治し屋

玖山李緒

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第5話

木村慶司

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 見た目とは、一体どれだけのモノがあれば満足できるのだろうか?
 何があれば充足感を得られるのだろう?
 例えば視覚が無くなった世界があると仮定しよう。
 そこでは、外見は全く意味をなさないと考えられる。
 他にも、世界に自分一人で生存していると仮定してみよう。
 最初は何かと気にするだろう。
 がしかし、次第に見た目を気にする必要が無くなると気付き、もしかしたら服を着ることさえしなくなるかもしれない。
 というように、ちょっとしたベクトルの変換により、見た目は些細な事象に朽ち果てる。
 だが、これはあくまで仮定の話、現代社会においてそんなことは有り得ない。
 なんだかんだと御託を並べても、所詮見た目がいいに越したことはない。
 身長が高い、スタイルがいい、顔が綺麗、等々を並べてみてデメリットが多少あるにしても、メリットの方が圧倒的に多いであろう。
 さて前置きが大分長くなったのだが、何故僕がこんな事を、こんな戯言を考えているかというと……。
「……とっ、届かないっ」
 何が?と思う人がいるだろう。
「どっ……どうして僕の読みたい本はっ、いつもいつも高い所にあるんだっ……」
 えーーー今現在本屋です。
 そして、だらだらと無駄な思考をあれやこれやと垂れ流していたが、純粋な要求として取敢えず……身長が欲しいです。
 わたくし上城優は、身長は152cmの低身長男子でして、何故か欲しい物が高い所に陳列されるという不運に度々遭遇する。
 どうして世界は、こんなに僕に厳しいのでしょうか?
 そう自身の不幸を嘆いていると、周りが少し賑やかになる。
 まさかと思い、視線をざわつく中心へ向けると、やはりというべきか、そこに彼女がいた。
 彼女とはそう、僕の雇用主様こと『治し屋』の店主である鳴海ルカである。
 溜息を一つ吐き、騒ぎの中心へ歩み寄る。
「ルカさん、また何やらかしたんですか?」
 彼女は僕を見つけると、ニコッと極上の笑みを浮かべて事情を話始める。
「探していた本を店員さんに聞いただけですよ」
 悪戯っぽくウインクしてくる。
「あぁそういうことですか……」
 瞬時に全てを理解する。
 彼女の外見に関していうと、芸能界のトップ女優やモデルですら及ぶことのできない最上級の美女である。
 そんな女性から、笑顔で頼みごとをされたら、男性ならあっと言う間に有頂天になるのも頷けるというものだ。
 我先にと、依頼された本を男性店員陣が、競走馬の如く探し求め争っているというのがこの騒動の発端であろう。
「それでどうするんですコレ?」
「んー、どうも探してた本がなさそうなので、帰りましょうか?」
 えっーーー!この騒ぎいいのか?と思ったが、素早く僕の手を取り出口に歩き始めたので、早々に無駄な抵抗を諦める。
 恐らく、彼女の場合こういった出来事は日常茶飯事なのだろう。
 特段気にした風もなく、一体何が楽しいのか、ニコニコしながら僕を牽引する。
 近くに絶世の美女がいると、見た目がいいだけで、周りの反応がこうも違うのかと改めて実感する瞬間である。
 やはり、世界は不平等で溢れているのだ。
 僕は溜息をつき、後ろで奔走している人達に『うちの店主がゴメンナサイ』と心の中で謝るのだった。

  ◆

 本屋での一騒動を終え(たのかどうかは神のみぞ知る?)、『治し屋』の事務所兼ルカさんの自宅へ無事帰還を果たす。
「優君、お茶を淹れてくれませんか?」 
「何がいいですか?」
「んーーー」
 ルカさんは、たっぷりと時間を掛けて何を飲むか真剣に吟味しているように見えたが、次の台詞に愕然とする。
「優君に任せます(ニコッ)」
 どうしてだっ?さっきの時間は何だったんだと、盛大に心の中で突っ込みを入れておく。
 そんな僕の精神世界での葛藤はさておき、何を淹れようか吟味する。
「では、今日は日本茶にしましょう」
 何となく気分で日本茶を選択すると、ルカさんがこう言った。
「どうして分かったのですか?」
「???」
「どうして私が日本茶が飲みたいと分かったのですか?」
 同じ質問を丁寧に繰り返される。
「いえ、なんとなくです……」
「なんとなくで、私の飲みたい物を当てられたと……」
 イヤイヤイヤ、決まってるなら教えて下さいよっ!またまた心の中で突っ込みを入れるが、そんなことはつゆ知らず、ルカさんは初めて手品をみた子供の様にキラキラした目で僕に訳の分からないことを言い始めた。
「これはもう私達、以心伝心している証拠ですね(キラキラ)」
「はいはい、お茶淹れますからおとなしくしてて下さいね」
 段々ルカさんのテンションが面倒臭くなってきたので、軽くあしらってお茶の準備を始める。
「はーい(ニコニコ)」
 さて問題児がおとなしくしている間に、ちゃっちゃと淹れちゃいましょう。
 最近は、日々ここで家事を行っていることが多いので、勝手知ったる何とやら……手際よくお茶の準備を片付ける。
「ルカさん、お茶が入りましたよ」
 お茶の脇には、そっと羊羹を添えておく。
「うーん、いい香りですね!」
「多分、茶葉が良いヤツだからだと思いますよ。」
「いえいえ、日本茶は下手な淹れ方をすると、香りを駄目にしてしまいますからね。これは優君がちゃーんと、お茶の入れ方を勉強してくれたからでしょう」
 私、ちゃんと分かってますという視線を送られる。
「お給料頂いてますから……」
 ルカさんが言ったことは図星で、ここに来るようになってお茶の淹れ方を調べていたのだが、それを見事当てられた気恥ずかしさで、言葉が尻すぼみになる。
「美味しいお茶をありがとうっ!優君(ニコッ)」
「あれ?」
 思わず僕は、素っ頓狂な声が漏れてしまう。
 極上の笑みに気を取られた一瞬であった。
 そこにはさっきまで、濃厚な存在感満載の黒い甘味が、一瞬目を離した隙にお皿からその存在を消失させている。
 全く見えなかった……。
 一体何が行われたのかすら理解できなかった……。
 以前チーズケーキを食べた際にも体験したが、どうしてその上品な食べ方で、次々に食べ物が信じられないスピードで消えて行くのだろうか?
 推測として、どうやらルカさんは、特定の食べ物に関して尋常ならざる能力(食い意地)を発揮するようである。
 僕が唖然としていると新しいオーダーが入る。
「優君(てへっ)、お・か・わ・り」
 かつて羊羹の乗っていたであろうお皿を僕に差し出し、同等の請求を行なってくる。
「……あっはい」
 呆然としながらも、僕は職務(おかわり)を全うする。
 ただし、二回目の『おかわり』は夕飯に差し支えるため頑なに却下させて頂いた。
 そんな特殊能力者(ルカさん)との馬鹿なやりとりを行なっていると、『治し屋』の事務所である教会側から若い男性の声が聞こえてきた。

「すみませんーん」

「優君、お仕事のようですね」
 僕は頷き、ルカさんの後について教会へ繋がる扉をくぐった。

 そこには、二十代前半のいかにも好青年といった感じの男性が佇んでいた。
「こちらは『治し屋』さんでしょうか?」
「いらっしゃいませ、『治し屋』で合っていますよ」
 僕は、最近板に付いてきた営業スマイルを携えて返答する。
「あぁ良かった!では本当に、何でも治すことができるのでしょうか?」
 男性は至極当然の質問を僕に投げ掛ける。
「死んでさえいなければ、病気や怪我は勿論、心の病や歪んでしまった性格まで治す事が可能です。但しその代価として、依頼内容に応じたモノが依頼者から失われます。注意事項としては、代価は誰にも選ぶことは出来ません、そして結果が気に入らないからといって元に戻す事も叶いません。それでも、ご依頼なさいますか?」
 男性は少し逡巡した後、決意を固めた目で答える。
「では依頼させて下さい」
「それでは、お名前と依頼内容を伺えますか?」
「私の名前は木村慶司キムラケイジといいます。依頼内容は、私の恋人、芥子川游子ケシカワユウコの顔を治して欲しいのです」

  ◆

「ごめーん游子、仕事が長引いちゃって」
 心底申し訳なさそうに慶司は謝罪をする。
「もーう遅いよっ!罰として、今日の夕飯は慶君の奢りだからね!」
 游子からは怒気を感じないので、真剣に怒っている訳ではなさそうである。
「それ位させて頂きます。じゃぁ何が食べたい?」
「うーん、最近できたイタリアンのお店がいいかなぁ。慶君どう?」
「よしっ、じゃそこにしよう!」
「うんっ」

 ここまでは、こんなやり取りをしていた、普通のカップルでした。
 私達は二年前にとある出来事で出会いました。
 それは、悪質なナンパをされている游子を、偶然通り掛かった私が助けたことが切っ掛けです。
 お礼ということで、游子から食事に誘われ、それから数回やり取りを重ねて行きました。
 自分の彼女のことをこう言うと気恥ずかしいのですが、游子はとても美人でした、ですがそれ以上に内面に強く惹かれました。
 気付いた時には、お互いを意識するようになり付き合い始めるのはあっと言う間でした。
 そしてその時は訪れました。

「何を食べようかなぁー?」
「ペペロンチーノ食べたいかな」
「またペペロンチーノ?慶君それ好きね(笑)、私はマルゲリータが食べたな」
「デザートはティラミスでどう?」
「それいい!」
 他愛ない会話をしていたその時。
 前方五歩位の位置に、見知らぬ男が立ち塞がる形で現れた。
「ぐじゅるあぁござばびぐじゅ」
 言葉になっていない発声は、より恐怖心を掻き立て、血走った目はその異常性を物語っていた。
 それは明らかに正常な人間の類ではないと判別できるレベルだった。
「ばじゅぎゃねぐぞばぢゅぅおぶ」
 次の瞬間、無意味な発音と共に男の右手から何かが放たれる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 私の横を見ると、游子の顔に液体がかかっているのが分かった。
「あああぁぁぁぁぁッ!」
 游子はこの世の終わりが訪れたのかと思う程の絶叫を上げ、苦しみ悶えてた。
 咄嗟に、この液体は酸系統の物ではと頭に浮かび、急いで救急車を呼び游子を病院へ連れて行った。
 だが悪い予想は当たるもので、游子にかけられた液体は硫酸で、美しかった顔は見るも無残に焼き爛れてしまった。

  ◆

「それっ!ニュースでやってた『硫酸通り魔事件』ですよね」
 僕は少し前の記憶を思い出す。
「確かあれって……」
「そうです、犯人の男は游子に硫酸をかけた後、自分で硫酸を飲んでそのまま……」
 慶司は沈痛な面持ちで最後の言葉を飲み込む。
 何とも傍迷惑な話である。
 家族を事故で失った僕からすれば、そんなことをする位ならば、自分だけで完結して欲しいと強く思う。
 僕は憤りを覚えていると、ルカさんがまた訳の分からない質問をする。
「貴方は恋人の顔を治したいのですか?」
「いやルカさんそれは……」
 ……好きな人の為でしょう、と言い掛けたのだが、ルカさんの黒曜石の様な綺麗な瞳が、何かを見出したかのように鋭く光を帯びたように見えた。
「勿論最愛の人の為ですよ」
 その問いに、迷い無くはっきりと慶司は答えた。
「分かりました、ではそのご依頼お受けいたしましょう。彼女を此方へ連れて来て頂いても宜しいですか?」
 さっきの空気間とは打って変わり、普段通りの営業口調へ戻っていた。
「はい分かりました、宜しくお願いします。あっ、それから依頼料はいくらになるのでしょうか?」
「特には必要ないですが、置いていく分にはお止めしません」
「では、游子の顔が治った際には必ずお持ち致します」
「それで結構です」
 そして慶司は游子を連れてくる為に帰って行った。
「ルカさん、さっきのって……」
「もしかすると……少し変わったモノが見れるかもしれませんね」
 そう呟いたルカさんは、何処か楽し気な空気を纏っていた。

  ◆

「お待たせしました。彼女が先程お話ししました芥子川游子です」
 そこには、頭部のほぼ全域を包帯でグルグル巻きにされた女性が居た。
 游子は無言で会釈をする。
「ではお願いします。游子の顔をの状態に戻して下さい」
 慶司は神妙な面持ちでルカに懇願する。
は分かりました」
 そう言うとルカさんは右手を慶司に掲げる。
 何処までも深い蒼炎に、ルカの右掌と両目が彩られる。
契約コントラクトス
 いつもの、蒼の空間に引き摺られる感覚が僕に訪れる。
 段々と蒼さが濃くなっていると思うのは気のせいだろうか?
 だけどとても綺麗な蒼、蒼、蒼……。
 そして唐突に訪れる収束間に、一気に現実に戻される。
 何故だろう?今迄よりも蒼の世界の体感時間が短く感じたのは。
 慣れてきたのだろうか?それとも……。
「優君……は大丈夫だね」
「あっ、はい大丈夫です」
 ルカさんは僕の安否を確認すると慶司に向き直る。
「依頼は完了しました」
「本当ですか?游子包帯を取るよ」
 慶司はそう言うと、游子の包帯をゆっくりと優しく取り始めた。
「っん?」
 人の好みは様々である。
 評価する人数によって一般的な意見が分かれる。
 勿論、僕の感性がマジョリティだとは言わないが、そこには聞いていた話とは大きく食い違う部分があった。
 慶司は言っていた、游子はだと。
「慶君……私の……顔は?」
 ここに来て游子が初めての声を発する。
「大丈夫だよ、ちゃんと元通りになってる」
 慶司は心底良かったという感じで、優しく微笑みながら游子を安心させる。
「ほら見てごらん」
 慶司はそう言うと、上着のポケットから手鏡を游子へ渡す。
「っ!!!」
 游子は驚愕の表情になり硬直する。
「……どう……して、……どうしてっ!」
「どうしてって?だから言ったじゃないか、の状態に戻してって」
 そう言った慶司は、さっきまでの優しい雰囲気が嘘のように霧散し、狂気じみた光を眼光に宿していた。
「ん?あっ、そうか、そりゃそうだよね」
 慶司はニヤニヤといやらしい笑顔を張り付け、游子の肩に手を置く。
黒田聡子クロダサトコという名前に覚えはないかい?」
「クロダ……サトコ……?」
「やっぱりね!多分そうだろうと思ったよ。うんうん、だからこそやり甲斐があったてもんだよ」
 慶司は嬉々としながら説明を始める。
「黒田聡子はね……三年前に君に追い詰められて亡くなった僕の恋人だよ」
「……」
「聡子は……詐欺師の罠に嵌り、精神的に追い詰められ、結婚のために貯めてたお金を失くし、最後には自分で命を……」
 慶司は一瞬悲痛な表情になる。
「丁度その頃、僕は転勤で県外に出ててね、戻ってきたら結婚しようと約束していたんだ。だけど離れていたからら、いやこれは言い訳だね。……電話での聡子の変化に気付いてあげられなくて……虫の知らせってやつかな?あの日嫌な予感がして、急いで転勤先から聡子の所へ向かったんだ。そこには変わり果てた聡子が……それでそこには遺書があってね、僕には全く身に覚えのない恨み言が記されていたよ。その中には、僕が浮気をしていたみたいな内容があった。そこで何かがおかしいと気付いたんだ。それから寝る間も惜しんで探したよ、何が聡子にあったのか、どうしてこんなことになったのか。そして辿り着いた、それが游子、君だよ」
 慶司の狂った様な笑顔に、僕は戦慄を覚える。
「……け……い君」
「あぁーん、慶君?まだ分からないの?詐欺師としては優秀だっただろうけど、いざ自分が騙される側に回ると途端に馬鹿になるだねハハハ」
 慶司の高笑いだけが室内に煌々と響き渡る。
「游子、君は僕に騙されたんだよ!フフフ、君のことを色々調べたよ、趣味嗜好、ライフスタイルそれに……過去もね」
 慶司の悪魔のような笑顔で游子を睨め付ける。
「君は詐欺被害者から奪った金で整形を繰り返し、見た目の美しさを手に入れた。そりゃそうだろうねハハハ、だって元々の君はそれはそれはのだから。顔を変えたくなるのも頷けるよハハハハハハ。だから僕が君の顔を潰したんだ」
「えっ?どう……いう」
「游子、君は本当に詐欺師かい?頭悪いなぁ、だからぁ君の被害者で、絶望の淵にいる一人に話をしたんだ。そうしたら、よっぽど君のことが嫌いだったのかな?彼にそっと囁いただけなんだけど、結果は知っての通りだよ」
 凄みの効いた低い声を出しながら慶司が游子に顔を近づける。
「で、そこで思いっきり優しくして、それからどん底に君を落とそうかと思ったんだけど、この治し屋の話を聞いてね、もっと面白いことが浮かんじゃってね。どうだい本来の自分に戻った感想は?ハハハハハハ」
 慶司は心底楽しそうに高笑いを放つ。
「ねぇ、今どんな気持ちだい?ちなみに僕は、君のことを一度も好きだと思ったことは無いよ。だって……游子はとても醜いから、気持ちの悪い吐き気のする顔してるのだから愛する訳ないでしょうがフフフフフフ……あぁーハハハハハハ」
 崩壊は唐突に訪れた。
「あああ……ああぁっ……ぁぁぁぁっぁああぁぁぁぁ」
 游子は急に狂った叫び出した。
「ぎゃあぁっぁぁーーー、はぁはぁは、あぁぁぁっっーー、ぁぁぁっぁっぁぅううぅぅl」
 いや本当に狂ってしまったのかもしれない。
「あははっははっはっは、ああああぁぁぁっぁぁはははっはぁぁ」
 一心不乱に頭を振り乱し、意味不明な絶叫を喚き散らしている。
 恐らく顔を酸で焼かれ、精神的に追い詰められたところに、慶司から追い討ちを喰らい本格的に心を壊されてしまったのだろう。
 僕はふと慶司を見ると、子供が玩具を買って貰ったかの様な、満足気な笑みを湛えていた。
 きっと自分の書いたシナリオで、思い通りの結末を迎えたのだろう。
「木村さん、貴方……」
 唐突に眼前で行われた出来事に、僕は何とか声を絞り出し慶司の名を呼ぶ。
「すいません、あなた達を巻き込んでしまって」
 そう言う慶司には、游子に向けるような狂気は微塵も無かった。
「ですが、こいつにはどうしても復讐したかった。決して楽な終わりを迎えさせたくなかった……。だけど安心して下さい、私は何も法を犯していませんので、あなた達に害が及ぶことはありません。それから、お約束の報酬も後日きちんと振り込ませて頂きます。後、少しだけお騒がせしますが、どうか許し下さい」
 慶司がそう言うと、教会の外から騒がしいパトカーの音が響いてきた。
 どうやら、こちらに向かっている様である。
「木村さん?」
「警察を呼んでおきました、これでこいつの後始末は終わりです」
 そのタイミングで扉が開く。
「邪魔するよ」
 そこには『熊』じゃなくて、『太田悟オオタサトル』刑事が現れた。
「太田さんどうしたんですか?」
 僕は訪れた太田さんに来訪の理由を確認する。
「いや、犯罪の通報があったもんでね。ここなら俺が来た方が何かと都合がといいかと思ってな」
「あぁ、そういうことですか」
「皆さんこちらの方とお知り合いですか?」
「はい、何かと御縁のある刑事の太田さんです」
「御縁のある……ならば刑事さん話を聞いてもらえますか?」
「伺いましょう」
「こいつが詐欺師の芥子川游子です」
 慶司はおかしくなってしまった游子を指し示す。
「これはまた……」
 太田さんは少し困惑するが流石刑事、すぐに感情をセーブし通常モードへ戻る。
「これが、こいつの犯してきた犯罪の証拠です」
 懐から取り出したフラッシュメモリーを太田さんに渡す。
「分かりました、では詳しい話は署で伺いましょう」
 そう言って太田さんは慶司を外へ促した。
「はい行きましょう」
 慶司はそれに従い太田を追従する。
「木村さん!」
 僕は思わず慶司を呼び止めた。
「木村さんは、何を失ったんですか?」
 一見何も変化の無い様に見える慶司に、依頼の代償が気になり思わず質問してしまう。
「殺意ではないですか?」
 それまで、壁際の花に徹していたルカさんが口火を切った。
「……そうみたいです。復讐心は残っていますが、さっきまでの殺意は無くなりました……」
 そう言う慶司は、なんだかとても寂しそうだった。
 その言葉を残して教会を後にする。
「ルカさん、木村さんの対価がどうし分かったんですか?」
「そうですね、まずあの人が最初にここを訪れた時に孕んでいたのが、愛情から来るものとは大きく掛け離れていると感じられました」
「だからあの時、変わったモノが見れるって言ったんですね」
「えぇ。それから、今日ここに訪れた時に彼から溢れていたのは強い殺意でした。ですが治した後にそれが消えていた」
「それで殺意だと?僕には全然分からなかったなぁ」
「この仕事をしていると、人の機微に敏感になりますから。きっと優君も、そのうち分かるようになりますよ」
 そうなのかなぁ?ルカさんが特殊な力があるからじゃないのかと思うけど。
 でも蒼が見える僕にももしかして……。
「優君、そろそろお茶にしませんか?」
 ルカさんからの申し出に、遠のいていた思考を現実に戻す。
「何を飲みますか?」
「んーーー」
 ルカさんは、たっぷりと時間を掛けて何を飲むか真剣に吟味しているように見えたが、多分次はこう来るだろう。
「優君に任せます(ニコッ)」
「では、今日は珈琲にしましょう」
 ルカさんはどうしたのか、瞬きを繰り返している。
「どうして私が珈琲が飲みたいと分かったのですか?」
「なんとなくです(ニコッ)」
 どうやら僕も少しは成長できているのかもしれない。
 淹れ立ての珈琲にそっと、例のチーズケーキを添えておく。
「優君!グッジョブ!」
 そこに満点の笑顔が咲いた。

 数日後

「優君、彼から報酬が届きましたよ。なかなか彼は律儀ですね」
「彼というのは、木村さんですか?」
「えぇ、見てみますか?」
 そう言って差し出された報酬額の表記に唖然とする。
「これって……」
 超高額に愕然とし硬直していると、ノックと共に扉が開かれて太田さんが姿を現す。
「邪魔するよ」
「太田さん、今日はどうしたんですか?」
「この前の事後報告と思ってね」
「もしかして木村さんの件ですか?」
 何ともタイミングの良い事だろう。
「おう、その件だ」
「それでどうなったんですか?」
「木村慶司の持ち込んだ証拠が決め手となって、芥子川游子は無事逮捕となったんだが、精神異常で病院行きだ」
「木村さんはどうなるんですか?」
「調書の結果、木村は芥子川の詐欺に全く加担していないことが判明した。それから芥子川の硫酸事件についても、木村が事件に関与した証拠は何も出ず、結果無罪放免ってことになった」
 どうやら木村が思い描いた道筋で、今回の事件は幕を引きそうである。
「ということでまたな」
 太田さんはそれだけいうと言うと、用は済んだとばかりに帰ろうとしたので引き留める。
「太田さんお茶でもどうです?」
「ゆっくりしたいのは山々なんだが、事件が立て込んでてな、またの機会にさせて貰うよ」
 そう言い残して、そそくさと太田さんは帰って行った。
「……」
「優君、どうしたんですか?」
 ぼうっとしていた僕に、ルカさんが問いかける。
「いえ、今回の事件って結局の所、芥子川さんの容姿が発端だったのかと思って」
「というと?」
「もし芥子川さんの見た目が違っていたら、そもそも整形のために詐欺を働くことも無かったのかなって。そうすれば木村さんや、その彼女も悲しむ人がいなかったんじゃないかと」
「それは違いますよ。人生においてもしもは無い。それに見た目が良かろうが、悪かろうが、犯罪に手を染める人間は染めるし、どんな過酷な環境に育とうと真っ当に生きる人間もいます」
「んー、確かにそうですね」
「結局の所、自分が何を選ぶかが肝心なのではないでしょうか?」
 ルカさんの言葉を自分に置き換えて反芻する。
「見目麗しければ楽に生きられる?この前の本屋のことを思い出して下さい。そして私を見て下さい。見目麗しいというだけで、本を探していると言えばあの騒動です。何とも生き難いと思いませんか?」
「えーっと、ルカさん?もしかしてあれはわざと……なので?」
「あぁー美人は辛い辛い。そんな美女の下で働ける優君は、なんて幸せ者なのでしょう!」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「やめ……」
「却下します!」
 退職を即却下されてしまった。
 変なこと言わなければ本当に美人なのに、でもこれがきっとルカさんなのだろう。
 未だに僕がルカさんに気に入られている理由が全く分からないのだが、もう少しここで働いてみようと思う。
「優君ごめんなさーい(チラッ)、私が美人ですみませーん(チラッ)、スタイル抜群でずびばせん(チラッ)」
 嘘泣きで泣付いてきた。
 最速の前言撤回、
「あー、やっぱここ辞めようかな?」
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