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Kapitel 02:日常
日常 02
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大通りから入りこんだ路地裏。
大通りを頻繁に走行する自動車の騒音やクラクションが遠ざかり、昼間といえども人目に付きにくく、普段は物静かだ。
そのような場所で、高い少女の必死な声が響いた。
「ティエン! ティエン! もうやめてよ!」
天尊は男の首元を捕まえて片手で持ち上げていた。必然的に首が絞まった男は、バタバタと足で宙を掻いた。
白は必死に男たちの命乞いをした。白が服を引っ張っても、人ひとりが足掻いても、天尊はビクともしなかった。まるでマルスの彫像のように無慈悲に不動だった。
「ゲアッゲッ……アァッ!」
男はしばらく苦しそうな呻きを上げたが、ついに口から涎を噴いて白目を剥いた。そこまで達して、天尊は男からパッと手を離した。
ずしゃあっ、と男は地面にうつ伏せに倒れた。ピクッピクッと痙攣するばかりで到底立ち上がれそうにはない。
残りのふたりも、地べたで丸くなってガタガタと震えていた。天尊にすでに何度も殴られたあとだ。戦意を喪失してひたすら頭を垂れた。
「スンマセン、スンマセン! 本当にスンマセンでした……ッ」
「もう勘弁してください!」
天尊は男たちのほうへ爪先を向けた。
白は素早く天尊の前に回りこみ、男たちを後方に庇うようにして立った。
「アキラ。そこには立たないほうがいい。ソイツらはまだ動ける。危険だ」
「もうやめてってば!」
「何故だ」
「これ以上殴ったら死んじゃうよ!」
「そのつもりだ」
その返答を聞いて、白は凍りついた。
天尊はあまりにも自然だった。冗談や虚勢などではなく、本当に当たり前のことのように言い放った。自分とこの人とは何かが違う、そう感じ取った。
しかしながら、目の前でそのようなことを宣言されて退くことはできなかった。
「通りすがりに絡まれただけで人を殺すつもりっ?」
「コイツらはアキラとギンタを侮辱した、敵対した、危害を加えようとした。充分に危険だ。何故止める?」
「何故って……」
白は聞き返されるなんて思ってもみなかった。思わぬカウンターを喰らって咄嗟に言葉が出てこなかった。
「なにいってんだよ、ティエン。ころしちゃいけないなんてアタリマエだぞ」
助け船は意外なところからやって来た。銀太は白の隣に立って天尊に真正面から言明した。
天尊も流石に6歳児に何故と理由を問いはしなかった。
「フゥン。此國では敵を殺さないのか。知らなかった」
「此國ではやっちゃいけないからとか……そんな理由じゃ、ないよ」
「……? まあいい。アキラが殺すなと言うなら従おう」
白が停止しかけた思考からようやく絞り出した言葉も、それほど上手いものではなかった。だって、このようなことは懇切丁寧な説明など要さなくとも当たり前に伝わるものだと思っていたから。
天尊と自分たちとでは〝当たり前〟が異なるのだと思い知った。
夜。短期賃貸マンション。
白が入浴を終えて濡れ髪で部屋に戻ってくると、銀太はすでにベッドで就寝していた。掛け布団の外に飛び出した腕を布団のなかにしまい、肩の上までかけてやった。
天尊はベランダの戸を開け放って枠に凭りかかって床に座り、紫煙を燻らせていた。夜の背景に、白髪や白い瞳、色白の肌、つまりは白い横顔が浮かび上がって見えた。
とても異質な光景に感じたなのは、子どもふたりの生活に煙草を咥える大人の男が飛びこんできたからではないことは、白もすでに気づいていた。外見だけの話ではなく、おそらく天尊自体が白の知る世界の範疇にない。それが異界の住人だということ。
(ティエンにとっては、人間もあのモンスターもあんまり変わらないのかな。たぶん、自分とは違う生き物って意味では、同じだよね)
天尊は白の目が自分に向けられていることに気づいて「何だ」と声をかけた。
白は天尊の隣にちょんと座りこんだ。
「少し話でも、しようかと思って」
「俺もアキラに話があった」
天尊は、白の傷があるほうの腕に手を添え、できる限り柔らかく持ち上げた。
「傷は大丈夫か。昼間、突き飛ばされただろう。傷口が開いたり痛みが酷くなったりしていないか。痕が残らなければいいが」
「多少は残るかもしれないけど、目立たなければいいかな」
「馬鹿言え。女が体に傷なんか残すもんじゃない」
人間など見下しているのかと思えば、このように思い遣りある言葉をかける。子ども相手だと軽んじたり侮ったりせず、家主として尊重する。天尊が何を感じて何を考えて行動するのか、白にはまだ理解が及びそうになかった。
白が思惟していると、天尊が「なあ」と口を開いた。
「アキラが俺を家に置いてくれる条件は、何も訊かないことか?」
「そういうわけでもないけど……。何か訊きたいことがあるの?」
「そうだな、訊きたいことだ。興味本位と言ってもいい。だから答えなくて構わない。何も訊かないことが条件なら、勿論口にしない」
やはり妙に律儀だ。否、合理的なのか。自分が不利になるようなことならしないが、有利になるかもしれないから情報は多いに越したことはない。天尊のように屈強で不思議な力を持つ男が、子ども相手にそこまで合理的に行動する必要があるだろうか。子どもだと侮っていないからこその慎重さか。それとも単純に、彼の性質によるものなのか。
「訊いていいよ。答えたくないことは答えないし。答えたくないって言えば、ティエンは無理矢理訊いたりしないでしょ」
「お前たち姉弟の親は、今どうしているんだ?」
天尊は白の腕から手を離した。
白は両膝を自分のほうへ引き寄せて抱え、膝頭の上に顎を乗っけた。
「俺がしばらく世話になるのは、問題はないか」
「そりゃー問題ないことはないよ。勿論、親には内緒」
「いるのか」
「いるよ」
白は、天尊がやや意外そうにしたのが可笑しくてアハッと破顔した。
「っていっても、うちは父子家庭。父さんは海外で仕事してるよ。そんなに頻繁には帰国しないから、しばらくは心配しなくても大丈夫。年末年始には帰ってくると思うから、そのときはティエンはホテルとかに泊まってもらうことになると思う」
白は膝頭に頬を載っけて天尊のほうへ顔を向けた。
「ティエンの家族はどんな感じ? ティエンは元の世界に家族、いる?」
「…………。お前が言う家族とは少し違うかもしれんな」
(それはいないって意味? どっちか分かんない)
天尊はベランダのほうへ顔を向けて白い煙をフーッと噴いた。
白は黙って天尊の顎の稜線をジッと見詰めた。
怒った雰囲気も不機嫌な態度もない。ただ、確答を避けた。はぐらかすような返答だったのは、訊かれたくないことだったからだろうか。天尊の痛いところを突きたいわけでも、根掘り葉掘り素性を知りたいわけでもないから、それ以上追及しなかった。
「ボクからも話、していい?」
「ん?」
「昼間ケンカになったのはボクと銀太のため?」
天尊は煙草を唇に挟んで後頭部をガリガリと掻いた。
「昼間のことは……少々反省している。アキラにとっては同族だ。目の前で殺されていい気分はしなくて当然――」
「そうじゃなくて」
白から素早く否定され、天尊は少々隙を突かれた。意外な速さだったから、完全に意にそぐわないことを言ってしまったのだと悟った。
「ケンカになったのは、ボクと銀太を守ろうとしたから?」
「別に恩着せがましく守ってやったなど言うつもりはない。だが、殺さなかったのはアキラとギンタのためだ」
「じゃあボクと銀太がダメだよって言ったら、誰も殺さないでいてくれる?」
白は懇願するような視線を天尊に向けた。
白が天尊を理解できないように、天尊もまた白を正しく理解できない。白は天尊に急激な理解を求めなかった。異なる世界に住む異なる生き物同士がすぐさま理解し合えるほど、世界は単純にはできていない。天尊が同族という生き物同士だって言語で隔てられているだけでコミュケーション不全だ。
「そんな思い詰めたような顔をするな」
天尊は白の頭を大きな手でポンポンと撫でた。銜え煙草をした大人の顔が、眉間に皺を寄せて少々困ったように笑った。
「アキラの役に立ってやりたかったが、今回は裏目に出たな」
「ボクの役に立ちたかったの?」
「アキラは俺を拾ってくれた。俺に食うものと寝る場所をくれた。アキラに恩を返したくとも、俺はミズガルズじゃ大して役に立たん。正直、ニンゲンのフリさえ上手くできる自信がない。ガス欠状態じゃ大それたこともできん。腕っ節と空を飛ぶくらいしか能が無い。脅威を排除してやることのほかに、俺に何ができる」
――そんなことを考えていたのか。
白が意外そうに天尊を見上げ、目が合った天尊はバツが悪そうに苦笑した。
この人にとって自分が何もできない存在だと認めてしまうのは、とても遣る瀬ないことなのだろうな、と白は思った。
「人間のフリが上手じゃないのは当たり前だよ。ティエンは人間じゃないんだから。一緒に住んでいいよって言ったのはティエンに何かの役に立ってほしいからじゃない。だから気にしないで。無理して役に立とうなんてしなくていいよ。それに、ティエンが役に立たないなんてことはない。役に立ちたいって考えてくれるだけでそれはもう優しい人ってことだよ」
「優しくはない」
「ティエンは優しいよ。ボクと銀太を守ってくれた。今日だけじゃない。この前だって死んじゃいそうだったのに」
白は天尊に正面から向き合い、身振り手振りで懸命に説得した。
「上手くできないことがあるなら、これから上手くできるようになればいいんだよ。これからもボクたち三人、一緒に暮らすんだから」
天尊は説得されているというよりは慰められている気分だった。このような子どもに、大の大人の男が。情けなくなる。無力無能であることを赦されるのは、自分でもそれを認めてしまったかのようで歯痒い。
白にそのようなつもりは微塵も無いことは分かっている。これは自身の如何ともしがたい性分だ。
――異なる世界に住む異なる生き物を、理解し合うことが困難であるはずのもの同士を、簡単に受け容れてしまえるお前は、本当に優しいのだろう。その場凌ぎ、付け焼き刃、損得勘定の末の献身、そのようなものが精々の俺とは根本的に異なる。
「ああ。それもそうだな」
天尊がそう言うと、白はホッとしたように笑った。
天尊には、白が何をそんなにも案じていたのか、さっぱり分からなかった。家主が一所懸命なところ、無碍にするのも悪いなと思ったから適当な返事をした。
しかしながら、なんとなく悪くはない気分だ。まったく異なる生き物だと実感しながら、こんな優しさに触れるのも居心地がよい。
大通りを頻繁に走行する自動車の騒音やクラクションが遠ざかり、昼間といえども人目に付きにくく、普段は物静かだ。
そのような場所で、高い少女の必死な声が響いた。
「ティエン! ティエン! もうやめてよ!」
天尊は男の首元を捕まえて片手で持ち上げていた。必然的に首が絞まった男は、バタバタと足で宙を掻いた。
白は必死に男たちの命乞いをした。白が服を引っ張っても、人ひとりが足掻いても、天尊はビクともしなかった。まるでマルスの彫像のように無慈悲に不動だった。
「ゲアッゲッ……アァッ!」
男はしばらく苦しそうな呻きを上げたが、ついに口から涎を噴いて白目を剥いた。そこまで達して、天尊は男からパッと手を離した。
ずしゃあっ、と男は地面にうつ伏せに倒れた。ピクッピクッと痙攣するばかりで到底立ち上がれそうにはない。
残りのふたりも、地べたで丸くなってガタガタと震えていた。天尊にすでに何度も殴られたあとだ。戦意を喪失してひたすら頭を垂れた。
「スンマセン、スンマセン! 本当にスンマセンでした……ッ」
「もう勘弁してください!」
天尊は男たちのほうへ爪先を向けた。
白は素早く天尊の前に回りこみ、男たちを後方に庇うようにして立った。
「アキラ。そこには立たないほうがいい。ソイツらはまだ動ける。危険だ」
「もうやめてってば!」
「何故だ」
「これ以上殴ったら死んじゃうよ!」
「そのつもりだ」
その返答を聞いて、白は凍りついた。
天尊はあまりにも自然だった。冗談や虚勢などではなく、本当に当たり前のことのように言い放った。自分とこの人とは何かが違う、そう感じ取った。
しかしながら、目の前でそのようなことを宣言されて退くことはできなかった。
「通りすがりに絡まれただけで人を殺すつもりっ?」
「コイツらはアキラとギンタを侮辱した、敵対した、危害を加えようとした。充分に危険だ。何故止める?」
「何故って……」
白は聞き返されるなんて思ってもみなかった。思わぬカウンターを喰らって咄嗟に言葉が出てこなかった。
「なにいってんだよ、ティエン。ころしちゃいけないなんてアタリマエだぞ」
助け船は意外なところからやって来た。銀太は白の隣に立って天尊に真正面から言明した。
天尊も流石に6歳児に何故と理由を問いはしなかった。
「フゥン。此國では敵を殺さないのか。知らなかった」
「此國ではやっちゃいけないからとか……そんな理由じゃ、ないよ」
「……? まあいい。アキラが殺すなと言うなら従おう」
白が停止しかけた思考からようやく絞り出した言葉も、それほど上手いものではなかった。だって、このようなことは懇切丁寧な説明など要さなくとも当たり前に伝わるものだと思っていたから。
天尊と自分たちとでは〝当たり前〟が異なるのだと思い知った。
夜。短期賃貸マンション。
白が入浴を終えて濡れ髪で部屋に戻ってくると、銀太はすでにベッドで就寝していた。掛け布団の外に飛び出した腕を布団のなかにしまい、肩の上までかけてやった。
天尊はベランダの戸を開け放って枠に凭りかかって床に座り、紫煙を燻らせていた。夜の背景に、白髪や白い瞳、色白の肌、つまりは白い横顔が浮かび上がって見えた。
とても異質な光景に感じたなのは、子どもふたりの生活に煙草を咥える大人の男が飛びこんできたからではないことは、白もすでに気づいていた。外見だけの話ではなく、おそらく天尊自体が白の知る世界の範疇にない。それが異界の住人だということ。
(ティエンにとっては、人間もあのモンスターもあんまり変わらないのかな。たぶん、自分とは違う生き物って意味では、同じだよね)
天尊は白の目が自分に向けられていることに気づいて「何だ」と声をかけた。
白は天尊の隣にちょんと座りこんだ。
「少し話でも、しようかと思って」
「俺もアキラに話があった」
天尊は、白の傷があるほうの腕に手を添え、できる限り柔らかく持ち上げた。
「傷は大丈夫か。昼間、突き飛ばされただろう。傷口が開いたり痛みが酷くなったりしていないか。痕が残らなければいいが」
「多少は残るかもしれないけど、目立たなければいいかな」
「馬鹿言え。女が体に傷なんか残すもんじゃない」
人間など見下しているのかと思えば、このように思い遣りある言葉をかける。子ども相手だと軽んじたり侮ったりせず、家主として尊重する。天尊が何を感じて何を考えて行動するのか、白にはまだ理解が及びそうになかった。
白が思惟していると、天尊が「なあ」と口を開いた。
「アキラが俺を家に置いてくれる条件は、何も訊かないことか?」
「そういうわけでもないけど……。何か訊きたいことがあるの?」
「そうだな、訊きたいことだ。興味本位と言ってもいい。だから答えなくて構わない。何も訊かないことが条件なら、勿論口にしない」
やはり妙に律儀だ。否、合理的なのか。自分が不利になるようなことならしないが、有利になるかもしれないから情報は多いに越したことはない。天尊のように屈強で不思議な力を持つ男が、子ども相手にそこまで合理的に行動する必要があるだろうか。子どもだと侮っていないからこその慎重さか。それとも単純に、彼の性質によるものなのか。
「訊いていいよ。答えたくないことは答えないし。答えたくないって言えば、ティエンは無理矢理訊いたりしないでしょ」
「お前たち姉弟の親は、今どうしているんだ?」
天尊は白の腕から手を離した。
白は両膝を自分のほうへ引き寄せて抱え、膝頭の上に顎を乗っけた。
「俺がしばらく世話になるのは、問題はないか」
「そりゃー問題ないことはないよ。勿論、親には内緒」
「いるのか」
「いるよ」
白は、天尊がやや意外そうにしたのが可笑しくてアハッと破顔した。
「っていっても、うちは父子家庭。父さんは海外で仕事してるよ。そんなに頻繁には帰国しないから、しばらくは心配しなくても大丈夫。年末年始には帰ってくると思うから、そのときはティエンはホテルとかに泊まってもらうことになると思う」
白は膝頭に頬を載っけて天尊のほうへ顔を向けた。
「ティエンの家族はどんな感じ? ティエンは元の世界に家族、いる?」
「…………。お前が言う家族とは少し違うかもしれんな」
(それはいないって意味? どっちか分かんない)
天尊はベランダのほうへ顔を向けて白い煙をフーッと噴いた。
白は黙って天尊の顎の稜線をジッと見詰めた。
怒った雰囲気も不機嫌な態度もない。ただ、確答を避けた。はぐらかすような返答だったのは、訊かれたくないことだったからだろうか。天尊の痛いところを突きたいわけでも、根掘り葉掘り素性を知りたいわけでもないから、それ以上追及しなかった。
「ボクからも話、していい?」
「ん?」
「昼間ケンカになったのはボクと銀太のため?」
天尊は煙草を唇に挟んで後頭部をガリガリと掻いた。
「昼間のことは……少々反省している。アキラにとっては同族だ。目の前で殺されていい気分はしなくて当然――」
「そうじゃなくて」
白から素早く否定され、天尊は少々隙を突かれた。意外な速さだったから、完全に意にそぐわないことを言ってしまったのだと悟った。
「ケンカになったのは、ボクと銀太を守ろうとしたから?」
「別に恩着せがましく守ってやったなど言うつもりはない。だが、殺さなかったのはアキラとギンタのためだ」
「じゃあボクと銀太がダメだよって言ったら、誰も殺さないでいてくれる?」
白は懇願するような視線を天尊に向けた。
白が天尊を理解できないように、天尊もまた白を正しく理解できない。白は天尊に急激な理解を求めなかった。異なる世界に住む異なる生き物同士がすぐさま理解し合えるほど、世界は単純にはできていない。天尊が同族という生き物同士だって言語で隔てられているだけでコミュケーション不全だ。
「そんな思い詰めたような顔をするな」
天尊は白の頭を大きな手でポンポンと撫でた。銜え煙草をした大人の顔が、眉間に皺を寄せて少々困ったように笑った。
「アキラの役に立ってやりたかったが、今回は裏目に出たな」
「ボクの役に立ちたかったの?」
「アキラは俺を拾ってくれた。俺に食うものと寝る場所をくれた。アキラに恩を返したくとも、俺はミズガルズじゃ大して役に立たん。正直、ニンゲンのフリさえ上手くできる自信がない。ガス欠状態じゃ大それたこともできん。腕っ節と空を飛ぶくらいしか能が無い。脅威を排除してやることのほかに、俺に何ができる」
――そんなことを考えていたのか。
白が意外そうに天尊を見上げ、目が合った天尊はバツが悪そうに苦笑した。
この人にとって自分が何もできない存在だと認めてしまうのは、とても遣る瀬ないことなのだろうな、と白は思った。
「人間のフリが上手じゃないのは当たり前だよ。ティエンは人間じゃないんだから。一緒に住んでいいよって言ったのはティエンに何かの役に立ってほしいからじゃない。だから気にしないで。無理して役に立とうなんてしなくていいよ。それに、ティエンが役に立たないなんてことはない。役に立ちたいって考えてくれるだけでそれはもう優しい人ってことだよ」
「優しくはない」
「ティエンは優しいよ。ボクと銀太を守ってくれた。今日だけじゃない。この前だって死んじゃいそうだったのに」
白は天尊に正面から向き合い、身振り手振りで懸命に説得した。
「上手くできないことがあるなら、これから上手くできるようになればいいんだよ。これからもボクたち三人、一緒に暮らすんだから」
天尊は説得されているというよりは慰められている気分だった。このような子どもに、大の大人の男が。情けなくなる。無力無能であることを赦されるのは、自分でもそれを認めてしまったかのようで歯痒い。
白にそのようなつもりは微塵も無いことは分かっている。これは自身の如何ともしがたい性分だ。
――異なる世界に住む異なる生き物を、理解し合うことが困難であるはずのもの同士を、簡単に受け容れてしまえるお前は、本当に優しいのだろう。その場凌ぎ、付け焼き刃、損得勘定の末の献身、そのようなものが精々の俺とは根本的に異なる。
「ああ。それもそうだな」
天尊がそう言うと、白はホッとしたように笑った。
天尊には、白が何をそんなにも案じていたのか、さっぱり分からなかった。家主が一所懸命なところ、無碍にするのも悪いなと思ったから適当な返事をした。
しかしながら、なんとなく悪くはない気分だ。まったく異なる生き物だと実感しながら、こんな優しさに触れるのも居心地がよい。
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