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第3章 冒険者ギルド
第25話 王子と王女の愛の証。
しおりを挟む俺の意識は、深層にあった。
どことない浮遊感に包まれながら、その身を預けた。
失われた記憶が蘇る。
ここはどこか……何やら森林のようだが。
見覚えのある森だ。禍々しい魔力がべったりと肌に付き纏う感覚。獰猛な魔物が常に鋭い視線を送り、一時の平穏さえ許されない地獄に似たその場所に記憶上の『俺』はいた。
「大丈夫かい、お嬢さん」
『俺』らしい誰かは、一人の幼女に声をかけた。
『俺』はボロボロの外套を纏っていた。幾度となく危機を乗り越えて来た歴戦の猛者たる風貌、これは『俺』であって俺ではないのだろうと直感的に気が付いた。
「貴方は、だれ」
「『俺』は、ただの人族の冒険者さ」
□■□
「はっ……」
「ようやくお目覚めですか、冒険者さん?」
暗い洞窟で目が覚めた。身体の節々が悲鳴を上げている。
起き上がろうとすると、鋭い痛みが全身を襲った。
「ここは……!」
「急に動かないでください。傷に障ります」
俺の横には一人の少女がいた。白い布を縛って腕に巻き付けてくれていた。
薄暗いながらも、徐々に闇に順応した目は、その少女を捉えた。
「(ラケナリア……!?)」
思わず出そうになった声を何とか堪えた。
確かに見た目はよく似ているが、別人だ。
小柄で華奢な体つき。髪は赤色で長く、編み込んで背中に垂らしていた。目はルビーのように赤く爛々と煌めき、好奇心や勇気が溢れている。ただ、ラケナリアにはない知的さと冷静さを兼ねそろえ、落ち着いた表情をしている。肌は白く、洞窟の暗闇に映える。服は革製のベストとズボンで、動きやすそうだった。見た所、装備は腰に差した短剣くらいだろうか。
「お前は、魔族なのか?」
「凄いですね、冒険者さん。偽装をしているのに見破られてしまいました」
「知り合いによく似た奴がいてな。たまたまだ」
諦めて角やしっぽを顕現させた。
ぴたん、ぴたんと水滴が滴り落ちる。身長を遥かに超える土砂に囲まれていた。見ると遥か上が空洞になっていて、どうやら俺はここに落ちてしまったらしい。
「助けてくれてありがとう。俺はグラジオラス」
「私はカトレア。当然の事をしたまでです」
すくりと彼女は立ち上がる。
「どこへ行くんだ」
「魔物を狩りに行きます。この階層では戦闘をせずに五分以上の休憩は許されません。お兄さんはそこで休んでいてください」
「一人では危険だ、俺も……」
「足を痛めています。その身体では文字通り足手纏いになりますよ」
少しも遠慮を感じない、鋭い物言いだった。
だが、事実らしい。足を動かそうとすると、びりびりと痺れて声が漏れる。辛うじて骨は折れていない。昔仕込まれた受け身のおかげで大怪我を防いでいた。
剣戟の音が聞こえる。俺は微かに聞こえる戦闘音を聞きながら目を伏せた。
冷えた洞窟の岸壁に身体を委ね、回復に努めた。暫くすると音が消える。コツコツと小さな歩幅で歩み寄る音。カトレアが戻って来ていた。
「どうですか調子は」
「ああ、少しはましになった」
「そうですか、それは良かったです」
淡々と答えるカトレア。だが、彼女本来の優しさは隠しきれていなかった。俺を見つけてすぐに看病してくれたり、魔物を代わりに倒してくれたり。少なくとも敵意は感じられない。
「ここはどこか知っているか」
「あるアーティストが納められていた古代遺跡のようですよ」
アーティスト。そうだ、俺はふと思い出す。
「それは、指輪型のアーティストなのか?」
「ええ、そのようですが……」
そこまで言って、彼女は俺の指に嵌まった淡く青に発光するその指輪の存在に気が付いた。表情一つ崩さなかった彼女の顔に僅かな驚きが見られた。顔を顰めると、次の瞬間手を差し出した。
「ついてきてください。見せたい物があります」
俺は、カトレアの肩を借りながらゆっくりと歩く。彼女はただ華奢な女の子とばかり思っていたが、身体は至る所が鍛えられ、殊近接戦闘に限ってみれば、相当な実力者だと伺える。
「カトレアはどうしてここに」
「私も、ここに囚われているのです。地上は巧妙に扮していますが、実際にここは迷路のように道を張り巡らせた地下ダンジョンです。上に上がる為の道も、そのヒントさえ分かっていません。幸いにして食料や水は手に入れられていますが」
食料……? と思って俺は近くの道に目を向けると巨大な蟹が颯爽と過ぎ去っていった。
「あれ見た事あるな」
前にラケナリアが巨大な蟹の爪を家に持ち込んだ事があった。
かに酢で食べると美味しいとかくだらないアドバイスをしたっけか。
この子もあれを食べているのか。
「古代遺跡だと言ったな。それもこの指輪を納めていたかもしれないという」
「はい。ここには多少なりと文明の痕が見受けられました」
確かにさっきから道が石煉瓦で舗装されていたり、部屋らしきオブジェクトがちらちらと見える。あまりにも古く朽ちてしまっているが、昔はドアもあったのかもしれない。
「ここです」
古代文字だろうか。何かが部屋前に書かれている。
「『資料室』」
「読めるのか?」
「古代文字は、今の魔族語の起源とも言われています。私には姉がいるのですが、昔姉に無理やり勉強させられた結果、少しは読めるようになりました」
懐かしそうに、頬を緩ませた。
その姉と仲が良かったのかもしれない。
資料室の中にはずらりと書物が並んでいる。資料室というだけあって、かなりの数がある。埃が被っていたり損耗して掠れていたりで判別しにくい。少なくとも俺は手を出せない。
カトレアはそこから一冊の本を取り出した。
「絵本?」
彼女が取り出したそれは、人族で言う童話を綴った絵本のようだ。タイトルも同じく古代文字で書かれていて詠む事が出来ない。目線で訴えると、カトレアは少し息を吐いてこう口にした。
「『王子と王女の愛の証』」
「それがタイトルか?」
こくんと頷く。続きを読む。
「『人族の王子と魔族の王女は、禁断の恋に落ちてしまった。これは人族と魔族が争いを始めた起源を綴る伝承である』」
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