ベスティエンⅢ【改訂版】

花閂

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#25:Let me have my own way.

Let me have my own way. 02

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 レイシノブに彼氏がいると聞いて、ピタリと手を停めた。抓んだフライドポテトを宙に浮かせたまま偲のほうへ顔を向けた。

「え。シノちゃんカレシでけたん?」

 禮の反応を見て、モミジ和々葉ワカバの目線も偲へと向かった。

「シノちゃん、まだレイちゃんに言うてへんかったん?」

「あー、うん。会うたときに言えばええかなーって思うてたんやけど、最近会う機会あれへんかったから」

「おめでとー✨✨」

 禮は偲にペカーッと光り出しそうな満面の笑みを向けた。

「う~~ッ」と偲は羞恥に耐えられず顔を顰めた。

「シノちゃんのカレシ誰やと思うー? レイちゃんビックリするよ」

 誰だろう、と禮は小首を傾げた。中学生時代は偲とそういう関係になりそうな異性はいなかったように思う。恋愛沙汰に関しては勘が悪いから自信は持てないが。

「ゼンくんやよー!」

 椛と和々葉は二人して拳を突き上げ声を揃えて発表した。
 禮は二人の発表を聞いて停止した。ゆうに数秒間は経過したのち「あ、ゼンくん」とピンと来た顔をした。
 ――レイちゃん、またゼンくんのこと忘れてたね。
 実に禮らしい反応。椛と和々葉はウンウンと頷いた。

「シノちゃん前からカレシ欲しい言うてたからでけてよかった。女子校やから、ええ出逢いがぜんぜんあれへん言うてたもんね。シノちゃんカワエエからモテるのに、付き合ってみたら変な人が多い言うてたし」

「ぎゃーっ、もうやめて💦 過去の古傷まで思い出させんといてッ」

「ゼンくんええ人そうやし、ほんまよかった」

「……まー、ええ人ではあるけど」

 偲は禮から顔を逸らして不本意そうに言った。
 此処まで至って渋撥シブハツも「ゼンくん」を思い出した。ついでに路地裏で禮から振り向き様に一発喰らわされそうになったことも。

「ええヤツか? ゼンってアレやろ、レイが顔面に裏拳喰らわそうとしとったヤツやろ」

「ハッちゃん、しーっ」

 禮は口の前に人差し指を立て、小声で渋撥を咎めた。

「ウチの話はもーえーよッ」

 偲は、先ほどオススメを教えてくれた吊り目の少年へと目線を移動させた。

「あ、あの、キミはえーと、名前……」

タイラ

「ソレ、苗字?」

「名前」

 ――え。苗字やのォて下の名前で自己紹介しちゃうんや。え~~?
 ポカンとした偲に、大鰐オーワニは首を伸ばした。

「タイラや、タ・イ・ラ」

 大鰐が正式名称を強くアピールするのは、禮の所為で期せず「へー」という呼称が定着してしまったからだ。これ以上不本意な呼称が広まるのは避けたい。

「それで、タイラくんはどんな子がタイプ?」

「俺は、男に引っ張られたいタイプの女」

 偲は話題を自分から逸らしたくて話を振っただけだったから、大鰐の返答に完全に意表を突かれた。偲が思わず「え」と零し、大鰐からは今一度「オマエ」と返ってきた。

「ウ、ウチはカレシいてるてば」

「あーそうやったな」

 大鰐はケロリとしていた。
 偲は、大鰐が何事もなかったような顔でジュースのストローを咥えたから、揶揄われたと思った。彼等にしてみれば、勝ち気な偲だろうと小心者の椛だろうと、スレていない世間知らずのお嬢様に違いない。確かにそうなのかも。頭では揶揄われていると捉えても、お前がいいと言われて心臓がドキリとした。

「あれ、日本橋ニホンバシさん?」

 ファストフード店のトレイを持った男子高校生が、荒菱館コーリョーカン生が陣取るテーブルで足を停めて声をかけた。
 偲は長い髪を揺らして振り返った。その男子高校生を見てモミジ和々葉ワカバは「あ!」声を上げた。

「日本橋~?」と首を傾げる一年生男子諸君。

「シノちゃんの苗字。シノちゃんは日本橋ニホンバシシノブ、言うの」

 和々葉がこっそりと教えてくれた。
 禮は彼の顔を見て、遅ればせながら記憶との照合が完了した。彼は今し方、偲の彼氏と判明した山口ヤマグチ善也ゼンヤだ。

「あ。ゼンくんや」

「あっ……さ、相模サガミさんッ?」

 善也は集団のなかから禮を見付け出して咄嗟に声が裏返った。無論、その隣にいる巨躯にすぐに目が留まった。にわかに表情を険しくした。

「お前はあのときの……。まだ相模さんにつきまとってるのか!」

 美作ミマサカは頬杖を突いて嘆息を漏らした。禮に関することで暴君に突っかかるのはやめてほしい。せっかく今日は穏やかな一日だったのに。

「俺、この少年キライやわ」

 偲は急いで立ち上がって善也に駆け寄った。

「ゼンくんゼンくん、ちょっと待った! あのお兄はんはレイのカレシやの!」

「ええッ⁉ だって荒菱館だろ。不良じゃないか。あんな威圧的な見た目してるんだ、人を脅したり弱い者イジメしたり、絶対やってる。あんなヤツ、相模さんが付き合うような人間じゃない」

 ガタ、ガタガタッ、と一年生諸君が一斉に椅子から立ち上がった。無言で善也に鋭い眼光を向けて険悪なムードが立ち籠める。
 これはまずいな、と禮は察知して渋撥シブハツの制服の袖を抓んだ。普段は鈍いくせにこういう雰囲気の変化には敏感だ。

「ハッちゃん怒ってる? 怒らへんよね。お願い、ゼンくんはシノちゃんのカレシやからケンカせんといて」

 禮からお願いと乞われては無碍にできない。渋撥はフーッと息を吐いて善也から顔を背けた。
 まあまあ、と美作が一年生男子諸君を宥めた。本来なら渋撥への侮辱は彼が最も聞き捨てならないのだが、本人が手を出さないという意思表示なのだから仕方がない。

「近江さん眼中にあれへんみたいやし、お姫様もこう言うてることや。やめといたれ」

 最上級生でありナンバー2からこう言われては無視はできない。彼等は元いた位置に腰を落ち着けた。

「相模さんが付き合うような人間じゃない、とか言うて何やアイツ、レイちゃんのほうに気があるんか」

 ガルルルル~、と虎徹はいまだ善也に対して牙を剥いていた。

「ゼンくんは昔、レイちゃんに告ったことあって」

「椛っ」

 悪気なくポロッと事実を口にしてしまった椛を、和々葉が素早く叱った。過去のことはどうしようもないけれど、偲には恐らく面白くはない出来事だったろうから。

「へ~~。本命に告ってフラれて、そのトモダチとくっついたかあ」

「まだ惚れとったりしてなー」

 虎徹と大鰐は善也に目を遣ってニタニタと笑った。椛から聞いた事実は彼等が勘繰るには充分な材料だった。
 幸島はしょうのないヤツ等だと嘆息を漏らした。下世話な勘ぐりだとは思うが初対面の少年には何の義理もなく、彼等を停めるつもりもなかった。
 善也は直ぐさま顔色を豹変させた。頬をカッと赤くし額に汗を浮かべた。

「図星かァ」

 大鰐は小馬鹿にしてクックッと笑みを漏らした。

「やっ、その、確かに、前は相模さんのことが……! だ、だからといって今もそうだとは僕はっ、断じて! 今は相模さんに対しては好きとかではなく……。いや、勿論いい子だとは思ってるけど、でも……ッ」

「もうええよ」

 偲は皆に聞こえるほど大きな溜息を吐いて善也の釈明を遮った。しどろもどろで聞いていられない。本心が何処にあるのかも分からない不出来なものだ。

「無理して否定せんでもええよ。ゼンくんがまだレイのこと好きなら、それはしゃあないことやから」

「イヤ、そうじゃなくて。聞いて、日本橋さん」

「ええってば。ウチかて人の気持ち無理矢理どーこうしようなんか思ってへんし」

「日本橋さん、誤解だよ。僕は確かに前は相模さんのこと好きだったけど」

「…………」

「今は純粋に友だちとして……イヤ、日本橋さんの親友の相模さんを心配してるんだよ。カノジョの友だちなんだから、心配するのは当たり前だろ。だから決して、その、何というか、恋愛感情があるからじゃなくて……」

「ゼンくんってめんどくさい」

 善也の言葉がピタッと停止した。
 禮を含め親友たちはこの声のトーンは本気のときだと察知した。感情的に怒鳴るのでも金切り声を上げるのでもないが深刻なときの合図だ。
 偲は善也からフイッと顔を逸らして自分の席へと向かった。椅子の上に置いていた通学鞄を持ち上げた。

「ちょっと今は言い訳聞きたくない」

「に、日本橋さん……」

 弱々しい声、情けない。こういうときに強く引き留めてもくれない。
 偲は善也と目も合わせなかった。ツンと進行方向だけを見て、善也の目の前を早足で通過して階段を下りていった。
 禮は椅子から立ち上がった。すかさず偲の後を追ってくれるなんて流石は王子様、と椛と和々葉は表情を明るくしたが、渋撥が腕を捕まえた。

「脚」

「そんなこと今どーでもええよ」

 そう言うと思った。渋撥は嘆息を漏らした。

「放っとけ」

「せやけど」

「アイツかて今はレイに追いかけられたいんとちゃうやろ」

 禮は素直にすとんと椅子に腰を落とした。
 自分に置き換えてみると確かに追いかけられたくなかった。かつて渋撥とつまらぬ言い合いをしたとき、誰にも追いかけられたくなかった。否、追いかけられたい部分もあった気がする。しかし、それは友だちの役目ではないことは分かり切っていた。

「お前、賢そーな見た目の割に言い訳が下手くそやな」

 大鰐が挑発しても善也から反応はなかった。偲が去って行った階段のほうを向いて茫然と立ち尽くしているだけだ。先ほど暴君に対して啖呵を切った威勢は何処へ行ったのやら。

「俺、先に抜けるわ」

 大鰐は椅子から立ち上がって幸島に言い残し、小走りに階段を下りていった。


 ファストフード店の前は商店街だ。夕方の時分、買い物客が多い。
 偲はトボトボとした足取りで人並みを縫って歩いていた。ファストフード店を出てすぐは早足で突っ切ったが、しばらくして脱力した。

「何でこうなるんかな……。ウチさえ我慢してれば上手くいくと思てたんやけどな」

 ずっと我慢していた。善也と付き合いだしてから事ある毎にずっと。
 善也に対する不満もあるし、思うように行動できない自身への不甲斐なさでもある。思い通りにならないからと不満をぶつけるのは我が儘に過ぎないと、胸に押し込めて忍耐してきた。
 偲にとって、善也は提示する条件を全てクリアする完璧な存在。ならば上手くゆかないのは自分の落ち度に拠るところだ。だから我慢しなければいけない。我慢してさえいれば上手くゆく。そう思っていたのに、一時の感情に任せて莫迦なことをした。
 ――バカなこと? せやけどウチ、ちょっとスッキリしてるやん。
 善也が禮を好きだったことも告白をしたことも承知している。今更それを責めるつもりは毛頭なかった。偲は過去なんかどうでもよいと思うと決めたのだから、善也にもそうしてほしかった。
 わたしのほうを見て、わたしを選んほしかった。世界で一番幸せになりたいわけじゃない。わたしをあなたの一番にして。
 ずっと、そう言ってしまいたかったんだ。
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