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第2章 神隠し事件

第20話 ラケナリア失踪?

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「お疲れ様でした、グラジオラスさんっ」

 すっかり日が暮れ、どこかで鈴虫が鳴いている。全身に疲労が溜まり歩くのすらままならない状況でギルドの扉を開けると、若々しい女性の声が聞こえてきた。

 リーリアだ。冒険者ギルドの終業時間ぎりぎりまで俺達の帰りを待っていたらしい。揃いも揃ってボロボロの俺達を決して誹る事無く、心底安心したように胸を撫でおろす。

「ほら、グラジオラス。あれを見せてやりなよ」

 スターチスが俺の肩を叩いて、例の物を催促する。俺は、懐から牙を三つ取り出した。

「これ。討伐部位です」

 それだけで全てを察したらしい。口元を覆って目を見開いている。俺とその魔物の牙を見比べながら、「これを貴方達が……!?」と震えた声で呟いた。

 さて後は、虚構の真実を告げるとしよう。



「今回の事件は……マーナガルムという魔物の仕業でした」




 □■□

 俺達は全責任を魔物の仕業として真実を隠蔽した。少なくともスターチスに罪が被るのは避けたいと考えたのは、俺達パーティーメンバーの総意だ。確かに嘘に巻き込まれたとはいえ、マーナガルムの討伐報酬は、これまでの報酬とは比べ物にならない額、思わぬ収入に皆は湧き上がっていた。

 ちなみにスターチスの弟、ランタナは命に別状はなかった。元々、獲物として誘拐されたのではなく育てる対象と勘違いしての誘拐だ、ぞんざいに扱う事はないだろうとラケナリアは予想していた。他二人は、スターチスの祖父の家で匿っていたらしい、祖父の監視下とは言え、二人生活していたオルビス家とヴァルガリス家の子供達はお付き合いを始めていたとかなんとか。度々隠れて会っていたという話は本当だったらしい。


「みてみて銀貨がこんなにっ、装備も一新しようかな!」

 俺が事件を振り返っているのを他所に、プロテアは金が詰まった麻袋を持って飛び上がっている。

「グラジオラスさん、本当によかったの? 魔物は大方グラジオラスさんが大体倒したのに」
「そうだよっ! グラジオラスがいなかったら普通にヤバかったよね」

 コットンが不安げに俺の表情を伺った。それはルスカスも同じようで、一人浮かれていたプロテアは僅かに顔を赤らめながら、こほんっと咳をする。

「べ、別にお金が欲しかったわけじゃないんだけどね」
「プロテアちゃん……全然隠せてない」

 俺は、コットンの気遣いに首を横に振る。

「あの魔物は俺一人では決して倒す事は出来なかった。みんなが引き付けてくれていたからこそ、すんなりと倒す事が出来たんだ。だから報酬は等分だ」
「まあ、そこまで言うなら貰ってあげなくはないかも?」
「ははは……だからプロテアちゃん。グラジオラスさんがいいなら、分かった。他の二人もそれでいい?」
「勿論だよっ」
「うん。だが、お礼だけは改めて言わせてくれ、グラジオラス。本当にありがとう」

 スターチスは、何度目か分からない礼を告げ、そのまま解散の流れになった。各々久しぶりの自宅で、数日の疲れを癒すつもりだ。俺も手を振って別れる。

「さてさて、ラケナリアも待ってる頃だろうし早く帰らないとな」


 俺は急いで自宅へと戻った。既に日付も変わりそうな頃合い。ラケナリアは眠っているだろうか、と俺は考えながら玄関の前へと佇む。部屋の明かりはない、やはり寝ているのか。

 鍵がかかっている。夜中の用心も怠っていないらしい。

「ただいま」

 部屋に入ると、自覚していなかった全身の疲労が一気に押し寄せる。眠気も更に重なって、ふらふらとした足取りでラケナリアがいるであろう寝室近くまで立ち寄った。


「あれ……」


 しかし、おかしかった。
 部屋の明かりをつけた。寝室のドアは半開き、そして中には何の気配もない。

「ラケナリア……?」


 ざわつく心臓を押さえつけ、俺はベットの近くに立ち寄った。
 やはり、もぬけの殻。

 他にも見渡す。しかし、部屋の構造は至ってシンプルで隠れられるような場所はない。


 まさか、と思いつつも俺は一つの結論を出した。





 ラケナリアが失踪した。


 
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