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第二章 三度目の転生は子爵家の長男でした。

第15話 朝稽古

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 先生が屋敷に到着した翌日、早朝から先生がシーアに棒術の稽古をつけていた。

 カンッ!カンッ!

 棒を打ち合う度に響く音をぼくは心地よく楽しみながら、二人の様子を見守っていた。正直、二人の動きが早過ぎて何がなんだかさっぱりわからない。

 一応、ぼくも基礎練習に参加したけど、20分……いや5分もしないうちにバテてやめてしまった。先生もシーアも笑っていたが、何といってもぼくは7歳の子どもなのだ。「疲れたから見学します!」とぼくは堂々と宣言し、いまは芝生の上に座って休んでいる。

「キース。そんな調子じゃ、好きな女の子を守ることはできないぞ!」

「だってシーアの方がずっと強いんだから。どうしようもないよ」

 先生が煽ってくるが、ぼくは首を横に振って応えた。ん? この答え方じゃ、ぼくがシーアを好きだって告白したような感じになってないか?

 突然、シーアの打ち込みが勢いをます。

「フーッ!」

「ちょっ! おっ! まっ! 待て!」

 シーアの振るう棒が急にスピードを増しただけではなく、まるで伸び縮みでもするかのように変化自在に長さを変えていくように見えた。棒が引っ込んだと思ったら、次の瞬間には意外な角度から飛び出してくる。
  
 シーアによる立て続けの凄まじい攻撃に、とうとう先生も捌くのがやっとという状況になってきた。

「待て!!」

 先生は大声で気合をかけ、シーアの振り下ろしてきた棒を大きくはじく。シーアがわずかに後ろへたじろいだ次の瞬間、先生は棒を地面に立てたまま一切の動きを止めた。

 同時にシーアの動きもピタリと止まる。

 目の見えないシーアは人の魂をぼんやりと感じることはできるらしいのだが、それでわかるのは相手の位置と魂の色のようなものでしかない。だからシーアは相手の動きや殺気に反応して攻撃を繰り出している。

 逆を言えば、殺気も動きも無い相手に対してシーアはほとんど何もできないということでもあった。まぁ、動きも殺気も無ければそもそも戦う必要がないのかもしれないけど。

 ただ先生の前で棒を構えたまま静かに立ち尽くすシーアの姿を見ていると、彼女の致命的な弱点を目の当たりにしているようで、ぼくはどこか不安を覚えずにはいられなかった。

「ご、ごめんなさい……」

 シーアの耳と尻尾がぐったりと下がって、心底落ち込んでいるのがわかる。

「いや。また腕を上げたようだな。俺の方が捌き切れなくなっただけだ」

 落ち込んだままのシーアを見て、先生が視線でぼくに『何とかしろ』と伝えてきた。言われるまでもなく最初からそのつもりだ。ぼくはシーアに駆け寄るとその腰に抱き着いて叫ぶ。

「シーア凄い! 強くてカッコよくて、美人で可愛くて優しくて大好き!」

「ぼ、坊ちゃま……」

 シーアは顔を真っ赤にして尻尾をブンブン振り回し始めた。チョロイ……チョロ過ぎて、物凄く心配になるぞシーア。

 まぁ、かく言うぼくもシーアの機嫌がよくなったので物凄く嬉しい。そのことを知られるのが何となく恥ずかしくて、ぼくはシーアのお腹に顔を押し付けて表情を隠す。

「ほら二人とも、朝の訓練は終わりだ。飯にしよう」

 先生はぼくたちを追い払うように手を振って朝食へと急がせた。

――――――
―――


「お兄さまー」
「にーたまー」

 朝食を終えると妹と弟がぼくの方にパタパタと走ってやってきた。母譲りの金髪と父の青い瞳を受け継いだ5歳の妹ミーナと、父の栗毛と母のエメラルドの瞳を授かった3歳の弟ハンスだ。ちなみにぼくは父と同じ栗毛で瞳の色は青だ。

 これから昼食時までは、妹と二人の面倒を見るのがぼくの仕事だ。ちなみに午後は、近くの村からイザベラ先生がやってきてぼくたちに勉強を教えてくれる。

 大抵の場合、朝食後すぐに元気の塊のような二人を半時ほど相手してから、その後の相手をシーアに任せて、ぼく自身は本を読み始めるのがお決まりのパターンだ。

「お兄さま、これは何て読みますの?」

「んー、それはだなー」

「お兄さま、これは?」

「んーっと」

 兄のマネでもしたいお年頃なのか、妹はぼくが本を読み始めると隣に座って横から本を覗き込む。読書には邪魔でしかないが、ミーナは超可愛いので問題ない。気が向いたときは読んで聞かせることもあるが、その時のキラキラとした笑顔はもう天使のそれだな。

 ちなみに、妹と弟にはそれぞれノーラとリンダーネルというメイドが専属のお世話係として当てられている。しかし、この午前の何かと忙しい時間帯は、ぼくとシーアが面倒を見ることが多い。

「にーたまー」

 シーアと遊んでいた弟がぼくの方へとことことやってきて、クリクリした目をぼくに向けた。どうやら構って欲しいらしい。こうなってしまったら読書は諦めるしかないが、弟も超可愛いから問題ない。ぼくは二人の手を掴んで庭に向かった。

「わーっ!」
「きゃーですわー!」
「うーっ!」

 もう少し本を読んでいたかったかも……という気持ちは庭を駆け回り始めたその瞬間に消し飛んでいた。ぼくの中身は只のおっさ……立派な大人なのだが、この7歳の身体と感情は想像以上に強烈なエネルギーに溢れていて、かなり制御するのが難しかったりする。

 例えば、弟がシーアに一日中ずっと甘えて離れなかったことがあった。

 頭の中では冷静に『ハンスはただ甘えたいだけなのだ』ということがわかっているのに、ぼくは『シーアが盗られてしまう』という感情が溢れ出るのをどうしても抑えきれず、とうとう泣き出してしまったことがある。

 そのときは、片方の手でシーアの足にしがみついて泣き喚きつつ、もう片方の手で弟の頭を優しく撫で続けるという、とても奇妙な光景が繰り広げられた。

 ぼくとしては、7歳の小さな体に大人の心を宿した、クールな天才少年路線でいきたかったのだが……どうにもそれは無理だったよ。 

 ちなみにその一件以降、弟にはお菓子を使った調教……丁寧な教育により『シーアは兄上のもの。どうしても甘えたいときは他のメイドにしなさい』と洗脳済みだ。



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