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第34話 賄賂のススメ

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 俺がコボルト村に充満するラブ波動にブチ切れたのは昨日の夜。そのときはそれなりに大騒ぎになった。しかしそれから二日、俺が今も洞窟の最奥部に引きこもっているにも関わらず、コボルト村はいつもの日常生活に戻っていた。

 というのも、塩や胡椒といった調味料や日用雑貨等は、必要に応じてロコが倉庫から持っていくし、足りないものは俺が神スパネットスーパーで補充する。そう、特に俺が外に出なくても誰も困ることはなかったのだ。

 毎日の【幼女化】は子コボルトだけで回すことになった。そのせいで【幼女化】から解放された女性陣にとっては、俺が引き籠っていた方が良いという状況だ。

 ときおりヴィルが扉の前で声を掛けにくるが、マーカスとネフューはほとんど来なかった。マーカスが来るのは酒か酒のつまみが必要になったときだけ、ネフューは何故かドハマりしている抹茶オレが切れたときだけ、俺のところに出向いてくる。

 俺自身、ブチ切れて数時間後には冷静になって自分の恥ずかしい言動に身悶えもした。が、翌日ずっと四畳半で過ごして気づいてしまったのだ。その快適さに。

「チーッス! 田中さん、今日も引きこもりっすか? うらやましいなぁ」

「そうでもない……ことはないな。凄く快適だよ」

 お昼過ぎ、神ネコ便の佐藤さんが注文した商品をビニール袋に入れて持ってきてくれた。荷物を受け渡した後も、佐藤さんはそのまますぐに帰ることなく、缶コーヒーを開ける。

「田中さん、頂きます」

 佐藤さんは缶コーヒーを少し掲げてからチビチビと飲み始めた。佐藤さんの直接の上司である清水由紀子さん(25)が、配達時間を調整してくれて、昼食後の数分間を配達員の人と話せるようにしてくれたのだ。

 この状況ができるまでの詳細は省くが要するに俺は賄賂を使っている。先日は、注文品の中から2800円のワインを清水さんにプレゼントした。いま佐藤さんが飲んでいる缶コーヒーも注文品から抜き取ってもらったものだ。

 最初はこっちの世界の慣習だからと言いくるめて無理くり受け取って貰ったが、一度、受け取ってしまえば後は話がスムーズに運んだぜ。ぐふふ。

 おかげで俺は彼らから日本についての情報を仕入れることができるようになった。

「えっ、とうとうエルフェンリングがリリースされたの? 俺が死ぬ前はまだ延期の最中だったんだよなぁ」

「めっちゃ面白いっスよ。俺もいまハマってて毎日徹夜っス」

「うぉぉ! やりたかった。やりたかったよぉぉ」

「でも田中さんは今リアルでプレイしてるようなもんじゃないっスか」

「うーん、確かにそうかもしれないけど」

「ゲームじゃなくてマジ命懸けッスもんね。俺にはちょっと無理かなぁ」

 ちなみに佐藤さんや清水さんは現代日本の普通の人間だ。勤務先も大手グループスーパーの練……場所は秘密だが、普通に営業しているらしい。彼らが所属する神ネコ配送部門は勤続期間が終了すると神記憶処理が施され、異世界関連の記憶が書き換えられる。

 そうした特殊事情もあって給料は結構いいのだとか。また当然ながら彼らには守秘義務が課せられているが、それはかなり緩い感じのようで、店周辺の飲食店では従業員が関係者が聞いたら即バレするようなことをペラペラ話していたりするのだとか。

「そういや、佐藤さんはココロチンに会ったことあるの?」

「ココロチン? あぁ、お客さんっスか。買い物客から荷物を受け取るのは別の担当なんすよ。でもチラっと見ることはあるっスよ。ついさっきもチラっとだけ」

「ええ!? どんな感じ? どんな感じだった?」

「んー。小っちゃかったっスね。背が」

「ほうほう。それでそれで」

「ジャージでした」

「ジャージ?」
 
 俺は確認のためにもう一度訪ねる。

「ジャージ?」

「ジャージっス。あとマスクとサングラスしてましたね」

「マジか」

「マジっス」

「じゃぁ、可愛いかどうかはわからんかぁ」

「んー、はっきりとは断言できないっすが、見た感じ結構イケてるんじゃないかって思ってるっス。俺、結構そういうのピンっと来るんで」

「ピンっときたの?」

「ピンっとキタっすね。間違いないっス」

「マジか」

「マジっス」

「おぉ、どんな顔か拝みてぇ……。佐藤さん写メ撮ってよ写メ!」

「んー、無理っすね。精霊さんが見えるのは商品を清算するときだけなんスよ」

 普通の人間には精霊さんの姿は見えないらしい。だが普通に人々に混ざってスーパーで買い物をしている。異世界の数が多いこともあって日本各地の大型スーパーならたいてい精霊さんたちが買い物していて、見える人には見えるんだとか。

 値引きシールが貼られた商品が一瞬目を離した隙に消えていた!という経験をしたことはないだろうか。ああいうのはまず間違いなく精霊さんが商品をかっさらっているのだ。そう、割引商品の争奪戦は不可視状態でいられる精霊さんが圧倒的に有利なのだ。

「あっ、そろそろ時間すね。それじゃコーヒーごちでした!」

 そういって佐藤さんが一礼すると目の前に開いていた異空間は閉じた。

(ただいまー! 商品届いた?)

(おかえりんご! 届いたよ。ココロチンありがと、買い物お疲れさん!)

 入れ替わりのタイミングでココロチンとの通信が回復した。

 それにしてもジャージかぁ。

 俺の中の精霊のイメージが崩れ始めていた。



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