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第七章 悪魔勇者討伐作戦

第155話 聖樹ミスティリア Side:天上界

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~ 天上界の神大学病院 ~

 聖樹ミスティリアは、神集中治療室のベッドの上で目を覚ました。

 意識を取り戻した彼女が最初に見たのは、彼女が眠る神保護カプセルの上にへばりついて涙と鼻水を垂れ流す女神ラヴェンナの顔だった。

 普段は豊かな金色の髪を称えた青い瞳の美しい女神ラヴェンナだが、今は見る影もない。女神がしてはいけない顔になっていた。

「おはよう。ラヴェンナ……」
「ううぅ~、みずでぃぃぃ、起ぎでぐれでよがっだぁ、よがっだよぉぉぉ!」

 聖樹ミスティリアは、久しぶりに見る友の顔に心を満たされる思いがするとともに、カプセルについた女神ラヴェンナの鼻水を見て、カプセルがあって良かったと安堵する。

「わたしが目覚めたということは、悪魔勇者が……」

 そこまで言って、私は自分自身の身体を確認する。

「……ひとりは倒されたということですね」

 腹部の黒い痣が小さくなっているのを見て、わたしは女神ラヴェンナに語り掛けた。

「ぞうなのよぉぉ! 異世界の人たちがミスティのために悪魔勇者を倒じでぐれだのぉぉぉ!」

 そう言って何度も頷く女神ラヴェンナのおでこがゴンゴンとカプセルにぶつかる。

 とりあえず彼女が落ち着くまで待ってから話を聞くしかないと、聖樹ミスティリアは深いため息を吐いた。

 二人の悪魔勇者と十二の眷属が、惑星ドラヴィルダに召喚されて以降、妖異の侵入が勢いを増し、聖樹ミスティリアの苦痛は日々激しくなるばかりだった。

 ある日を境に、聖樹ミスティリアの身体の心臓とお腹に黒い痣が浮き出てて以降、彼女の意識を保つのが難しくなってきた。

 最後には、「自分はこれで死んでしまうのだ」と思いながら眠りにつくように彼女は意識を落としていた。

(……生きてても悪魔勇者に苦しめられるだけだし……もう痛いのはいや……)

 深いまどろみの中で、聖樹ミスティリアは、このまま死を受け入れて消えてしまおうとも考えた。

 しかし――

 そんなの駄目よ! 絶対に許さない!

 という意志に満ちた静寂の中の騒音が、彼女の頭の中で響き続けていた。

 絶対にこっちに戻って来るの!

 そんな意志に満ちたパッシングが、閉じているはずの目に差し込んできた。

(……ラヴェンナ……うるさい……うざい……)

 彼女の精神が深淵へと落ちるのを絶対に許さないという意志によって、聖樹ミスティリアは再び目を覚ますことができたのであった。


 
~ 少し回復 ~

 神診断と神対応の結果、聖樹ミスティリアは神治療室内で起き上がることができるようになった。
 
 神気ガスが充満している室内にいる限り、妖異の邪気による苦痛を抑えることができる。

「よかったね! ミスティ!」

 ラヴェンナが聖樹ミスティリアの手を取って笑顔を見せる。普通に女神らしい美しいラヴェンナの笑顔を久しぶりに見ることができたことを、彼女は心の底から喜んでいた。

「それで悪魔勇者はどうなりました?」

「あっ! うん、そうだね! まずはそのことを知りたいよね」

 女神ラヴェンナは悪魔勇者たちが現れてから今に至るまでの経緯について話してくれた。

 七柱の女神たちが合同召喚を行って、異世界から強力な軍団の転移に成功したこと。同じ時期に、女神ラーナリアによって召喚された勇者が殺されたこと。その後に一般転生者によって悪魔勇者は弱体化されたこと。最後には異世界の軍団が止め刺したということを、女神ラヴェンナは身振り手振りを交えて話してくれた。

 一連の話の中で、女神ラヴェンナが間違いなく何かやらかしているだろうと、聖樹ミスティリアは確信していた。

 だが大人な聖樹はそのことには触れなかった。

「とにかく! 異世界軍団のおかげで、あとは悪魔勇者ひとりだけになったのよ! こいつ一人くらいなら、わたしの転生勇者だけでもバチコーン!よ!」

 そう言って拳を振り回す女神ラヴェンナに微笑みかけた後、聖樹ミスティリアは左胸の下にある黒い痣を改めて観察する。

 確かにお腹にあった痣よりは小さいものではあった。

 しかし、その黒さは比較にならないほど深い。

「大丈夫よ、ミスティ! きっと大丈夫!」

 女神ラヴェンナが聖樹ミスティリアの手を取り、その目をジッと見つめる。

 きっと何の根拠もなく言っているのだろう。

 でもその手のぬくもりは、聖樹ミスティリアの心まで温めてくれた。

「そうですね! 悪魔勇者なんかに負けてはいられません!」

 女神ラヴェンナの手を強く握り返して、強い意志の言葉を出したそのとき――

「ミ、ミスティ!?」
 
 女神ラヴェンナが聖樹ミスティリアの胸元を見て大きな声を上げる。

「えっ!?」

 女神の視線を辿って聖樹ミスティリアが自分の胸を見る。

 するとそこに――

 胸元からへその上にかけて黒く長い染みが生じていた。

 まるで傷のような、まるで裂けてでもいるかのような、黒い染みが聖樹ミスティリアの身体を走っていた。

「なっ!? なにこれ!?」



~ 診察結果 ~

 神ドクターによる診断の結果、聖樹ミスティリアに生じたこの痣は――

 『次元創傷』

 ということだった。

 世界を喰らい尽くそうとする邪神が、その世界の神を引き裂いて現れ出でようとするときにできる傷。

 妖異が異世界に渡るための通り道。

 次元の監視者たちの注意を引き付ける撒き餌。

「かなり危ないところでしたね」

 神ドクターによると、聖樹ミスティリアの身体は崩壊するほんの一歩手前だったらしい。

 ギリギリのタイミングで悪魔勇者のひとりが討伐されたことにより、この程度の痣で済んだということだった。

 神ドクターからは、次元の監視者たちの介入を延期する塗り薬が出されただけだった。

 それも致し方がないことだ。

 もし神々が、それぞれの領分を越えて直接争うようなことになってしまえば、多くの世界が崩壊し、次元があちこちと裂け、ついには多元宇宙の崩壊へと至ってしまう。

 実際には、そうなる前に多次元観測艦や次元の監視者に補足され、神々の存在そのものが消されてしまうことになるだろう。

「痛くないの?」

 女神ラヴェンナが聖樹ミスティリアの顔を心配そうに覗き込む。

「えぇ。痛みはありません。ただ、もう一方の悪魔勇者を倒さない限り、この傷は回復しないということでした……」

 女神ラヴェンナは不安に曇る聖樹ミスティリアの手を強く握って言った。

「大丈夫よ、ミスティ! わたしがきっとなんとかするから!」

 どちらかと言えば、何もしていただかない方が……

 と反射的に口に出そうになったのを、聖樹ミスティリアはギリギリのところで呑み込んだ。

 きっと、またこの女神は何かやらかすに違いないわ。

 そんなことを考えた聖樹ミスティリアは思わず笑ってしまい――

 いつの間にか、心を覆っていた不安は消え去っていた。
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