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同棲三日目、街へお買い物作戦。-中編-

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 魔界領は基本的に植物の育ちが悪く、人間には生活が難しい土地と言われている。畜産にも飼料作物は必要だし、普段の生活に野菜は特定の栄養素して必要だ。

 片や魔族は魔素を含む他と性質の異なる食材を好き好んで食べる傾向にあり、食文化含む生活感は殆ど異なるというもの。

「……」

「なぁに、ゆー?」

 一方で隣を歩く小さな魔族っ娘は人間との同棲を何不自由なく成功させている。衣食住、まるで人間側に合わせているように。

 無知という線は消えた。
 むしろそれ程までに人間に詳しいからこそ、人間が好む食を提供し衣類を設え、住環境を整えてられている。
 果たしてそんな存在が、人間と魔族が古くから敵対状態にあり、相見えればいずれかが死ぬまで戦い続ける現状を知らないだろうか。

 あるいは、知っていてあえて生かしているのか。

「まさかな……」

 マナは今のところ、敵意を向けるような行動をしていない。寧ろ、不法侵入した相手の傷を癒す程のお人好しだ。
 彼女との抗争の時が訪れる気配はなさそうだ。


 商店街へとたどり着いた。
 肌の青い種族が道端を行き交う。人間界にも肌色の違いは存在するがマナの褐色系の魔族はこの辺りにはいないらしい。

 外套を目深に被り、素顔を隠している。
 突発的な事態でフードがズレても人間とバレる心配はない。耳から偽装用の角を生やしている。

 建材の多くは煉瓦や大理石、石材も多い。
 鉄や硝子を使った建物も無くはないが、どうやらこの地域の魔族は階級としてもやや下、生活の質もあまりに良いとは言えそうにないな。

 続いて商品に目を向ける。

「ほう……」

 見かけに寄らず手先の器用な奴も多いようで、緻密に装飾の施された華奢品も中には展示してある。

 どれ、ひとつくらいマナに買ってやろうか。


 あれ。

「俺、金持ってないんだ」

「ゆーは何考えていたのかな?」

 ヒョイと覗き込むように身体を傾けるマナ。所持金が無いことを悟ったのかにんまりと頬を緩めると。

「はい、お駄賃。金貨二枚」

「え、いいのか?」

「ええ。こう見えても私お金持ちなのよ。そんなお金、捨て置かれても気にも止めないわ」

 ここにきてセレブ属性。
 どこか気品のある話し方も、その由来か。

「そこまで言われちゃ、貰わない訳にはいかないな。でもいつかこれは必ず返す、だからそれまで借りておく」

「んもぅ、分かったわ」

 長期的な約束の締結。
 同棲を続ける口実の足しとさせてもらおう。

 その後二人で通りを歩く。
 こういった商店街は陳列された商品を見て回るだけでも案外楽しめるものだ。ただ、種族が違うとはいえ、女性と二人きりでショッピングか。

 勇者として戦っていた頃は想像もしなかった。

 生活に必要そうな物を片っ端から買い揃え、計画は着実に進行している。街に出向いたのだからそれこそマナ一人であの家に帰る選択肢はあるはずだが。

 マナも同棲には乗り気なようだ。


 その時、周囲の雰囲気がぐっと重くなる。
 まるで何かに怯えるように、視線が一点へと集中する。

「なんだ……?」

 注目の的は、来た道と反対側、進路先の方面だ。

 そして、その正体を漏れなく知っていた。
 つい先日、死闘を繰り広げた魔王幹部ガルバドス。

 屈強な狼の面をした男。尻尾には毒を持つ蛇。
 大剣を振り回し意識を逸らさせ、その隙に足を食われた。

 戦闘センスも然り、奴は危険すぎる。
 物陰に隠れ、様子を……。

「マナ?」

 いつのまにかマナがいなくなっている。
 一瞬目を離した隙だ、ガルバドスの気配を俺よりも早く察知し事前に逃げたのか。何のために。それ程までに会いたくない相手なのか?

「あの野郎、また来やがった」

 隣で店を開いていた男が小言で愚痴をこぼした。

「何か知っているのか?」

「ガルバドス様は最近、勇者パーティーを狩るのに躍起になってやがるんだ。馬鹿みてえに金をかけて魔法師を雇い、罠を張ってな」

 そうそう、あいつはそういう奴だった。

「俺らの血税をなんだと思ってやがるのかねぇ。気分がいい日にはこうして商店街を闊歩して自慢話をして回るのさ。今日の戦果だとかなんとか言ってな」

 国民にもあまり評判は良くなさそうだ。

「魔王様は今どうしている」

「それが、最近になって失踪したそうなんだ。大方、制御できねえ幹部達に嫌気がさしたんだろうな、お陰で魔王城の中は今でもパニック状態だ」

 失踪?

 不思議な話だ。魔王の権威を使って幹部を解任させるでもなく、己から身を引く魔王など聞いたことがない。魔王の責任やら責務が嫌になったのだろうか。

「(まるで俺みたいだな)」

 もしその魔王に会えたなら、きっと仲良くなれる気がする。

「ガハハ、今日は祝勝会だ。パーティーはほぼ全壊。男は毒づけ、女は悲鳴を上げるまで嬲り続けてやったんだ。いい気味だよなあ」

 なに……?
 ガルバトスが聞き捨てならないことを言った。

「戦士として戦うプライドすらズタズタに切り裂いて、遊んでやったよ。散々俺らの部下を可愛がってくれたんだ、そのぐらいの報いは受けて当然だ」

 そうか。
 仲間は逃げきれなかったか。

「俺を逃がす為に……あいつら、無茶したのか」

 ガルバドス相手に無理は禁物だ。
 気を抜けば、待っているのは罠地獄。

 正面から戦うことが不利だと分かっていたはずなのに。

「アッシュ、ティア、ローラ。すまない、俺のせいだ」

 もう、忘れたい感情だった。
 誰かの為に戦うのはやめると決めたんだ。

 でも、こいつだけは……勇者として許せない。


 

□■□

「ガルバドス……どうして、こんな場所に」

 息が荒い、心臓が煩い。

 魔王幹部の中でも一二を争う凶悪な魔族。
 勇者に対して、途方もない憎悪を抱く男。

 勇者を殺す為なら、自国の民すら囮に使う奴だ。

 ガルバトスの右目、そこには今眼帯が巻かれている。

 勇者と度重なる剣戟を重ね、ある時目に一撃を貰った。
 失明してからというもの、凶暴性は更に増し、無断で魔界軍の資源や金を賭して打倒勇者を掲げた。幹部の中でも一際強く、人間達が一時は占領した領地を瞬く間に奪還し、その後も快進撃を続けたのだ。

 一方で、人間達は領地の占領こそしたが極めて温厚な種族だった。
 人間達は魔族を丁重に扱い、決して見下すような真似をせず、寧ろ平和的にコミュニケーションを図ろうとしていたくらいだった。

 その頃から、人間という存在に興味を持ち接触したいと考えてた。

 悪夢はその頃引き起こされた。

 敵と仲良くする者を反逆者だと捉え、片っ端からガルバドスは同じ魔族の者を殺した。会話した者、共に暮らした者、恋愛感情を抱いた者。

 その全てを、引き裂いた。


 ギリリ……爪を強く噛む。
 あの時の悔しさは今でもはっきりと覚えている。
 魔王としての生きがいを失ったのもその時だ。

 それでも耐えに耐え、大戦の平和的終息を計画して。
 ある時、心がぽっきりと折れた。

 奴は見せしめに、人間の女を犯した。何人も。
 彼の部下達も徐々になにかが壊れていく。

 魔界軍として大切ななにかが失われていく。

 戦いの意味が、薄れていく。
 これでは何も……守れない。


 ユウという少年は、天が差し伸べた奇跡の産物に思えた。
 人間の少年は、種族の違いなどまるで気にしない。

 平和的な解決はきっと出来ると、再び思えるようになった。

 同棲を始めて三日目、ずっと一緒に暮らしたいと既に思えるようになっていた。その位彼の存在が救いになっていて、その幸せの形を人間と魔族の両方の人々が享受できるような世の中にしたいと考えるようになった。

「落ち着くの。私は魔王、最後まで責任を果たすのよ」

 新たな幸せの形を否定し、壊し続ける悪の権化。
 魔王幹部、ガルバドス。

 こいつだけは……魔王として許せない。


 

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