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第2話 高性能AI

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 □■□

 彼女の名前は真衣。僕が決めた。
 単なるダジャレだけどね。英語のMYから真衣。ロボットとはいえ名前が無いと不便だ。

 結論から言うと、真衣は凄かった。朝寝ていたら起こしに来るし、朝ご飯は作ってくれるし、空いた時間に洗濯と掃除もしてくれる。一人暮らしの煩わしさが一気に解決した。この生活に慣れるともう元に戻れなさそうだ。

 真衣の凄さはそれだけじゃない。

「大地様。解析Ⅱのレポート提出期限が、残り14時間52分30秒です。また、線形代数の……」

 大学のレポートを管理してくれたり。

「基礎物理学の解法にお困りですか。この問題は……」

 僕の苦手分野を把握し、家庭教師までしてくれる。

 数日で分かった事。最初真衣は汎用性ロボットとして単に能力が高いだけだったが、日を送るにつれて僕の生活リズムや食べ物の好き嫌い、趣味や性格を統計、判断している。つまり、僕だけの特化型ロボットへと日々進化していたのだった。

「分かりましたか、大地様?」
「う、うん。ありがとう」
「今の『うん』はとりあえずこの場を流そうとする時に使われる傾向にあります。私は騙されませんよ!」

 言葉にも感情が宿り、抑揚が付いてきた。普通の女の子と言われても大差ない位だ。

 ちなみに、洋孝にはこのバイトの事を打ち明けていない。一人暮らしのはずの僕が、帰るとエプロン姿の可愛い女の子に出迎えられる至高の一時。僕だけが知る楽しみになっていた。


 だからだろうか。僕はある時間違いを犯した。
 些細な、されど普通では考えられないミス。

 気分は良かった僕は自分で料理を作っていた。大学生の料理だよ。期待しちゃいけない。ただのナポリタンだ。
 皿を用意して、食卓に置いた。その瞬間に気が付いた。

「あれ……僕、?」

 機械はご飯を食べない。風呂に入らない。
 そんな当たり前を僕は見逃していた。

「ご、ごめんっ。僕、ぼーっとしていて」
「嬉しいです、大地様」

 そんな僕を決して馬鹿にはせず笑ってくれた。口に運ぶ事はない、ただ限界まで鼻に近付けて香りを楽しんでいた。嗅覚再現エンジンでも搭載されているのだろうか。

「美味しそうです」

 少し無理をしながらも頬を緩ませた。
 そのぎこちない笑顔に僕は心が傷んだ。

 そうだ。この子は、ただのロボットなんだ。
 何を勘違いしているんだ、僕は。

 □■□

 一週間経った頃に、僕は真衣を連れて初めて外に出た。理由は既に彼女がただの人間と比べて遜色ない位に成長したからだ。

 オシャレに気遣うようになったし、インテリアにも拘りを見せるようになった。最初は僕が買い出しに行っていたけれど、自分で買いたいと言い出したのだ。

 お気に入りの洋服を纏い、首元には爛々と煌めくネックレスを身に付けていた。くるりとターンしてから、小悪魔みたいな笑みを浮かべて上目遣いで僕に尋ねた。

「どうですか?」
「に、似合ってるよ!」
「そうですか。ありがとうございます」

 なんだよ僕。何ドキドキしてるんだ。
 暴れ出す心臓を押さえ付けて平静を装った。

「行こう」
「はいっ」

 デートみたいだ。ううん、違う。デートなんだ。



 僕と真衣の初デート。ショッピングモールに行って、色んな服を見て回った。「綺麗な彼女さんですね」と店員さんに言われた。僕はドキッとしたけれど、真衣は涼しい顔で「ありがとうございます」と、はにかんで答えた。

 手を繋ぐ。緊張で手汗が出ていないかなって気になったけど、彼女は二人でこうして外に出る事を純粋に楽しんでいた。
 今にも鼻歌を歌い出しそうだ。僕はふっと目を細めて笑った。最初はただのバイトとして始めたけど、今では人生の中でも凄く特別な特別な時間を過ごしている。

「これは何ですか?」
「バトミントンのラケットと羽だね。やって見る?」

 真衣は百均にあるおもちゃに意外にも興味を示していた。真衣からすると、僕が子供時代に好きだった物が今になって興味を抱いているらしくて少しおかしかった。

「……検索完了。ルールを確認しました」
「よし。じゃあやろうかっ」

 ネット上にあるバトミントンのコツやルールを学習し終えた真衣は、僕の想像よりも機敏な動きで羽を打ち返す。

 僕もスポ○チャで遊ぶくらいしか、機会が無かった物だから案外最初からいい勝負を始めていた。

 こうした激しい運動をするのも始めてだ。今までは真衣の頭の良さばかりに目が行っていたけれど、どうやら身体能力も抜群みたいだ。"機械"と思わせない工夫が至る所に為されているんだ。

「楽しいですねっ」
「良かった。いつも家事を手伝わせてばかりだから、たまには息抜きも必要だろうって思ってたけど。ちゃんと楽しめているみたいで僕も安心したよ」

 真衣はその瞬間、不思議な顔をして目を丸めた。

「大地様。私は次世代型ハウスキーパーとしてんです。だから私を気遣う必要なんて……」
「違うよ。真衣は機械なんかじゃないっ」

 僕は堪らずに叫んだ。

「最初は確かにそうだったかもしれない。でも今は。こうして一緒に外に出かけて遊んでいたとしても……っ、君は自分をただの機械だって言い張るつもりなのか!」

 僕の発言は、傍から見れば馬鹿に思えるだろう。
 でも少なくとも今の僕は、彼女を機械だなんて思わなくなっていた。人と同じく思考し、行動できる生き物だ。

 ───AIと人間の違いなんて些細な物じゃないか。

「大地様の言い分はよく分かりません。私は紛れもなく機械であり、人工的に作られた存在です」
「……分かってるっ」
「でも、私は───」

 瞬間、真衣は胸を押さえて蹲った。

「真衣!?」
「大丈夫です。極稀にある異常エラーです」
「大変だよ、もし何かあったら……!」

「あれ。大地じゃないか。よう!」

 私服姿の洋孝に声をかけられた。偶然彼もここに遊びに来ていたようで、買い物袋を手に提げていた。
 ただ直ぐに僕の隣にいる真衣の存在に気が付いた。

「……っと、彼女とデート中だったか。悪い、邪魔しちまったよな。俺は洋孝、大学でこいつと同じ学科でさ」
「いえ、大丈夫ですよ。大地様のご友人にも一度会って見たかったのです。御機嫌よう、私は真衣です」

 スカートの裾をチョンと摘んで上品にお辞儀した。
 でもその完璧さが、洋孝に確かな違和感を与えた。

 彼は普段から勘が良かった。僕に向けられた視線は、僕が経験した中でも一二を争う鋭さで、背中の汗でシャツがぐっしょりと濡れていくのが分かった。

 洋孝はそれと同時によく出来た人間でもあった。僕の近くに寄ってぽんと優しく肩を叩くと、「全部終わった後、色々教えてくれよな」と朗らかに笑った。

 僕はその瞬間、救われた気になった。

 彼は気付いていたのだ。彼女が実は、高性能AIを搭載したロボットであり、僕がその子とデートしている事に。でも彼は僕を軽蔑するでもなく、更には隠し事に怒る様子もなくて、ただただ彼は僕を許してくれたのだ。

「お幸せに、二人とも」
「ふふっ、気が早いですよ。洋孝様」
「様付けって、ちょっと恥ずかしいな、おい」
「そうなのですか? 敬意を払うべき相手には……」
「真衣。そろそろ行こう。日が暮れちゃうよ!」

 これ以上妙な事を言い出す前に、僕達は家に帰った。彼女は確かに優秀だけど、まだまだ人の常識が足りないみたいだ。
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