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第114話 俺の左腕が危機です!

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 俺は体内の加速装置(気分)をオンにして、ライラに向って手を伸ばすシャトランの前に割り入る。

 ガタッ!

 シャトランのハーレム騎士団が身構える。全員が剣の柄に手を掛けていた。

 お前らが剣を抜くより、俺の【幼女化ビーム】の方が早いけど?

 ……という念を込めて、女騎士たちを睨みつける。

「悪いけど、面接を受けに来たのはそっちの冒険者で、俺の嫁じゃねーんだよ」

 そう言って俺は顎でセレーナを指し示した。

 ギューーーーーーッ!

 俺の左腕が凄い力で締め付けられた。ちょっと痛い。

 ライラが俺の腕にしがみ付いていた。

 おそらく全力でしがみ付いていた。

 小さな声でライラがつぶやいているのが聞こえる。

(シンイチさまぁぁぁぁ! 嬉しいぃぃぃぃですぅぅぅぅぅ!)

 いや、あの、その、ちょっとどころか、かなり痛い! 痛いんですけど!?

(やん! やん! 俺の嫁だなんて! 恥ずかしいぃぃ!)
 
 やん!という単語が出る度に、俺の左腕からミシッと聞こえちゃいけない音が聞こえてくる。

 初めて見るライラの暴走と腕の痛みに困惑したものの、目の前の男に弱みを見せつけるのは嫌なので、俺は顔を引き攣らせながらも口角を上げてニヤリと笑った。

「嫁……? 嫁……嫁とは何だ?」

 シャトランは俺の言葉に困惑したような表情を浮かべ、背後で控える女騎士たちに助けを求めた。

 女騎士の中でリーダー格っぽい女性が一歩進み出て、シャトランの耳元に顔を近づける。

「シャトラン様、その女性は入団志望者ではなく付き添いに来ただけのようです」

「ふむふむ。なるほどなるほど」

 シャトランは何を納得したのか鷹揚に頷くと、俺の方を見て言った。

「そういうことなら仕方ないな。では特例として手続きを省略することを許そう。そちらの彼女の入団面接を許可する。それと合格だ」

 あーっ、こいつもセレーナと同じく人の話を全く聞かない系か。

 よし、どうせ話がこじれるのは間違いないから、用件を先に済ませてしまおう。

「あの、俺たちはそちらのセレーナという冒険者の面接の付き添いでして、まずはそちらの方を見ていただけませんかね?」

 こういう手合いは、こちらが下手にでないと、言葉さえ理解できないクソ雑魚脳であることが殆どだ。話をスムーズに進めるために、俺はなるべく丁寧にこちらの意志を伝えた。

「ふむ? そうか」

 シャトランがチラッとセレーナを見た。そして顎に手をやりながら、ライラとセレーナの交互に視線を向ける。

「合格だ」

 シャトランの言葉を聞いたセレーナが、驚きの表情を浮かべるのを見て、俺はすかさず彼女に声を掛ける。

「合格だってさ! セレーナ! さっさと手続き行ってこい!」

「はっ!? そ、そうなのね! 私は合格したのよね!」

 慌てて手続きに行こうとするセレーナを呼び止めて、俺はキッチリと彼女に確認を取る。

「これで俺の仕事は終わりだセレーナ! 約束していた通り、俺たちはもう二度と会うことはない。関わることは一切ない! それでいいな!」
 
 俺の強い語気を受けて、セレーナは慌てて頷いた。

「そ、そうね。貴方たちはちゃんと仕事をしてくれたわ。もちろん約束は守るわよ」

「それを聞いて安心した。達者でな」

「ええ、貴方たちもね!」
 
 セレーナは俺たちに軽く手を振ると、駆け足でこの場を立ち去って行った。

「じゃ、そういうことで!」

 俺は右手を上げてシャトランに挨拶し、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。

「おい、待て!」

 シャトランが俺の腕を掴む。

 まぁ……そうなるよな。

 俺はシャトランの手を振り払い、彼の顔を睨みつけた。

「まだ何か? 用事は済んだので帰りたいんだけど?」

「こちらの用事がある。私はそちらの彼女も合格だと言ったはずだ!」

 そちらの女性と言われたライラは、まだ俺の左腕にしがみついて悶えていた。

 相変わらず腕が痛い。

 もう面倒だし、こいつら全員を幼女化して逃げちまうか?

 俺は俺で、目の前のハレーム男と腕の痛みとで、もう手っ取り早く帰りたい気持ちが強くなってきた。

「シャトラン・ハーネス子爵!」

 俺がブチ切れつつあるのを察したのか、カレンがスッとシャトランの前に進み出て来た。伯爵の嫡男を前に、一切の動揺を見せることなく神官の礼をとる。

「貴方は?」

 神官の正装をしているカレンに対し、さすがに無下に扱うことはできなかったのだろう。シャトランもカレンにラーナリア正教徒の礼を返した。

「失礼しました。私は中央正教会の神官でカレン・エルダレンと申します」

 シャトランの視線が、カレンの胸元に釘付けとなっている。

 この変態野郎が! 

 ……と罵ってやりたいところだが、そのことに関しては俺も同じ変態なので口は閉じておく。

「シャトラン様、こちらの女性は既にラーナリアの祝福によって婚姻の儀を済ませている身でございます。何よりも乙女であることを厳しく問われるヴァルキリーとなれば、その資格は既に失われております」

 ピキッとシャトランの顔が引きつった。

「ふむ。確かにその通りではあるが、それはあくまで形式上のこと。うちの団員の中には恋人を持つ者もいる」

「とは申せ、さすがに人妻となれば聊か問題となりましょう。何より当の本人が望んでおりません」

 カレンがライラの方に顔を向けると、ライラがコクコクと頷いた。

「し、しかし……」

 シャトランはまだ納得していないようだったが、カレンはそれを遮って言った。

「女神ラーナリアの祝福を受けた身なれば、この女は妻として夫を支え続ける義務がございます。そして神典の教えの通り、その夫は狼からこの女を守り続けなければなりません。彼女に無理を強いて神典の教えに背かせるようなことになってしまうのは、戦乙女たちを率いるシャトラン様にとっても不本意なことでしょう」

「……」

 シャトランはそのまま黙り込んでしまった。こめかみの血管がピクピクと震えている。こいつがカレンにもっと追い込まれるのを見ていたいが、あまり恥を掻かせ過ぎて、粘着されるのも面倒だ。

 俺はリーダーらしき女騎士に視線を送った。

「団長、そろそろ他の者の面接をしませんと、お時間が……」

 女騎士がシャトランの腕にそっと手を添えて声を掛けると、シャトランは我に返ったようだった。

「神官殿のおっしゃる通りだ。ふむ、失礼した。では面接を続けるとしよう」

 シャトランは来るっと振り返り、そのまま次の入団志望者の元へと向かって行った。

「意外とあっさり行ってくれましたね」

 事態の収束を見届けたタクスが、俺とカレンに声を掛けてきた。

「カレン、ありがとう。カレンのおかげだよ」

「どういたしまして! ところで本当に感謝しているなら、美味しい食事と飲み物で示してもらってもいいのよ」

「そうだな! お腹も空いて来たし、旨いもの食べに行こうぜ!」

 その後、俺たちはカレンの案内で、王都うまいもの巡りを楽しんだ。

 カレンの案内で行った店は、どこもかしこも美味しいものばかりで、俺は大満足だった。

 だが俺の頭の片隅には、ずっと一枚の暗い映像が残っていた。

 シャトランが立ち去り際に俺に向けて来た憎しみに満ちた目――

 アイツとはもう二度と会いたくない。
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