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最終章 最終決戦

第36話 愛の告白。

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「大変なんです」

 カトレアが魔界から戻ってきた日。
 俺達は衝撃的な事実を突きつけられた。

「人族のスパイがいる?」
「そうなんです。どうも、魔界を裏から操る謎の人物が暗躍しているとかで。特に、魔界を内乱に貶めようと画策したり、人族と魔族の戦争を巻き起こそうと狙っているとか」
「それは確かな筋からの情報か」
「はい。私自らおど……尋ねて得た情報です」

 今脅すって言いかけたよね。

「既に魔族の中には、怪しい動きをしている者がちらほらいました。その人族の息が既にかかっているかもしれません」

 その人物こそ、黒幕である可能性が高いな。

「その人の特徴とかは分からないのか?」
「性別も判断がつかず、フード付きのケープを顔が見えないくらい目深に被っていたそうです。上手く誘い込まれて、手駒にされていたみたいで」
「族は何人だ。一人なのか?」
「ええ。何人かに尋ねましたが、いずれも同じ答えが返ってきました。その可能性が高いでしょうね。あ、あともう一つ情報が」


「その人は、冒険者である可能性が高いです」


 魔界でたった一人で行動。
 思考を誘導し、搔き乱す謎の人物。

 その人が冒険者であっても不思議はない。
 それなりの強さがないと向こうでは生きていけない。

「なら、簡単に割り出せるだろう」

 グロリオサが、それはいい事を聞いたと手を叩く。冒険者の中でもトップクラスの実力を持つ彼女ならではの作戦を思いついたのかもしれない。

「なんですか」
「リーリアに聞けばいい」

 ああ。なるほど。


「どうしてそんな大事な事を黙っていたんですか!?」
「あーあ、愛しの彼に隠し事されてちゃ、落ち込んじゃうよね。ちゃんと謝ってあげなさいよ、リーリアを泣かせたんだから」

 リーリアとラベンダーにも相談を持ち掛けた。
 下手な隠し事は悪手だ。この際全て打ち明けた。

「い、愛しの彼ってそんな!」
「はいはい、いちいち照れてないで調べるわよ」

 流石ベテラン受付嬢ラベンダー。構え方が、こうどっしりしているというか、動じた様子がないのは流石だ。

「完全に職権乱用です、ありがとうございましたっと」

 資料を探して、該当する人物を探していく。

「魔界で一人潜伏出来るだけの人物は限られてくる。Aランク以上は確実ね。後は……そう、現在行方不明、所在が分からない人物が怪しいとすると」

「あっ」リーリアが探す手を止めた。
 一枚の羊皮紙を手にしている。

 だが、その手は小刻みに震えていた。
 まるで、見てはいけないパンドラの箱を開けてしまったような。遅れてやってくる自責の念に押しつぶされそうになりながら、必死に胸を押さえた。

「こ、これは……」
「何。何見つけたのよ」
「でも、そんな」

 俺も気になってきた。
 身を乗り出して、その資料を見る。

 え?

 俺は思考が止まった。
 今度こそ、世界が真っ白になるのを実感した。

 信じられない。
 でもそれしか考えられない現実。

「母さん……?」

「マンサク=ベルリオス」

 俺の本当の母親だ。

 何故イベリスはラケナリアを殺そうとした?
 それは、母さんに……唆されたからだ。

 母さんは、魔族の混乱、そして滅亡を望んでいる。

『母さんはね、お花が好きなの。分かる、お花? 世界中のいろんな場所を冒険していろんな花を見て来たわ。その中で一番好きだった花はグラジオラス……花言葉は、勝利よ』

 母さんは勝利を渇望していた。
 目指すは勝利、"人族の勝利"それだけだ。

 母さんは勇者みたいな人だった。
 凄く強くて格好がいい。

 でも、勇者ってなんだ。
 英雄譚に出てくる勇者は何を成し遂げる?

 物語の結末は、往々にして魔王の討伐だ。
 つまり、ラケナリアの父親を殺す事だ。

 母さんは、魔王を討伐する事に固執している。
 同時に手段を選ぶつもりも毛頭無かった。

 ラケナリアの暗殺。
 人族と魔族の全面戦争。

 全て魔王への揺さぶりなんだ。
 今度は何を仕掛けて来るか分からないぞ。

 最悪の場合、俺がまた───。
 母さんを、殺すしか……っ。


「ふふ、ふふふふふ……っ」

 ラケナリアが笑っていた。
 端的に言えば、おかしくなった。

 壊れちゃった。

「私……って、天才よね」

 ふふふ……ふふふふふっ。

「完璧な方法を思い付いたわっ!」

 我が家の居候、ラケナリアは。
 人族の文化に触れ、人族の言葉を理解し、人族として圧倒的な成長を遂げてきた。

 俺は彼女の天真爛漫さが好きだった。
 シリアスに落ち込もうとする場面を、常にその奇想天外な発想と行動で乗り越えてきた。
 今度も、ラケナリアなら何とかしてくれる。
 そんな予感が、してしまった。

「ったく……今度は何を思い付いた?」
「もう心配しなくていいわ、グラス。貴方がこれ以上傷つく必要なんてない。皆が笑いあって幸せになる未来を、私は望んでいる。それが、魔族の王女としての私の願い……」

 俺は彼女に賭けてみる事にした。

「いけるのか?」
「私は稀代の天才よ。楽勝ね」
「強がってる訳じゃなくて」
「ええっ、作戦通りならきっと上手くいくわ」

 慈愛に見た表情で俺を見つめた。
 俺の葛藤、苦しみ、悩みを全て理解して。
 その負の連鎖を一身に引き受けて。

 彼女は俺にゆっくりと抱き付いた。

「あっ」

 リーリアが素っ頓狂な声を出す。

「馬鹿、いきなり……何を」
「ふふっ、照れてる。可愛いっ」

 こいつ……何のつもりで。



「好きよ、グラス」



 その場にいた全員が唖然とした。
 続く言葉が出てこない。
 身体がかっと熱くなる。熱が籠る。

 その言葉を呟く度、ラケナリアの全身が震えて、涙が落ちる。唇を噛み締めて、愛を囁く。


「好き。大好き……」


 まるで魔法だ。その言葉に、何の魔力も篭っていないはずなのに、俺は身動きが出来ずにただ聞き入った。


「私の為に、尽くしてくれるグラスが好き」


 俺の指輪に手を置いた。
 優しく表面を摩って撫でた。


「色々教えてくれるグラスが好き」


 人族を好き好む彼女。俺は最初、魔族が人を好きになる理由が分からなかった。人族の俺が人族を嫌うのに、魔族の彼女は誰よりも積極的で誰よりも人族を愛していた。


「作戦を考えている時のグラスが好き」


『思考』するしか取り柄のない俺。
 その大半が小賢しい物だと嘲笑される程の物。でもラケナリアの済んだ瞳は、その中に潜む優しさを見抜いていた。


「コロッケをくれたあの時から、グラスが好き」


 運命の歯車は、たった一個のコロッケから始まった。
 今こうして彼女を救う為に画策しているのも、路地裏で偶然出会った、あの一幕が無ければ無かった事なのだ。


「グラス。その唇は、予約しておくわよっ」


 すらりと伸びる人差し指が俺の唇を撫でた。
 ウインクしながら颯爽とその場を後にする。

「ちょ」
「バイトの時間。忘れてたっ、あははっ」

 なんだよ、なんなんだよ。
 畜生。俺もそろそろ限界かもしれない。

 去り行く彼女の顔は、夕焼けも無いのに少し赤かった。

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