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第3章 異世界王国編
第57話 最強の援軍。
しおりを挟む懐かしい感覚だった。
胸の中にある温かみを感じて目が覚めた。
「お兄さん……」
俺のシャツを掴んで寝息を立てる様子は、天使のように可愛らしく、実に安心しきった表情だ。
夜中のうちに殺されるんじゃないかと少し焦っていたけれど、好感度システムの恩恵は敏感に殺意を感じる。
いくら暗殺者とてそれは欺けなかったのだ。
日は完全に昇りきっていないようだ。
どんどんと空が白む様子を窓から眺めていた。
「……もう、朝?」
瞼を擦りながら、ユエも目を覚ました。
ああ、起こしてしまったか。
「おはよう」
どことなく漂う『事後』感。
誓って言うが、本当に俺は何もしてない。
チュンチュンと鳥が鳴いている。
穏やかな朝日が射し込む心地の良い朝を、男女二人が同じベッドの上で迎えたのだ。
乙女的反応の一つを見せるかとも思われた。
だが、俺の浅はかな想像等、暗殺者ユエは容易く凌駕するのである。ユエはずいっと身を寄せて俺に抱きつくと。
「ちゅーしてくれたら起きるー」
「面倒可愛い付き合いたての彼女かよ」
なんて事だ。
まさかユエが壊れていたなんて。
「ユエ、起きろ」
「んんっ、やぁー!」
ジタバタジタバタ。
「……」
誰だこいつ。
自分で吹き飛ばした布団を探して、おろおろと辺りを見回すユエはあまりにも滑稽だった。次第に身体が冷えて、ようやく目を覚まし始めたのか、微睡んでいたユエの双眸が開かれていく。
完全に起きた時が、今からでも少し怖いな。
□■□
「忘れてください」
「いいや、末代まで語り継ぐ事にする」
「死にます。さようなら」
案の定だった。
ユエは虚ろな目で窓に手をかけた。
「はっ、そうだ。ここから飛び降りれば……」
それはまるで迷いのない、英雄のような立ち姿。
死線をさまよった暗殺者たる『黒精種』の見せる、そのあまりの完成された美貌は、この世の多くの男性を虜にさせる事は間違いない。
「ここ二階だけど」
だが、やろうとしている事はあまりにもアホで、見るに堪えないというか頼むから落ち着いてくれ。
てか、昨日の夜の方がもっと懸念すべき事項だろうに。
「落ちても多分軽い捻挫で終わると思う」
「じゃあどうすれば!」
「忘れればいいと思う」
ジロっと俺を見た。
なんでそこで俺を見る。
「目撃者の記憶を消せば」
「ダメだからね?」
ルナに似て、生意気な奴隷だ。
思わず俺の口から自然と笑みが零れていた。
□■□
所用を済ませた後、冒険者ギルドへと赴いた。向かったのは俺一人だ。
「ランドルフ?」
「遅かったじゃねぇか」
待ち合わせした彼女みたいな挨拶をするのは、ここから少し離れた店を経営する店主。只者ではないと感じさせる巨躯で乱暴に椅子に腰掛けた。
俺が怪訝に見ていると、ランドルフは「ふんっ」と荒く鼻から息を吐く。なにか不満か、と言いたげだ。
「俺は冒険者って言ったろ。なら、来ない訳ねぇじゃねぇか。それともなんだ、知人を見捨てる薄情やろうとでも思ったのか」
「いや、そんな事はないけど……」
思いかげない助っ人にただ困惑していたのだ。
俺は満を持してランドルフを『視る』。
【ステータス】
名前:ランドルフ レベル:82
HP2382/2382 MP1450/1450
称号:【王家の御旗】
ギルド:《月杯の盃》
ユニークスキル:【風林火山】
EXスキル:《限界突破》A《武術家》S《全体強化》SS
スキル:『威圧』B『敵感知』B『剛腕』S
「(シンシアよりレベルが上……!?)」
シンシアが王国最強じゃない……どういう事だ。
「俺のステータスを視たのか」
「……お前は何者だ?」
「元冒険者。『プラチナ』のな」
『プラチナ』。冒険者界の最高階位……ッ!!
名実共に最強だとでも言うのか。
「疑問に思っているだろう。何故俺程の実力者が、なぜ引退したのか。そしてなぜ誰も俺を見て騒がないのか」
ある程度予想は出来る。
「最初の質問の答えは……恐らく足だ」
「ん?」
店長の横で俺は働いていたから分かる。
微妙な重心移動のズレ。それが本当に細やかな、取るに足らない違和感だとしても、彼ほどのプロならばそれは明確なラグだ。
「足を怪我して引退したんだろう」
勿論、そうじゃないかもしれない。
でも俺は一番可能性があると考えている。
「二つ目の質問の答えは……冒険者時代のランドルフが、今とはもっと別の───例えば顔を隠すような何か。被り物でもしていたんじゃないか? 誰も本当の彼の素顔を知らないなら、『鑑定』系のスキルを持っていない限り、正体を掴むのは難しい」
体付きや声質も判断材料になるだろうが。
それだけ英雄的な立ち位置の彼は、皆から羨望を集める反面、孤高という名の孤独を味わっただろう。
「どうだろうか?」
「おしい、な。半分は正解で半分は不正解だ」
いくら俺でも全てを理解するのは無理だったか。
ランドルフの席の向かいに俺も腰かけた。
「俺は確かに足を悪くした。だが、それが冒険者を引退する原因になった訳じゃない」
当時の情景を思い浮かべながら、神妙に呟く。
それはまるで、己の罪を告白するかのような、後悔を滲ませた表情で。唇を噛み締めて震わせる。
「大切な人を……失ったんだ」
「……」
そう、だったのか。
俺を励ましてくれた時のあの言葉。
他の奴を犠牲にしてでもってのは、ランドルフが実際に経験した忘れられない記憶を元に紡いだ言葉。
悔しくて、何度も泣き叫んで。
されど闇に呑まれたランドルフの最愛は。
もう二度と、戻らない───。
「お前は諦めるな。俺みたいに冒険から逃げるな。必ず自分の手で、その少女を取り戻せ」
心が瑞々しく震えた。
本心からの訴えに、じわっと感情が溢れ出していく。
「その為の手伝いなら、俺はなんだってしてやるさ。俺の二の舞になんてさせねぇ……これが俺のケジメだからな」
ランドルフは立ち上がる。
そして徐に懐から取りだした鉄仮面を───。
付けた。
「……おい見ろ、あの仮面って」
「ああそうだ、間違いない。『御旗』だ!」
鉄仮面を付けた瞬間だ。
全員がワッと声を上げた。
それは通常ではありえない、"魔法的"なナニカが作用した結果引き起こされた事象だ。
「《鑑識眼》」
『英雄の鉄仮面』
ランク:SS
スキル:『盲信』
それから次々と装備を取り付け、最後に旗を肩に提げた。御旗と呼ばれる理由が分かった。
「討伐隊に『御旗』が参戦するんだってよ!」
「本当か!? 数年前に姿を晦まして以来、ずっと現れなくて既に死んだと思われていたというのに」
だが、当のランドルフは殆ど気にしていなかった。壁に立てかけられて安置されていた装備に目を配ると。
「おい、ここにあるものは自由に使っていいのか?」
俺に問いかけた。
指先が指す物───それは。
『グラディウス』
ランク:S
スキル:『猛毒』『斬撃』『恐慌』『呪詛』『狂乱』
純国宝級の武器。俺が盗賊から強奪した代物だ。ジンエイの補修を受けた後に、冒険者ギルドに管理して貰っていたのだ。
誰もがその禍々しさと圧倒的な威圧に触ろうともしなかった、魔剣とも呼べるそれを軽々しく持ち上げると、肩に当ててひょいっと手にした。細枝を扱うようだった。
「こいつはぁ、いいな……」
英雄ランドルフ。
俺はこの日、最強の援軍を味方につけた。
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