マインハール ――屈強男×しっかり者JCの歳の差ファンタジー恋愛物語

花閂

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Kapitel 02:日常

日常 01

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 アキラ銀太ギンタ天尊ティエンゾンの三人は街へと出掛けた。
 白と銀太は駅前の不動産屋の前で足を停めた。通りに面したウィンドウに貼り出された物件情報に熱心に目を通す。無論、銀太は白の真似してふんふんと読み込んでいる振りをしているだけだ。

「なー、アキラ。つぎはどんないえにすむんだ?」

「ティエンも一緒に住むとなると最低でも3Lは欲しいよねー……。理想としては4Lだけど家賃がなー」

 白は背後を振り仰いだ。
 サングラスをかけた天尊が、ややブスッとした表情で立っていた。

「なんか機嫌悪くない? どうしたの? ティエン」

「お前が着替えろなんて言うから」

「だってあのカッコじゃ目立つもん」

 天尊のスタイルは頭の天辺から爪先まで真っ白に統一されている。服装だけならまだしも、髪の色も瞳も白く、肌の色も此國の平準よりは色白だ。街中で人目を引くことは間違いない。
 装束はスーツへと着替えた。顔半分を覆っていたマスクは外した。瞳の色はサングラスで隠した。それでもまだ、白髪と恵まれた体格で目立ってしまうが致し方ない。

「いきなり着替えろと言われたから身汚いという意味かとちょっとショックだったぞ。そういうことならそういうことだと言え。ちゃんと言ってくれ、頼むから。ああいう言い方をされると悪いほうに考えるだろう」

(意外と繊細なんだな、男の人って)

 立派な体格で堂々としているくせに変なの、と白は思った。

「ティエンはどんな部屋がいい?」

 天尊は憮然として腕組みをした。
 すぐに話を切り替えられた。しかし、恰好にあまり拘りすぎるのも大人げない。

「できるだけ広い部屋にしておけ。手狭なのは嫌だろう」

「一番大事だいじなのは家賃との折り合いです」

「世話になるんだからそれくらいは俺が出してやる」

 白は天尊を見上げて目を丸くした。

「字は、読めるんだっけ?」

「読める。完璧に理解している」

「オレもー! オレもカタカナとひらがなよめるー」

 銀太が得意気にピョンピョンと飛び跳ねる。白はその頭をポンポンと撫でてやった。

「この辺で4LDK借りたら家賃いくらするか知らないでしょ。もし、ティエンに払ってもらうとしても、ティエンがいなくなったあとが困るよ。我が家の生活費じゃそんな家賃は払えません」

「じゃあ買うか」

「か、買う⁉」

 白は驚いてスザッと天尊から半歩後退った。
 銀太は天尊の服の裾を掴んでツンツンと引っ張った。

「ティエンはおかねもちなのか?」

「俺は高給取りだ✨」

「アキラー。ティエンはコーキュートリーなんだって。コーキュートリーっておかねもちか?」

 6歳児は新しい言葉を聞いて意味も分からないのに丸め込まれかけている。
 しかし、白はそうはいかなかった。いくら天尊が高給取りだと大見得を切ろうと、マンションなんて大きな買い物を簡単にさせるわけにはいかない。

「マンションなんて衝動買いするものじゃありません!」

「買うにしろ借りるにしろ、まずは部屋を見ないことには話は始まらん。入るぞ」

「買わないよ! 絶対買わないからねッ」

 天尊は白の腕を引いて不動産屋のなかへ入っていた。


 小一時間後。
 三人は不動産屋から出て来た。
 めぼしい物件をいくつか見つけられ、直近の内見の日付まで決めた。新居探しの進展は非常にスムーズと言えよう。
 しかし、白の顔は浮かなかった。

「どうした。気分でも悪いか、アキラ」

「誰の所為⁉」

「俺なのか?」

 当たり前でしょ、と白は即座に言い返した。

「マンションを買うなんて畏れ多くてできないと思って、買うくらいなら借りますって言っちゃったけど、なんだか……なんだかとても早まった気分……」

 天尊はハハハッと笑い飛ばした。
 白は生真面目で、とても誠実な性分らしい。自称高給取りの大人が、買ってやると言っているのだから甘えておけばよいのに、むしろ恐縮させてしまったようだ。

 信号待ちをしていると、銀太が「ティエン、ティエン」としきりに話しかけた。

「なんでおめんはずしたんだ? あれカッコイイのに」

「おめん? ああ、睛蓋せいがいのことか」

 銀太は無遠慮に天尊の顔を指差した。
 天尊のマスクは、何かしらの機能を有しているのか、単なる装飾なのか、白や銀太には分からない。天尊は食事のときも寝るときも家にいる間中、片時も外さなかった。白と銀太は、こうして外出のために着替えたから天尊の素顔の全貌を初めて見た。

「あんなものを付けていたらそれこそ目立ってしょうがない。そもそも視野が潰れるし暑苦しいし邪魔臭いんだ、アレ」

「じゃあなんでつけてるんだ。カッコイイから?」

「カッコよくはないだろう。付ける義務があるから付けているだけだ」

 なーんだ、と銀太は急激に興味を無くし、天尊からフイッと顔を逸らした。
 歩行者信号の色が青に変わった。銀太はタタタッ、と先んじて小走りで進んだ。

「じゃあ外して大丈夫だったの?」

 白から尋ねられ、天尊は宙を見遣った。

「あー……。まあ、外して直ぐさまどうこうなるというモンでもない。ミズガルズに滞在中は付けろという規則があるだけで、取り締まるヤツがいるわけでもない」

「ミズガルズ?」と白が聞き返した。

「アキラたちが住むこの世界を、俺たちが勝手にそう呼んでいる。俺たちの世界はアスガルト、アキラたちの世界はミズガルズ。アスガルトとミズガルズを自由に往来することはできない。俺もミズガルズは管轄外だから来ること自体稀だ」

「管轄とかあるんだ。ティエンは普段どんなお仕事してるの?」

「軍人だ」

 軍人……、と白はボソッと天尊の言葉を反復した。
 そういう職業の方に実際にお目にかかったことはないから、天尊がそれらしいのからしくないのかは判断が付かない。おそらくは本当なのだろうと思った。もうすでに一緒に住むほど信頼を得た子ども相手に嘘を吐く意味は無い。

(ああ、そうか。映画でもモンスターと戦うのは軍隊だ。ティエンは元々あの丸いモンスターを倒すために来たんだった)

 天尊は進行方向を指差した。

「アキラ。ギンタがだいぶ先行しているが、いいのか」

「あ。銀太ー。あんまり離れちゃダメだよ。そこで止まっててー」

 銀太は白の言いつけはよく守る。その場でピタリと停止して白と天尊のほうを振り返った。
 銀太から「早くー」と急かされ、白は「はいはい」と笑った。
 ドンッ。――銀太の背中に何かがぶつかった。
 それは銀太の小さな身体では持ち堪えられない衝撃だった。背中から押し出され、前方に転げて両手を地面についた。

「銀太! 大丈夫ッ?」

 白は慌てて銀太に駆け寄った。
 銀太を地面から立ち上がらせ、衣服や膝をパンパンと叩いて埃を払いつつ、心配そうに体のあちこちを見た。今日は幸い長ズボンを履いていたから膝小僧を擦りむいてはいない。地面に突いた手の平が赤く腫れていて可哀想だった。
 ところが銀太は、白を見ていなかった。往来に立ち止まった若い男たち三人を睨みつけていた。
 彼らは銀太よりも白よりも身体は大きいが、まだ面立ちに幼さが残る。制服姿ではないから判然としないが学生に見える。

「お前さあ」と彼らの内ひとりが白に話しかけた。

「そのチビの兄ちゃん? 姉ちゃん? つーかどっち?」

「ジュース落としちゃったんだけど、どーしてくれんのコレ。とりあえず謝れよ、チビ」

「そっちがぶつかってきた! オマエがあやまれ!」

 銀太は白の手を振り払い、彼らをビシッと指差した。

「むちゃくちゃナマイキじゃん。泣かすぞチビ」

「なかねーよバーカバーカ!」

 白は銀太と男たちとの間を、一度視線を行き来させた。スッと立ち上がり、ペコリと頭を下げた。

「すみませんでした」

「アキラ!」

 銀太は不服そうに吠えた。
 六歳の男児には、弟の安全のために何であれ危機は回避したいという姉の心情を理解するのは難しかった。

「弟の代わりにボクが謝ります。すみませんでした」

「何ソレ。サラッと言いやがって。逆にムカつくな」

 ひとりの男が白の肩を乱暴にグッと掴み、白は一瞬顔を顰めた。それは運悪く傷口があるほうの肩であり、少しばかり傷に響いた。
 その途端、銀太はカッと目の色を変えた。

「アキラにさわんな!」

 ガンッ! ――銀太は白を掴んでいる男の向こう臑を力いっぱい蹴り飛ばした。
 男が白の怪我を知る由もないのはどうでもよい。大切な姉に無遠慮に触れ、あまつさえ痛みを感じさせたことが許せなかった。

「このガキ!」

 向こう臑を蹴り上げられた男は、白から手を放して銀太をジロッと睨みつけた。
 白は銀太の腕を捕まえて引っ張り、自分の後ろに引き入れた。激昂した男に手を上げられる予感がした。身を挺して銀太を庇うくらいしか白には手立てがなかった。
 すぱぁんっ! ――何者かが、白と銀太の前に立つ男の後頭部を叩いた。

「イッテェーッ!」

 男が後頭部を押さえて振り返ると、ほぼ同時にバサンッと布がはためく音がして、サングラスをかけた長躯の男がすぐ傍を擦り抜けた。
 長躯の男は、姉弟を守るように男たちとの間に割って入った。自分の前に並ぶ三つの顔をグルリと一瞥してハッと嘲弄した。

「こんな子ども相手に凄んで楽しいか、クソガキ共」

 彼らは、突然現れたサングラスの男に圧倒され、たじろいだ。
 高校生男児が見上げるほどの長躯、スーツの上からでも分かる筋肉質な体格、彼らよりも一回りは大きい。見慣れない白髪に不敵な笑み、威風堂々とした態度。クソガキと罵倒されても即座に言い返せない迫力がある。

「なっ、何だよアンタ。コイツらの保護者?」

「いや、保護者はむしろこっち」

 天尊は白を指差し、白は「えっ」と肩を跳ね上げた。

「家主だからそうだろ?」

「家主だけど保護者とは違うと思う。ティエンのほうが大人だし」

 彼らのなかの勇気ある者が、白髪の長躯を指差した。彼らは威勢を取り戻し、そうだそうだと続いた。

「つーかアンタが保護者なんでしょ。俺たちソイツらにスッゲー迷惑かけられてんだよ。責任取ってよ」

「ソイツに蹴られてんだぞ、俺。そのチビが俺にぶつかってくるからジュース零して――」

「細かい話は要らん。興味がない」

「アァッ⁉」

「どんな理由があったにせよ、男三人がかりでこんな小さいのを囲んで脅すお前たちは、救いがたいダサイ男共ということだ」

 天尊は口の端をクッと吊り上げた。完全に侮辱した態度だ。
 彼らはカッと顔を赤くして逆上した。

「誰がダセーんだよ、オッサンコラァッ!」

「何だ、やる気はあるのか。子ども相手にイキがって喜んでいるから、そんな度胸はないと思っていたぞ」

「ナメやがって! こっち来いよ! 逃がさねーからな!」

 ついてこい、と彼らは威勢よく捲し立てた。
 急激に雲行きが怪しくなり、白は慌てた。このような展開になりたくないからできる限り従順に頭を下げたのに。銀太にしても天尊にしても、突っかかってきた彼らにしても、どうしてこうも男という生き物は退くことが嫌いなのだ。

「ティエン!」と白は天尊の服の袖を捕まえた。

「ダメだよ! ついて行ったらケンカになっちゃうよッ」

「そのつもりだ」

 白は一瞬茫然としてしまった。
 天尊は、呆気に取られている白の頭をポンポンと撫でた。
 白は諍いを好まない。他人の争いを見るだけで緊張してしまう。人と人との対立、特に肉弾によるものは、最大限回避したいもののひとつだ。しかし、天尊ときたら、まるで散歩に誘われでもしたかのように気楽だった。

「退けよオラ! 今さら逃がさねーぞッ」

 興奮した男が、白をドンッと突き飛ばした。
 白は声こそ漏らさなかったが、まだ肩に痛みが走って顔を顰めた。

「オイ。三下」

 天尊は彼らの背中に声をかけた。
 またもや罵倒された彼らは、真っ赤な顔で振り返った。

「何だとテメー!」

大事だいじな家主に粗相をした貴様らは殺す。覚悟しておけ」

 男たちは、白髪の長躯から滲み出る雰囲気に気圧され、一瞬言葉を失った。
 この男は、自分たちのような血気盛んな若者や、腕自慢の有名な連中とも異なる雰囲気を纏っていた。しかし、喧嘩を吹っかけたのは自分たちだ。今さら退くに退けなかった。

「なっ、何ガン付けてんだよ! ナメんじゃねーぞ!」

「やってやるからこっち来い!」
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