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第四章 アシハブア王国
第83話 行方不明の王女様
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アシハブア王国最大の港湾都市マグベド。王都とリーコス村を海路で結んだ場合、ちょうど中間に位置するらしい。
当初の予定では、海賊フェルミの船団――といっても二隻だけの船団だが――は、王都にある港を出航後、カトルーシャ第三王女を乗せてマグベドに向うはずだった。
私は儀碗の貴族ステファン・スプリングスから状況報告を受けていた。
「王女にはマグベドでお待ちいただいて、その間に私とマーカスでタカツ殿にお願いに伺う予定でした。それで、もし船を遠くからでも見る許可をいただけた場合、フェルミの海賊船団はそのままリーコス村へ向かうことになっていたのですが……」
ステファンの表情が曇り、その額には汗がにじみ出ている。
「マグベドの港についたのは一隻だけでした。王女を乗せた船が行方不明になってしまったのです」
そして、本来なら王女がマグベドに到着したことをステファンたちに知らせるはずだった使者は、船の失踪を伝える急使となってしまった。
「使者の報告では、マグベドに到着した船の乗員はそのほとんどが恐慌状態に陥っており、会話ができるのは酒を盗み飲みして泥酔していた船員一名だけだそうです」
船に正常な意識状態にあったものは誰一人なく、入港できたこと自体が女神の奇跡だと信じられているようだった。
もちろん泥酔していた船員からまともな状況を聞き取ることはできなかったらしい。まぁ、酔っぱらっていたなら当然か。
「乗組員のほぼ全員が異常な精神状態……なるほど」
私はステファンに対して訳知り顔で頷いて見せた。
「混乱状態にある船員たちは、海なる神、古代の歯、髭、凶悪なる鮫といった断片的な言葉を繰り返しているそうです。彼らは何か恐ろしい魔物と遭遇したのかもしれません」
精神に影響を及ぼす巨大な海の妖異とは二度ほど戦ったことがある。
古大陸から戻るときに遭遇した妖異の被害に似ていることを伝えると、ステファンの隣で黙って話を聞いていたマーカスが喰いついてきた。
「あの時、俺たちを襲ってきたやつか! あんなのに襲われたらフェルミの船じゃとても太刀打ちすることはできねぇ!」
だがそれで確定というわけではない。他の可能性についてもステファンとマーカスに尋ねてみる。
「もしくは魔法で心を狂わされたか。以前リーコス村が襲われたとき、魔術師が村人を眠らせていたが、今回の件でそういった可能性はないだろうか?」
ステファンは少し考え込んだ後に答えた。
「可能性はありますね。ただ船員たちの精神をあそこまで追い込むとなると、相当の実力を持った魔術師の集団が船に乗り込んできたということになると思います」
「俺もそう思うぜ。俺たちの仲間にネフューっていう魔術が使えるエルフがいるんだが、奴によると精神に影響を与える魔術ってのはお香を焚いたり、心を誘導する音を聞かせたり、それなりの手間が掛るって言ってた。それが海の上で大勢を相手に魔術を仕掛けるとなりゃ、かなりの人数が必要なはずだ」
妖異の仕業か魔術師か、あるいはその両方か。もしくは全くの見当はずれか。いずれにしても現時点で分かっていることは、フェルミや王女を攫った連中が精神攻撃能力を有していることだろう。
「となると、魔法に対して超耐性を持っている不破寺さんに来てもらうか……」
私のつぶやきを耳にした二人が目を輝かせる。
「タカツ殿、ではフェルミたちの救出にご助力いただけると……」
このまま王女とフェルミが見つからなかった場合、王国側がステファンやマーカスに責任を押し付けてくる可能性は高い。
誰かが責任を取らねばならないとなれば、今回の舞台いおいて新参者であり、今のところほぼ金でしかつながりのない二人が生贄にされると考えておくべきだろう。
だが救出に成功した場合、王女の我儘によってこちら側が多大な迷惑と損害を受けたことを王国に突き付けることができる。王国に大きな貸しを作ることができるのは、グレイベア村にとっては大きなアドバンテージとなるだろう。
「時間が惜しい。すぐに王女とフェルミの救出に向かおう」
「ありがとうございます、タカツ殿。心より感謝を!」
「さすがタカツだ! 俺も一緒に行って手伝うぜ!」
いや、お前は反省してろマーカス!という言葉が喉まで出掛かっているのを何とか抑え込む。しかし今回の騒動の原因は間違いなくお前だからな!というオーラは私の全身からメラメラと湧きたっていた。
それに気づいたステファンが申し訳なさそうに何度も頭を下げているのに対して、マーカスは自分がどれだけ海戦の経験を持っているかを私にプレゼンし続けている。
「いや、マーカス子爵にはここに留まってグレイベア村の防衛に当たってもらいたい。私たちの留守中を狙って妖異軍が襲ってくることも想定しておくべきだ」
二人は王女と海賊フェルミの顔を知っているので、どちらかに同行してもらう必要はあったのだが、それはステファン一択だった。
「おう! そうだったな! グレイベア村のことは俺に安心して任せてくれ!」
そう言って、ドンと胸を叩くマーカスに私はジト目を向けつつ感謝の言葉を述べる。
全然反省してない、こいつだけは絶対に連れて行けない。もし連れて行こうものなら、平野のパフォーマンスが劇的に落ちるだろうからな。
当初の予定では、海賊フェルミの船団――といっても二隻だけの船団だが――は、王都にある港を出航後、カトルーシャ第三王女を乗せてマグベドに向うはずだった。
私は儀碗の貴族ステファン・スプリングスから状況報告を受けていた。
「王女にはマグベドでお待ちいただいて、その間に私とマーカスでタカツ殿にお願いに伺う予定でした。それで、もし船を遠くからでも見る許可をいただけた場合、フェルミの海賊船団はそのままリーコス村へ向かうことになっていたのですが……」
ステファンの表情が曇り、その額には汗がにじみ出ている。
「マグベドの港についたのは一隻だけでした。王女を乗せた船が行方不明になってしまったのです」
そして、本来なら王女がマグベドに到着したことをステファンたちに知らせるはずだった使者は、船の失踪を伝える急使となってしまった。
「使者の報告では、マグベドに到着した船の乗員はそのほとんどが恐慌状態に陥っており、会話ができるのは酒を盗み飲みして泥酔していた船員一名だけだそうです」
船に正常な意識状態にあったものは誰一人なく、入港できたこと自体が女神の奇跡だと信じられているようだった。
もちろん泥酔していた船員からまともな状況を聞き取ることはできなかったらしい。まぁ、酔っぱらっていたなら当然か。
「乗組員のほぼ全員が異常な精神状態……なるほど」
私はステファンに対して訳知り顔で頷いて見せた。
「混乱状態にある船員たちは、海なる神、古代の歯、髭、凶悪なる鮫といった断片的な言葉を繰り返しているそうです。彼らは何か恐ろしい魔物と遭遇したのかもしれません」
精神に影響を及ぼす巨大な海の妖異とは二度ほど戦ったことがある。
古大陸から戻るときに遭遇した妖異の被害に似ていることを伝えると、ステファンの隣で黙って話を聞いていたマーカスが喰いついてきた。
「あの時、俺たちを襲ってきたやつか! あんなのに襲われたらフェルミの船じゃとても太刀打ちすることはできねぇ!」
だがそれで確定というわけではない。他の可能性についてもステファンとマーカスに尋ねてみる。
「もしくは魔法で心を狂わされたか。以前リーコス村が襲われたとき、魔術師が村人を眠らせていたが、今回の件でそういった可能性はないだろうか?」
ステファンは少し考え込んだ後に答えた。
「可能性はありますね。ただ船員たちの精神をあそこまで追い込むとなると、相当の実力を持った魔術師の集団が船に乗り込んできたということになると思います」
「俺もそう思うぜ。俺たちの仲間にネフューっていう魔術が使えるエルフがいるんだが、奴によると精神に影響を与える魔術ってのはお香を焚いたり、心を誘導する音を聞かせたり、それなりの手間が掛るって言ってた。それが海の上で大勢を相手に魔術を仕掛けるとなりゃ、かなりの人数が必要なはずだ」
妖異の仕業か魔術師か、あるいはその両方か。もしくは全くの見当はずれか。いずれにしても現時点で分かっていることは、フェルミや王女を攫った連中が精神攻撃能力を有していることだろう。
「となると、魔法に対して超耐性を持っている不破寺さんに来てもらうか……」
私のつぶやきを耳にした二人が目を輝かせる。
「タカツ殿、ではフェルミたちの救出にご助力いただけると……」
このまま王女とフェルミが見つからなかった場合、王国側がステファンやマーカスに責任を押し付けてくる可能性は高い。
誰かが責任を取らねばならないとなれば、今回の舞台いおいて新参者であり、今のところほぼ金でしかつながりのない二人が生贄にされると考えておくべきだろう。
だが救出に成功した場合、王女の我儘によってこちら側が多大な迷惑と損害を受けたことを王国に突き付けることができる。王国に大きな貸しを作ることができるのは、グレイベア村にとっては大きなアドバンテージとなるだろう。
「時間が惜しい。すぐに王女とフェルミの救出に向かおう」
「ありがとうございます、タカツ殿。心より感謝を!」
「さすがタカツだ! 俺も一緒に行って手伝うぜ!」
いや、お前は反省してろマーカス!という言葉が喉まで出掛かっているのを何とか抑え込む。しかし今回の騒動の原因は間違いなくお前だからな!というオーラは私の全身からメラメラと湧きたっていた。
それに気づいたステファンが申し訳なさそうに何度も頭を下げているのに対して、マーカスは自分がどれだけ海戦の経験を持っているかを私にプレゼンし続けている。
「いや、マーカス子爵にはここに留まってグレイベア村の防衛に当たってもらいたい。私たちの留守中を狙って妖異軍が襲ってくることも想定しておくべきだ」
二人は王女と海賊フェルミの顔を知っているので、どちらかに同行してもらう必要はあったのだが、それはステファン一択だった。
「おう! そうだったな! グレイベア村のことは俺に安心して任せてくれ!」
そう言って、ドンと胸を叩くマーカスに私はジト目を向けつつ感謝の言葉を述べる。
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