治し屋

玖山李緒

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第2話

A or I

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 全く持って世の中は不条理である。
 世の中の、幸運と不運を司る天秤は一体いつ瓦礫と化してしまったのだろう。
 テレビから流れる、男性アーティストがまたミリオン達成という内容のトピックスに耳を傾ける。
 こう言った内容には、正直余り興味が無いのだが、最近自分に起こった出来事とつい比較して辟易してしまった。
 かたやミリオンヒットを量産する天才アーティスト、地位やお金満載の人生の勝者。
 僕に至っては、失った筈の右目を『治し屋』という怪しげな……いや妖しい『鳴海ルカ』という見目麗しい美女に出逢い、親友との繋がりと引き換えに右目が復元するという奇跡を体験した。
 結果として、何故だか気に入られた僕は『治し屋』に勧誘され、かなり割りのいい報酬に釣られて働く事となった。
 話だけ並べると、そんなに悪い出来事だけでは無いと思う人もいるだろうが、実際問題やりたくない事をやらざるを得ない状況というのは苦痛である。
 そんな事もあり、現在報道されている男性アーティストと比較し、性別以外全く持って共通点が無いなどと、とりとめのない思考を繰り出していた最中である。
「うーん行きたくない」
 諦め悪く、一秒でも長く彼女のいる教会へ行かない理由を捻り出そうとするが、残念ながら時間切れとなる。
「はぁー、そろそろ行かなければ……」
 仕方なく、ギロチン台へ向かう死刑囚の如く、重い足取りを引きずりながら部屋を後にする。

  ◆

「こんにっ……」
「待っていましたよ!」
 教会の扉が勢いよく内側から開き、食い気味に彼女が話しかけてきた。
「……」
 不覚にも、一瞬目を奪われて思考が停止してしまった。
 そんな彼女の装いは、前回会った時同様の肩口が大きく開いた白のブラウスに、グレーのフレアスカート、足元には黒のショートブーツという具合である。
 何かこだわりでもあるのだろうか?
 だがしかし、こうして鑑賞する分には、多くの人が絶世の美女と口を揃えて讃えるだろう。
 そんな彼女が、何がそんなに楽しいのか、極上の笑みを浮かべて僕を迎え入れてくれた。
「ほっ、本日から宜しくお願いします!」
 僕は何とか気を取り直して、挨拶を捻り出す。
「硬い挨拶はこれ位で、中へどうぞ。そんなに構える事はないですよ、まずは我が家兼事務所の案内からしましょう」
 彼女は踵を返して案内モードへ突入、全くマイペースな人だ。
「我が家?」

「フフフっ、ここに住んでいますよ。どうです?私のような女性がここに住んでいると思うと興奮したりしますか?」
 目をキラキラさせ、冗談なのか本気なのか分からない問いを投げかけてくる。
「そうですね、かつて無い殺意で大興奮ですよ。現行の法律では僕が不利になるのが残念です」
 すかさず皮肉の刀で淡々と斬り返す。
「実に愉快ですね優君は。その調子で頼みますよ!人生刺激が大切ですからねぇ」
 何がだよっ!と心の中で突っ込むが、これ以上喜ばれるのはシャクなのでグッとこらえる。
「さて、ここは事務所、優君もこの前来たから分かりますね。もし依頼者が来た場合ここで対応して貰います」
 彼女は、以前日高莉乃と訪れた教会内を指し示す。
「分かりました」
「では付いて来て下さい」
 すると、十字架のある祭壇の裏側に歩を進めた。
 そこには、焦げ茶色の重厚な木製扉が待ち構えていた。
「ここからが私の自宅になります、心の準備は出来ていますか?」
 僕の方に振り返り、真剣な表情で問う……が口の端から笑みが漏れているので、明らかにこれはからかっているのだろうと推測し返答する。
「逃げ出す準備なら万全です」
「ハハハ、その必要は無いですよ。しかし、生活スペースに人を案内するのは、優君が初めてですよ」
 そう言いながら扉を開くと、そこには二十畳程の広めのスペースに、壁に掛けられた約百インチのテレビ、こじんまりとはしているが高そうなアンティーク調のテーブル、その前に四人は軽く腰掛けられそうなソファー、更にその後ろにはアイランドキッチン、その周りに特大の冷蔵庫と食器棚が置かれていた。
 全体的に物が少ないせいもあり、生活感を排除されたモデルルームの様であった。
「ここがリビングで、基本ここにいる事が多いです。事務所に居なければこちらへ来て声を掛けて下さい」
「はい」
「このドアの奥が、倉庫、ゲストルーム、バスルーム、そして……寝室となっています」
 何故溜める、寝室だけ何故溜める……。
「この奥はまた
「ははは……では来世で」
 乾いた笑いで切り返すが。
「来世でも私に逢いに来てくれるのですか?なんて嬉し事を言ってくれるのですか」
 くぬぅーなんていい笑顔なんだ。
 結局墓穴を掘ってしまっと気付き、話題を無理矢理切り替える。
「それで、仕事は何をすればいいんですか?」
「基本は事務所で待機と接客になります、後は掃除と、私のおつかいですね」
「ちなみに、どんなおつかいですか?」
「食材や身の回りの物をお願いします」
 それくらい「自分で行けっ!」と思うが、報酬に目が眩んだ僕に選択肢は無く、心の叫びを呑み込む。
「他には何かありますか?」
「そうそう、いつもとは言いませんが一緒に食事をして欲しいです。独りの食事は味気ない物なので。勿論食事代は私持ちですので気になさらずに」
 確かに独りの食事は味気ないだろうが、彼女程の美貌があれば食事の相手など、引く手あまたであろうにと思考を巡らすが、まぁ色々あるのだろうと思考を手放す。
「食費が浮くのなら、僕としても助かります」
「良かった!ちなみに優君は料理できますか?」
「凝った物は無理ですが、ある程度は大丈夫です」
 僕は自立を目指しているので、まず節約の基本として料理は一通り覚えており、今現在も自炊している。
「では料理も時々作って欲しいのですが、どうでしょう?」
 正直料理は嫌いでないし、メリットが多いので快諾する。
「文句は言わないで下さいよ!」
「期待しています」
 その時一瞬、何故だか彼女の装飾めいた笑顔が、本物の優しい笑みになった様に見えた。
「それで、今日は何をすればいいのですか?」
「取敢えずお茶を入れてくれますか?お茶や食器類は、その辺から適当に使ってくれて構いませんので」
「暇なんですね……」
 本当にお給料を頂けるのだろうか?と先行き不安になってくる。
 それでも茶葉と急須を見つけ、普通にお茶を用意している自分の逞しさに感心する。
 入れたての緑茶を彼女に提供していると扉の外、事務所と定義付けされた教会方向から唐突に声が聞こえてきた。
「すいませーん!誰かいませんか?」
 どうやら若い男性の声の様だ。
「出勤初日に来客とは、優君中々持っていますね」
「はぁ、というか接客しなくていいんですか?」
「えぇ、それでは出迎えましょう。優君も一緒にね(キラッ)」
 ウインクをしなが茶目っ気たっぷりに僕を促す。
 不意打ちの表情に、美人は何をしても絵になるのだという感心と、この人面倒臭いかもという感想を結論付けて、彼女の後を追従し未知への扉を潜り抜ける。

  ◆

 そこには、黒のキャップを目深にかぶりマスクを着用、見るからに高そうな黒のジャケットに濃紺で宇宙をもしたTシャツ、ダメージジーンズという格好をした二十代中頃の男性がいた。
 顔が殆ど隠れていたが、どこかで見たことがあるような風体であったので、誰だろう?などと考えていると彼が口火を切った。
「ここは『治し屋』で間違い無いでしょうか?」
 良く耳に通る優し気な声で彼は聞いてきた。
「いらっしゃいませ『治し屋』へ、ご依頼の方でしょうか?」
 ルカの対応に、彼は安堵の表情を浮かべる。
「はいそうです。本当にあったんだ……」
 そりゃそうなりますよね、僕も経験者だから分かるが、荒唐無稽な噂話に怪しげな教会とくれば色々半信半疑にもなりますよ。
「ではご依頼を伺いましょう」
 すると彼はキャップとマスクを取り話し始めた。
「私の名前は井口衞イグチマモルといいます」
 井口衛といえば最近見たテレビで報道されていた有名アーティストである。
 ミリオンヒットを量産し、ミュージックチャート上位の常連で、映画やドラマに多くタイアップされており、それほど音楽に興味が無い僕ですら日常生活で衛の曲を聴かない日は無いといった具合である。
 そんな僕とは、明らかに住む世界の異なり、何でも手にできそうな衛が一体どんな依頼なのだろうか?
「ここでは、色々なものを治せると聞いてきたのですが本当でしょうか?」
「死んでさえいなければ可能です」
「それは心も治すことは出来ますか?」
 心?一体この人は何を言っているんだろうと思っていると。
「勿論可能です。ただし当人が持っていないモノは治せません、あくまでこれは『治す』行為であって、洗脳や催眠術の類ではないので」
 ルカさんの説明に、そんな事も出来るのかと、驚きを隠せずにいる僕を置き去りに話は続く。
「ただしその代価として、貴方にとって同等の『大切なモノ』が失われます。そしてこれは注意点ですが、『大切なモノ』は誰にも選択できません、当然私自身もそれに含まれます。あともう一つ、これはしっかり覚えておいて下さい」
 ルカさんの最後の言葉の念押しに気圧される衛を見て、僕の時と説明が少し違うのは何故だろうと疑問を浮かべていると、ルカが衛に見えない角度で僕にウインクしてきたので、これは何かあるのだろうと察し、疑問を一旦思考の片隅に追いやる。
「代価は何でも構いません!お金はどれ位かかりますか?」
「特に必要はないですが、置いていく分にはお止めしません」
「ではこれで」
 そう言うと衛は、かなり厚みのある封筒を懐から取り出しルカに手渡した。
「中々貴方は豪勢ですね。はいっ優君」 
 無造作に手渡された封筒の重みに、あわあわして中身が見えてしまい僕は思わず絶句。
 そこには一万円の束が数個あった。白い帯に巻かれていたので、恐らく百万円位であろうと予測する。
 そりゃ、普通の大学生が百万円なんて目にする機会なんてそうそう無いですよ。
「では本題に入りましょう、それで何を治せばいいのでしょうか?」
 真剣な眼差しで衞が答える。
「彼女、妻の秋山友梨の心を治して欲しいんです!」
「秋山友梨ってあの人気女優の?」
 僕は思わず声を出していた。なんせ秋山友梨はモデル出身の人気女優で、彼女を掲載した雑誌は売り上げが常にトップ、化粧品のシーエムに出演すれば即完売、映画やドラマも視聴率上位の常連、また女性のなりたい顔ナンバーワンを三年連続獲得し最近殿堂入りしたという誰もが羨む女性だったからだ。
 そんな秋山友梨が衛と結婚していたなんて、かなりセンセーショナルな内容である。
「もう少し詳しく伺えますか?」
 ルカさんは、そんな事には興味がないのか淡々と話を進める。
「あっはい、すいません」
 つい焦り過ぎてしまったという表情をしていたが、一縷の望みを託して訪れて見れば、欲しいモノが目の前に吊り下げられれば誰でもそうなるだろう。
「妻とは幼馴染でして、友梨の事なら子供の頃からよく知っています。とても優しくて、思いやりがあって、今みたいに人気女優になっても驕る事なく、誰に対しても全然態度が変わらず、本当に良く出来た人間でした。それがある日、友梨が仕事から家に帰って来ると、まるで親の敵にあったような憎しみのこもった目で私を見てくるのです。余りの変貌ぶりに、訳を聞こうと努めましたが全く話を聞いてくれません。それどころか、今では連絡もつかず殆ど家に寄り付かないので、心配して友梨のマネージャーに確認を取ったら、酒や男といった夜遊び三昧で、そのスクープに事務所も対応を追われているとの事でした」
 一通り話終えた衛は、最初に見た時より疲弊し数歳年を取ったように見えた。
「これは興味本位の質問ですが、貴方に心当たりは無いのですか?」
「ありません、ですから何が何だか……。友梨はそんな事をするような人間じゃないのに」
 衛は頭を抱えながらうずくまった。
「一つ、彼女が元々そういう気質で、今迄抑圧していたモノが一気に爆発したという事は?」
 ルカさんは、感情の籠っていない声で質問を投げる。
「子供の頃からの付き合いだから、流石にそれはないと思います」
「ではまとめると、秋山友梨の心を元の状態に戻す、というのが今回の依頼でいいのでしょうか?」
「はいお願いします」
「分かりました、ではそこに立って下さい」
 衛はルカに言われるままに、立ち上がり祭壇の前にその身を晒す。
 ルカは左手をすっと上げ衛にかざす。
契約コントラクトス
 あの時と同じだ、ルカさんの両目と左掌が蒼い炎に彩られ、神秘的な世界を創り出す。
 僕の右目は現実世界を変わらず捉えていたが、左目はルカと同じ蒼い炎に染め上げられ、蒼い世界を共有する。
 前回とは違い、この蒼の世界が何故だか、とても切なく温かいモノの様に体全体で感じられ僕の存在感が一瞬薄れる。
 ふっ、と現実世界に呼び戻されると、そこには先程と同じ位置に衛と、僕を驚きの目で見つめるルカさんがいた。
 しかしそれも束の間、驚きから回復したルカさんが衛に終了の合図を送る。
「これで完了です!家に帰ってみるといいでしょう」
「あっ、ありがとうございました」
 どこか呆けた感じの衛は、感謝を述べ背を向け歩き出した。
 しかし、どこか違和感を感じる僕は衛の背に声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、すこぶる快調だよ」
 その言葉を聞いた僕は、なんとなく先程の衛とは別のモノになってしまったのだと分かってしまった。
 そしてこれが代価を払う事なのだと改めて理解した。
 いや、実際契約を経験した僕は、頭では理解していたが、心が追い付かないというのが正解だろう。
 僕の人生は失ってばかりなので、『諦める』と『受け入れる』という能力はかなり自信がある。
 きっとこの心の穴も、あっという間に埋まるだろう。
 するとルカが、衛に対する無関心な視線とは対照的に、真剣な眼差しで僕に問いかける。
「優君、今何か変わった事はありませんでしたか?」
 いつもとは何か雰囲気が違うルカさんがそこにいた。
「……前回同様にルカさんの両目と左掌が蒼い炎に彩られて、僕の左目にルカさんと同じ蒼い世界が見えました」
「他に変わった事はありませんでしたか?」
「はっきりとは分かりませんが、蒼に包まれる感覚が少しありました」
「そう……なのですね。いやありがとう」
 少し残念そうだが、纏っていた空気がふわりと戻り、何か企んでいそうな満面の笑みで
「優君、お茶にしましょう!」
 不意に意地悪で自分で入れて下さいと言おうとしたが、それが余りにも自然な言葉に聞こえたから、釣られて僕も答えてしまう。
「そうしましょうか」

 ◆

 数日後。
 最近日課となりつつある教会への出勤をしていると、思わぬ来訪者が現れた。
「ここは『治し屋』でしょか?」
 驚いた事にそこには、秋山友梨がいた。
 流石なりたい顔殿堂入り、品のある美しさと言えばいいのだろうか、間近で見るとより人気が出るのも当たり前だと納得してしまうものがある。
 但しそれも、『井口衛』の話を聞いてなかったらという前提である。
 特に秋山友梨のファンというわけではないが、僕の中の彼女の株価は暴落である。
 そんな独断と偏見で塗り固められた評価はさておき、お仕事をしなければ。
「はいそうです、ご依頼でしょうか?」
「どうか、どうか夫の心を治して下さいッ!」
 あれ?これは既視感デジャヴかな?と若干混乱していると奥からルカさんが登場する。
「んっ、お客様ですか?」
 友梨が、一瞬ルカさんに目を奪われるが、本題を思い出し話始める。
「私は秋山友梨といいます、夫の井口衛の心を治して下さい!」
を伺いましょう」
 右手の人差し指を僕の口元に翳すことで、何か言いたげな僕の全てを制し友梨の話を進める。
 ルカさんの言葉に何か違和感を感じる。
 そう何故ルカさんはではなくルビと言った?
 そんな僕の疑問は置き去りに、話が進む。
「ある日彼が仕事から帰って来ると、別人のようになっていました。何と言っていいか難しいですが、私をまるで他人でも見るかのような感じ見てくるのです。どうしたのかと話し掛けても、酷く鬱陶しそうで全く話を聞いてくれません。次第に家に殆ど帰って来なくなりました。心配して彼のマネージャーに様子を聞いてみると、今は衛の女性関係のトラブル処理で事務所が追われて大変だということでした」
「何か貴方が彼にしたのでは?」
「それが私には全く思い当たる事が無いのです。突然の変貌に、どうしたものかと途方に暮れていました。しかし自宅のパソコンにここの事を調べた検索履歴があり、もしかしたら衛を、元の優しかった衛に治せるかもしれないと思い来させて頂きました。どうか夫を、衛を治して下さいお願いします!」
 これが代価の結果だということは、僕には分かるが友梨にはどう伝えればいいのだろうかと考えていると、ルカさんが少し面倒くさそうに話し始めた。
「確かに、ここであれば貴方のご主人の心を治す事は可能です、いや正確には可能だったと言った方が正確です」
「だった……、それはどういう事ですか?」
 そうである、ルカさんならばそれは可能なはずである。実際それを、間近で目撃している僕がいるのだから出来ないはずはない。
 それを察したのか、僕の機先をルカさんが目配せで制す。
「ではこれはアフターケアということで説明しましょう」
「アフターケア?」
 僕と友梨の疑問が重なる。
「貴方は以前に、ここを訪れています。そして今と同じ依頼を私にしてきた。恐らく代価の影響で、記憶に改ざんが生じているのでしょう。間違いなく貴方の依頼は完了しています」
「……」
「その時に聞いた話は確か、将来を誓い合った幼馴染の二人であったが、先に夢を叶え女優として成功してしまった貴方。それにも関わらず約束を守り、当時売れないミュージシャンの彼と結婚し支える事を決意。しかしその後、彼が貴方の為に作った曲が大ヒットしスター街道に。次第にお互い忙しくなりいつのまにか溝が生じる。主に彼が天狗になり、遊びを覚え浮気三昧に。それもいずれは納まるだろうと考えていた貴方だったが、益々エスカレートするばかりの彼を見兼ねて、ここ『治し屋』へ来店という具合です」
「どうして曲の事を?マスコミにも知られていないのに」
 それは、衛から聞いた内容にも無いものであった。
 つまりルカさんが話している内容は、事実であると証明された。
「これは以前に、貴方から直接聞いた話なので知っていて当然です」
 どうやら友梨も理解し始めたようである。
「それでも、再び心を治せない理由にはならないのではないですか?」
「いいえ、貴方は肝心な事を忘れています」
 ルカさんにしては鋭い視線を友梨に投げ掛ける。
「一度治したものはと言ったはずです」
 嗚呼成程、それで合点がいった。衛の依頼の際に、ルカが僕に合図を送って来たのはこの事を伝えていたのかと。
「それではもう、衛を治す事は出来ないというのですね」
「残念ですが、そういう事です」
 ルカさんの最終宣告を受けた友梨は、無言のまま重い足取りを引き摺りながら帰って行った。

  ◆

 更に数日後。
「ルカさーんっ!」
「元気ですね(ニコッ)、そんなに急いでどうしました?」
「テレビ見ましたか?」
「いえ今日はまだ見ていませんが」
「秋山友梨さんと井口衛さんが無理心中で死んだそうですっ!」
 テレビの緊急速報から流れる、突然の訃報に驚きを隠せず、気付けばここへ走り出していた。
 しかしルカさんは、どこか冷めて諦めた感じで僕に答える。
「人間とは愚かですねぇ」
 淡々としたその言葉の真意を測れず戸惑っていると、それを察してくれたルカさんが話し出す。
「そもそもあんな依頼は人に頼るものではないのですよ。本当に愛しているのであれば、何度でもぶつかればいい、それでも駄目ならば新しい道を選択してしまえばいいのです」
「それはそうですが……」
「愛情とは、人を生かしもするが殺しもする。だからそのコントロールが非常に難しい。何世紀も愛情を育んでいるのに、未だに彼らの様な人間が生まれる。これが愚かでなくてなんだというのでしょうね?」
 その問いに、今の僕にはまだ返す言葉が見つからない。
「まぁ、優君とならば死んでしまっても構わないですがねっ(キラッ)」
「お独りでどうぞ」
 いつもの、嘘とも冗談ともつかない装飾スマイルで、言葉の本質を誤魔化された感は否めないが取敢えず今はこれで納得しておく。
「全く、簡単に死ねるなんて羨ましい限りです」
 物騒な呟きは、聞こえなかった事にし、ふと僕も呟く。
「はぁ~、やっぱりここ辞めようかな」
 僕の本当に小さな囁きにルカさんが敏感に反応する。
「優君、それは却下します」
 はぁ~、僕の未来は何処へ行くのだろうか……?。
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