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#30: Sparrow the Ripper
Load into Parabellum 02
しおりを挟む禮と杏は、席次表も確認したことだし、おやつを求めて学食へ行こうということになった。三階から学食がある一階へ下りる為、螺旋階段へと向かった。
トントントン、とリズミカルに階段を降りている途中、禮のスカートのポケットが震えた。ポケットからスマートフォンを取り出して液晶画面を確認すると、彼氏の名前が表示されていた。
「あ。ハッちゃんや」と禮は受話ボタンをタップした。
禮が通話を始め、杏は一人でどのおやつにしようか思案することにした。
「お腹空いてきたさかい、何かスイーツ食べよっかなー」
「うん……うん? え、何て? なんか周り賑やかやね。声聞こえにくい」
「昨日プリン食べたし、今日はアイスにしよかな」
「えー、うん。うん。わかったー。だいじょぶやから――」
「ピンクとレースキターーッ!」
突如として雄々しい歓声が沸き上がった。
禮は通話を、杏は思索を遮られ、ビクンッと身体を撥ね上げた。
二人はすぐさまキョロキョロと周囲を見渡して声の主を発見した。螺旋階段の真下に男子生徒が二人。しゃがみ込んで此方を指差して爆笑している。
「初めてパンチラポイントが効果を発揮✨」
「螺旋階段サイコー❤」
禮と杏は反射的にバッと自分のスカートを押さえた。しかし、時すでに遅し。本日の下着がバッチリ目撃されてしまった事実はなかったことにはならない。
「今更隠さんでもええやんピンクちゃん❤」
「則平、お前がピンクちゃん言うなら俺はもう一人の子のこと何て呼んだらええんや。レースちゃん?」
「下着で呼ぶなアホ共!💢」
杏は男たちを怒鳴った。
頭上から罵声を浴びても彼等、曜至が遣いにやった則平と順平は何処吹く風。笑って受け流した。
「金パは口キツイなー。一年坊が先輩にそんな口きいたらあかんで。相手が俺等やなかったらキレ散らかされるで」
「俺等が平和主義でよかったなあ。今度から気ィ付けや、ピンクちゃん」
「タダで人の下着見といてなに偉そうなこと言うてんねんッ」
「まあまあ、パンツぐらいでそんなやあやあ言わんでええやんけ。女子高生のパンツなんて見られてなんぼやろ」
「次はもうちょおエロスなパンツ履いとけよ。俺の好みドンピシャのパンツやったら金払ったる」
「ガチでアタマ沸いてんのか、死ねッ💢💢」
この男たちはまったく以て話が通じない。というか真面に聞く気が無い。申し訳なさそうにするどころか、尚も偉そうに振る舞う。惘れるほど独善的で、頭にくるほど稚拙。杏の肩は怒りでわなわなと震えた。
禮はまあまあと宥める。無論、下着を見られたのは不本意だが、杏の様相を見ると自然と宥めるほうに回ってしまった。
「そうや」と則平がポンッと手を打った。
「キミ等の為に俺等が責任もって、この階段を螺旋ストリップとして荒菱館名物にしたるな」
「お。ええなソレ」
「即座に死ねーーッ!」
ぱこんっ。
何処からともなく空のペットボトルが降ってきて、則平の頭に直撃した。上階から喚いている金髪の女子生徒や、その隣の黒髪の女子生徒に投げつけられたのではないことは明らかだ。そのような素振りは一切なかった。
かこんかこん、からら、とペットボトルは廊下の上を滑るように転がっていった。則平と順平は不思議に思いながら、自ずとその行く先を目で追った。
「下品だよ。則平、順平」
通りのよい落ち着いた声――――。名前を呼ばれた則平と順平は、反射的に声のほうへ顔を向けた。それはエントランスのほう。今し方校舎へ入ってきたらしき二人の男が此方に近付いてくる。
二人とも荒菱館高校の制服、黒シャツに白いズボンを着ている。一人はかなりの長身であり、渋撥にも劣らない偉躯だ。もう一人は、連れの男と比較して細身であり、光り輝いて見えた。
光輝を放って見えたのは銀髪――――エントランスの高窓から差し込む陽光を照り返してキラキラと眩しい。
大柄な男と銀髪の男は、則平と順平の前までやって来た。
「スズメ君、鉄男君」
「相変わらずだね。だからモテないんだよ、キミたちは」
銀髪の男はやはり落ち着いた柔らかな声でフフッと微笑んだ。
歯に衣着せない物言いだが、則平も順平も逆上はしなかった。発言の中身はよく聞いてなかった。そのようなことよりも、この男たちが此処にいること自体が不思議だった。
「あっれー。今日から出てきてええんやっけ」
「もう半年もなる? 日数ゴマカしてへん?」
「これ以上休んだらダブるやろが」
鉄男――――渋撥並みの体躯の男は、そう言い返して螺旋階段を見上げた。荒菱館高校在籍歴が長ければ長いほど、校内に女子生徒がいる希少性には厭が応にも目敏くなる。
「女がいてる。お前等の知り合いか。どこのガッコのモンや」
「あれ、うちの女子の制服だよ。今年の新入生?」
スズメ――――銀髪の青年は、則平と順平に尋ねた。
「たぶん。俺等もさっき初めてパンツ拝ましてもろたとこで自己紹介もまだやねん」
「ピンクちゃんとレースちゃんやろ」
「せやさかい色で呼ぶなー!💢」
杏は再び則平と順平を怒鳴りつけた。
……だだだだだだだだだだだだだだ!
「ん? 何の音……?」
「っうぎゃあーーッ‼」
けたたましい乱雑な足音が聞こえてきて、則平と順平は顔を上げた。突然、視界がフッと翳ったかと思うと、暴君が拳を大きく振りかぶっていた。彼等は悲鳴を上げて脱兎の如くその場から飛び退いた。
ギュインッ! ――暴君のパンチが宙を切った恐ろしい音。
「おぉー。近江さんのパンチ躱せるたァやるじゃねェか、則平順平」
曜至は則平と順平に手を振りながら、のんびりとした足取りで近づいてきた。
則平と順平はバクバクバクッと早鐘を打つ胸を押さえて曜至のほうを振り返った。
「曜至君! ななななな、何で近江さんが俺等に特攻⁉」
「あー。あのアタマ黒いほう、近江さんのオンナなんだわ。言ってなかったか?」
「言うてへんがなッ」
「そういう大事な情報はちゃんとくれやッ」
バキバキッバキッ。――渋撥が指の骨を豪快に鳴らし、則平と順平は青ざめた。
禮は則平・順平と遭遇してからスマートフォンを切らずに握り締めたままだった。その間の会話は渋撥に筒抜け。禮に対する不埒な真似を黙って済ますはずがなかった。
「無断で禮のパンチラ拝みくさって」
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ! もーしません! 絶対しません!」
「二度と螺旋階段の下でしゃがみ込んだりしません! スンマセンしたッ!」
則平と順平はペコペコと頭を下げたが、渋撥は容赦するつもりはなかった。渋撥が一歩躙り寄れば、則平と順平もその分ジリッと後退した。
「よお、スズメ」
曜至は則平と順平に助け船を出すつもりは一切なかった。銀髪の青年に向かってフラッと手を振った。
久し振り、とスズメは曜至に微笑んだ。彼は随分とフランクな性質だった。対照的に、鉄男はしっかりと頭を下げて挨拶をした。
「こんなとこでなに油売ってんだ。ガッコ来たらまず近江さんのとこに顔出すと思ったのに」
「うん。そのつもりだったんだけど、エントランス入ったらスグ則平と順平が見えたから」
「フーン……」
曜至はズボンのポケットに片手を突っ込んで床に対して斜めに立ち、俯瞰気味にスズメをじーっと観察した。スズメはその品定めするような視線に気づきながらも、悠然と受け容れた。元より、この美貌だからジロジロと眺められることには慣れている。
「お前、半年間引き籠もってる間にキャラ変えた?」
「そう?」
「マトモに見える」
曜至の返答を聞いたスズメはアハハと笑った。
スズメと鉄男は、曜至に一言断ってから離れた。それから渋撥のすぐ傍に立った。渋撥から躙り寄られていた則平と順平は、暴君の眼光がスズメと鉄男のほうへ移動してホッと胸を撫で下ろした。
スズメは渋撥と視線を合わせてニッコリと微笑んだ。スズメも鉄男も、不機嫌な暴君の前でも怯む様子は見せなかった。一睨みされただけでも距離を置きたくなってしまう則平と順平とは風格が異なる。
「どォも。俺、今日から復帰します」
「オウ」
渋撥の反応は素っ気なかった。
しかし、スズメはそのようなことは気に留めなかった。ゴキゲンな笑顔のまま螺旋階段の上階を指差した。
「あの子、近江さんのカノジョってホント?」
「ああ、そうや」
「へー。カワイイなあ」
スズメは目線を禮のほうへと向けた。禮と杏はこのとき初めてスズメの顔面を正面から見た。
杏をギクリとさせるほどの眉目秀麗。流れるような柳眉に色艶やかな眼差し。色白で端正な顔立ちをして、柔和で綺麗な笑い方。銀糸の髪の所為だけではなく、美貌そのものが輝いて見えた。
スズメは渋撥のほうへ顔を引き戻した。その満面の笑みを見て、横から見ている鉄男は嫌な予感しかなかった。彼はスズメとの付き合いが最も長い。経験からして、この美丈夫がこのような笑みをするときはろくなことを言い出さない。
「俺の復帰祝いに、あの子チョーダイ❤」
「やらん」
渋撥の返答は素早かった。寧ろ食い気味ですらあった。
「えー。ダメ? 何でェ?」とスズメは咄嗟に不服な声を上げた。
彼女をくれなどとんでもない要求をしておいて、何故堂々と不平を言えるのだ。並外れた容貌をしているからと言って我が儘が過ぎる。鉄男は惘れて顔を逸らして嘆息を漏らした。
「いつもは俺でも曜至君でも欲しいって言ったらくれるじゃん」
「テメェさり気に俺に矛先を向けさそうとすんじゃねェよ。俺はたまーに、飽きたら回してくれって言ってただけだ」
――駄々を捏ねるスズメに、罪悪感のない曜至。ろくな先輩たちじゃない。
則平と順平は敢えて何も言わなかった。否、正確には何も言えなかった。彼等は先輩だからという理由もあるが、スズメも曜至も則平・順平よりも格段にモテる。異性関係については何も語れない。
「まー、あの子、歴代トップクラスでカワイイからな。サスガに近江さんでも惜しくなるか」
スズメは再び螺旋階段の上階へ目を向けて笑顔で手を振った。暴君の寵姫と知っても愛想を振りまくのはお構いなしだ。
渋撥はスズメの顔の真ん前に立ち、スズメの視界を塞いだ。その秋波混じりの視線に禮を晒すのは許容できなかった。
「俺のオンナに色目使うな」
スズメの知る限り、この冷淡な暴君が男女関係に於いて周囲を牽制するなど稀なことだ。スズメは下から渋撥の表情を注意深く観察した。本心を探る為に疑い深く観察した。
暴君は元より嘘偽りを用いる性情ではない。探りを入れる必要などないと気付き、スズメは噤んでいた唇を真横に引いた。
「へぇー、その顔……。近江さん本気なんだ」
スズメは不敵な微笑で、渋撥は無表情で、見詰め合った。罵声が飛ぶでも威嚇するでもなく、互いに無言で牽制し合った。
荒菱館高校に於いて、面と向かって対抗するではなくとも暴君に従順でない存在は珍しい。綺麗な顔立ちかつ柔和な物腰であるスズメは、見掛けによらずそういう人物だった。
鉄男がスッとスズメの傍近くに立った。
「スズメ。美作や」
小声でそう告げられ、スズメは顔を上げてすぐに金髪の男を見つけた。
美作は一階の廊下を歩いて近づいてきた。顔見知りとの久しぶりの再会であろうに、いつものような愛嬌は皆無だった。
スズメの近くまでやって来て足を停めた。再会の挨拶もなく顔を見るなり、ふー、と嘆息を漏らした。再会を喜んでいる節はまったくなかった。
それとは反対に、スズメは美作に親しげに笑いかけた。
「純。久し振り。会いたかったよ」
「復帰初日から近江さんとモメる気か、キイチロ」
「まっさか。俺が近江さんとモメるわけ無いじゃん。近江さんに逆らう気なんて無いよ、ゼンゼン、更々、これっぽっちも、1マイクロミクロンも」
「キイチロ」
「本当だって」
スズメが口走る言葉はすべて冗談じみて聞こえた。
美作は不機嫌そうな表情でスズメを視線で威圧した。
「信じられないなら、近江さんとモメるなって俺に命令したらいいじゃん、№2なんだから」
スズメはまたジョークのように放言した。
瞬間、鉄男の眉がピクッと撥ねた。場の空気がピリッと緊張した。スズメの言う通り美作が命令を発したならば、すぐさま鉄男が殴りかかりそうな一触即発の空気感。暴君以外なら相手が誰であれモメることなど厭わないといった意思表示か。
スズメは聡い。こうなることを知っていて発言したはずだ。ならば美作の反応も予想しているのだろう。美作は、そうやって自分を試そうとするスズメを少々憎らしく感じた。
「お前たち、こんな所で何をしている」
偶然、体育教諭にして渋撥たちの担任である瀧まどかが通りかかった。
スズメも鉄男も、教師から声をかけられただけでは振り返らなかった。美作もスズメから目線を逸らさなかった。
「スズメ」と瀧は廊下のど真ん中に仁王立ちになり、もう一度ハッキリと声をかけた。
「登校したらまず職員室に来るように連絡しただろう。こんな時間になるまで何をしていた。一限に間に合うように登校してこいと言っておいたはずだ」
「スミマセーン。iPhoneの充電切れちゃってて、充電するのに時間かかりましたー」
スズメが瀧に返事をし、緊張は一瞬にして解けた。
瀧はその場で叱りつけるようなことはなかったが、スズメの軽口を真面に取り合う気もなかった。スズメと鉄男に自分についてくるように指示した。
スズメは去り際に渋撥に向かってペコッと小さく会釈し、それじゃあまたあとで、と告げて瀧のほうへ歩いて行った。
曜至はゆっくりと美作に近づいた。美作の肩の上にトンと拳を置いた。
「美作、準備できてるか?」
「何の」
「オメーの心の準備だよ」
心の準備――――それはそう、例えば戦いの為の備え。今日までの平穏を尊く思うなら、それを踏み荒らされない為の備えは必定。
誰も彼も試すようなことを言う。否、試されるのは当然だ。俺は、この世界に絶対的に君臨するあの人の隣に立っている。その適性を常に試され、実力を示し続けなければならない。これが、憧れ続けたこの立場にいるということだ。
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