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最終章 最終決戦

第40話 勝利を捨てた女。

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「……あーあ、負けちゃった」
「母さん!」

 俺は母さんに近寄った。既に息絶え絶えといった様子だった。
 どうして、こんな状態になるまで戦ったんだ。

 服の内側から見える肌は、見るに堪えない程にむごくて、直視できない程に、肉体は深刻なダメージを受けていた。もう……死にそうだった。

 《八咫烏》を使ったのは、これが初めてじゃなかったんだ。
 そして、今のが……最後の賭けだった。

 最初で、最後の八回攻撃。
 全てを躱した今、反撃の手段は残されていなかった。

「母さん、どうしてそこまで」
「父さんは、魔族に殺されたわ」
「……」

 よくある話だった。
 俺もそうなのかな、となんとなく考えていた。

 母さんは独り身で、冒険者。
 父さんの存在はあまり俺もよく知らなかった。

「魔族への怒りは、強い憎悪へと変わった。母さんはね。勝利を捨てていたの。最初から」
「勝利を……捨てて?」
「そうね。冒険者として、確実に力を付けていく時、ふと気が付いた。この力は勝利する為ではなくて、魔王を如何に傷つけられるか。それだけを考えていた」

 娘の死は何よりも辛い。
 仲間の死は、自身の身体のように苦しい。

「徹底的にやってきたけど、結局息子に止められたんじゃ、意味が無いわね。ここにグラスが現れた時点で、私の敗北は決まっていた」

 愛する人を殺される気持ちはよくわかる。
 ラケナリアが死ぬ度に、死と同義の絶望感を味わった。

 母さんが、父さんを失った時もきっとそうだったんだ。
 魔族に最愛を殺された人は、誰だって強い憎悪の念を抱く。母さんは偶然、その憎悪を解放する手段を持ち合わせていただけに過ぎなかったんだ。

「でもさ、母さん。確かに魔族と人族は、これまで多くの命を奪い合って来たけれど……でも、きっとそれ以上に新たな命を育んで、共に生きていけるはずなんだ」

 俺はラケナリアを見た。

「彼女と過ごした日々は、出会ってからの一日は、普段より数段楽しくて新鮮な感覚に包まれて、一緒にいて話すだけで、何よりも幸せになれたんだ」

 母さんはそれを知らない。
 魔族を一括りに考えた弊害だ。

「母さん。俺は魔族を憎まないし、恐れない」
「そう、それが、貴方の意見なのね」

 俺は自分の思いを伝えた。
 これで伝わらなくても、思いを伝えられた。
 それだけで、今は十分だった。

「母さん。傷の手当てをしないと。血が出てる」
「大丈夫、母さんはもう死ぬから」
「それは、どういう」
「グラス、離れて! その人……爆弾を!」

 片手を持ち上げた。
 超高密度の魔力が籠っている。
 あれを放出して、魔力を熾したら。

 ここら一帯が、塵になって消える。
 自分すら、犠牲にして、魔族を殺すつもりだったのか。

 そうか、最後の一撃を防がれた瞬間、自爆する事は織り込み済みだったんだ。例え倒せなくても、せめてもの爪痕を残すつもりで。

 嗚呼、最悪だ!
『クロノリング』は機能しない。魔法での転移も、全員を避難させるのは不可能だ。魔族と人族、全員が寄り集まった場で、どちらかを選択しなきゃいけないなんて。

 そんなの間違ってる、絶対に間違えている!


 俺は、二回の『跳躍』でここまで来た。
 この未来を勝ち取ってきた。

 今更この平穏を手放してたまるものか!

「『我が身は時空の剣』『如何なる敵も打ち破る矛を抱く』『来る審判の瞬間』『身を砕き地の礎に帰す』『終焉の歴史を刻む者』」

 魔力を熾す。同時に【神装派】を構える。
 魔力との混合技、継承した技ではない、オリジナルの剣技。

 今ここで、先祖を超える!

「『英雄は刻む』『破邪の光』『来たれ勇者の一閃よ』」

 俺は全てを救って、皆で家に帰るんだ!

「【神装派・】『絶無』ッッ!!」

 空間を切り裂く。
 その空間の狭間は『』。

 時間と空間という概念すらない全くの無。
 その場所に、爆弾は消失する。

 物体としての構成情報が消え失せる。
 爆弾としての能力が失われる。

 残されたのは静寂。
 爆弾という存在を、この世から消し去った。


「はぁ……はぁ」

 今ので、上手くいったのか?
 どうだったかな。

「す」
「酢なら買ってない……っとと」
「凄いわグラス。流石、私の旦那様ね」

 倒れた俺をラケナリアが支える。
 指先からかかとまで、一切力が入らない。
 なんだこの疲労感、そして虚無感は。

 魔法の後遺症ってやつか。
 知らんけど。

「とりあえず、母さんを早く救ってあげてくれ」
「分かったわ。すぐに『転移』で連れて行く!」


こうして、一連の事件は幕を閉じた。
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