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第一章 長い長いプロローグ(だって二回も転生しますよね)

第1話 ここは誰? 私は何処?

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 もう何日も眠っていない。
 
 オンラインゲーム「モン娘ハンター」の大型アップデートで、決済サーバの障害が確認され、深夜2時に呼び出されて以降、俺はずっとサーバルームに籠っていた。

かなめ先輩、システム再起動シーケンス開始します」

 俺が頷くとコンソールに張り付いている後輩ちゃんがリブートコマンドを入力する。

 今朝ほどシャワーを浴びに一度自宅に帰っていた彼女からはリンスの良い香りが漂ってきた。

 俺の方は3日もサーバルームに籠りっきりでかなり臭うのだろうなとか、後輩ちゃんの白いブラウスの膨らみを見てやっぱりデカイなとか、そんな他愛もないことが次々と頭に浮かんで来た。

 しかしそのすべてが他人の思考を見ているかのように感じられる。まるで魂が身体から離れつつあって、何もかもが遠いところの出来事であるかのように思えてきた。

 もしかしたら今の状況は夢なのかもしれない――などと心が逃避を始めるくらいの危機、その真っただ中に俺はいる。

「これで正常起動できず32億円の決済が遅れでもしたら……」

「会社、潰れちゃいますね」

「まぁ確実に終わるな……俺の人生」

 今回のサーバ障害対応のために待機していた第一及び第二システム部全員と一部役員、その他関係各所の面々が、スケジュール的には最後のチャンスとなるこのシステム起動を見守ろうとサーバルームに詰め寄っていた。

 この場にいる誰もが息をのみ、コンソールに次々と流れるメッセージを見つめている。

 画面に意識を集中している俺の頭の中では、先ほどから心臓の鼓動音が激しく響いていた。呼吸も浅くなっている。
 
 起動シーケンスがひとつひとつ進むのを見ながら、俺は全身全霊で神様に祈り続けた。仏様にも祈った。

 今この場にいる誰もが似たような精神状況にあるのは間違いない。
 
(神様! これまでお賽銭は『ご縁がありますように』と五円玉しか入れてこなかったけど、もしこれがうまくいったら次のボーナス全部を突っ込んでもいい、いや突っ込みます!)

 それでもまだ祈り足りない気がして、クトゥルフやニャルラトホテプにも祈った方が良いのではと召喚呪文を唱えようとしたとき、後輩ちゃんが声を上げた。  

「先輩! 次で最後です!」
「んっ!」

 いよいよ起動シーケンスの最終ステップに入る。俺は手を組んでひたすら祈る。もう目を開けていられない。神様! 神様! 神様! いあ! いあ! ふたぐん!

 ピコッ!

 その音に続いて後輩ちゃんが「やった!」とこぶしを握って小さく声を上げる。俺はいったん目を閉じ、深呼吸をする。そしてゆっくりと目を開いてコンソールの表示を確認した。

 コンソールにはシステムは正常に起動し決済先との通信が確立されている様子が表示されていた。

 俺が親指を立てた握りこぶしを上げると、その場にいる全員が次々と歓声を上げ、慌ただしく関係各所への連絡を始めていた。

「要先輩! やりましたね!」 

「あぁ、これでようやく……」 

 心底安堵したのか後輩ちゃんの目から涙が溢れ出ていた。俺の方は極度の緊張状態が解けて、全身から血が抜けていくような感覚に身を委ねていた。

 まるで全身から血だけではない何か大事なものも流れ出ているような……。

 やばい。身体がフラフラして立っているのが難しくなってきた。
 
「せ、先輩! 大丈夫ですか!?」

 後輩ちゃんの声に応えることのないまま俺はガクっと膝から床に崩れ落ちる。それと同時に俺は自分の意識が上の方に昇っていくのを感じていた。

「先輩! 起きて! 起きてください!」

(そんなに揺さぶるな。ちょっとだけ寝かせてくれ……)

「呼吸してない! だ、誰か! 先輩が!」

(山場は乗り越えたんだ。もうそんなに焦らなくてもいいんだぞ)

 そして、俺の意識はブラックアウトした。

――――――
―――


「……知らない天井だ」

 気が付くと俺は見慣れない場所に横たわっていた。あたり一面の星空。驚いたことに俺の足元にも星は広がっていた。

 もしかすると後輩ちゃんが悪戯で俺にVRゴーグルを付けたんじゃないかと疑ったが、頭にそれらしき重みは感じられない。

「天上界へようこそ。鹿島要さん」

 目の前にアニメキャラっぽいコスプレをした女性が空中に浮かんでいた。艶やかに輝く金髪に蒼い瞳の美人。

 細身の身体を包む白いドレスと豊かな胸と高い声は、なんとなく後輩ちゃんを思い出させるが、背の低い後輩ちゃんと違って身長が高いから別人だろう。

 それにしても、これが同僚たちの悪戯だとしたら「モン娘ハンター」のコスプレじゃない時点で大減点だ。仕事に掛ける情熱というものが足りん。

「鹿島要さん、あなたは死んでしまいました」

 なるほど転生ネタでの悪戯か。大体把握した。この女性は誰だろうか? 新しい派遣さんとかかな。

「えっと、今はどんな状況?」

 システムの正常起動を確認したことまでは覚えている。あれからどれくらい眠っていたのだろう。

「鹿島要さん。あなたは今、死にたてのほやほやなんですよ」

 女性は俺の目の前にやって来て顔を覗き込んだ。ドレスの胸元から白くて大きな谷間が垣間見える。

 俺は極めて紳士的に目を逸ら――せずに目が釘付けになってしまった。仕方ないね。

 その時、この3日間お風呂に入っていないことを思い出した俺は、女性から少し距離をとる。

 そのまま自分の臭いを確かめようと右腕を鼻元に持っていくと……

「俺の腕がねぇぇ!」

 俺の右腕がなかった。何を言っているのかわからねぇと思うが、とにかく俺の腕がなかった。いや、ちょっと待て! 左腕がない! 足もない!  そもそも身体ない!

「俺の身体!」

「あなたは死んだのです。今は天上界にいて魂だけの存在になっているのですから肉体はありませんよ」

「はぁぁぁ!?」

 突然の出来事に動揺するあまり、俺は激しく息を……

「息ができない! 死ぬ! 死んじゃう!」

「あなたはもう死んでいるので呼吸する必要はないですよ」

 混乱の中、俺は目の前の女性にすがるように説明を求めた。

「ここは誰? 俺は何処?」
 
 女性は俺の顔をじーっと見てから、突然顔を真っ赤にして吹き出した。あれ? この女、なんだかイラッとするぞ。

「ご、ごめんなさい。その定番ネタがツボに入っちゃって」

「そりゃどーも」

 人を小バカにするように笑い続ける女を見て、俺は急速に冷静さを取り戻していった。少なくとも同僚の悪戯ではないだろう。

 俺はこの不可思議な状況を理解しようと努力し始めた。

「わたしは女神ラヴェンナ。あなたを勇者として転生させるためにここに召喚しました」

「なるほど大体把握した」

 俺はつい先刻まで、決済システムの障害対応に失敗して全てを失うかもしれないという恐怖にさらされていたのだ。

 管理責任追及の役員会召喚と比べれば、デカ乳女神の異世界召還などものの数ではない。というか、むしろ大歓迎だ。

「バッチ来い!」

 俺は鼻息を荒くして応えた。

(身体がないから鼻息はあくまでイメージだけど……)



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~ 女神の報告書 ~

・魔王出現予測値が高くなってきたのでそろそろ勇者転生に挑戦します!

・ちょうど鹿島要さんが死亡時期だったので勇者に即採用!

・ゲーム会社勤務だったので転生の理解も早かった!

・「モン娘ハンター」はわたしも大好きで、KamiTubeで実況やってます!

―― ゴンドワルナ大陸の管理神にして竈と燻製を司る神 ラヴェンナ
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