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最終章 最終決戦
第39話 本当のラスボスは。
しおりを挟む「母さん……」
俺は母さんを知らなかった。
知っているつもりで、何も知らなかった。
母さんは冒険者だった。常に勝利を求めて、前へ前へと歩んでいく姿が好きだった。俺が冒険者という職に固執し続けられたのも、母さんの存在が大きかった。
Fランク冒険者は正直に言えば、収入はあまり良くなかった。毎日最低限を食いつないでいけるだけの生活を続けていた。リーリアに毎日心配されていた。それでも、冒険者稼業を続けてこられたのは、母さんのおかげだ。母さんへの憧憬が今の俺なんだ。
マンサク=ベルリオス。現存する、唯一のSランク冒険者。
「あーつまんない、つまんない。どっちかが死ぬまで戦ってくれなきゃ、集まってくれた皆に悪いよね、母さん的には、グラスに殺して欲しかったけど……なんてね」
母さんは壊れていた。
この状況を傍から見て、面白がっていたんだ。
「どうしてだよ、母さん」
「何が。イベリスにそこの娘を殺させようと仕向けた事? それとも、人族と魔族が全面戦争に陥るように取り計らった事? まあ、それもグラスのせいで全部無駄になったけどね。まさか、育て親を殺すとは思わなかったわ?」
殺させたのは母さんだろ。
怒りが込み上げた。
同時に悲しくもなった。
「母さん。俺は、なんて言われようと、俺のやるべき事を変えるつもりはない。リアが死なない未来を掴み取る。人族と魔族が、平和に暮らす世の中を勝ち取って見せる」
「堂々とした反抗期ね。貴方にグラジオラスという名前を与えたのは、別にこの為じゃないんだけど。魔王をぶっ殺してくれなきゃ、気が済まない」
短く切り揃えられた黒髪をさっと払う。
垣間見えた双眸は、冷たく冷え切っている。
まるで、実の息子ですら殺すのを厭わないというように。
「どきなさい。じゃなきゃ殺すわよ」
「どかない。絶対に殺させない」
「ああ、そう。なら……纏めて」
刀を構える。手加減をしようと考えるな。相手はSランク冒険者、あのグロリオサよりも遥かに強い、人族最強の存在だ。まして躊躇したら、簡単に首が斬り落とされる。
「今だけだ。協力しようではないか、グラジオラス」
「それが一番、みたいだな」
魔王の横で俺は臨戦態勢を取る。
まさか魔王と共闘する日が来るとは思わなかった。
その横で、更にラケナリアが魔力を熾す。
「私も戦うわ」
「だめだ。後ろで見てろ」
「人の親子喧嘩にちょっかいをかけたのだから、私が関与しても問題ないわよね? 無理って言われても、私勝手に戦うから!」
お前が関わらせたんだろうが。
と鋭いツッコミを入れそうになって自重する。
公開の面前でキスをするキス魔め。
こうなったらラケナリアは梃子でも動かないぞ。
くそ、なるようになりやがれ。
「【神装派・第六秘刀】《六神通》」
思考を加速させ万が一に備える。
この技は先祖代々伝わる技、母さんが使えない訳がない。刀を抜き、空気の質量が急激に増していく。凍てつくような視線に晒されて、息が苦しくなる。
「【神装派・第八秘刀】」
第八秘刀!?
母さんの口から飛び出した言葉は正に絶望の宣告に等しかった。
あの技はまずい。
八つある奥義の最終の型。
あれは物理法則を無視という次元を超える。
慣性を無視した、連続攻撃。
一撃必殺級の技が、連続して八回飛んで来るんだぞ。
どうする、どうする、どうする……!
いや落ち着け。大丈夫だ。
あの技が、技後硬直が長い上に、使用者に極度の疲労感を与える。人の理を踏み外す行為に、何一つ代償が無い訳じゃない。
攻撃を八回防げれば、俺達が勝てる。
空間が軋み揺れる。母さんの周囲から、黄金のオーラが立ち込めた。空気がざわめく。魔力が渦を巻いて押し寄せる。
一撃目は、俺が止める!
引き延ばされた時間の中、必死に刀を握った。
「来い!」
「《八咫烏》ッッ!!!」
音を置き去りして、母さんが飛び込んでくる。
最初の狙いは俺か、心底タチが悪い。
俺を削り切った後に、魔族を殺す気なのか!
「はあああッ!」
金属と金属が軋めき合う。研ぎ澄まされた一撃は、まるで大岩を切り裂くような抵抗感と重厚感、受け止めるだけで、全身の筋肉が痛みを放っていた。
攻撃を何とか逸らした。
俺は一旦取って距離を取る。
「は?」
母さんが俺の背中にぴったりと張り付いていた。
さっき通り過ぎて、距離を取ったはず。
いや、違う。今のは物理法則の超越。
慣性キャンセル。何も空間を文字通り『蹴って』、俺の背中から距離を詰めたんだ。最初の一撃はあくまで俺のバランスを崩すのが目的。
本命は、二撃目かッ!
「させないっ」
俺に『転移魔法』をかけた。
ラケナリアの好援護のおかげで、二撃目は空振り。
Vの字のターンで三撃目が迫る。
「魔法『眩惑』」
複数の像の生成。
魔王の魔法によって囮が生み出された。
《四桜吹雪》のような全体攻撃と違って、《八咫烏》は一撃必殺のタイプ。的を増やせば増やす程、相手の空振りを誘う事が出来る。
剣技を止めるではなく、避ける作戦を取っていた俺の動きを、横から見ていた魔王が咄嗟に合わせてくれたのだ。流石の連携、流石の実力だな。
「【神装派・第七秘刀】《七雷斬》」
四回目、五回目の斬撃を難なく躱せた。
しかし、今の一連の行動で、作り出した像の動きに確かながら違和感を感じ取っただろう。その齟齬こそが、本物を見つける手助けになる。
見逃している風をして、見逃されていただけだった。そんな可能性も十二分にあり得るのだ。俺は油断なく、俺に出来る最大の秘刀を繰り出した。
六回目が来る。
狙っているのは、また俺か……!
「魔法『稲妻』ッ!」
カトレアの魔法が炸裂する。
影響が及ばない後方まで退避しつつ、的確な位置から雷撃を放った。単なる放電ではなく、発生する磁力すらも見事操りきって、刀の軌道を強引に変えた。
俺は動きを見抜いてから瞬時に退避する。
後二回。
「『雷雲の空』『地を統べる刻』『下る制裁の槍』」
カトレアの魔法詠唱。
「『漆黒の空』『絶望の彼方』『誘いし虚無の闇』」
魔王の詠唱。
詠唱魔法を瞬時に完成させる。それも、一秒で全て語り魔力を紡ぐかのような高速詠唱。時間を操作した強引な短縮技術だろうか。俺には分からない。
ただ、世界最高峰の技術がそこにつぎ込まれている気がした。
「───魔法『雷槍』」
「───魔法『堕天』」
大地が抉れる程の全力火力。母さんが冷静に剣を振るった。豆腐を刻むかのように易々と魔法の中枢から斬り飛ばして、無力化する。爆発の中心地にいながら、無意味。
正に、無敵の象徴。
だが、たった一回。
次を防げば理論上勝てるはずだ。
本当にそうなのだろうか。
あれ程の力をもっているなら、ここまで大袈裟な舞台を用意する必要があったのだろうか。魔王の対峙して、母さんが負ける未来が見えなかった。故に、母さんが狙う本当の結末を俺は知りたくなった。何を望んでいる、何をそこまで。
関係ない。次を全力で止める……ッ
来る。
見え透いた直線的な攻撃。
俺の刀が向かい入れる。
ガツンと衝撃が脳を揺らした。
死への執念が刀身から伝わってくる。
母さんの目は、いつしか血走っていた。
鼻や目から血を吹き出し、物理に抗っている。
身体への負担がでかすぎるんだ。
「もうやめろよ、母さん!」
「う、うあああああっ」
どうしてだ、どうしてそこまで!
「「あああああああああっ」」
力と力をぶつけ合った。
俺は弾き飛ばされそうになる。
しかしその寸前で、魔王が後ろから助太刀した。
剣と刀が、二人分の力となって、母さんの剣を押し出す。
弾いた、今がチャンスだ。
「【神装派・第一秘刀】《一閃華》ッ!!」
避けない。
まだ避けない。
まだ、避けなかった。
無敵だと思っていた。
でも、最後はただの人族だった。
あまりもあっけなく、俺の斬撃は、母さんの脇腹に直撃した。ほんの牽制の一撃が、完全に勝負を決定づけた形となった。
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