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#29: On the eve of promised session solemnly
On the eve of promised session solemnly 01✤
しおりを挟む一学期期末考査一日目、終了。
虎徹は、試験が終了して解答用紙が回収された直後、プツリと事切れて机に突っ伏した。それきり電池が切れた玩具のように沈黙した。普段ろくろく使わない脳の領域をフル回転させた反動は大きかった。
HRの最中も放課後になっても、虎徹は死人のように動かなかったが、誰も特に気に留めなかった。彼は常日頃から奇行が目立つ。静かなのは寧ろ歓迎された。由仁が脩一の席にやって来たが、机に突っ伏してピクリともしない虎徹に一声もかけなかった。虎徹の真ん前の席である禮も案ずることも無く帰り支度をする。
「虎徹はーん!」
通学バッグを肩にかけた鞠子が今日も元気に教室に入ってきた。
勿論、虎徹からリアクションはなかった。鞠子は、机に突っ伏している虎徹の頭頂をツンツンと指で突いてみた。
「昼寝してはるんどすかー? 今日の試験終わりましたえ、虎徹はーん」
「あーダメダメ」と脩一と由仁は手をパタパタと振った。
「虎徹もう電池切れてる」
「虎徹くんはバイトよりテストのほうが体力使うさかいな」
鞠子はどうしたものかと頬に手を当てて困り顔。
「困りましたなあ。ウチのスケジュールでは今日もお勉強してもらわへんとあかんのどすけど」
鞠子の発言を聞いた脩一と由仁はギョッと顔色を変えた。
「ゲッ。試験中も勉強すんのか」
「虎徹はんもアンタはん等ぁも、ウチのスケジュールに口を出せるほど御利口さんどしたらよろしかったのに」
「どーせ俺たちは出来が悪いデスヨ」
脩一の口許はヒクヒクッと痙攣した。彼にとって同じ年頃の異性から冷たく遇われるのは稀な体験だ。
鞠子は虎徹の真横にちょこんとしゃがみ込んで虎徹に呼びかけた。
「虎徹はん、虎徹はん。お勉強の前にハンバーガー食べに行きまひょか」
「行く✨」
虎徹はむくりと上半身を起こした。
「ゴハンのあとはしっかりお勉強しとおくれやす、虎徹はん」
「うん。するする♪」
由仁と脩一は、今の今まで電池切れの玩具だったくせに「ゴハン」と聞いて息を吹き返した虎徹を見て、呆れ顔だった。
「メシで目が覚めるて、虎徹くんはほんま意地汚いな」
「あんな現金なヤローのどこがいいんだか」
鞠子に続いて杏が教室に入ってきた。彼女たちにはもう別のクラスに属しているという遠慮は無かった。
杏はさも当然のような態度で禮の机の横に立った。帰り支度が途中の禮は、もうちょっと待ってと言って手を早めた。
幸島は杏が肩にかけている通学バッグに目に留まった。明らかにいつもより厚みがあり中身がいっぱいに詰まっている。勉強道具でも入ってるのだろうと思った。
「お前もベンキョするんか、杏」
「うん。禮と一緒に。一人でやるより頭ええヤツとやったほうがええて気づいたウチ、すでに頭ええやろ✨」
杏の発言を聞いた大鰐がワハハハと笑った。大股開きで椅子に深く沈み込み、実に偉そうな態度だ。
「それがすでに頭悪そうな発言や」
「シバいたろかッ」
杏はすぐに大鰐のほうへ振り向いてキッと睨んだ。
「その調子じゃベンキョしてもどーせ大した点数取れへん。ムダな努力すんな」
「勉強しても点数取れへんのは自分のことやろ。自分が頭悪いからて、人の足を引っ張ろうとしてクソダサ」
「誰がダサイんじゃコラ!」
「すぐギャンギャンがなるなアホ! へーのアホ!」
「オッマエ、そんなアホアホ言うて俺のほうが上やったらどうしてくれんねん」
「なにソレ。期末の点数で勝負でもするつもり。ウチが勝ったら何してくれんの」
「リアルゴールド1ダースオゴったるァ! お前が男脳女と脳ミソ取り替えてこん限り絶対有り得へんけどなッ」
「リアルゴールドなんか要るか! ほかにゼータク知らんのかッ」
杏と大鰐は、鼻先を突き合わせ、まるで犬の喧嘩のようにウ~~ッと唸って牽制し合う。
幸島は、はあーと嘆息を漏らした。冷静な彼の目から見ると二人はまったく同レベルの諍いだ。
「お前等どっちも気ィ短すぎる。その性格損するで」
「うっさい老け顔‼」
杏と大鰐は同時に幸島に言い返した。
いやはや、似た者同士なのだが二人とも決して認めようとはしないだろう。
杏は憂さ晴らしに大鰐の肩を力任せにドンッと突き飛ばした。長い金髪を靡かせてクルリと背を向けて禮の腕に自分の腕を回した。
「もーはよ資料室行こ、禮」
「資料室!」と大鰐は声のボリュームを上げた。
「あーもうウッサイ。がなるな言うてるやろ」
「何で資料室行くねん」
「はあ? 試験勉強やけどォ? アンタに関係ないやろ」
「資料室なんかで勉強すんなッ」
「なんで資料室で勉強したらあかんねん。ワケ分からんこと言うて人の足引っ張んな」
「お前程度の足引っ張るか。俺は資料室に行くな言うてんねん」
大鰐は杏の腕を捕まえて引っ張った。
これがまた杏の怒りに火をつけた。杏は頭ごなしに命令されて素直にきく性格ではなかった。
「離せリアルゴールド男! エネルゲン飲ましたろかッ」
どっす! ――杏は大鰐の横っ腹にパンチを喰らわせた。
「げはッ!」と大鰐は堪らず杏から手を離して蹲った。女の力でも油断しきった脇腹には効果があった。
禮は大鰐に「大丈夫?」と駆け寄ろうとしたが、杏が腕を引っ張って引き留めた。杏は禮をそのまま教室の出入り口のほうへと連れて行った。
「バーカバーカ、へーの激バカ~~」
杏は最後に大鰐に向かってあっかんべーをして教室のドアをビシャンッと閉めた。
「バカ言うな! バカとは言うな杏のアホォー!」
大鰐は蹲った体勢から、締め切られたドアに向かって怒号を上げた。
「何で杏は俺の言うこと一個もきけへんねんッ」
「平が何でも頭ごなしにがなるからちゃうか」
「そんな長年連れ添った女房みたいな的確なアドバイス求めてへんわッ」
(コイツの短気な性格はほんま矯正したらなあかんな)
幸島は、はあーー、と一際長い嘆息を漏らした。
大鰐はブスッとして再び自分の椅子に腰かけた。杏に喰らわされた箇所が痛むのか脇腹をさする。
なあ、と脩一が声をかけた。
「へー。さっきから資料室資料室って何?」
「あん? お前も知らんのか」
大鰐は意外そうに聞き返した。
聞き返された脩一のほうも思ってもみなかったという表情をした。
「知らんも何も、俺たち入ったばっかの一年坊だぜ。ガッコの中のことなんか実際ゼンゼン知らねーヨ」
「世話になってる先輩がいてるワケでもあれへんしな。何で大鰐は荒菱館のこと詳しいねん?」
由仁も脩一と同様に不思議そうな顔で尋ねた。
大鰐は机の上に頬杖をつき、やれやれと言わんばかりの表情をして口を開いた。
「お前等が勉強不足なんや。予備知識っちゅうヤツや。荒菱館の資料室言うたら――」
ガラッ、と教室のドアが開かれた。
「お邪魔サマー」
大鰐は、今まさに語ろうとした瞬間に腰を折られて口を半開きにしたままピタッと停止した。言おうとすれば杏には土手っ腹に拳を喰らわされ、脈絡もなく教室の扉が開く。どうやら今日は間が悪い日だ。
ドアを開いて入室してきたのは最上級生にして学園のナンバー2・美作だった。一年生諸君はすかさず頭を下げて挨拶をした。
美作は禮の机で足を停めてジロジロと観察した。通学バッグが無い。一時的に教室にいないだけ、ということではないと判断した。禮はどうしたのか、と手近な者に尋ねた。
「杏と二人で試験勉強する言うて今さっき出ていきました」
手近にいた一人である幸島が答えた。
「禮ちゃん、アンちゃんと勉強会らしいでっせ」
美作は自分の後方を振り返り、教室の出入り口に向かって話しかけた。
話しかけられた相手、渋撥は頭をやや下げてドアの鴨居を避けて室内に入ってきた。
「禮ちゃん何か言うてませんでした? メッセとか」
「さァ?」
「どこ行ったんかな、禮ちゃん。この前行ってみたい言うてたアイス食べ行こ思うてたんやけどな」
渋撥は再び、さあなと首をやや傾げた。
「え~? 近江さん知らはらへんのですかあ~? 禮ちゃんのカレシやのに~」
虎徹はクハッと噴き出した。まるで莫迦にしたような言い方。由仁と脩一は血相を変えて虎徹の口を塞いだ。
「ちょっ、虎徹くん! なんちゅう言い方すんねん! せめてTPO考えてくれやッ」
「頼むから俺たちがいるときに近江さんに絡むな! 俺たちまで一味だと思われんだろーがッ」
あのー、と大鰐が手を挙げた。
「あいつ等二人、資料室行く言うてました」
それを聞いた美作は途端に眉を顰めた。
「マジ?」
「マジっス」
「近江さん――」
美作が顔を引き戻すと、其処にはもう渋撥の姿はなかった。
一人残された美作は腕組みをして中に向かって、ふーと息を吐いた。
「禮ちゃんが関わるとほんまごっつ腰が軽ならはるわ」
やれやれ、という態度で美作も渋撥に次いで一年生の教室から出て行った。
虎徹の恐れ知らずな態度によって畏縮させられた由仁と脩一はホーッと安堵した。いくら彼等が暴力や闘争に恐れをなさないといえど、彼等の世界の頂点に君臨する暴君の不興を買うことは、楽しい学園生活を木っ端微塵にぶち壊すことに直結する。
「禮の彼氏はんて初めて近くで見さしてもらいましたけど、えらい恐いお顔してはりますな」
「ま。禮は確実にメンクイじゃねーわな」
「禮ちゃんはカオだけが取り柄の脩一にも無反応やしな」
由仁は脩一を指差して笑った。脩一は「うるせー」とフイッと顔を背けた。
鞠子は自分の蟀谷にぴとっと指先を押し当てた。
「ココんとこ、ぷっくり血管浮いてはりましたえ」
「ゲッ⁉ マジッ?」
「うおーヤベー。虎徹がいきなり突っかかったりすっからだぞ」
脩一は虎徹の肩にドンッと肘打ちをした。
「イヤ、たぶん今回は虎徹の所為ちゃう。資料室やからや」
「は?」
物識り顔で放言した大鰐に、みなの目線が向いた。
「荒菱館の資料室って言やァ……別名〝連れ込み部屋〟やからな」
§ § § § §
私立荒菱館高等学校2階・資料室。
杏はそもそも資料室という場所に馴染みはない。資料室で勉強しようと言い出したのは禮だ。禮の中学生時代、資料室と言えば本棚と長机が並ぶ無機質で静謐の空間。普段は用がなければ足が向くことは無いが、試験期間は勉強に励む生徒がいたものだ。故に、よい機会だから未だかつて立ち入ったことのない荒菱館高校の資料室に行ってみようということになったのだった。
禮と杏は、資料室のドアの前に立ち尽くしていた。締め切られた真白いドア、そのドアノブに手をかけようという気にどうしてもならなかった。
何故ならば、資料室とは思えない音声が漏れ聞こえてくるからだった。
「ンンッ……アン! ……あぁん」
「アッ、アッ、アッ……イイッ……!」
これは明らかに嬌声。学び舎には不釣り合いな淫奔な男女の声が入り乱れて聞こえる。ドアの磨りガラスに透けて見える人影らしきものが蠢いている。声や人影の数から、おそらく室内には何組かの男女がおり、情事の最中であることを想像させた。
ちょっと禮、と杏は振り向いてビックリした。禮の顔面は林檎のように真っ赤だった。
「うわ、禮! アンタちょおおかしいくらい顔赤くなってるで」
「だ、だって、これ絶対……! え、えっちなことしてるやん……っ」
――うん。わざわざ口に出して確認しなくてもそうに決まっている。
杏から見ても禮は世間知らずで初心だ。お嬢様学校育ちの貞操観念では、人様の情事のなど聞くに堪えないのだろうと容易に想像できた。
「とにかくほか行こ。こんなとこで勉強でけへん」
禮の思考回路はショートしているに違いない。杏は此処から立ち去ろうと禮の腕を引いた。
丁度そのとき、ドアノブが回って内部からドアが開かれた。
「やっぱノリがいい子はこっちもキモチーわ」
「スキン全部使い切りやがって。オマエ調子のりスギだろ」
室内から出て来た男二人とばったりとかち合ってしまった。
つまり、この二人組は情事の直後ということ。禮は反射的に気まずさを感じてサッと顔を背けた。
男たちは堂々としたもの。杏を値踏みするようにジロジロと観察し、わざわざ禮の顔を覗き込んできた。
「うお、二人ともかーわいーい。あれ? ソレどこの制服だっけ?」
「バカ、コレうちの制服」
「ていうかキミ、真っ赤じゃん。もしかして処女?」
「ダハハハハ、セクハラだべ」
杏はツンと顔を逸らし、行くよ、と禮の腕を引っ張った。このような淫奔で無礼な輩を真面に相手にする気はなかった。
男たちはスッと素早く杏と禮の進行方向に回り込んだ。
「まーまーまー。そんな怒るなよ。ここに来たってことは、その気はあるんだろ。えっちが好きな女の子は大歓迎よ」
「俺たち時間と体持て余してっから、すっげガンバルよ。その辺のガキよりゼッテー気持ちイイから試してみて」
杏は男たちのニヤけた面をキッと睨みつけた。
「勘違いせんといて。アンタ等なんかとそんな気なるワケないやろ。そこ退いてんか」
杏の吊り目がちな視線で睨まれたら並の男なら怯みそうなものだが、この男たちは荒菱館高校で一年以上生き抜いた先達、然るものである。彼等にとっては杏の威勢の良さは可愛らしいものだった。
「金髪のほうはナマイキでいーねー。俺金髪もーらい♪」
「お前ホント気の強い女好きね。じゃあ俺こっち」
男たちは無遠慮に杏と禮の二の腕を捕まえた。
「この子に触らんといッ――」
スパァンッ、パァンッ。
何者かによって男たちは後頭部をはたかれた。
杏はポカンとして男たちの背後にいる人物を見上げた。
「……ッデーッ! 何すんだゴラァッ!」
「うわぁあー! 何で美作さんと近江さんが⁉」
男たちは背後を振り返り、サーッと青ざめた。
この学園を支配する暴君とその忠臣が揃って現れたことには度肝を抜かれた。二人ともこのようなところ――通称・連れ込み部屋――資料室に姿を現すような人物ではなかった。
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