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第1章 出会い

第3話 転移魔法でご来場。

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「私はラケナリア=ベルモンテ。ここにいる理由だけど、簡単な話、ただのイエデよ?」



 はて、イエデとな。いえで、家で……家出?


「お父さんは」
「魔界にいるわ。今頃家出に気づいた頃じゃないかしら」

 あっけらかんという彼女に俺は眩暈がした。魔族のスパイがこの国の弱点を暴こうとした現場に偶然俺が出くわした、という最悪な展開を予想していたばっかりに、ただの家出少女だったと聞けば眩暈を起こしても仕方ないと思う。

「つまり、人族を殺しに来た訳では無い?」
「当たり前でしょう……? あ、それよりコロッケ。コロッケは無事なのね!?」

 俺が半ば放心状態で渡すと、「あぁぁ、コロッケ……よよよっ」と誘拐された息子にようやく再開できた母親の如き表情でコロッケを抱きかかえ、そのままぱくりと口に入れた。

 コロッケという手札は、この子に効果抜群だ……おばちゃん、ありがとうっ。

 だんだん日が沈もうと傾き始める太陽を背中に、おばちゃんがサムズアップする姿を幻視した。

 はむはむ、とリスの様に熱心に頬張る姿を眺めている事数分、完食した彼女は幸せそうにお腹をさすり、最後には天を仰いだ。

「何してるんだ」
「全ての食材に感謝しているのよ。これだけ美味しい物を食べてそのままというのは、少し無礼な気がしたの」
「ふぅん、それは大した事だな。なら、両手を前に合わせて呪文の言葉を口にするといい」

 俺が不思議な事を言い出したので、不思議に思ったらしい。
 小首を傾げるラケナリアに、俺は簡潔に告げた。

「『ごちそうさま』だ」
「……ゴチソウサマ、どういう意味かしら」
「お前の言った通り、全ての食材に感謝し、また明日からもその食材を糧に生き長らえると宣言する意だな。俺は、この国の出身じゃなくて極東の方なんでな、故郷の習わしってやつだ」

 そう言って、黒く染まった前髪と瞳を見せつけた。

「へぇ、素敵な文化ね……いつか貴方の故郷にも行ってみたいわ。そしたらきっと、もっとおいしい食べ物を恵んでくれると思うの」
「ははっ、図々しい奴だなっ。ま、止めはしないけど」

 ……。……?

「え、来んの!?」
「ええ、今すぐではないけど」
「いや、えぇ……?」

 おかしい、本当におかしい。俺はいつから、楽しく魔族と話す趣味が出来たのだ。
 いや、おかしいのはきっとこの魔族の方だ。コロッケを食べてご満悦な魔族など今まで聞いたことが無い。

「なに、だめかしら」
「いや、ダメっていうか……それ以前の問題っていうか」
「はっ、まさかドレスコードっ!? ど、どこでその服は手に入るのかしら」
「胸倉を掴みながら捲し立てるな! 俺のこの貧相な服を見て、どうしてドレスコードという話になる……こら、金貨を出すな金貨を。いやまず、買い取ろうとするな!」

 なるほど、いい加減分かってきた。
 彼女は箱入りのお嬢様で、常識知らずの一面がある。
 家出した原因は大方、家に留まらせようと頑なな父に腹が立ち、彼女の奥底から沸き起こる好奇心に我慢がならなかったと推測する。

「質問の続きだ。お前はどうやってこの国に入った。この国は城塞都市で、東西南北いずれかの関所を必ず通るはずだ。身分を隠し通せるとは思えない」



「……? 不思議な事を聞くのね。『転移魔法』に決まってるじゃない」



 嗚呼、この国はもうだめかもしれない。
 俺は頭を抱え嘆いた。

「けど、この辺りは魔素が少なくてすぐに気絶しちゃったの。丸一日は眠っていたかしら。ようやく目が覚めても身体は碌に動かない始末だし」
「ようやく合点がいった。例の男が影を見たのが昨日の夕方。更に、この路地裏はコロッケが売っている交差点を通らなければ必ず行き着けない場所だ、それを知らないのはおかしいと思った。だが、転移魔法で偶然路地裏に跳んできたって話なら、納得せざるを得ないか……」
「警備員さんにはお疲れ様と伝えておいて欲しいわね」
「だだの煽りにしか聞こえないんだが」

 その後も質問は続けた。だいたい突拍子もない話ばかりで、聞くのも面倒になった。
 だが依頼の真相がようやく分かり、一件落着。あとは、男に報酬を貰うだけになる。

「どうしたものか」
「何かあったのかしら。良かったら力になるわ」
「いや、いい。そもそもこの事件の発端は、お前の影が男に見られていたのが始まりだ。それを馬鹿正直に、『魔族で~す、こんにちは☆』等と紹介しては、男を更にヒートアップさせるだろう」
「あら、あらら……本当に? お忍びのつもりだったのに、残念だわっ」
「……頼むから事の重大さにもうちょっと敏感になってくれ。ともかく、男には嘘でなんとか納得してもらう必要があるな。よし、俺は冒険者ギルドに向かう」
「分かったわっ!」

 事を荒立てずに終わるには、真実を知らない事が必要なのだ。報酬は頂くが、男には犠牲になってもらう。世の理不尽を体現したような結末だが許してもらおう、俺の生活が懸かっているのだ。
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