40 / 43
最終章 最終決戦
第40話 勝利を捨てた女。
しおりを挟む「……あーあ、負けちゃった」
「母さん!」
俺は母さんに近寄った。既に息絶え絶えといった様子だった。
どうして、こんな状態になるまで戦ったんだ。
服の内側から見える肌は、見るに堪えない程にむごくて、直視できない程に、肉体は深刻なダメージを受けていた。もう……死にそうだった。
《八咫烏》を使ったのは、これが初めてじゃなかったんだ。
そして、今のが……最後の賭けだった。
最初で、最後の八回攻撃。
全てを躱した今、反撃の手段は残されていなかった。
「母さん、どうしてそこまで」
「父さんは、魔族に殺されたわ」
「……」
よくある話だった。
俺もそうなのかな、となんとなく考えていた。
母さんは独り身で、冒険者。
父さんの存在はあまり俺もよく知らなかった。
「魔族への怒りは、強い憎悪へと変わった。母さんはね。勝利を捨てていたの。最初から」
「勝利を……捨てて?」
「そうね。冒険者として、確実に力を付けていく時、ふと気が付いた。この力は勝利する為ではなくて、魔王を如何に傷つけられるか。それだけを考えていた」
娘の死は何よりも辛い。
仲間の死は、自身の身体のように苦しい。
「徹底的にやってきたけど、結局息子に止められたんじゃ、意味が無いわね。ここにグラスが現れた時点で、私の敗北は決まっていた」
愛する人を殺される気持ちはよくわかる。
ラケナリアが死ぬ度に、死と同義の絶望感を味わった。
母さんが、父さんを失った時もきっとそうだったんだ。
魔族に最愛を殺された人は、誰だって強い憎悪の念を抱く。母さんは偶然、その憎悪を解放する手段を持ち合わせていただけに過ぎなかったんだ。
「でもさ、母さん。確かに魔族と人族は、これまで多くの命を奪い合って来たけれど……でも、きっとそれ以上に新たな命を育んで、共に生きていけるはずなんだ」
俺はラケナリアを見た。
「彼女と過ごした日々は、出会ってからの一日は、普段より数段楽しくて新鮮な感覚に包まれて、一緒にいて話すだけで、何よりも幸せになれたんだ」
母さんはそれを知らない。
魔族を一括りに考えた弊害だ。
「母さん。俺は魔族を憎まないし、恐れない」
「そう、それが、貴方の意見なのね」
俺は自分の思いを伝えた。
これで伝わらなくても、思いを伝えられた。
それだけで、今は十分だった。
「母さん。傷の手当てをしないと。血が出てる」
「大丈夫、母さんはもう死ぬから」
「それは、どういう」
「グラス、離れて! その人……爆弾を!」
片手を持ち上げた。
超高密度の魔力が籠っている。
あれを放出して、魔力を熾したら。
ここら一帯が、塵になって消える。
自分すら、犠牲にして、魔族を殺すつもりだったのか。
そうか、最後の一撃を防がれた瞬間、自爆する事は織り込み済みだったんだ。例え倒せなくても、せめてもの爪痕を残すつもりで。
嗚呼、最悪だ!
『クロノリング』は機能しない。魔法での転移も、全員を避難させるのは不可能だ。魔族と人族、全員が寄り集まった場で、どちらかを選択しなきゃいけないなんて。
そんなの間違ってる、絶対に間違えている!
俺は、二回の『跳躍』でここまで来た。
この未来を勝ち取ってきた。
今更この平穏を手放してたまるものか!
「『我が身は時空の剣』『如何なる敵も打ち破る矛を抱く』『来る審判の瞬間』『身を砕き地の礎に帰す』『終焉の歴史を刻む者』」
魔力を熾す。同時に【神装派】を構える。
魔力との混合技、継承した技ではない、オリジナルの剣技。
今ここで、先祖を超える!
「『英雄は刻む』『破邪の光』『来たれ勇者の一閃よ』」
俺は全てを救って、皆で家に帰るんだ!
「【神装派・第零秘刀】『絶無』ッッ!!」
空間を切り裂く。
その空間の狭間は『無』。
時間と空間という概念すらない全くの無。
その場所に、爆弾は消失する。
物体としての構成情報が消え失せる。
爆弾としての能力が失われる。
残されたのは静寂。
爆弾という存在を、この世から消し去った。
「はぁ……はぁ」
今ので、上手くいったのか?
どうだったかな。
「す」
「酢なら買ってない……っとと」
「凄いわグラス。流石、私の旦那様ね」
倒れた俺をラケナリアが支える。
指先からかかとまで、一切力が入らない。
なんだこの疲労感、そして虚無感は。
魔法の後遺症ってやつか。
知らんけど。
「とりあえず、母さんを早く救ってあげてくれ」
「分かったわ。すぐに『転移』で連れて行く!」
こうして、一連の事件は幕を閉じた。
0
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
異世界に行けるようになったんだが自宅に令嬢を持ち帰ってしまった件
シュミ
ファンタジー
高二である天音 旬はある日、女神によって異世界と現実世界を行き来できるようになった。
旬が異世界から現実世界に帰る直前に転びそうな少女を助けた結果、旬の自宅にその少女を持ち帰ってしまった。その少女はリーシャ・ミリセントと名乗り、王子に婚約破棄されたと話し───!?
最底辺の落ちこぼれ、実は彼がハイスペックであることを知っている元幼馴染のヤンデレ義妹が入学してきたせいで真の実力が発覚してしまう!
電脳ピエロ
恋愛
時野 玲二はとある事情から真の実力を隠しており、常に退学ギリギリの成績をとっていたことから最底辺の落ちこぼれとバカにされていた。
しかし玲二が2年生になった頃、時を同じくして義理の妹になった人気モデルの神堂 朱音が入学してきたことにより、彼の実力隠しは終わりを迎えようとしていた。
「わたしは大好きなお義兄様の真の実力を、全校生徒に知らしめたいんです♡ そして、全校生徒から羨望の眼差しを向けられているお兄様をわたしだけのものにすることに興奮するんです……あぁんっ♡ お義兄様ぁ♡」
朱音は玲二が実力隠しを始めるよりも前、幼少期からの幼馴染だった。
そして義理の兄妹として再開した現在、玲二に対して変質的な愛情を抱くヤンデレなブラコン義妹に変貌していた朱音は、あの手この手を使って彼の真の実力を発覚させようとしてくる!
――俺はもう、人に期待されるのはごめんなんだ。
そんな玲二の願いは叶うことなく、ヤンデレ義妹の暴走によって彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。
やがて玲二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。
義兄の実力を全校生徒に知らしめたい、ブラコンにしてヤンデレの人気モデル VS 真の実力を絶対に隠し通したい、実は最強な最底辺の陰キャぼっち。
二人の心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。
異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜
山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。
息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。
壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。
茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。
そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。
明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。
しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。
仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。
そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる