ベスティエンⅢ【改訂版】

花閂

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#30: Sparrow the Ripper

He speaks sweet nothing. 03

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 放課後。
 若者向けの店がぎっしり詰まったファッションビルの地下にあるスイーツのお店。甘い匂いが充満する店内は、時間帯的に同じ年頃の女子学生で混み合い、其処彼処からおしゃべりが聞こえて賑やかだ。
 レイアンズは、学校帰りに立ち寄ってマフィンとジュースで小腹を満たしていた。ついでに禮は、学生食堂付近でスズメと遭遇したことを杏に話した。

「えッ! 告られたん✨」

「んー、せやけど冗談やと思う。学食の前でめっちゃ軽いかんじやったし」

「学食の前か……。たしかに」

 杏は驚いて一時ピンと伸ばした背筋を再び弛緩させた。
 禮はバナナチョコチップのマフィンを、杏はストロベリーとホワイトチョコレートのそれを、それぞれ半分に割って互いの皿の上に載せた。半分こしてより多くの味を楽しもうという算段だ。

「で、あのイケメンのこと本音はどう思てんの?」

「本音?」

近江オーミさんにもほかの男共にも絶対言わへんからウチだけ教えてよ。あんな弩級イケメンに好き言われたら、ちょっとくらいグラッときたやろ」

 杏はマフィンからストロベリーの一角を囓った。
 禮は半分になったマフィンをさらに指で小さくむしって口の中に入れた。咀嚼しながら杏の問いかけを脳内で反芻してみた。

「…………。ちょっと気にはなるかな」

「ほんまッ✨」

 杏はぱああと顔を明るくした。

「あの先輩、なんか変なカンジするから」

「変なカンジって?」

「ん~~。上手く言えへんけど」

「それ、気になってソワソワしてるっちゅうことちゃう?」

「なんかアンちゃん、楽しんでへん?」

 如何にも、杏は明らかに楽しんでいた。ニシシと白い歯を見せて笑った。

「ウチは正直ウレシイ。禮はマトモな男には反応せえへんのかと思て心配してたんよ。イケメンセンサー感度ゼロやし、そもそも近江さんと付き合うてるくらいやし」

「反応……?」

 禮はキョトンとして小首を傾げた。
 杏は、自分の話をされているという自覚がまるでない禮の顔を見て、深くて長い溜息を吐いた。

「この際やから言わしてもらうけど、近江さん以外にも男なんてウジャウジャしてんねんで。しかも、近江さんと比べたら大抵はマトモや。近江さんは何しはるにしてもメチャメチャや。近江さんと付き合うてたら、この先絶対に苦労する。分かり切ってる。ほかにマトモで優しい男なんかなんぼでもいてるのに、よりにもよって近江さんを選ぶ禮がウチは心の底から心配や」

 女同士二人だけ、ほかに知り合いのいない空間だから、杏の言い草は歯に衣着せなかった。渋撥シブハツがいたらとてもではないが口にできない内容だ。

「アンちゃんは、ウチはハッちゃんとは付き合わへんがええと思てる、てこと?」

「ちゃうちゃう。両想いで上手くいってるのはええこと。せやけど、ウチは禮が近江さん以外と付き合ってもゼンゼン応援するってハナシ。結局、男共はみんな近江さんの味方するに決まってるけど、ウチは禮に幸せになってもらいたいねん」

 禮は杏に心配されているのが嬉しくなり、へらあと顔の筋肉を緩めた。杏は禮の緊張感のない脳天気な表情を見ていると馬鹿馬鹿しくなってきて脱力した。

 禮と杏は、ほかにもいろいろなお喋りをしながらマフィンを楽しんだ。

「キミたち二人だけー?」

 突然視界の外から男の声で話しかけられた。
 ――禮。ナンパは無視。
 杏は禮をジッと見つめてメッセージを送った。禮はティーカップに口をつけた体勢でコクコクと頷いた。二人は男たちを一瞥もせずに紅茶を飲んだ。

「なー、二人だけやろ? 俺等も二人なんやけど、隣のテーブル座ってもえー?」

 敵も然る者。多少の無視では心に響かないらしい。
 杏は平気そうにツーンとしていた。禮は気まずくなって瞼を閉じて耐え忍んだ。
 ――話も盛り上がらないし早く立ち去ってくれないかなあ。

「シカトされてもーたで、スズメ君」

(え!)

 禮と杏は吃驚して顔を上げた。
 荒菱館コーリョーカン高校の制服を着た二人組の男たち――雀とタクメが立っていた。噂をすれば影がさす。まさか御本人の登場とは。隣にいるのが鉄男ではなくて少し安心した。このような女だらけの店に男二人だけというだけでも目立つが、その一人が屈強な鉄男テツオであったなら浮きまくっていたことだろう。
 雀はニコッと微笑みかけた。

「シカトしないでよ。自己紹介した仲じゃん」

 禮と杏がポカンとしている隙に、専は二人の隣のテーブルに勝手に腰かけた。陣取られてしまえば立場上、先輩・後輩という消えてくださいとは言いづらい。

「タクメ。マフィンと飲み物買ってきてよ」

 専は椅子に座ったばかりで雀から命じられ、ゲッと零した。

「え。俺が行くんか。俺、スズメ君に付き合わされてんのに?」

「キミより俺のほうが先輩」

「へーへー」

 専は椅子から立ち上がり、素直にレジのほうへ歩いて行った。
 雀が専の代わりに隣のテーブルの椅子に腰かけ、フレンドリーに話しかけてきた。

「この店、最近できたんだよね。停学明けたら学校帰りに行こうと思ってたんだ。今日やっと来れたよ。停学中は死ぬほどヒマだったけど、どーせならガッコ帰りに寄りたいじゃん」

「あの……二人で来はったんですか」

 杏はイケメンに弱い。雀から笑顔で話しかけられると無視しきることができず、ついに反応してしまった。

「うん、そお。今日は二人だね」

(男二人でこんなピンクの店に? どういう趣味してんねん)

「キミたちも二人? 今日は近江さんは一緒じゃないの?」

「ハイ。近江さんはいはらへんです」

「そっか。じゃあ俺、缶コーヒーが飛んでくる心配しなくていいのか」

 杏が「は?」と聞き返すと、雀は「イヤ、こっちの話」と笑って誤魔化した。

 ややあって、専がマフィンと飲み物を二つ載せたトレイを持って戻ってきた。雀の前にトレイを乱暴に置き、椅子にどさっと腰を下ろした。
 雀は何の照れもなく嬉々としてマフィンを手に取った。しかし、すぐに専に不服そうな目を向けた。

「これ、人気№1のヤツじゃないじゃん。気が利かないなー」

「どれが人気かなんか知るかいな。ほな自分で買いに行ってくれ」

 専はどうでもよさそうに放言して飲み物に手を伸ばした。事実、ショーケース内に整列したマフィンは、専にはどれも同じに見えた。違いなど分からなくてもよいどうでもよいことだ。
 専はジンジャエールで喉を潤した。一息ついてから、禮と杏に話しかけた。

「キミらこのあとどうするん。俺らもついてってええ?」

「え」

「女のコ二人だけとかナンパされるかもやで。キミら二人ともカワエエさかい。俺らがナンパ避けになったるわー」

 専はピッと人差し指で指してバチンッとウィンクをした。
 禮と杏は瞬時にどう反応したらよいか分からず固まってしまった。
 パンッ、と専は顔の前で両手を合わせた。

「近江さんのカノジョやて知ってるのに放ったらかしにして変な男にでも引っかけられたら俺らがただじゃ済まへんねん。せやからオネガイ。これも神様のイタズラと思って」

「イヤ、せやかて買い物やし時間かかったら悪いんで」

「女のコの買い物に付き合うの好きだから安心して」

(うっ! 弩級イケメンのスマイルやっば~~!)

 雀が微笑むと、杏にはキラキラと光が飛んで見えた。美しい顔にはとにもかくにも逆らいがたい。
 杏が陥落させられてしまえば、禮が抵抗することは難しい。雀の笑顔で押し切られ、あれよあれよと了承させられてしまった。


 禮と杏のショッピングに雀と専は本当についてきた。雀も専も気さくに話しかけてきて思ったよりも接しやすかったが、目的のないショッピングに長々と付き合わせるのはやはり少々心苦しく、早めに切り上げることにした。
 禮と雀、杏と専が、二人ずつ横並びで前後になり、四人で駅まで歩いた。
 雀が突然「指輪」と、隣を歩く禮の手許を指差した。

「もしかして、近江さんから?」

「うん。ペアリングです」

「ペアリング」

 雀と専の声が重なった。余程意外だったのか、二人とも一瞬フリーズした。
 荒菱館の暴君が、鬼と呼ばれる冷淡な男が、指輪を贈るだけでも前例がないのに、そのような当たり前のカップルのようなことをするなど想像ができなかった。

「近江さんがそーゆーのするの珍しいなあ。近江さんと付き合ってどのくらい?」

「えと……半年ちょっと、です」

「へえ、意外と長い」

 雀にとってこれまた予想外だった。彼の知る限り、暴君がそれほどの期間を一人の相手と交際したことはない。暴君は何事にも執着心がなく、彼に寄り添う者も移り気だった。或る意味、需要と供給がマッチしていた。互いに強い結びつきなど求めておらず、刹那の権威や快楽で充分だった。

「俺が停学になる前なのか後なのかどっちだろう。俺が停学食らう前だったとしたら……隠してたのかなあ」

「隠すって、何を?」

 雀は禮に向かってニッコリと微笑んだ。
 ――あ。やっぱり変なカンジ。
 愛想がよい綺麗な笑い方。褒められている気がしない。

「禮ちゃんみたいな子が近江さんと付き合ってるの、不思議だな」

「ウチとハッちゃんじゃ、なんかあかんですか」

「あかんっていうか、意外? 禮ちゃんカワイイから」

 雀はフフフと笑って肩を揺すった。

「あ。カオが、とか単純な意味じゃないよ。反応とか仕草とかさ、そーゆーの全部含めてカワイイよ。素直でいい子だなーと思う」

「そんなこと、ナイですっ」

 禮は火照った頬を咄嗟に両手で押さえ、雀から顔を背けた。

「ソレ。そーゆー仕草がカワイイ。スグ赤くなるのもカワイイよ」

 雀は、顔を背けた禮を追い詰めるように顔を近づけた。

「近江さんよっぽど自分に自信あるなあ。俺だったら、禮ちゃんみたいな子が彼女だったら目を離せないよ。毎日一緒にいるけどなー」

 雀からの賛辞は立て板に水。禮が已めてほしいと言っても、次から次に出てきた。雀のような見目のよい男から可愛い可愛いと賞賛されて喜ばない女はいまい。
 禮と雀の後ろで聞いている杏は呆気に取られてしまった。

「すご……」と杏が思わず小さく口走ってしまい、隣を歩いている専がハハハと笑った。

「スズメ君はああいうことスラスラ言うタイプやねん」

 ――今は近江さんのオンナ、オトそうとしてるさかいな。
 スズメ麒一郎キイチローは自信家だ。美辞麗句を並べることに照れはない。綺麗な顔で涼しげに王子様然とやってのける。下心があればさらに饒舌になろうというものだ。
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