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第二章 三度目の転生は子爵家の長男でした。
第28話 実験
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シーアが見つかってから三日が過ぎ、ようやく屋敷の中にも以前の平安が戻りつつあった。貴族寮にシーアが世話係として付き添うことについては、ノーラ達が現在交渉している最中だ。
「大丈夫。父さんに全て任せておけ! 何がなんでもヴィルをお世話係にしてみせる!」
父上の語尾にはかなり固い決意が込められていた。それを聞いた母上もコクコクと頷いて同意を示す。ひと月も離れていない状況でこの騒動だ。シーアをぼくから半年も離しておくなんてとんでもないと両親が考えるのは当然のことだろう。
「ふんふん」
ぼくを膝に乗せたままシーアも父上の言葉に大きくうなずく。
「シーア、そろそろぼくから少しくらい離れても大丈夫じゃない?」
ぼくの胴体に回されたシーアの腕がぎゅっと締まり、ぼくの後ろでシーアが顔をぶんぶん左右に振っていることがわかった。
「坊ちゃまと一緒に王都へ行けるのはすごく嬉しいです。旦那様と奥様にはすごく感謝しています。でもまだこの腕は離せません」
そう言ってシーアはぼくの頭に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始めた。
これにはぼくも両親も苦笑いするしかなかった。いまはもうシーアが幸せならそれでいいやと両親も半ば諦めの境地に達している。ぼくもそうだ。こんな状態でもシーアはかなり落ち着きを取り戻した方だった。
シーアが見つかってから翌日までは、ぼくにぴったりとくっついたまま離れようとしなかったうえ、「坊ちゃま」以外の単語を口にせず、意志表示は唸り声と尻尾で行っていた。それを見た先生は、
「キースにようやく会えてよほど嬉しいんだろう。こうなったらヴィルフェリーシアが満足するまで好きにさせてやるといい。とことんつきあってやれ」
と言い残して、自分はさっさと王都へ戻ってしまった。
それからもずっとシーアは、ぼくの後ろにピッタリとくっついてきた。さすがに手洗いと湯あみのときは少しだけ離れてくれたけど、その際でも、シーアには毎回十分に言い含めておく必要があった。
それにしても手洗いのときに、人間より遥かに耳も鼻も良い亜人に扉の前で待たれるのがこんなに恥ずかしいとは。
このときの体験から、後にぼくは手洗い時音消しオルゴールと、ハーブをふんだんに使ったトイレ用芳香剤を開発し、王都でちょっとしたお金を稼ぐことになる。
それはさておき、初日はシーアに遠慮していた妹と弟も、この状況が面白くなってきたようで、隙あらばぼくに密着するようになった。ここまでくると暑苦しくてしょうがない。
母上が注意してくれればミーナとハンスはすぐに離れていくが、シーアはそうはいかない。
無理にぼくがシーアから離れようとすると、時間の経過に比例してシーアの幼児化が酷くなっていくのだ。それでは実験開始とばかりに、ぼくはシーアからさっと距離を取って離れる。
「坊ちゃま……離れないでください」
いまにも泣きそうな顔でシーアが寂しそうに言う。その声に耐えて距離を取ったままでいると、
「坊ちゃま……」
シーアの目に薄っすらと涙が浮かび始める。胸が痛いけど、同時にシーアの碧い瞳に涙を浮かべた憂いの表情は、いつまでも見ていたいとも思ってしまう。
「むうぅぅ……」
シーアが抗議の唸り声を上げ始めた。これ以上放っておくとさらに駄々っ子化が進み、最終的には座り込んで泣き始めてしまう。そうなると家中の人間がぼくに冷たい視線を向けてくるようになる。まず母上がやってきて、
「キース! ヴィルが落ち着くまでは好きなようにさせてあげてっていったでしょ!」
とこんな感じで叱られる。
「キース! おまえがヴィルのことをしっかり見ていないとだめじゃないか!」
と父上にも叱られる。
「シーアを泣かせるなんて酷いですわ!」
「おにいたま、シーアいじめちゃだめ!」
ミーナとハンスに便乗して、その場にいた使用人たちまで「そーだそーだ!」とぼくを非難し始めた。
「ぐぬぬ」
これじゃまるでぼくがシーアをいじめてるみたいじゃないか。これはあくまで実験してるだなんだからね!
ふさっとぼくの視界を銀色の髪の毛がよぎる。
「坊ちゃまをいじめちゃダメです」
いつの間にかシーアが跪いた姿勢でぼくを守るように後ろから抱き締めていた。
「よかったわねシーア!」
「よかったね!」
ミーナとハンスがシーアの頭をなでなですると、しっぽがパタパタと嬉しそうに振り始めた。
――――――
―――
―
さらに後日、ノーラとシーク師匠が屋敷へ戻ってきた。どうやらぼくが貴族寮に入るための手続きが無事に済んだようだ。もちろんシーアとノーラがお世話係として付いていくことになった。
「ノーラが出ていくとなると、ミーナが寂しがるだろうな」
ぼくはミーナの顔を見てそう言った。
「お兄さま、わたしは大丈夫ですわ。むしろノーラが王都に残るのは大歓迎です」
ミーナがあっさりと言う。ノーラとはとても仲の良かったミーナだが、それほど寂しがってはいないようだった。
「再来年にはわたしもエ・ダジーマに入学しますから、ノーラには先に王都でいろいろとその時の準備をして欲しいのです」
「お任せください。お嬢様が入学された際、王都デビューが華々しいものとなるよう準備を進めてまいります」
ふむ。よくわからないけど、どうやらミーナとは既に話がついているらしい。
ミーナはノーラとシーク師匠が良い感じの関係になっているのを知っているのだろうか。ぼくが見る限りにおいてはまったく気づいてはいなさそうだけど。
「大丈夫。父さんに全て任せておけ! 何がなんでもヴィルをお世話係にしてみせる!」
父上の語尾にはかなり固い決意が込められていた。それを聞いた母上もコクコクと頷いて同意を示す。ひと月も離れていない状況でこの騒動だ。シーアをぼくから半年も離しておくなんてとんでもないと両親が考えるのは当然のことだろう。
「ふんふん」
ぼくを膝に乗せたままシーアも父上の言葉に大きくうなずく。
「シーア、そろそろぼくから少しくらい離れても大丈夫じゃない?」
ぼくの胴体に回されたシーアの腕がぎゅっと締まり、ぼくの後ろでシーアが顔をぶんぶん左右に振っていることがわかった。
「坊ちゃまと一緒に王都へ行けるのはすごく嬉しいです。旦那様と奥様にはすごく感謝しています。でもまだこの腕は離せません」
そう言ってシーアはぼくの頭に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始めた。
これにはぼくも両親も苦笑いするしかなかった。いまはもうシーアが幸せならそれでいいやと両親も半ば諦めの境地に達している。ぼくもそうだ。こんな状態でもシーアはかなり落ち着きを取り戻した方だった。
シーアが見つかってから翌日までは、ぼくにぴったりとくっついたまま離れようとしなかったうえ、「坊ちゃま」以外の単語を口にせず、意志表示は唸り声と尻尾で行っていた。それを見た先生は、
「キースにようやく会えてよほど嬉しいんだろう。こうなったらヴィルフェリーシアが満足するまで好きにさせてやるといい。とことんつきあってやれ」
と言い残して、自分はさっさと王都へ戻ってしまった。
それからもずっとシーアは、ぼくの後ろにピッタリとくっついてきた。さすがに手洗いと湯あみのときは少しだけ離れてくれたけど、その際でも、シーアには毎回十分に言い含めておく必要があった。
それにしても手洗いのときに、人間より遥かに耳も鼻も良い亜人に扉の前で待たれるのがこんなに恥ずかしいとは。
このときの体験から、後にぼくは手洗い時音消しオルゴールと、ハーブをふんだんに使ったトイレ用芳香剤を開発し、王都でちょっとしたお金を稼ぐことになる。
それはさておき、初日はシーアに遠慮していた妹と弟も、この状況が面白くなってきたようで、隙あらばぼくに密着するようになった。ここまでくると暑苦しくてしょうがない。
母上が注意してくれればミーナとハンスはすぐに離れていくが、シーアはそうはいかない。
無理にぼくがシーアから離れようとすると、時間の経過に比例してシーアの幼児化が酷くなっていくのだ。それでは実験開始とばかりに、ぼくはシーアからさっと距離を取って離れる。
「坊ちゃま……離れないでください」
いまにも泣きそうな顔でシーアが寂しそうに言う。その声に耐えて距離を取ったままでいると、
「坊ちゃま……」
シーアの目に薄っすらと涙が浮かび始める。胸が痛いけど、同時にシーアの碧い瞳に涙を浮かべた憂いの表情は、いつまでも見ていたいとも思ってしまう。
「むうぅぅ……」
シーアが抗議の唸り声を上げ始めた。これ以上放っておくとさらに駄々っ子化が進み、最終的には座り込んで泣き始めてしまう。そうなると家中の人間がぼくに冷たい視線を向けてくるようになる。まず母上がやってきて、
「キース! ヴィルが落ち着くまでは好きなようにさせてあげてっていったでしょ!」
とこんな感じで叱られる。
「キース! おまえがヴィルのことをしっかり見ていないとだめじゃないか!」
と父上にも叱られる。
「シーアを泣かせるなんて酷いですわ!」
「おにいたま、シーアいじめちゃだめ!」
ミーナとハンスに便乗して、その場にいた使用人たちまで「そーだそーだ!」とぼくを非難し始めた。
「ぐぬぬ」
これじゃまるでぼくがシーアをいじめてるみたいじゃないか。これはあくまで実験してるだなんだからね!
ふさっとぼくの視界を銀色の髪の毛がよぎる。
「坊ちゃまをいじめちゃダメです」
いつの間にかシーアが跪いた姿勢でぼくを守るように後ろから抱き締めていた。
「よかったわねシーア!」
「よかったね!」
ミーナとハンスがシーアの頭をなでなですると、しっぽがパタパタと嬉しそうに振り始めた。
――――――
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―
さらに後日、ノーラとシーク師匠が屋敷へ戻ってきた。どうやらぼくが貴族寮に入るための手続きが無事に済んだようだ。もちろんシーアとノーラがお世話係として付いていくことになった。
「ノーラが出ていくとなると、ミーナが寂しがるだろうな」
ぼくはミーナの顔を見てそう言った。
「お兄さま、わたしは大丈夫ですわ。むしろノーラが王都に残るのは大歓迎です」
ミーナがあっさりと言う。ノーラとはとても仲の良かったミーナだが、それほど寂しがってはいないようだった。
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「お任せください。お嬢様が入学された際、王都デビューが華々しいものとなるよう準備を進めてまいります」
ふむ。よくわからないけど、どうやらミーナとは既に話がついているらしい。
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