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#23:Here comes a little gangster
Here comes a little gangster 03 ✤
しおりを挟む一行は少女たちを中心に買い物を楽しんでいたが、長くなってくると男性陣はエネルギー切れが近付く。無論、スタミナは少女たちに劣るはずがないが、彼等には独自のリミットが存在する。生命活動には何ら支障ないが口寂しくなり集中力が低下する――――俗に言うヤニ切れである。
男性陣は喫煙室へ行った。今日は制服ではないし、渋撥と鶴榮は実年齢よりも年嵩に見られるから補導されることもまずあるまい。ゆっくりと煙を呑めそうだ。
少女たちは、各フロアの端に設けられた休憩用の椅子に腰掛けて男性陣を待つことにした。
意外なことに、小学生男児は少女たちのほうへついてきた。渋撥をリスペクトしてべったりのくせにどうしたことか。
少女たちと小学生男児は横並びに座った。
「あっちゃん、さっきは大変やったね。どっこもケガしてへん?」
禮は隣に腰掛けている嵐士に声をかけた。
嵐士は途端に苦々しい表情になった。
「人がせっかく忘れよーとしてんのに思い出さすな! オレがちょっと撥兄にやられとるトコ見たからてええ気になんなよッ」
「そーゆーつもりちゃうよ」
「言うとくけどな、オ、オレが弱いんちゃうぞ。撥兄相手やったら誰でも泣き入れんねん」
「そやね。ハッちゃん怒らすとめっちゃ恐いもんね」
禮はアハハと笑った。禮には他意は無かったが嵐士は子ども扱いされたように感じた。
「わ、笑うな禮! オレも撥兄みたいにでこうなったら恐いんやからなッ」
禮はクルッと杏と夜子のほうに顔を向けた。
「あっちゃん、ハッちゃんみたいになりたいんやって」
杏は首を伸ばして嵐士と目と目とを合わせ、ハンッと鼻先で笑った。
「あと十年くらいで身長何センチ伸びる計算?」
「うっさいわ!」
嵐士は椅子から飛び降りて杏の真ん前まで行った。
嵐士と杏は鼻先を突き合わせて犬の喧嘩のように「う~~っ」と威嚇し合った。
「嵐士ちゃんと杏ちゃんは仲が良ぉてよろしおすな」
「よくないッ!」
夜子の暢気な発言に対し、嵐士と杏の反論が重なった。
禮がニコニコと眺めていると、嵐士から「オイ、禮」と顔の真ん中を指差された。
「お前、撥兄とヤッとんか」
ビシンッと、禮の表情が凍り付いた。杏とも夜子も面喰らって絶句した。
何事にも好奇心旺盛な年頃とはいえ、あまりにも口さがなさすぎではありませんか嵐士くん。真っ直ぐな瞳で問い質すような内容ではない。
「どうなんや。ヤッとるんか」
「~~~……っ」
嵐士から追及された禮は、口を一文字に噤んで顔を背けた。耳まで真っ赤にし、とてもではないがポーカーフェイスなどできない。
「ふーん。ヤッとるな」
「!」
「ちゅうことは禮はほんまのほんまに撥兄の女か……チッ」
嵐士は不服そうに溜息を吐いた。
「いつヤッたんや。何回くらいヤッた?」
「…………」
「なあ、毎日ヤルんか」
「…………」
「禮のカラダで撥兄は何も文句言わへんのか」
「…………」
「オレやったら満足せえへんけど。そのムネじゃーな」
禮は、淡々と続けられる質問と真っ直ぐな視線に耐えきれなくなり、隣に座っている夜子に抱きついた。
「も~何やの! セクハラやん、セクハラ! もうイヤや~~ッ💦💦」
あらあら、と夜子は禮の背中に腕を回して摩ってやる。
杏は嵐士を親指で指した。
「小学生の言うことなんか無視しとき。こういうこと言いたい年頃やねん、ガキやから」
「うっさいわい。小学生やからてナメんなや金髪処女」
杏は嵐士の耳を抓んで力いっぱい引っ張った。
「アンタがなんぼほどウチを知ってんねんチ~ビぃ~💢 ウチが見るからに処女やとでも言うんか、あァッ💢💢」
「処女言われたくらいでムキになるのが処女くさいんじゃアホ! 金髪のアホ!」
「近江さんいはらへんとこでも王様でおれると思わんときやチビ! ドチビ! トサカチビ!」
杏は禮ほどにセクシャルな話題に対して奥手ではなかった。そのようなウブでは荒菱館高校の品のない男子生徒たちとは渡り合えない。処女と煽られて羞じらうどころか、嵐士と同等の勢いで言い返した。
「杏ちゃん。子どもはん相手にそんなムキになりはらへんでも」
嵐士は次なるターゲットを夜子に定めた。ブンッと頭を振って耳から杏の指を振り払い、そちらへと目線を向けた。
「夜子。お前は処女ちゃうんか。鶴兄とヤッたんか」
――ゲッ。コイツ、こんな見るからにオジョー様にも同じ質問しよった!
杏はギョッとした。空気を読まないし配慮もないし世間も知らない。これだからお子様は恐ろしい。嵐士は遠慮するどころか、どこか得意気でさえあった。
「嵐士ちゃん」と夜子は穏やかに話しかけた。
夜子は見るからに淑女然としているから禮以上にオロオロするかと思いきや、杏の予想に反してとても落ち着いていた。
「そんなこと女の口から言うことやおへんえ。鶴はんに直接お訊きやす。せやかて鶴はんに叱られてしもたら堪忍え」
「うぅッ!」と嵐士は押し黙った。
お見事なお手並み。嵐士よりも夜子のほうが一枚も二枚も上手だ。単純な罵倒や批難だけなら誰にでもできる。二の句を継げない台詞を的確にチョイスするところが末恐ろしい。杏はできることなら夜子とは友好的な関係を維持していこうと心に誓った。
「どうする? やめとく? ガキ付きだぜ」
「三人ともカワイイなんて滅多にねーよ。俺、ショートヘアの子めっちゃタイプ」
「黒髪ロング、清楚っぽくて最高」
「じゃあ俺は金パの子がいい~」
ガキ、ショートヘア、黒髪ロング、金髪。それらのキーワードは、明らかに禮たちに合致するものだった。
杏が声のほうを一瞥すると、彼女たちと同じ年代の男たちが三人。ああ、これは声をかけてくるな、と察して心構えをした。夜子がどうかはまだ知らないが、禮はナンパや異性からの秋波に非常に鈍感だ。渋撥がいないときの番犬は任されたつもりだ。禮にその気があるなら余計なお節介はしないが、そうではないのだから下心があって声をかけてくる連中は害虫以外の何物でもない。
「ねえねえ、キミたちさー、弟連れて買い物中?」
「行こか」
杏は、彼等が声をかけてきた途端に椅子から立ち上がった。夜子も杏の意図を汲んでコクンと頷いた。
「待って待って待って」と、男の一人が進行方向に回り込んだ。
ああもう面倒臭い。キッパリと無視したのだからその気は無いと察して諦めてくれ。
杏は途端に不機嫌な顔付きになって腕組みをした。
「退いて」
「買い物してノドとか渇いてない? すぐ近くのカフェで俺の友だちバイトしてるんだー。めっちゃオシャレな店。休憩しに行かない?」
「要らん」
「全部オゴるから、お願い」
「要らん言うてるやろ」
杏はとりつく島を見せなかった。男たちに何度か退いてと言明したが、彼等は少女たちを解放しなかった。
「なんやお前等、ナンパか。この女が誰のオンナか知らんのか」
嵐士が男たちに向かって放言した。
禮をビシィッと指差し、聞いて驚けとばかりに背筋を伸ばしてふんぞり返った。
「近江渋撥のオンナやで!」
前髪を逆立てたリトルギャングスタは勝ち誇っていた。彼にとってその名前は御隠居の印籠のようなものだ。それを出せば勝利を確信。
しかし、彼以外の反応は対照的だった。禮と夜子は何とも言えない微妙な表情になり、杏はハーッと嘆息を漏らした。男たちは呆気に取られて口をポカンと半開きにしていた。
「…………誰?」
「あぁッ⁉」
嵐士は驚愕して聞き返した。
男たちに強がりや演技の素振りは一切無く、本当に心当たりが無いという態度だった。
「お、近江渋撥やぞ! お前等誰か知らんのかッ」
「イヤ、知らねーけど」
「アイツらモグリや!」
嵐士は禮たちのほうを振り向いた。
禮は眉を八の字にして苦笑した。夜子は頬に手を添え、子どもなのによく日本語を知っている、と場違いな感想。彼等はモグリ、その事実に嵐士以外には誰も意外そうな反応は見せなかった。寧ろ、当然の結果だった。
「これやからガキんちょは」
ハアッ、と杏は強めに溜息を吐きた。腰に手を置いて嵐士のほうへズイッと顔を近付けた。
「ああいうチャラチャラした見るからにオシャレ系の兄ちゃん等には、近江さんの名前も通用せえへんねん。ジャンルがちゃうから」
「ジャ、ジャンル⁉」
嵐士はガーンッと頭を殴りつけられたような気分になった。
彼の暴君に憧れて已まない小学生男児は、ジャンルなどという概念を考えたこともなかった。それほどに彼の世界において暴君への憧憬は絶対的なものだった。
杏が《荒菱館の近江》を畏怖するのは、その尋常ならざる伝説や噂を耳にし、その威光の及ぶ範囲に自ら身を置いて必死に生きてきたからだ。杏が生きてきた世界とは無縁の平和な日常を過ごしている彼等のような人種に、そのネームバリューが通用しないのは道理だ。
「なー、オーミシブハツって誰? もしかしてキミ等の間で流行ってる芸人とかー?」
男の一人が禮の肩に手を置いた。
「その女に触んな。撥兄のや言うてるやろッ」
ガキンッ、と嵐士は男の向こう臑を力いっぱい蹴り飛ばした。
男は禮の肩から手を退けて弁慶の泣き所を押さえてその場に蹲った。其処は人体の急所の一つ。小学生の力とはいえ全力で喰らわされれば堪らなかった。
「嵐士ちゃん、何てことしはるの」と夜子。
「コラ、余計なことせんどき! ほんまコイツは爆弾みたあやな」
「じゃかしい! 女守るのは男の役目やッ」
――ああ、やっぱり、近江さんの血筋や。
杏はその台詞を聞いた瞬間、確信を得たと同時に呆れた。子どもだとか大人だとか関係なしに、男として譲れぬ矜恃はすでに芽吹いている。その山岳の如く聳え立つ矜持に見合う実力はまだないけれど。
「このチビ!」
頭に血が上った男は嵐士に向かって手を伸ばした。
バシンッ、と禮が嵐士に届く前にその手を叩き落とした。
男は吃驚した顔を禮へ向け、禮は男に向かってニッコリと微笑んだ。
「堪忍やよ。子どものすることやから。ウチが代わりに謝るさかい許して」
「え。でもコイツ――」
「ゴメンナサイ」
「ゴメンナサイって言われても俺、コイツに蹴られてんだよッ」
「許してくれへんのやったらウチ怒るケド…………ええ?」
黒髪の美少女の笑顔は花の如く愛らしかったが、反省の色は微塵もなかった。
愛想は良いのに圧を感じるとは如何なることか。禮と面している男は自分でもよく分からない感覚だった。容姿は可愛らしく腕力も脅威になり得ず、気圧される理由がない。理由はないと頭では分かっているのに……。
「禮! 引っ込んどけッ」
ドスゥッ、と嵐士は禮の前にいる男の腹部に全力でパンチを入れた。男は堪らず「ぐえっ!」と呻き声。
嵐士がフンッと勝ち誇った顔を禮に向けた次の瞬間、視界に拳が飛び込んできた。回避する間もなく頬を張り飛ばされ、臀から床に倒れ込んだ。
「嵐士!」「嵐士ちゃん!」と杏と夜子は急いで駆け寄って小さな身体を助け起こした。
「子ども相手に何すんねんクズ!」
杏は男たちを心底罵った。
先に手を出したのは嵐士だ。その短慮な行動は褒められたものではない。しかし、男が女を守ろうとするのは本能だ。嵐士自身も制御できない血統の徴候だ。お前の無鉄砲は、子どもに易々と手を上げるコイツ等よりは万倍マシだと褒めてやる。
杏の剣幕、鋭利な眼光は、一瞬男たちを射竦めた。彼等のような人種は、同世代の少女から仇敵のように睨みつけられたことなどなかった。自分よりも小柄な少女に一瞬でも恐怖した臆病を誤魔化す為に冗談みたいにハハハと笑い合った。
「こーわ。やっぱ金パねーわ」
「バーカ。オマエなに小学生なんかにやられて――」
ガキャァアンッ!
禮は、嵐士を撲った男の顔面を殴り飛ばした。
その一撃によって男の身体がグラリと揺らいだ。そうがっしりした体格でもない、喧嘩慣れもしていない。不意な一撃に耐えられるわけがなかった。ガクンと膝を折って床に突っ伏した。
「ウチ、ちゃんと怒るて言うたからね」
禮は意識を失った男の後頭部に独り言のようにボソリと零した。表情のない端正な顔面が、感情の籠もっていない言葉を吐く様に、男たちは背筋を凍らせた。
「おっ、女のクセに余計なことすんな禮!」
嵐士は禮の背中に向かって怒鳴った。
禮が振り返り、その黒い瞳がキラリと光って見えた。その光に気付いた瞬間ドキッとした。チラチラとギラギラと、揺れては消え、現れては揺れ動く。刹那で目を奪われて網膜に焼き付く閃光。憧れて憧れて、追い掛け続ける光。必死で追い掛けて手を伸ばすのに指の隙間を擦り抜ける、欲しくて堪らないのにまだ届かないディレンマ。
禮は、渋撥ととてもよく似た一閃を放つ――――。
「ウチのほうがあっちゃんよりずっと強いよ」
「そッ……!」
禮は嵐士を一瞥して明言した。そしてすぐに正面に向き直った。
禮の眼光に目を奪われて反駁が遅れた。否、反駁の言葉など浮かばなかった。禮の強さをその目で見たから。自分との違いを見せ付けられたから。禮の背中――渋撥に比較してなんともか細い――風に揺られる小枝のように華奢、それなのに敵わないと悟らされた。
嵐士はギリッと奥歯を噛み締めた。悔しくて悔しくて目頭が熱い。
杏ちゃん、と夜子が声をかけた。
「ウチ、足が速いほうちゃうんどすけど」
「何の話⁉」
「走って鶴はんたち呼んできます」
それは妙案だ。杏も禮に無理をさせたくはない。幸いにも《荒菱館の近江》を知らない彼等も実際に対面すれば逃げ出すだろう。何しろ眉なしの強面の上に上背があって潰しが効く。
夜子と杏の話を聞き逃さなかった男が、夜子の腕を捕まえた。
「人を呼ぶのは勘弁してよ。これ以上騒がれたら困るっつーの。俺たち悪いヤツみてーじゃん」
「触んなッ!」と杏は男を一喝した。
「その子もあの子も、アンタ等みたあなんが触ってええ女ちゃうねんボケカス!」
杏の反射的に敵を威嚇する行為は、おっとりしている夜子には真似できない芸当だった。この際、口汚さは置いておくとして。
夜子は杏を頼もしく思った。
「そ、そんな恐い顔しなくていーじゃん。何も攫おうってわけじゃねーんだから」
「やれるもんならやってみいや。アンタそんな度胸あるよーに見えへんけどな」
「なッ⁉ オマエかわいくねーなッ」
ガギィンッ!
凝視していた男の顔が突如視界から消え、杏は吃驚して目を大きく見開いた。
「ブッサイクなツラやったさかい思わずドツいてしもたわ」
「純さん!」
美作は、足許にしゃがみ込んでいる男の胸倉を捕まえた。男は顔面を押さえてヒッと短い悲鳴を上げた。
「ワ~レェ~~💢 女のコがどんだけ貴重な生き物か解ってへんなァ~💢💢 女のコに面と向かって可愛ない言うような腐れドアホは今スグ死にさらせッ!」
(やっぱ純さんカッコエエ~❤)
杏は思わずにやけてしまいそうな両頬を手で押さえた。ついさっきまで気合いの入った形相だったくせにヒーローが現れるや否や、バカ正直に浮かれてしまう。
禮は男と対峙して拳を握っていた。まさに目標に向かって突き出さんとした瞬間、ぽん、と背後から誰かが肩に手を置いた。
暢気に振り返ると、煙草を咥えた渋撥がいた。煙草はまだまだ充分な長さがあった。火を付けた矢先、騒ぎを察知して駆けつけたのであろう。
「そんなにポンポン殴るな、禮」
「あ、ハッちゃん」と禮は緊張感のない声。
渋撥は禮の肩を押し退け、禮が敵と目していた男を有無を言わさず殴り飛ばした。
バッキィイイッ!
無論、渋撥は禮と彼等との事情を把握してはいなかった。何の躊躇もなく粛正する様はまさに暴君。彼にとって筋道や道理はさほど重要ではない。禮と敵対し、危害を加えるリスクがあるものは、須く悪だ。
渋撥は禮の利き手の手首を捕まえ、その小さな白い手が無傷であるか確かめた。怪我は見当たらなかったが、堅い人間の顔面を殴った箇所は少し赤くなっていた。何処の馬の骨かも分からない輩の所為でか細い手が腫らされているのは充分に気に食わなかった。
「禮はほんまケガしとるっちゅう自覚あれへんな。足の次は拳ワヤにしたいんか」
そう告げると禮はキョトンとした。この心配の半分も伝わっていないのだろうな。
「ウチ、そんな簡単にワヤになれへんよ」
「頼むから俺のいてへんとこでばっかトラブるな」
渋撥は禮の頭に手を置いて過剰にぐしゃぐしゃと撫でた。髪型を乱された禮は「もー」と不服そうな声。心情を理解しないことへの渋撥なりの八つ当たりだった。
三人組の男たち、一人を禮が、一人を美作が、最後に渋撥が懲らしめ、騒ぎは収拾した。
鶴榮は嵐士の前にヨイショとしゃがみ込んだ。赤く腫らした頬を見て心配するどころか笑い飛ばした。
「あっはっはっ。そのツラどーした嵐士」
「何でもあれへん」
「カッコ付けの意地っ張りは血筋かのォ」
「何やねん!」
嵐士は足許に向かって声を張り上げた。小さな身体のなかを消化しきれない想いが渦巻いてあっという間に過熱されて爆発寸前。何処へ矛先を向けたらよいのか分からなかった。
痛い、熱い、悔しい。とんでもなくもどかしい。自分ではまだ届かぬ渋撥と同じ場所に立っている禮が、羨ましくて妬ましくてしょうがない。そこはオレの場所だ、と叫んで飛び出したいのに、それもできない自分が不甲斐なかった。
「オレが守ったるつもりやったんや! オレ一人ででけたんや! それを禮がッ……!」
「あっちゃんにはでけへんよ。あっちゃんはハッちゃんちゃうんやから」
嵐士は急に押し黙って禮に目線を向けた。さっきはこれ以上ないというほど徹底的に突き放したくせに、別人みたいに優しく微笑んでいた。
禮は、よいしょ、と嵐士の前にしゃがみ込んで目線の高さを同じくした。嵐士の目を真っ直ぐに見詰め、彼も目を逸らそうとはしなかった。歯痒そうな、妬ましそうな、視線。禮にも彼の気持ちはよく解る。強いものに憧れ、そうなりたいと願い、追いかける。だから、大人ぶって言い聞かせたいわけではない。嵐士の拙さを責めつもりはない。
伝えたいだけ。伝えたことを受け取ってほしいだけ。受け取ったものを自分なりに理解してほしいだけ。理解してくれるはず。わたしとキミは似ているはずだから。
「守ってくれよとしておおきに、あっちゃん。せやけど、誰かの名前を盾にしても何も守れへんよ」
禮は嵐士の手を掬い上げ、両手で包み込むようにしてポンポンと撫でた。撫でながら小さな手に目を落とし、この先をどう言葉にして伝えようか思案した。伝えたいことは確かにあり、とても重要だとも分かっているのだが、それを自身の感覚と相違なく言語化するのは難しい。名指導者と評される父のようには上手くできそうにない。
禮は内心小さな決心をして今一度嵐士の目を見詰めた。
「あっちゃんがハッちゃん大好きなんはウチにも解るよ。ハッちゃんみたいになりたい気持ちも解る。せやけどハッちゃんはハッちゃんで、あっちゃんはあっちゃんなんよ。ハッちゃんがなんぼ強ぉても有名でも意味あれへんの」
禮は、両の手の平の間で嵐士の手にグッと力が入ったのが分かった。
「ほんまに何か守りたいんやったら、あっちゃんが強ならなあかんのよ。あっちゃんは男のコなんやから」
嵐士は何も言い返さなかった。言い返す素振りすら見せなかった。
禮の言っていることすべてを理解できたわけではない。偉そうに説教されるのも面白くない。守りたいものなど分からないし想像もできない。しかし、正しいことを言っていると思ってしまった。
ただただ強烈に、胸が爆発しそうなくらいに、強くなりたいと願った。憧れて憧れて、追いかけ続けて、振り向かせたい、大好きなあの人に並びたい。肩を並べて隣に立ち、同じ景色を見てみたい。
――オレはこんトキ初めて、心の底から本気で、撥兄になりたいて思うた。
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