37 / 92
第三章 勇者支援学校編 ー 基礎課程 ー
第36話 天国と地獄の身分社会
しおりを挟む
この世界の多くの国々が非常に厳格な身分社会を敷いている。階級を部分的に緩和する要素はお金。
身分とお金の力はそれはもうえげつない。それについて疑問に思うのはぼくが日本人としての前世を持っているからだろう。
エ・ダジーマにおいては勇者支援のために身分の差を乗り越えての協力を理想としている。
非常に先進的といわれているこの学校でさえ、身分とお金の力は厳然として存在し、それについて誰も疑問に思わない。
端的な例が、エ・ダジーマの学校生活が、実質的に貴族や大商人の子息などからなる華組と一般庶民からなる男組に区分されていることだろう。
この区別は自然に派生して生徒たちの間でそう呼ばれるようになったもので、学校の正式な制度ではない。
華組と男組では早朝からすでに違いが出てくる。少し両者の違いを見てみよう。
華組の朝は、朝食前の散歩とラヴェンナ像前での祈りから始まる。
「おはようございます。レイチェル様」
「おはようシャーロット。タイガ・マガーテイテヨ」
「ありがとうございます、お姉さま」
タイガ・マガーテイテヨは、貴族や上級生、先輩等の上位の立場にある女生徒が下位の立場にあるものの身だしなみチェックし直してあげるという習慣だ。
朝食までの時間、ラヴェンナ像の前で華組の女生徒たちの間で繰り広げるられている。
「キース様、おはようございます」
「ああ、おはようクラウスくん」
同じクラスで同じく貴族のクラウスくんが挨拶してきた。クラウスくんは明るい栗毛にエメラルド色の瞳、ぼくより少しだけ身長が高い。
全体的に線が細く、女の子のような顔立ちをしている。というか、女性の服を着せたら美少女にしか見えないだろう。
「朝のタイガ・マガーテイテヨはいいものですね。あれを見ていると僕もなんだか心がほわほわします」
「ま、まぁ確かに微笑ましい光景だよね」
もちろん、この習慣は前世ウルス王だったぼくが広めたものだ。
「僕も『ラヴェンナ様が見てる』が大好きで、この光景が見たいために入学したくちなんですよ」
「へ、へぇーそうなんだー」
「僕……ああいうの憧れなんです」
そういって恥ずかしそうに顔を赤らめるクラウスくんは、どこからみても美少女と言っても差支えのない可愛さを醸し出していた。
「そうなの? なら……ほら、タイガ・マガーテイテヨ」
「ひゃわっ!?」
「あっ、ごめん! 冗談が過ぎたね」
軽い冗談のつもりが、想定していた以上にクラウスくんの反応が大きかったので、ぼくは慌てて謝った。
ぼくだって入学にあたっては、百合百合しいタイガ・マガーテイヨを楽しみにしていたくちだ。それが野郎なんかに揶揄されるのは嫌だし面白くない。
その嫌なことをぼくはクラウスくんにやってしまった。
「キース。神聖なタイガ・マガーテイテヨを冗談でも軽んじるような行為は控えていただきたいですわ」
レイチェル嬢がぼくたちの方に近寄ってきて、クラウスくんをかばうようにして立つ。表情が乏しいながらも、わたくしちょっと怒ってましてよという感情が伝わってきた。
「ごめんなさい、レイチェル様。クラウスくんも本当にごめんね」
「う、ううん! だ、大丈夫だよ! 僕は気にしてないから!」
とりあえずクラウスクくんには許してもらえたようだ。
「でもクラウスはとても整ったお顔立ちですし、キースの気持ちもわからなくないですわ。わたしがタイガ・マガーテイヨをしてさしあげますから、キースのことは許してあげてくださいな」
「あわわっ、だだだ大丈夫ですからー!」
クラウスくんはさらに顔を真っ赤にして、両手を上げたまま走り去っていってしまった。
「あらら。逃げられてしまいましたわね」
両手を腰にあててレイチェル嬢がため息をつくと、金色の縦ロールがふわふわっと揺れた。
「お姉さま、そろそろ朝食のお時間です」
数人の女生徒がレイチェル嬢の腕をとり、彼女を引っ張るように連れて行ってしまった。
華組では、朝からこんな感じのほわほわした茶番劇が繰り広げられている。
一方、男組の朝は早い。貴族寮のラ・ジーオタイッソが終わってすぐにラヴェンナ像に向かうと、男組による早朝訓練の一部を見ることができる。
「おらおら、ラ・ジーオタイッソが終わったらすぐランニングだ。行くぞぉ!」
「オッス!」
ラヴェンナ像の前あたりで待っていると、この大きな怒鳴り声と共に奇妙な歌が聞こえてくる。
「魔王のあそこはつまようじ!」
「まおうのあそこはつまようじ!」
濃い朝霧の中から、ザッザッという足音と共にどこかの海兵隊のランニング歌っぽい大合唱が近づいてくる。
「勇者のつるぎは後家ごろし!」
「勇者のつるぎは後家ごろし!」
「おいらのかーちゃんやっちゃった!」
「おいらのかーちゃんやっちゃった!」
こんな感じで早朝から非常にお下品な合唱が周囲に響き渡るのだが、華組がラヴェンナ像に集まる頃にもなると、ランニングのゴールとなる運動場では疲れた男組がへばって地面に転がっている状態だ。
なんとか疲れた体を引きずって、彼らが大食堂に押し寄せる頃、華組は朝食を終えてお茶を飲んでいる。
男組のがやがやと騒がしいのを避けて、たいていの貴族は食後のお茶は自室に友人を招いて楽しむことが多い。
大食堂に残ってお茶をしている華組は男組に妹がいることがほとんどだ。自分のテーブルに妹たちを招いて彼女をねぎらうのだ。
ここで言う妹はタイガ・マガーテイテヨを通じて先輩と特別な関係が結ばれた後輩のことだからね。
ぼくにはもちろん妹はいないけど、朝食後のお茶にはキャロルや他の同級生を毎回一か二人招いて話をしている。
いつ誰が来るかは、同級生の間でなんとなくローテーションが組まれているみたいだった。
優雅なお茶と軍隊ランニング、この朝の景色が華組と男組の違いをもっとも良く表している。
身分とお金の力はそれはもうえげつない。それについて疑問に思うのはぼくが日本人としての前世を持っているからだろう。
エ・ダジーマにおいては勇者支援のために身分の差を乗り越えての協力を理想としている。
非常に先進的といわれているこの学校でさえ、身分とお金の力は厳然として存在し、それについて誰も疑問に思わない。
端的な例が、エ・ダジーマの学校生活が、実質的に貴族や大商人の子息などからなる華組と一般庶民からなる男組に区分されていることだろう。
この区別は自然に派生して生徒たちの間でそう呼ばれるようになったもので、学校の正式な制度ではない。
華組と男組では早朝からすでに違いが出てくる。少し両者の違いを見てみよう。
華組の朝は、朝食前の散歩とラヴェンナ像前での祈りから始まる。
「おはようございます。レイチェル様」
「おはようシャーロット。タイガ・マガーテイテヨ」
「ありがとうございます、お姉さま」
タイガ・マガーテイテヨは、貴族や上級生、先輩等の上位の立場にある女生徒が下位の立場にあるものの身だしなみチェックし直してあげるという習慣だ。
朝食までの時間、ラヴェンナ像の前で華組の女生徒たちの間で繰り広げるられている。
「キース様、おはようございます」
「ああ、おはようクラウスくん」
同じクラスで同じく貴族のクラウスくんが挨拶してきた。クラウスくんは明るい栗毛にエメラルド色の瞳、ぼくより少しだけ身長が高い。
全体的に線が細く、女の子のような顔立ちをしている。というか、女性の服を着せたら美少女にしか見えないだろう。
「朝のタイガ・マガーテイテヨはいいものですね。あれを見ていると僕もなんだか心がほわほわします」
「ま、まぁ確かに微笑ましい光景だよね」
もちろん、この習慣は前世ウルス王だったぼくが広めたものだ。
「僕も『ラヴェンナ様が見てる』が大好きで、この光景が見たいために入学したくちなんですよ」
「へ、へぇーそうなんだー」
「僕……ああいうの憧れなんです」
そういって恥ずかしそうに顔を赤らめるクラウスくんは、どこからみても美少女と言っても差支えのない可愛さを醸し出していた。
「そうなの? なら……ほら、タイガ・マガーテイテヨ」
「ひゃわっ!?」
「あっ、ごめん! 冗談が過ぎたね」
軽い冗談のつもりが、想定していた以上にクラウスくんの反応が大きかったので、ぼくは慌てて謝った。
ぼくだって入学にあたっては、百合百合しいタイガ・マガーテイヨを楽しみにしていたくちだ。それが野郎なんかに揶揄されるのは嫌だし面白くない。
その嫌なことをぼくはクラウスくんにやってしまった。
「キース。神聖なタイガ・マガーテイテヨを冗談でも軽んじるような行為は控えていただきたいですわ」
レイチェル嬢がぼくたちの方に近寄ってきて、クラウスくんをかばうようにして立つ。表情が乏しいながらも、わたくしちょっと怒ってましてよという感情が伝わってきた。
「ごめんなさい、レイチェル様。クラウスくんも本当にごめんね」
「う、ううん! だ、大丈夫だよ! 僕は気にしてないから!」
とりあえずクラウスクくんには許してもらえたようだ。
「でもクラウスはとても整ったお顔立ちですし、キースの気持ちもわからなくないですわ。わたしがタイガ・マガーテイヨをしてさしあげますから、キースのことは許してあげてくださいな」
「あわわっ、だだだ大丈夫ですからー!」
クラウスくんはさらに顔を真っ赤にして、両手を上げたまま走り去っていってしまった。
「あらら。逃げられてしまいましたわね」
両手を腰にあててレイチェル嬢がため息をつくと、金色の縦ロールがふわふわっと揺れた。
「お姉さま、そろそろ朝食のお時間です」
数人の女生徒がレイチェル嬢の腕をとり、彼女を引っ張るように連れて行ってしまった。
華組では、朝からこんな感じのほわほわした茶番劇が繰り広げられている。
一方、男組の朝は早い。貴族寮のラ・ジーオタイッソが終わってすぐにラヴェンナ像に向かうと、男組による早朝訓練の一部を見ることができる。
「おらおら、ラ・ジーオタイッソが終わったらすぐランニングだ。行くぞぉ!」
「オッス!」
ラヴェンナ像の前あたりで待っていると、この大きな怒鳴り声と共に奇妙な歌が聞こえてくる。
「魔王のあそこはつまようじ!」
「まおうのあそこはつまようじ!」
濃い朝霧の中から、ザッザッという足音と共にどこかの海兵隊のランニング歌っぽい大合唱が近づいてくる。
「勇者のつるぎは後家ごろし!」
「勇者のつるぎは後家ごろし!」
「おいらのかーちゃんやっちゃった!」
「おいらのかーちゃんやっちゃった!」
こんな感じで早朝から非常にお下品な合唱が周囲に響き渡るのだが、華組がラヴェンナ像に集まる頃にもなると、ランニングのゴールとなる運動場では疲れた男組がへばって地面に転がっている状態だ。
なんとか疲れた体を引きずって、彼らが大食堂に押し寄せる頃、華組は朝食を終えてお茶を飲んでいる。
男組のがやがやと騒がしいのを避けて、たいていの貴族は食後のお茶は自室に友人を招いて楽しむことが多い。
大食堂に残ってお茶をしている華組は男組に妹がいることがほとんどだ。自分のテーブルに妹たちを招いて彼女をねぎらうのだ。
ここで言う妹はタイガ・マガーテイテヨを通じて先輩と特別な関係が結ばれた後輩のことだからね。
ぼくにはもちろん妹はいないけど、朝食後のお茶にはキャロルや他の同級生を毎回一か二人招いて話をしている。
いつ誰が来るかは、同級生の間でなんとなくローテーションが組まれているみたいだった。
優雅なお茶と軍隊ランニング、この朝の景色が華組と男組の違いをもっとも良く表している。
0
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

領地育成ゲームの弱小貴族 ~底辺から前世の知識で国強くしてたらハーレムできてた~
黒おーじ
ファンタジー
16歳で弱小領地を継いだ俺には前世の記憶があった。ここは剣と魔法の領地育成系シュミレーションゲームに似た世界。700人の領民へ『ジョブ』を与え、掘削や建設の指令を出し、魔境や隣の領土を攻めたり、王都警護の女騎士やエルフの長を妻にしたりと領地繁栄に努めた。成長していく産業、兵力、魔法、資源……やがて弱小とバカにされていた辺境ダダリは王国の一大勢力へと上り詰めていく。
※ハーレム要素は無自覚とかヌルいことせずにガチ。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編

女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる