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第四章 アシハブア王国
第86話 魔将軍と神官 Side:妖異
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アシハブア王国攻略において、敵対するドラゴンの存在は思っていた以上に大きな壁となっていた。
人類軍との戦いが始まって以降、連戦連勝の快進撃を続けてきた妖異将軍イゴーロナックルもドラゴンのせいで苦戦を強いられている。
オークロードのザルトス将軍は海上を行く軍艦の船橋で、かつて自分が出会ったドラゴンのことを思い出していた。
巨大な火炎を口から吐き出し、大空を自由に飛ぶ巨大な赤竜。
魔物の頂点に君臨するドラゴンは、物理的な強さだけではなく強大な魔力を持っていた。
もし勇者セイジュウ・モテギがこの世界に現れていなければ、もしかの勇者の率いる妖異軍と同盟を結んでいなければ、敵対しているやっかいなドラゴンは、ただ恐怖と敗北を我々にもたらすだけだったろう。
「あのドラゴンも、セイジュウ様と化け物たちの前では虫ケラにも劣ろうよ」
「化け物ではありません、閣下。神獣です」
ドラゴンが落ち逝く様を妄想して楽しんでいたところに、隣に並ぶ神官が釘を刺さしてきた。
「わかっておる! その神獣様にはもうそろそろお引き取り願えんか? 彼《か》の妖気は我ら魔族にも有害であること甚だしいのだ。もう大陸の影も見えている、明日には上陸もできよう。ここまでくればもはや護衛は不要である」
ザルトス将軍の率いる大船団は、20隻に1600名の兵を積んでフィルモサーナ大陸の東海岸に向けて進んでいた。
その目的は内陸部にいるイゴーロナックル将軍と連携することでレッドドラゴンとグレイベア村を壊滅させる挟撃作戦を実行するためだ。
ザルトス将軍の船団は海上で人類軍との遭遇を避けるために外洋を経た大回りの航路を採った。
通常では一カ月以上かかるところ、神獣とその奉仕種族によって二週間で目的地が目視できるところまで来た。
ただ神獣は近くにいるだけで人間や魔族の精神を狂わせる。魔薬や蝋の耳栓といった対処は行っているものの、魔法耐性のないものや疲労で体調を崩している兵士の中には発狂するものも出始めていた。
「その神獣様のせいで、人質にしたアシハブアの王女と海賊の女まで狂ってしまったではないか」
「なに、身体さえ問題なければ、人質としての役割は十分に果たせましょう」
そうこともなげに言い放つ神官にザルトス将軍は舌打ちする。彼らの後ろでは、アシハブア王国カトルーシャ第三王女と女海賊フェルミ船長が頭に巨大な甲殻類を吸着させて立っていた。
二人とも白目を剥き、口から涎を流しながら、不気味な笑い声をあげている。
「あれで問題ないと?」
「神獣様の神気に当てられてこれ以上、精神が崩壊することのないよう、夢魔に夢を見させているのです。いざ交渉の段になって夢魔が離れれば、聞く者の心胆を凍り付かせるほどの絶叫を上げましょうぞ」
だがその瞬間に交渉は決裂して王国は復讐を掲げて開戦に臨むだろう――と思ったものの、ザルトス将軍はそれを口にすることはなかった。
「まぁいい。上陸した先は我らオークの戦いだ。だからこれ以上、兵士たちの頭を狂わされてはかなわん。神獣様にはお引き取りいただこう」
「御意……」
神官は返事をするとそのまま暗闇の中へと消えていった。それから数刻もしないうちに神獣の圧は消えた。
ようやく自分の手に今回の作戦の全権が戻ってきたことを感じ取ったザルトス将軍は自分の率いる船団を見渡して、その威容に思わずほくそ笑む。
この勝利が約束された戦で、セイジュウ神聖帝国東方攻略軍におけるオークの地位はザルトスの名と共に高まることだろう。
ザルトス将軍の見立てでは、勇者セイジュウは間もなく大陸全土の覇者となる。それだけではない。
幾柱もの神獣を召喚できるあの強大な力があれば他の大陸をもやすやすと支配するに違いない。
現在は敵の呪いによって幼子の姿に変えられているというが、ザルトスはそれでも勇者セイジュウの力を少しも疑うことはなかった。
ザルトスは、勇者セイジュウがこの世に現れて最初に忠誠を誓ったオーク部族の長だった。彼は勇者が数々の国々を陥落させていく姿をずっと間近で見て来た。
勇者の一声で、大地に海に空に、これまで伝説でしか聞いたことのないような恐ろしい神獣が現れるのをザルトスは見た。
目に見えない神獣の奇妙な笛の音に誘われて、大都市の住人たちが自ら海の中へ沈んで行くのを見た。
砂漠の民が古代の遺跡から現れた蛇の魔物によって、地底深く連れ去られていくのを見た。
森の民が水場に現れた虹色の光によって狂っていく様を見た。
平原に展開する敵の大師団が古く黒い巨木によって食い散らかされるのを見た。
それらは人であれ魔族であれ、到底抗えるようなものではなかった。
その神獣を手足のように扱う勇者セイジュウが負けるなど、ザルトスには考えることさえできなかった。
上陸後は直ちにグレイベア村に向かう。
ありとあらゆるものを蹂躙しながら。
ザルトスの狂気に揺らめく瞳には、1600名の狂戦士を乗せた船団が映っていた。
人類軍との戦いが始まって以降、連戦連勝の快進撃を続けてきた妖異将軍イゴーロナックルもドラゴンのせいで苦戦を強いられている。
オークロードのザルトス将軍は海上を行く軍艦の船橋で、かつて自分が出会ったドラゴンのことを思い出していた。
巨大な火炎を口から吐き出し、大空を自由に飛ぶ巨大な赤竜。
魔物の頂点に君臨するドラゴンは、物理的な強さだけではなく強大な魔力を持っていた。
もし勇者セイジュウ・モテギがこの世界に現れていなければ、もしかの勇者の率いる妖異軍と同盟を結んでいなければ、敵対しているやっかいなドラゴンは、ただ恐怖と敗北を我々にもたらすだけだったろう。
「あのドラゴンも、セイジュウ様と化け物たちの前では虫ケラにも劣ろうよ」
「化け物ではありません、閣下。神獣です」
ドラゴンが落ち逝く様を妄想して楽しんでいたところに、隣に並ぶ神官が釘を刺さしてきた。
「わかっておる! その神獣様にはもうそろそろお引き取り願えんか? 彼《か》の妖気は我ら魔族にも有害であること甚だしいのだ。もう大陸の影も見えている、明日には上陸もできよう。ここまでくればもはや護衛は不要である」
ザルトス将軍の率いる大船団は、20隻に1600名の兵を積んでフィルモサーナ大陸の東海岸に向けて進んでいた。
その目的は内陸部にいるイゴーロナックル将軍と連携することでレッドドラゴンとグレイベア村を壊滅させる挟撃作戦を実行するためだ。
ザルトス将軍の船団は海上で人類軍との遭遇を避けるために外洋を経た大回りの航路を採った。
通常では一カ月以上かかるところ、神獣とその奉仕種族によって二週間で目的地が目視できるところまで来た。
ただ神獣は近くにいるだけで人間や魔族の精神を狂わせる。魔薬や蝋の耳栓といった対処は行っているものの、魔法耐性のないものや疲労で体調を崩している兵士の中には発狂するものも出始めていた。
「その神獣様のせいで、人質にしたアシハブアの王女と海賊の女まで狂ってしまったではないか」
「なに、身体さえ問題なければ、人質としての役割は十分に果たせましょう」
そうこともなげに言い放つ神官にザルトス将軍は舌打ちする。彼らの後ろでは、アシハブア王国カトルーシャ第三王女と女海賊フェルミ船長が頭に巨大な甲殻類を吸着させて立っていた。
二人とも白目を剥き、口から涎を流しながら、不気味な笑い声をあげている。
「あれで問題ないと?」
「神獣様の神気に当てられてこれ以上、精神が崩壊することのないよう、夢魔に夢を見させているのです。いざ交渉の段になって夢魔が離れれば、聞く者の心胆を凍り付かせるほどの絶叫を上げましょうぞ」
だがその瞬間に交渉は決裂して王国は復讐を掲げて開戦に臨むだろう――と思ったものの、ザルトス将軍はそれを口にすることはなかった。
「まぁいい。上陸した先は我らオークの戦いだ。だからこれ以上、兵士たちの頭を狂わされてはかなわん。神獣様にはお引き取りいただこう」
「御意……」
神官は返事をするとそのまま暗闇の中へと消えていった。それから数刻もしないうちに神獣の圧は消えた。
ようやく自分の手に今回の作戦の全権が戻ってきたことを感じ取ったザルトス将軍は自分の率いる船団を見渡して、その威容に思わずほくそ笑む。
この勝利が約束された戦で、セイジュウ神聖帝国東方攻略軍におけるオークの地位はザルトスの名と共に高まることだろう。
ザルトス将軍の見立てでは、勇者セイジュウは間もなく大陸全土の覇者となる。それだけではない。
幾柱もの神獣を召喚できるあの強大な力があれば他の大陸をもやすやすと支配するに違いない。
現在は敵の呪いによって幼子の姿に変えられているというが、ザルトスはそれでも勇者セイジュウの力を少しも疑うことはなかった。
ザルトスは、勇者セイジュウがこの世に現れて最初に忠誠を誓ったオーク部族の長だった。彼は勇者が数々の国々を陥落させていく姿をずっと間近で見て来た。
勇者の一声で、大地に海に空に、これまで伝説でしか聞いたことのないような恐ろしい神獣が現れるのをザルトスは見た。
目に見えない神獣の奇妙な笛の音に誘われて、大都市の住人たちが自ら海の中へ沈んで行くのを見た。
砂漠の民が古代の遺跡から現れた蛇の魔物によって、地底深く連れ去られていくのを見た。
森の民が水場に現れた虹色の光によって狂っていく様を見た。
平原に展開する敵の大師団が古く黒い巨木によって食い散らかされるのを見た。
それらは人であれ魔族であれ、到底抗えるようなものではなかった。
その神獣を手足のように扱う勇者セイジュウが負けるなど、ザルトスには考えることさえできなかった。
上陸後は直ちにグレイベア村に向かう。
ありとあらゆるものを蹂躙しながら。
ザルトスの狂気に揺らめく瞳には、1600名の狂戦士を乗せた船団が映っていた。
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