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同棲三日目、街へお買い物作戦。-後編-

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 その日はお互いに沈黙続きだった。
 ガルバドスという存在が与える影響は大きく、せっかく楽しいはずだったショッピングも流れ作業の様に物を買うだけで、楽しむことを忘れてしまった。

 一時の平穏、でもそれは全て解決した訳じゃない。
 ただ勇者として、世界から背を背けていただけなんだ。

 街で一番と言われるレストランへと赴き、マナはご馳走を振る舞ってくれた。マナもまた、ガルバドスに並々ならぬ感情を抱いているようで、無理しているのが丸わかりだ。

「マナ、今日はここに泊まろう。せっかくの夜景を堪能してみたいんだ。向こうに戻るのは、別に明日でもいいんじゃないか?」

 ガルバドスは、夜もこの街に止まると聞いている。
 ならば、寝込みを襲うのが最も効果的だろう。

「そうね、あはは……私もなんだかはしゃぎすぎて疲れちゃってるみたいだわ。食べ終わったら、宿を取って早めに寝ましょう。部屋はいくつがいい?」

「わざと聞いているだろう。好きにすればいい」

「じゃあ一つで」

 くそう。こんな時に、変に動揺させやがって。
 でもごめんよ、マナ。今日は、一緒に寝ることは出来ない。

「あはっ、ゆー顔真っ赤」

「そっちこそ似たようなものだぞ。鏡貸してやろうか?」

 マナといえど、羞恥心には抗えなかったらしい。
 熟れた林檎のように顔を赤らめて見事に自爆している。

 最初からやらなければよかったのに。


 食べ終わると、幸せな睡魔が押し寄せて来た。
 そろそろ宿を取らないとな。

 自然と手を合わせると、マナもそれに倣った。

「「ごちそうさま」」

 レストランを出ると外は少し肌寒かった。
 碌に準備もせず来たので、上着とかは用意していない。
 広大な大地では特に、夜は冷めやすいのだ。

 レストランの近くにあった少しお高めの宿にチェックイン。値段フィルターも相まって、予約なしに押しかけても問題なく入ることが出来た。

 部屋は二人にしては広いくらいで、街の景色を一望できる大きな掃き出し窓があった。外はベランダへと続いており、窓を開けると涼やかな夜風が吹き込んできた。

「ところでマナさんや?」

「何かしら」

「どうして、ベットがツインじゃなくてダブルなんだ?」

「一緒に寝ようと思って」

「やけに積極的ですね、誘ってるんですか?」

?」

 マナは妖艶な笑みを浮かべ答えた。

 なにかがおかしい。
 そうか、これは罠か。そうだ、そうに違いない。

 緊張のあまり敬語になった俺を茶化すことなく、マナは真っ直ぐに銀色の双眸をこちらに向けていた。冗談のはずなのに、顔はいつになく真剣味を帯びている。

「なんのつもりだ」

「別に裏も表もない。

 マナがにじり寄ってくる。あまりの勢いに、ベットへと躓き、仰向けに寝転がった。抵抗を許さず、間髪入れずにマナは上へとのしかかる。

 腕を抑えられた、動けない……力がっ。


「好き……私、ゆーのこと好き」

「だから待てって。なんで今っ」

?」

 最後、何を言ってるんだ。
 同棲生活はここで終わり? 俺は見捨てられて……。
 頭がぐらぐらとして、思考が乱れる。

「私の物になって、お願い」

 そして抵抗できないまま、

「んっ……っ」

 キスをされた。
 それもソフトなやつではない。
 舌を絡ませるような、大人のキスを。

 粘膜が混ざり合い、唾液が溶け合って頭がぼーっとする。
 快感に酔いしれて、もう抵抗する気が失せた。

「ま……な」


 そこからの記憶はあまりない。
 マナに身を任せて、俺の意識は忽然と消えた。


 □■□


「ふぅ……ようやく、眠ったわ」

 ぺっ、と唾液を吐き捨てた。
 口に含んでいたのは粉末状の睡眠薬。唾液ごと全てをユウの口へと移し込んで、強制的に深い眠りに落とさせた。

 思いがけない彼の提案により、街へ留まることになった。
 ガルバドスもまた、この街に滞在する様で、寝静まる頃を見計らって、奴を殺すことにする。
 ガルバドスは誰の手でもない、魔王の手によって殺すべきだ。魔王として生き、この国の安寧を保つ者の責務として、奴を直接殺す。

 ユウは、心地よい夢の中にいるだろうか。
 彼にはせめて夢を見て欲しい。殺し……それも同じ魔族を殺す醜い私の姿など見て欲しくはなかった。純粋で、彼の隣でいつも笑う、そんな私を見て欲しい。

 だから、ユウを騙した。

 騙すのはこれで最後にしよう。
 家に帰って期を見て正体を明かすのだ。

 自分が魔王であること、そして……そんな魔王が、一介の人間に過ぎないユウという存在に恋い焦がれてしまったことを。ほんの僅かな期間でも、十分すぎるくらいだった。

 彼の魅力は、私が一番よく理解している。

「ゆー、おやすみなさい」

 窓から颯爽と飛び降りる。
 日付が変わる直前の夜は、やはり寒かった。

 ガルバドスが住んでいるとの情報のホテルは、この街で最も背の高い塔状の建物だ。お陰で移動には困らないし、殺すのも簡単だ。

 ガルバドスの性格から、奴は周囲を一望できる最上階の部屋を貸し切るはず。ユウと離れている間にそれとなく商人から話も聞いていた。

 なら、地上から見上げる形で、誘導式の魔弾を撃ち込み、速やかに殺害。
 ユウが眠りから覚める前に部屋へと戻る。それで万事解決だ。

 右手に魔力を込めて、魔弾を蓄積《チャージ》。
 室内の様子を観察する為使い魔を放ち、上空からの映像とリンクさせる。狙撃を行う際、敵の位置や着弾を告げるスポッターの役割をも担っている。

 さて……中はどうなっている?


「ッ!!!」

 見ていた。
 ガルバドスは、使い魔を見て二ィと口角を上げた。

 襲撃を予想していた?
 でも部屋の窓を覗いていたのが偶然とは思えない。
 とにかく、ここから早く逃げて。



「空間跳躍《シフト》!?」

 ピンポイントで背後に立っていた。
 使い魔からの逆探知、それにしても早すぎる。

「ガァ……ぁ!?」

「ガハハハッ、これはこれは誰かと思えば魔王様。まさか、敬愛すべき貴女様があろうことかその部下を撃ち殺そうとしているなんてな」

 手で口を塞がれ、壁に押し付けられる。
 想像以上のパワー、幾重もの戦闘で実力を上げたか。

 しかし、敬愛すべきとよく言ったものだ。
 彼はことあるごとに魔王の座を狙っていた。

「く、ぁああ」

「囀るな、雌犬の分際で。てめえの時代は終わったんだ」

 抵抗むなしく、地面に叩き落とされる。
 腕が痺れるように痛い。

「あ……毒がッ」

 気付かない内に尾についた蛇の牙が腕を突いていた。
 たらりと流れる鮮血、唐突に重くなる身体。

 ここで更に抵抗をすれば、周辺住宅に被害が及ぶ。
 守りながら戦っても、ガルバドスはきっと躊躇なくこちらを殺す為に全力を尽くしてくるだろう 、被害をゼロに抑えるのは不可能だ。

 ただ例外的にひとつ。

「(ここで私が殺されたら……きっとゆー達は守れる)」

 そう、それしか方法がない。
 元々奇襲が失敗に終わった以上、泥沼になるのは覚悟していた。
 だが、その結末が魔王の敗北によって穏便に事が済むのなら。

 この命を差し出しても……いい。

「殺すなら殺しなさい。貴方にはその権利があるわ」

「殺す? 冗談だろう、魔王様よう。俺を殺そうとしたことに、なんの償いもなしに命だけ差し出せば許して貰えるなんて、俺がそんな優しい奴に見えるのか?」

 嗚呼そうか。
 ガルバドスは女好きだ。
 いや、女として見てすらいないだろう。

 欲を満たす為の道具、その程度の認識か。

「ようやく理解したみたいだな。せいぜい俺を楽しませろよ」

 嗚呼。せめて死ぬなら、最後は……。
 ユウとのキスで終わりたかった。


 刹那、空間が揺れた。
 可聴域外に響く音が、空気を振動させている。

「え……」

 良く見知った人間が現れた。
 しかし、その片手には更によく見た聖剣の姿。

 魔王になった時、最も恐れるべきとされた人間最強の武器。
 それを彼が持っている。

「がァアアアアア……!?」

 ガルバトスの腕が一本失われている。
 聖剣が切ったのだ、たった一瞬の交錯で。

 そんなことが出来る人間はこの世に一人しかいない。


「夜遊びが過ぎるんじゃないか、マナさんや」

「なんで……どうしてゆーが」

「睡眠薬のことか? 俺の特殊能力を以てすれば、睡眠状態なんて任意のタイミングに一瞬で解除できる。ご飯を食べたあたりから不審な位に眠くなったしな。少しずつ盛ってただろ」

「う、そうだけど。違う……そうじゃなくて」

 半ば要領を得ないやり取りが続いたが、暫くして。

「あ、助けた理由の方か。そんなの簡単だ」

 ユウは剣を構え簡潔に呟いた。




「勇者……だと。なぜ貴様がここに!? それに、なんだ? 勇者が魔王を庇った。どういうことだ、何が起きているッ!!」

 ガルバトスは激昂する。
 今までの中でも、これほど驚き怒り狂ったのは初めてだった。

「魔王……どこまで堕ちるつもりなのだァ!?」

「堕ちたのはお前の方だろ、ガルバトス。最初の頃は純粋に戦闘を楽しむような武士の鑑みたいな奴だったのに、いつからそんなに落ちぶれたんだ?」

「黙れ、劣等種。それに、そこの魔王を好きだと言ったか? ガハハァッ、狂ってやがるな人間の勇者とは!」

「恋のひとつも出来んとは、気の毒な奴だな。お前が経験したことがないからってこちらを僻むのはやめてもらおうか」

「殺す、殺してやる……!」

 蛇の毒牙が一瞬のうちに肉薄する。
 それを読んでいたとばかりに聖剣で弾き串刺しにした。

「言っとくが、俺は以前の俺と一味違うぞ。なんて言っても、今の俺は国の為じゃなく一人の惚れた女の為に戦ってるんだ、覚悟が違うんだよッ!!!」

 目を覆う程の光量を撒き散らし、聖剣をガルバトスの胸に突き入れた。

「マナ。俺は、お前がどんな存在であろうと関係ないと思っている。一人の女の子として、お前を好きになった。だから、『最後』なんて悲しいこと言わずにさ、俺と一緒にいてくれよ」


 散々苦労させられた魔王幹部が、ものの数秒で地に伏した。

「いろいろ言いたいことはあるけど」

 話すのは今じゃなくていい。
 今はただ。

「帰ろう。俺達の家に」


 その言葉を魔王は待っていた。
 人間と魔族が同棲するなんて、世間が許さぬとも別に構わない。お互いの気持ちが真の意味で繋がっていさえすればなんだっていい。

「うんっ」

 大きく腕を広げると、ユウは懐へと入ってきた。
 強く抱きしめると、その温もりが嫌という程伝わってくる。
 好きだ、やっぱりこの人のことが。

 人間、それも勇者である彼のことが……何よりも。

 足に解毒の魔法を施して立ち上がる。しかし、完全に神経が回復した訳では無く、まだよれっと上体が傾いてしまった。ユウは急いで支えになる。

「ああ……合法的に、お触りたーいむ」

「はあ? 足だけじゃなくて脳までやられちゃったのか」

 唐突に訳の分からない言葉を発して顔を蕩けさせるマナにユウは困惑顔を隠せない。その代わりぎっちりと密着し、柔らかな彼女の肉体を堪能した。

「帰って二回戦、する?」

「待って。俺、肝心の一回戦目の記憶がないんだが」

「んふ、可愛かったわーゆー」

「ちょっと、マナさん!?」


 勇者と魔王。
 同棲生活はまだまだ続きそうだった。



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