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#30: Sparrow the Ripper
Go gunning for rabbits. 02
しおりを挟む三年B組教室。
渋撥は大股開きで椅子に座って不機嫌だった。視界に雀がいなければ突然暴れだすということはないが、近づきがたいオーラを放っている。
則平と順平、美作は向き合って円になって携帯ゲーム機に興じていた。少し前に流行った、大型のモンスターを狩猟したり素材を集めたりしながら生活を営むシミュレーションゲーム。複数人でチームを作って遊べるゲームシステム。
たまたま同じゲームソフトを有していた3人の内の誰かが久々にプレイしないかと言い出し、ここ数日集まって興じている。
Brrrr-Brrrr-Brrrr, Brrrr-Brrrr-Brrrr
曜至は机の上で振動する美作のスマートフォンを横目で見た。持ち主は携帯ゲーム機に夢中でありまったく気にしていないが、先ほどから断続的に振動するのが若干気に障る。
「美作スマホ」
「今ええとこやから」
此方を振り返りもせず一蹴されたのが、また曜至の気に障った。
「罠かかったー!」
「爆弾仕掛けろ爆弾! ごついヤツ持ってたやろ順平ッ」
「俺弓やから基本的に接近戦ダメなんやって。則平行けッ」
「ほなお前何の為に爆弾持ってきてんねんボケッ」
「ゲームぐらいでウルセーな、ガキ共は」
ぐきっ。――曜至は則平の首を力尽くで横に折り曲げさせた。
その拍子に則平はボタン操作を誤った。
「ボス戦が~~~!」
美作、則平、順平は「おあああああ!」と野太い悲鳴を上げた。
曜至は三人から一斉に睨まれたが何も気にしなかった。
「あーウルセーウルセー。とっととスマホ見ろ美作。さっきからひっきりなしだぞ」
「メッセ来とるくらいで狩りの邪魔せんといてや。曜至君の所為でモンスター獲り損ねてしもたで」
美作は口を尖らせてブチブチと文句を言いながら、自分の机に放っていたスマートフォンに手を伸ばした。
画面にはメッセージを受信したとの通知が表示されていた。メッセージとは目を離した隙に溜まるものだが明らかに通常よりも多い。曜至が無視できる限度を超えるほどだったわけだ。
「二次元でケモノ狩って何が楽しいんだ」
「曜至君は自分がゲームせえへんさかい俺等の苦労がちょっとも分かれへんねんッ」
「俺等がここまで来るまでにどんだけの時間を使ったとッ……」
「それ以上ギャアギャア言うとオメー等のゲーム機真っ二つにすんぞ」
「非道が過ぎるッッ」
美作は椅子から立ち上がって渋撥の傍に移動した。近江さん、とだけ呼びかけ、特に言葉で説明することなく神妙な面持ちでスマートフォンの画面を渋撥に差し出した。
渋撥は眼球だけ動かして美作のスマートフォンに目を落とした。
其処には、平の許に届いたメッセージと同じ文面が表示されていた。
「何や、このふざけたメッセ」
「最初にタクメから来ました。そのあとは色んなヤツからこのメッセが広まっとるちゅうて情報が入ってきてます。このメッセと同じモンが学校中にバラ撒かれてます」
タクメから、と聞いて渋撥の脳裏を雀が過った。そして、このメッセージの意味を一瞬にして理解した。
「クソがァッ!」
渋撥は椅子から立ち上がると同時にドンッと美作を突き飛ばし、教室から弾丸の如く飛びだした。
美作はすぐに体勢を立て直して渋撥を追いかけた。
序列からすれば最も腰が重たくて然りである二人が突如動きだすとは一体何事だ。則平と順平は目を丸くした。
「ええっ近江さん⁉ 美作君⁉」
「キイチロが……動き出した!」
美作は教室から飛び出る寸前に足を停めて曜至のほうを振り返った。
曜至は美作の切羽詰まった顔を見て、瞬時にピンと来た。ああ、ついに、否、やはり、雀が何か〝面白そうなこと〟を開始したのだなと。
曜至にとってはそれは望むところでもあった。日々を退屈して無為に過ごすよりも何であれ荒波立ったほうが好みだ。だから美作ほど深刻には受けとめなかった。
「曜至君、あの二人どうしたん?」
「ごっつ焦ってたな近江さん。ガチダッシュなんて珍しい」
則平と順平はポカンとして曜至のほうを振り向いた。
「近江さんがあんなに必死こくなら禮のことに決まってんだろ」
分かりきっているだろ、とでも言いたげに曜至は放言した。
Brrrr-Brrrr-Brrrr, Brrrr-Brrrr-Brrrr
曜至のポケットの中でスマートフォンが振動した。同様に、則平と順平も振動を感じ、ほぼ同時にスマートフォンを取り出した。
導火線に火は付いた。万人の許へ始まりのメッセージが舞い込む――――。
§ § § § §
バタバタバタバタバタッ。
平と幸島は廊下を全力疾走中。仲良く併走しているわけではない。平は後ろについてきている幸島など知らぬ振りをして全速力でダッシュし、幸島はそれを必死で追いかけていた。
「オイ平! 待てッ」
すぐ後方にいる幸島の声が聞こえないはずがないのに平は完全に無視。身勝手な性情だとは知っているが流石に苛立った。何処までとも分からず全力疾走させられ、いつもの寛容さはもうなかった。
幸島は脚力を振り絞って瞬間的にスピードを上げた。
「平ァッ!」
ガシィッ。――幸島は腕を伸ばして平のシャツの襟刳りをむんずと掴んだ。
首が絞まった平は「ぐえっ」と呻いて強制的に停止させられた。
「何すんねんッ」
「待て、言うてる、やろが……ッ」
平と幸島は二人とも肩を大きく上下させ、はあっはあっ、と息が荒かった。
呼吸を整える時間が必要だ。二人とも数十秒間、沈黙して視線をかち合わせあった。
「話は後やハル。説明しとるヒマ今あれへんねん。急がんとホンマにッ……」
「何でお前にあんなメッセが回ってくんねん」
「同じモンがそこら中に回っとるわ。ガッコ中にな」
「あー、そーかも知れへんな。せやけど俺等の中じゃ真っ先にお前に回ってきた」
「たまたまや」
平は幸島からフイッと目を逸らした。
「あんな意味不明なメッセ見てお前、ようスグにピンと来たな。あんなふざけたモンを冗談や思わへんでソッコー走りだした。フツー真に受けへん。それにお前、俺等と同じ一年のクセに何でそんなに《カミソリ》のことに詳しい。《カミソリ》の仲間の専っちゅうヤツと何かつながりある――」
「今そんなことくっちゃべっとるヒマあれへん言うてるやろが」
平は苛立った声音で幸島の言葉を遮った。ただでさえ呼吸は苦しく汗をかいて不愉快なのに、その上詰問されるのは短気な彼には耐え難かった。
幸島もそのようなことは分かっているが閉口しなかった。
「俺に何か隠しとるやろ、平」
幸島は、自分に対して身体の側面を向けている平の平の肩を捕まえ、自分のほうへ向かせた。
「俺はお前のこと仲間やと思うてる。大事なヤツやと思てんねん」
「仲間やっちゅうならガタガタ言わんと俺のこと信じとけや」
「信じたるさかいお前のこと全部話せ。信じろ言うなら信じられるようにせえ」
平は勢いよく肩を回して幸島の手を振り払った。
「交換条件付きの仲間なんかクソ喰らえや! 要るかそんなモン!」
幸島は平に怒鳴られても平静だった。平静に態度と目線で平を問いただし続けた。
平にはそれがどうにも気に入らなかった。本当のことを言えと言うくせに、すでに俺を嘘吐きだと決めつけている。真実を要求する目に突きはなされた気分になる。
平は何も語らず幸島に背を向けてその場から駆けだした。
「平ッ‼」
幸島は一度名前を呼んだきり足を動かさなかった。足許に目を落として拳を握った。
平に本音をぶつけた。大事な仲間であるとわざわざ言葉にして伝えた。最良だと思う行動をとった。しかし、平から本音が返ってきたのか分からない。これ以上何をしたら欲しいものを得られるというのだ。
いつか何処かで裏切ってやろうと虎視眈々と機を伺う者と、いつ裏切られるのかと始終疑心を抱く者。真実裏切っているのはどちらだ。
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