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#30: Sparrow the Ripper
Load into Parabellum 01 ✤
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汝平和を欲さば、戦いの備えをせよ。
(Flavius Vegetius Renatus)
昼休み。
私立荒菱館高等学校・三年B組。
暴君・近江渋撥の席はベランダ側窓際の一番後方。窓からベランダのほうへと片腕を放り出し、両足を前方に放り出した大股開きで椅子に沈み込んでいた。
澤木曜至は渋撥の一つ前の席。スマートフォンの画面から目を離し、美作のほうへ目を向けた。美作は、もう昼だというのに朝からずっと机に突っ伏している。渋撥と曜至ですら、朝顔を合わせたときの「おはよう」しか言葉を交わしていない。
「オイ、起きてんだろ美作。いつまでも寝たフリしてんじゃねェ。暑苦しいからよ」
曜至はスマートフォンを机の上に放って声をかけた。
美作はその言葉に反応して上半身をもぞっと起こした。
「寝たフリしとるんとちゃう。さっきまでホンマに寝とった」
「あっそ。いま則平と順平にジュース買いに行かせてっけど、お前もついでに何か頼むか?」
「別にええ」
「たまにはオゴってやんよ。昨日スロット吹いたから。駅前のパチンコ屋、昨日スロットの設定ユルユルでよ、もー止まんねー止まんねー。俺の笑いも止まんねー。だから今日は誰かにオゴってやりたくてしょーがねェんだよ。利益は還元しねーとな」
「則平と順平にオゴったればええやろ。俺は要らへん」
美作の様子はいつもと異なっていた。いくら曜至が話し相手とはいえ、目も合わせず、受け答えは突っ慳貪だ。
曜至は構われたくないという合図だとピンと来た。そうと分かれば余計に突きたくなるのが彼の性分だ。
「俺はお前にオゴりたいんだよ。カワイイ後輩のお前に」
「はあ? そんなん思ってへんやろ」
「今日は随分キゲン悪ィじゃねェか、どうしたよ」
「別にどうもせえへん」
「いつもは男にも女にも必要以上に愛想いいクセに珍しいじゃねェの。何かあったか? 生理中?」
「アホくさ」
「〝アイツ〟が戻ってくるからか?」
ついに美作から返事もなくなった。
曜至は机の上のスマートフォンを手に取った。なんとはなしにメッセージアプリを開いた。特に意味はない。美作からのリアクションを待つ間の手遊びだ。
「……暑い。ちょお外行ってくる」
美作は椅子から立ち上がった。曜至からの問いかけに答えるつもりはなかった。
曜至は教室から出て行く美作の背中を見送ってクックックッと肩を揺すって笑った。
口が達者でこましゃくれ、いつも自分と渡り合う反抗的な後輩が、言い返すこともできない様は、正直いい気味だった。
「カカカ。№2だっつうのに余裕がねェ。教育が足りてねェんじゃねェの、近江さん」
話を振られた渋撥は、窓外に放り出していた腕を机の上に乗せ、曜至のほうへ顔を向けた。
「もう〝アイツ〟が戻ってくるんか」
渋撥の台詞は無関心な表情と合っていなかった。曜至の口からは思わず笑みが零れた。
「感慨深いフリすんなよ。アンタのことだからドーセ忘れてたんだろ」
「お前は楽しそうやな。〝アイツ〟が戻ってくるのがそんな嬉しいか」
「俺はヤローなんざ嫌ェだよ。ただ、なんか面白ェことになりそうじゃねェか。美作はピリピリしてっし、〝アイツ〟は退屈してるだろうし」
渋撥は相槌も打ってやらないほど曜至の話を聞いていなかった。ポケットからスマートフォンを取り出して何やら操作を始める。
「アンタは興味ねェの?」
「俺に関係あれへんことに興味なんかあるか」
「分かり切ってたけど見事なくらい勝手だなアンタ」
「オウ。今ええか」
「うぉいッ、俺と話してんのに電話始めんなよ」
曜至はパンッと机を叩いた。
渋撥は曜至を無視して視線を遠くに向け、スマートフォンから聞こえてくる声に耳を傾けた。弾むような明るく可憐な声、通話の相手は禮だ。
暴君にとっては、曜至を相手に無駄話をするよりも、自分に関係のない〝アイツ〟の話題をするよりも、寵姫の声に耳を澄ませるほうがずっと有意義だ。
「何や教室ちゃうんか。この前の図書室のことで懲りたやろ。あんまガッコんなかウロウロすんな」
「オイオイオイオイ。アンタ、俺と話してたよな、いま文句なしにマンツーマンで俺だけと会話してたよな。何でこの状況で俺より禮を優先できんだよ」
渋撥はスマートフォンを使っている耳とは反対側の耳に指を突っ込みんで曜至の声をシャットアウトした。
「ああー。ちょっと周りが横がウルサイけど気にすんな」
「ウルサイって何だ、ウルサイって。せめて名前くらい出せッ」
「今日なんやけどなー……」
「こっち向けよオイ! 虚しいだろがッ」
荒菱館高校・一年B組。
一学期末考査終了後。採点を終えた答案用紙が各自手元に戻され、各階に設置してある各学年の掲示板には席次表が貼り出される頃。
大鰐平は自分の机に顔から突っ伏して完全沈黙。
幸島甲治は平の席の隣、今は不在の禮の席に腰かけた。平を見下ろしながら、カシュッと缶ジュースの蓋を開けた。
「随分落ちとるな。どうした、平」
「……ハル。お前赤点いくつやった」
平は机に突っ伏した体勢から微動だにせず問いかけた。
「今回は一個もあれへんかったで。全部ギリギリやけどな」
幸島はゴクッゴクッと喉を鳴らして缶ジュースを飲みながら平の反応を待った。
しかし、平のほうから問いかけたくせに数秒待ってもリアクションは一切無かった。
「お前はいくつあったんや」
「4つ」
平は机に突っ伏したまま低い声を絞り出した。
幸島は平が意気消沈した状態になっている理由に見当がついた。
「お前、杏と何か賭けしてへんかったか。そんなんで大丈夫か」
「今はアイツのアホさに賭けとる」
平はようやく引き摺るようにして上半身を起こした。ブスッとした表情で頬杖を突いた。
賭けの勝敗自体を賭けるというのは本末転倒で荒唐無稽だが、どうにも平は大真面目で言っているらしい。幸島は気の毒なやつだと思った。
「お前は杏がアホやて決めつけとるけど、ソレ何か根拠あるんか」
「あんなクソ短気で手が早くて人の話聞けへんヤツが頭ええワケあれへんやんけ」
「お前ソレ人のこと言われへんで」
「どーゆー意味や」
あっはははははー! ――斜め後方から高らかな笑い声。
平はチッと舌打ちした。
「そりゃへーちゃんとアンちゃんが類友っちゅう話やがな」
「黙れッ。いまアホとは話したない」
馬鹿笑いを上げた士幌虎徹に対し、平は素早く言い返した。
虎徹は得意気にニヤニヤと薄ら笑みを浮かべる。
「俺アホちゃうも~ん♪」
「あァ? オマエ中間全教科ボロボロやったやんけ。俺よりアホや」
「俺、今回は赤点ゼロやで✨」
「はあッ? 虎徹が⁉」
平はビックリして虎徹を振り返った。虎徹はニッと白い歯を見せて指を二本立てた。
次に、平は自分の一つ前の席に座っている遠別脩一へとバッと顔を向けた。
「脩一はッ?」
「俺もねーよ。ついでに大樹も」
脩一は当然とでも言いたげに振り返りもせず答えた。
「ッ……⁉」
「ま。アレだな、認めたかねーけど、マリ子の力だ」
「黒崎ほんま頭ええんや。ちょおスパルタやけど教え方上手いねんでー」
虎徹の机に腰かけていた由仁大樹も、脩一に賛同してコクコクと頷いた。
虎徹、由仁、脩一の三人にとって、連日教科書と奮闘するなど慣れない行為。期末考査直前から考査中までぶっ続けで勉強を強いられるのはつらい期間であったが、期末考査の結果を見るにつけ、黒崎鞠子によって鍛えられた甲斐はあったと感心した。
「クッ……コイツらまで赤点ゼロとは。杏が飛び抜けのアホであることに望みを賭けるしかあれへん……!」
「オマエ、赤点4つもあんだろ。もう潔くリアルゴールド買ってこいよ」
脩一はハーッと溜息を吐いた。赤点を4つもとったのは自業自得。それでもまだまだ望みを捨てないとは惘れる。
「他人事やと思て軽く言うな! 売店で一人で1ダースも買い込んでみい。俺のアダ名は明日からリアルゴールドの人決定やろがッ」
「なら、ンなモン初めから賭けんなよ」
「負けるつもりなんかサラサラあれへんかったさかいな」
「どうなってんだ、コイツの性格。ちゃんと矯正してやれよハル」
脩一は呆れを通り越して匙を投げた。
幸島はジュースを飲み終わり、空き缶をベコッと握り潰した。それを教室の後方の壁際に設置してあるゴミ箱へ目がけて放り投げた。緩やかな弧を描いてゴミ箱のなかにカコンッと気持ちよく収まった。
「コレに懲りたら勝つ見込みあれへん勝負なんかせんことやな、平」
「うっさいな。言われんでも分かってるわ」
平は苦々しい表情をして言い捨てた。
――負けたらカッコ悪い。勝つヤツが一番カッコイイ。そんな当たり前のことは、男なら幼稚園のときから知っとる。
ほな勝ち目のあれへん勝負は、逃げるが勝ちか。
禮と杏は、三階の掲示板の前にいた。そこには一学期末考査の席次表が貼り出されており、二人してそれを見上げていた。
「へー、マリ子ホンマに頭ええんや」と杏は純粋に感心した。
「宣言通り学年1位取ってるやん」
「鞠ちゃん、中学の頃からテストいっつも上位やよ」
「禮かて2位やん」
杏は席次表から目線を引き下げて真横にいる禮へと移した。
禮は「えへへ」とはにかんで二本指を立ててみせた。
「やっぱアンタらとウチじゃ元からアタマの素材がちゃう」
杏は、ようやく長い試験勉強を終えたというのに、晴れない表情だった。
禮は、そんなことないよ、と返したが、杏を浮上させることはできなかった。
「ウチ、赤点2つも取ってしもた」
「2つかー」
「ウチ、へーのアホよりさらにアホやったんや…………ハッ。へーのあの余裕はまさか、ほんまはメチャメチャ頭ええんちゃうかな。普段はアホのフリしてるだけで」
杏は平を幼稚な乱暴者だと認識している。彼よりも成績が悪いというのは屈辱であり、受け容れがたい事実だ。能ある鷹は爪を隠すということなのではないかと、認識を改めさせるくらいに受け容れがたい。
禮がアハハと笑っていると、杏が「ゴメンね」と零した。謝罪の意味が分からなかった禮は、キョトンとして杏の顔を見た。
「せっかく勉強教えてもろたのに、ウチ頭悪いからゼンゼン期待に応えられへん」
杏は禮のほうを見れなかった。
胸を張れるほど素晴らしい点数でないことは試験終了直後から予想していた。それでも、赤点回避くらいはできると思っていたが、それすら叶わなかった。ただただ結果が悪いだけならば自業自得で済むが、時間と労力を割いて勉強を教えてもらったからには、教えてくれた本人には合わせる顔がなかった。
「ウチも一日二日で天才になれるなんか思てへんで。禮は普段から授業サボらへんし宿題もムシせえへんし、それで試験勉強もちゃんとやるし。禮が成績ええのは、そういうのの積み重ねやん。分かってるんやけどォ~……勉強してもゼンゼン成果出せへんのは、教えてくれてる禮に申し訳のォて~」
「イヤ、アンちゃんのせいやのォてウチの教え方のせいやよ。ウチも次から鞠ちゃんみたいにスパルタでやる」
禮は拳を握り、ふんすふんすと息を巻いた。
まだ顔を突き合わせることができない杏は、チラリチラリと禮の表情を窺った。
「……次も、教えてくれんの?」
「うん。モチロン。次も一緒に勉強しよ」
「禮はええ子や~~」
杏は禮に正面から抱きついた。二人してきゃっきゃっと声を上げて破顔した。
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