくないことや隠したいこともあるよ。でも、そういうの全部受け入れるって決めたから一緒に生活してるんだよ。ティエンがボクたちといるのが面倒になったなら勝手に出て行けばいい。わざわざご機嫌取りなんてしないで、何も言わないで出て行けばいい。ボクに決めさせないで、自分で決めて!」

 天尊は半ば茫然とし、一方的に言われるがまま反論が出てこなかった。自分の正当性を雄弁に主張するのは得意であるはずなのに。白が激昂したのは、それほどまでに意表を突かれた。
 カッとなった白は、言いたいことを一気にあらかた言い終えた。はあ、と息を吐いて肩を落ち着かせた。

「ボクは言わないよ。ボクたちもう家族なのに、ティエンに出て行けなんて言うのヤダもん」

「家族――……」

 天尊は独り言のようにポツリと呟いた。単語の意味をたったいま知ったかのように、実感がなかった。

「一緒に住み始めたのは急だったし、まだそんなに長い間一緒にいるわけじゃないけど……ティエンは銀太を可愛がってくれるし、ロンが迎えに来ても残ってくれた。ボクはティエンのこと家族だと思ってるよ」

「アキラはまだ……俺のことを家族だと思えるのか」

「家族でしょ?」

 白は天尊の顔を見上げ、今度は白のほうから天尊に尋ねた。
 家族と認めた相手から、いいえ、そうではない、と告げられるのは何ともないことではない。味方と信じた相手から裏切られるのは、何よりも苦痛だ。

「アキラから見れば、俺は酷い男だろう。アキラとは善悪の判断が違う。俺の行いはアキラの良心に堪えかねる。そんな男を、家族だと思えるのか」

 白は天尊の衣服の袖を捕まえた。

「だから、そういうのも受け容れるから家族なんだってッ」

「俺が人殺しでも?」

 ――お前は俺のすべてを受け容れると言う。俺がすべてを曝け出さなくとも。そんなお前を試そうとする俺は、浅ましい。
 白はコクンと頷き、天尊の袖をクイッと引っ張った。

「うん。ティエンが今まで何をしたか知らないし、きかない。ティエンは殺したくて殺してるわけじゃないって言った。じゃあもうそんなことしなくていいよ。もう誰も殺さないで。この家にいる間は、したくないことはしないで」

 天尊の生業を教えられていながら、その意味を理解せず批難した。自分の理想を押しつけ、天尊の大部分を否定した。もう傷付けたり悲しませたりしたくない。家族なのだから受け容れると決めた。


「〝ごめんなさい〟」

 突然降ってきた言葉に、白は目をパチクリさせた。謝りなさい叱りつけたのは、それが幼い弟に通用する常套句だからであり、プライドの高い天尊が従うとは思ってもみなかった。
 天尊は額に皺を寄せてバツが悪そうな表情をした。

「……と言えば許してくれるんだろう」

「う、うん」

 天尊は、想定外のことが起こって途惑う白の背中に腕を回し、自分のほうへ抱き寄せた。

「悪かった。アキラが嫌がることは、もうしない」

 天尊は小さくて薄い身体を片腕でぎゅっと抱き締め、頭頂に口と鼻を押しつけた。
 やはり白は天尊の欲するものを与え、際限なく満たしてくれる。自分でも説明できない渇望を。相容れない性質だと知っても、凶悪な本性を知っても、受け容れてほしかった。
 ――この袖を離さないでくれ。一緒にいさせてくれ。もう少し長く傍に――……。
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