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第二章 三度目の転生は子爵家の長男でした。
第20話 はむはむ
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「ひゃぁぁぁぁ」
ミーナとハンスに耳を同時にはむはむされて、ぼくは涙目になりながら奇声を上げていた。ぼくの目の前には、ついさっきぼくに耳をはむはむされて腰を抜かし、座り込んでしまったシーアがいる。
シーアが昨日からずっとぼくを避け続けようとするので、ぼくはシーアを無理やり部屋に引っ張り込んでその理由を問い詰めた。しかし、シーアは頭を低く下げるばかりで何も言わない。
そこで仕方なく、仕方なく、仕方なくぼくは『シーアの耳をはむはむする』を実行することにした。その反応はぼくの予想の遥かに上回り、シーアは屋敷中に響くような大きな嬌声を上げ耳を抑えてその場に座り込んでしまった。
間の悪いことに、ぼくに遊んでもらおうと部屋にきたミーナとハンスが、床の上でプルプルと震えているシーアを見つけてしまう。
ぼくの前で耳を押さえて涙目になっているシーアの様子を見て、二人の名探偵はすぐに彼女を泣かせた犯人を突き止め、シーアを泣かせた極悪犯に制裁を科すことにした。
「はむはむ。どうかしらお兄さま? シーアの気持ちが少しはわかったのかしら? はむはむ」
「はむはむはむはむ」
「あひゃひゃひゃ」
二人に耳を同時に責められて、こそばゆくて、苦しくて息ができない。このままでは窒息して死んでしまう!
「うひぃぃぃ、わかった! わかったから! もうやーめーてー!」
「シーアにごめんなさいは? はむはむ」
「ほへぇんにゃひゃいはー? ひゅみゅひゅみゅ」
「ひゃぁ、うひっ、ご、ごめん、シーア、ごめんなさいぃぃ!」
先ほどまで涙目だったシーアが、いつの間にか鼻息を荒くしてぼくたちの様子を食い入る様にに見つめていた。あのシーアさん? もう明らかに泣いてないし何か別のスイッチが入ってるよね?
「どうかしらシーア、この辺でお兄さまを許してあげて? はむはむ」
「ひゅるひてあげひゅ? はみゅはみゅ」
上品にくちびるだけではむはむするミーナと違い、ハンスは全力ではむはむぺろぺろしてくる。ハンスのよだれでぼくの耳はべとべとになっていた。
いまやこの状況を明らかに楽しんでいるシーアは、両手を胸元に寄せてグッと握りこぶしを作って瞳を爛々と輝かせていた。
「どうなのシーア、許してあげるの?」
「えっ!? えーっと……も、もうちょっと?」
延長を希望するシーアの尻尾は激しくパタパタしていた。明らかに喜んでるじゃねーか!
そこから数分後、ようやく解放されたぼくはぐったりと倒れ込んでしまい、もう仕返しをする気力さえ残っていなかった。
――――――
―――
―
『シーアの目を見えるようにしてあげたい』
これは前世の記憶を完全に取り戻したときから思っていたことだ。
シーアは魂の存在を感じることができるし、彼女の鋭敏な耳は多彩な音を聞き分け、尻尾は空気の変化に敏感に反応する。
しかし完全に静止した物を感知することはできない。シーアにとっては暗闇で振るわれる剣よりも、路傍の石の方が要注意だったりする。
とはいえ普段の生活においては、彼女の目が見えないことを意識することはほとんどない。屋敷内においては、誰もがシーアに怪我をさせないように配慮しており、彼女もそのことに全面な信頼を寄せた上で振る舞っているからだ。
「えっ!? 彼女は目が見えてないの!?」
このセリフは、初めて屋敷を訪れた人がよく口にする言葉だ。シーアの視線の動きを注意して観察していれば違和感を感じることができるのだが、そうでもしなければほとんどの人が気づかない。
だけど、今もシーアは暗闇の世界を歩いている。
それは彼女がひとりで屋敷の外に出た瞬間にはっきりと分かる。
屋敷内を颯爽と歩き回る姿は消えて、杖で慎重に足元を探りながらゆっくりと摺り足で進み始める。周囲の僅かな音や気配も逃すまいとする張り詰めた空気が彼女の全身を覆いつくす。
シーアは先生を棒術で追い詰めるほどに強いし、月夜に吠える銀狼のように気高く美しい。それでも彼女が外をひとりで歩くときには、不安と怯えが身体から溢れ出る。
シーアがひとりで外出した際には必ずぼくが彼女を迎えに行くが、ぼくが彼女を見つけるといつもシーアは優しい笑顔をこちらへ向けてくれる。それと同時に彼女の全身から緊張感が消えて、微かに安堵の表情が浮かぶのをいつも……いつもぼくは見ていた。
そもそもシーアが【見る】を奪われてしまったのは、前々世のぼくにも原因がある。いや悪いのはヴィドゴニアなんだけど、彼女が見えないことを意識する度に、あのとき自分がうまく立ち回っていればといつも考えてしまう。
「坊ちゃま……」
ふいに声を掛けられて、ぼくは物思いから目覚める。屋敷の花壇にあるベンチに寝転んでいたぼくが身体を起こすと、シーアが目の前に立っていた。
「シーア……」
「風も冷たくなってきたようですし、そろそろお屋敷に戻りませんか」
「そうだね。ちょっと寒いかも」
ぼくはシーアの手を取って、それから彼女の目をじっと見つめた。その瞳の中にはぼくが映っている。なんとなく奴隷時代の自分の姿がそこに重なってみえた気がした。
シーアの柔らかい手を引いて屋敷に戻りながら、ぼくは改めて彼女の【見る】を取り戻す誓いを心の中で立てていた。
ミーナとハンスに耳を同時にはむはむされて、ぼくは涙目になりながら奇声を上げていた。ぼくの目の前には、ついさっきぼくに耳をはむはむされて腰を抜かし、座り込んでしまったシーアがいる。
シーアが昨日からずっとぼくを避け続けようとするので、ぼくはシーアを無理やり部屋に引っ張り込んでその理由を問い詰めた。しかし、シーアは頭を低く下げるばかりで何も言わない。
そこで仕方なく、仕方なく、仕方なくぼくは『シーアの耳をはむはむする』を実行することにした。その反応はぼくの予想の遥かに上回り、シーアは屋敷中に響くような大きな嬌声を上げ耳を抑えてその場に座り込んでしまった。
間の悪いことに、ぼくに遊んでもらおうと部屋にきたミーナとハンスが、床の上でプルプルと震えているシーアを見つけてしまう。
ぼくの前で耳を押さえて涙目になっているシーアの様子を見て、二人の名探偵はすぐに彼女を泣かせた犯人を突き止め、シーアを泣かせた極悪犯に制裁を科すことにした。
「はむはむ。どうかしらお兄さま? シーアの気持ちが少しはわかったのかしら? はむはむ」
「はむはむはむはむ」
「あひゃひゃひゃ」
二人に耳を同時に責められて、こそばゆくて、苦しくて息ができない。このままでは窒息して死んでしまう!
「うひぃぃぃ、わかった! わかったから! もうやーめーてー!」
「シーアにごめんなさいは? はむはむ」
「ほへぇんにゃひゃいはー? ひゅみゅひゅみゅ」
「ひゃぁ、うひっ、ご、ごめん、シーア、ごめんなさいぃぃ!」
先ほどまで涙目だったシーアが、いつの間にか鼻息を荒くしてぼくたちの様子を食い入る様にに見つめていた。あのシーアさん? もう明らかに泣いてないし何か別のスイッチが入ってるよね?
「どうかしらシーア、この辺でお兄さまを許してあげて? はむはむ」
「ひゅるひてあげひゅ? はみゅはみゅ」
上品にくちびるだけではむはむするミーナと違い、ハンスは全力ではむはむぺろぺろしてくる。ハンスのよだれでぼくの耳はべとべとになっていた。
いまやこの状況を明らかに楽しんでいるシーアは、両手を胸元に寄せてグッと握りこぶしを作って瞳を爛々と輝かせていた。
「どうなのシーア、許してあげるの?」
「えっ!? えーっと……も、もうちょっと?」
延長を希望するシーアの尻尾は激しくパタパタしていた。明らかに喜んでるじゃねーか!
そこから数分後、ようやく解放されたぼくはぐったりと倒れ込んでしまい、もう仕返しをする気力さえ残っていなかった。
――――――
―――
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『シーアの目を見えるようにしてあげたい』
これは前世の記憶を完全に取り戻したときから思っていたことだ。
シーアは魂の存在を感じることができるし、彼女の鋭敏な耳は多彩な音を聞き分け、尻尾は空気の変化に敏感に反応する。
しかし完全に静止した物を感知することはできない。シーアにとっては暗闇で振るわれる剣よりも、路傍の石の方が要注意だったりする。
とはいえ普段の生活においては、彼女の目が見えないことを意識することはほとんどない。屋敷内においては、誰もがシーアに怪我をさせないように配慮しており、彼女もそのことに全面な信頼を寄せた上で振る舞っているからだ。
「えっ!? 彼女は目が見えてないの!?」
このセリフは、初めて屋敷を訪れた人がよく口にする言葉だ。シーアの視線の動きを注意して観察していれば違和感を感じることができるのだが、そうでもしなければほとんどの人が気づかない。
だけど、今もシーアは暗闇の世界を歩いている。
それは彼女がひとりで屋敷の外に出た瞬間にはっきりと分かる。
屋敷内を颯爽と歩き回る姿は消えて、杖で慎重に足元を探りながらゆっくりと摺り足で進み始める。周囲の僅かな音や気配も逃すまいとする張り詰めた空気が彼女の全身を覆いつくす。
シーアは先生を棒術で追い詰めるほどに強いし、月夜に吠える銀狼のように気高く美しい。それでも彼女が外をひとりで歩くときには、不安と怯えが身体から溢れ出る。
シーアがひとりで外出した際には必ずぼくが彼女を迎えに行くが、ぼくが彼女を見つけるといつもシーアは優しい笑顔をこちらへ向けてくれる。それと同時に彼女の全身から緊張感が消えて、微かに安堵の表情が浮かぶのをいつも……いつもぼくは見ていた。
そもそもシーアが【見る】を奪われてしまったのは、前々世のぼくにも原因がある。いや悪いのはヴィドゴニアなんだけど、彼女が見えないことを意識する度に、あのとき自分がうまく立ち回っていればといつも考えてしまう。
「坊ちゃま……」
ふいに声を掛けられて、ぼくは物思いから目覚める。屋敷の花壇にあるベンチに寝転んでいたぼくが身体を起こすと、シーアが目の前に立っていた。
「シーア……」
「風も冷たくなってきたようですし、そろそろお屋敷に戻りませんか」
「そうだね。ちょっと寒いかも」
ぼくはシーアの手を取って、それから彼女の目をじっと見つめた。その瞳の中にはぼくが映っている。なんとなく奴隷時代の自分の姿がそこに重なってみえた気がした。
シーアの柔らかい手を引いて屋敷に戻りながら、ぼくは改めて彼女の【見る】を取り戻す誓いを心の中で立てていた。
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