うっかり女神の転生ミスで勇者になれなかったし、もうモブ転生でゴールしてもいいんだよね?

帝国妖異対策局

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第四章 勇者支援学校編 ー 冒険者への道 ー

第68話 レイチェル・リンドと明星の姫1

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~ 王都 ホワイトイーグレット城 ~

 王宮で毎月開催される社交パーティに初めて出席するレイチェル・リンド公爵令嬢は、いささか緊張気味だった。

 といっても緊張の理由は、今日のパーティへの出席が原因ではない。

 先月開催された公爵家でのお披露目パーティでも彼女はまったく物怖じせず堂々と振る舞うことができていた。

 緊張の理由は、彼女の憧れであるアルテシア姫に会うことができるからだった。

――――――
―――


 かつて第一王子であった父親が亡くなり、第二王子のホノイスが王位を継承して以降、アルテシア姫は社交界から一切身を引いていた。

 連合王国の公式行事に出席しているときを除けば、貴族であってもアルテシア姫を見る機会はほとんどなくなっていた。

 もしアルテシア姫が結婚していれば、否が応でも社交の場に出席せねばならなかっただろう。だが適齢期を過ぎても彼女は独身を貫いていた。

 結婚を嫌っていたわけではない。まだ少女だったアルテシア姫は自分がどのような相手と結ばれるのかといつも思いを巡らせていたほどだ。

 そうした夢を見なくなったのは彼女の祖父が亡くなったのが最初の切っ掛けだった。祖父は祖母に彼女の結婚を見届けるよう言い残して死んだ。

 そしてその祖母は、祖父の後を追うようにして翌年亡くなってしまった。

 また叔父のホノイスが王位に就いたにも関わらず、王位を巡る策謀についての噂は続いていた。中にはアルテシア姫の子を王位に付けようとする派閥の動きについての噂まであった。

 このようなことがいくつも重なった結果、彼女が成人する頃には結婚に対する夢は一切消えてしまっていた。

 以降、アルテシア姫は祖父であるウルス王の夢を叶えるために奔走する。

 彼女は奴隷や貧困層の救済と勇者支援の二つを柱として王国の基盤を強固なものとして繁栄させようと働いた。

 かつてウルス王が大胆に行った奴隷制度の改革。彼女は幼いながらもその改革前後で奴隷たちの表情が全く変わっていったのを目の当たりにしている。

 彼女の周りでも、改革前には亡者のように暗い目をしていた奴隷たちが、まるで魔法のように瞳に輝きを持つようになっていった。
 
 彼女自身、改革以前は奴隷たちをただ指示通りに動く人形としか見ていなかったことを痛感している。もちろん今は違っている。

 当時もお忍びで王都を何度も出歩いていたが、市井においても多くの奴隷たちに目を見張るような変化が出ていたのだ。

 言い方は酷いが、それまで路傍の石にしか認識できていなかったものが、人間になったというのがアルテシア姫の正直な実感だった。

 彼女は奴隷制度の改革を自分の手で更に進めようと考えたのだ。

 奴隷制度自体を廃止するのは、ウルス王でも成しえなかったし、アルテシア姫はそれを思い付くことさえできない。彼女もまた時代の枷に囚われた一人の人間でしかなかったから。

 それでも彼女の着眼点は素晴らしかった。

 ヒエラルキーの最下層にある奴隷を使い捨てで酷使するのではなく、人として大事に扱うことによって王都は一変した。

 奴隷たちの健康状態が改善し、自らの仕事に対して意欲的になって労働生産性が向上しただけではない。王都の治安や公衆衛生も衛生状態も大きく改善されていった。

 最下層にいる奴隷たちの存在がどれだけ王都に影響を与えていたのか、アルテシア姫はその目を持って理解したのだ。

「王国を反映させる最も確かな方法は底上げすること」

 これが彼女の着眼点だった。

 彼女は貧困層へも目を向ける。言わば奴隷予備群でもある貧困層の生活環境を改善することで、より効率的な王国の底上げをアルテシア姫は目指すのだった。

 といっても王政に関わることがほとんどない彼女に出来ることは限られていた。そして彼女は出来ることをした。その身と私財を投じて働くことにしたのだ。

 以降、アルテシア姫の姿は奴隷や貧困層の多く居住する区域で頻繁に目撃されるようになる。

 炊き出しや簡易診療所、簡易テント建設の現場に彼女の姿があった。
 ある時は、貧しい子供達のための青空教室で文字を教えていた。
 ある時は、奴隷市場に飛び込んで、問題のある奴隷商に改善を強く要請した。
 ある時は、奴隷の出産現場に立ち会って、姫がお湯を沸かすこともあった。

 さすがにアルテシア姫が出歩くときは護衛の騎士を複数付けざるを得ず、その費用や表に出ない王国の労力などの負担はそれなりに大きなものだった。

 しかし、ホノイス王も彼を支えるヴァルク副王も表立っては沈黙をしていたものの、アルテシア姫の活動に理解示していた。

 さすがに彼女が娼館通りの長屋に出向き、病で死を待つ女性たちの治療と慰問に訪れようとしたところを、見かねた護衛の騎士たちに引きずり戻されたと聞いたときには空いた口が塞がらなかった。

 それでも二人は、愛する姪のために陰ながらできることについては労を裂くことを厭うことはなかった。

 とはいえ彼女にはお金が必要だった。いつでも足りなかった。

 そこで、彼女は一度は身を引いた社交界のパーティーに時折舞い戻り、王侯貴族たちから寄付金を募っている。

 今なお明けの明星と称えられる美しきアルテシア姫の評判にあやかろうと、パーティーに出席者の多くが寄付を申し出て、そのことを周囲に自慢する。

 王国民の中には彼女を聖女と称えるものまで出始めていた。 

――――――
―――


 レイチェル・リンド公爵令嬢は5年前に王都を訪れた際、一度アルテシア姫に会ったことがある。

 父に連れられて王都にある公爵邸に向かっていた際、途中にあるウルス王の噴水広場で、おそらく貧民であろう子供達に何かを教えている綺麗な女性が目に入った。

 女性はウルス王の像に向かって手を振りながら一生懸命に話していた。彼女の後ろには帯剣した騎士らしい男が二人控えている。

 突然、馬車が止まり、父と母が慌ててその女性の元に駆け寄ると丁寧なお辞儀をして何事か話していた。

 やがて女性の目が馬車の中にいるレイチェルに向けられる。従者が馬車の扉を開いてレイチェルを両親のところまで引いていった。

 女性がレイチェルを抱きかかえる。

「初めまして、可愛いお姫様! わたしはアルテシア。あなたのお名前を教えてくださらない?」

 アルテシアからお日様のような笑顔を向けられたレイチェルは、そこで初めて彼女がアルテシア姫であることを知る。

 その瞬間にはもうレイチェルはアルテシア姫のことが大好きになっていた。

 結局、王都に居る間、アルテシア姫に会えたのはその時だけだった。それ以降、アルテシア姫と会う機会は訪れていない。

 ただ、その時の思い出は鮮烈に記憶に残っている。

 今でもその時のことを思い出すと胸がギューッと締め付けられる。

 その大好きなアルテシア姫にこのパーティーで会えるのだ。

 自分の胸が高まり過ぎて死んでしまうのではないか?

 レイチェルは割と本気でそんなことを考えていた。



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