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第3章 異世界王国編

第49話 これこそが闘争の味。

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「初めまして。ボクの名はニル」

 ちょこんとドレスの裾を摘まんで軽やかに礼をする。どこかの貴族令嬢のような礼儀正しい佇まい、それがシルエットだけでも十分伝わってくる。

「シンシア、一つ聞いていいか……?」

 緊迫した状況。無数の汗が垂れ、口がカラカラに乾いてくる。それでも俺は、これだけは聞いておかなければならないと決心して口を開いたッ!!

「《神級精霊》って……なんだ?」

 ガクッとシンシアが倒れ込む。

「まさかそんな事も知らないの?」
「どうしたのですか。可哀想に」

 ついでにルナまでもが涙ぐんで答える。
 俺の頭がさもおかしくなったかのように言いやがって。

「《神級精霊》はこの世に七体しかいないとされる最強の精霊、その一角。闇精霊のニル。重力魔法、洗脳魔法、影魔法。その全ては超強力……そして私が負けた相手でもある」

 ようやく合点がいった。
 いくら第三階層の魔物が束になったからといってシンシアをそう簡単に抑えられるとは思えなかった。その中にはシンシアをも凌駕する存在がいるのではないか。

 シンシアが苦手とする存在。
 それは死霊アンデッドではなく、

 つまりはニルこそが、対シンシア用最凶兵器なのだ。

「逃げて。コイツは私が相手をする……!」
「勝てるのか?」
「ううん、多分負ける。でも……貴方達を失うよりは」

 俺だって逃げ出したい。
 そんな最強を相手にどう戦えってんだ。

 圧倒的実力者。どうにもならない負の好感度。

 やはり、俺達は逃げた方が賢明なのではないか。


 ……いいや、冷静になれ、俺ッ!!

 奴は多数の死霊アンデッドを従える者の駒の一つにしか過ぎないではないか。シンシア・オルデンという最強の駒をここで失えば、その後第三階層を攻略出来なくなってしまうに違いない。ならば、1%でも勝ちの可能性を拾った方が結果的に良い方に働くはずだ。

「《鑑識眼》ッ!!」

 故にいつものように、状況を俯瞰して。
【ステータス】
 名前:レイ レベル:15
 HP360/360 MP220/220
 称号:【植物の探求者】
 ギルド:《北極星セプテントリオ
 ユニークスキル:【魅力支配ヴィーナス】【勇猛果敢メメントモリ
 EXスキル:《鑑識眼》C《演算領域》E《二刀流》E《気配遮断》F《処世術》D《全属性耐性》F
 スキル:『言語理解』C『料理』F『剣術』G『体術』F『槍術』G『火魔法』F『光魔法』G『土魔法』G『蓄積』F『瞑想』G『詠唱』G『紅魔』G『連携』G『受け流し』G『先見』G『暗視』G『慧眼』G『根性』G『精霊眼』G『スキル譲渡』G
 所持SP:25

【ステータス】
 名前:ルナ レベル:22 
 HP230/230 MP620/620
 称号:【植物の探求者】
 ギルド:《北極星セプテントリオ
 ユニークスキル:【勇猛果敢メメントモリ
 スキル:『隠密行動』D『剣術』C『体術』D『冷静』D『軽業』D『料理』E『並列思考』E『瞑想』E『読心』G『順応』G『連携』G『敵感知』E『光魔法』F

【ステータス】
 名前:シンシア・オルデン レベル:78
 HP1580/1580 MP1240/1340
 称号:【全能者】
 ギルド:《王国騎士ロイヤル・フォート
 ユニークスキル:【一騎当千ペルフェクタ
 EXスキル:《剣聖》S《勇者》S《成長促進》E《全属性耐性》C
 スキル:『洞察眼』A『鬼神』B『剣術』SS『波動魔法』S『改魔』F『創作』G『根性』G『慧眼』G『気配察知』C『礼儀作法』B

 バチッ!!

 ニルのステータスはやはり覗けないか。
 大方、転生者の入れ知恵か。そんな事はどうだっていい。

「ルナ、敵感知で相手の位置は分かるか!?」
「……ぼんやりと、ですが」
「上出来だ。それで戦うぞ」

 出し惜しみは抜きだ。最初から全力で行く。
 俺は両手に剣を構える。《二刀流》スキルを発動。

 ルナは『白輝の光斬剣ホワイト・ユニバース』を手に持った。

「行くわよ……ッ!!!」

 俺達三人は同時に吶喊する。ニルは表情を一切崩さず、まるで降りかかる火の粉を落とすような仕草で手を上げる。

 何かが来ると思ったその時には、俺は宙に浮いていた。

「魔法……『重力球グラヴィタス』」

 漆黒の球体が俺に纏わりついて離さない。この魔法……重力場を操作して俺を強引に浮かしているのか。これでは接近はほぼ不可能、回避も出来ないッ!!?

「魔法───『虚無波ディナイアル』」

 パリンッ!!
 重力がふっと消え失せ、俺は本来の重力に引き寄せられて、地面へと降り立った。『呪い』を打ち消したシンシアの魔法だ。

「ふむ……魔法『幻影ファントム』『盲目ブラインド』」

 視覚情報が操作され、ニルの実体がぶれていく。何体ものニルが俺に向かって魔法を放とうと手を振り上げる。

「魔法『虚無波ディナイアル』ッ」

 パリンッ!!
 再びシンシアの魔法で効果が打ち消される。

 何だこの戦いは!
 一向に手出しが出来ない。
 そればかりか一切動いてすらいない。

 これが頂上決戦というやつなのか……!?

「魔法『衝撃波パルス』ッ!!」
「魔法『分解ディスパーズ』」

 今度はシンシアの波動。それをニルはふっと息を吹きかけるようにして打ち払う。互いが不利カード。

 魔法を帳消しに出来る決定打のない戦い。
 だからシンシアは負けた。

 これに加えて第三階層の魔物を相手に戦っていたのだから。圧倒的物量でシンシアは為す術なく文字通り詰んだのだ。

「くっ……魔法『衝撃波パルス』ッ」
「魔法『歪曲ディストーション』」
「魔法───」
「魔法───」

 魔力だけがすり減る応酬。
 一見地味で、されど最高峰の戦い。

 俺はそれを見守るしか無かった。
 間合いに入った瞬間、俺が死ぬのが分かったから。シンシアの足手まといになると分かったから……!

「主……」
「くそっ……」

 俺はルナを抱き抱える。

「なっ、なっ……にゃにを……!?」
「集中しろ。複合魔法だ」

 ルナはハッとして俺を見る。
 奴は闇属性魔法の使い手。
 ならば、ゲーム的には普通光が弱点属性。

 俺の『火魔法』と合わせればより爆発的な火力を得られるはずだ。魔力をケチる必要は無い。ありったけを込めて、一瞬でも隙を与えてやるのだ。

「スキル『蓄積』」

 魔力を込めろ、限界のその先まで。
 ルナとピッタリ寄り添い、魔力を紡ぐ。

「むっ……何やら面白そうな事を。魔法『潜伏ハイド』」
「あっ、敵が……」
「(気にするな。俺の『精霊眼』は欺けない)」

 俺の目は、実体を捉えるスキルでは無い。
 精霊を知覚する能力。それは、単なる光情報を目に焼き付けているのではなく、纏う魔力の残滓を目で追っているのだ。

 全身の魔力が熾る。血が滾る。
 炎が巻き起こり、熱く燃え盛る。

「さあ……行くぞ」
「はい、主……!」

「「魔法【炎雷の花弁イグニス・ノヴァ】ァァッ!!」」

 静寂な夜の街に響き渡る轟音。周囲の部屋の明かりがパチパチとついて行く。熱風が肌を焼き、髪がチリつく。口元を覆って黒煙を防ぎながら、敵の様子を見た。

「……いいねぇ。これこそが闘争の味」

 効いていないか。
 やはり俺達の熟練度ではこの辺りが限界。

「はぁぁあああ!!」

 だが、隙は作ったぞ。
 黒煙を抜けてシンシアが肉薄する。

魔法付与エンチャント、魔法『振動波バイブレート』ッ!!」

 シンシアの持つ剣の刀身に超微細動の振動が付与される。高周波ブレード、切れ味が格段に増したその得物でシンシアはニルを追い詰める。

 精霊に魔石が存在するのは謎だが。
 魔法による攻撃が効かないと判断するや否や、一瞬の内に近距離戦に持ち込むその柔軟さと行動の速さは、シンシアの強さを物語るには十分だった。

 ニルは上体をのけぞらせる。上出来だ。
 シンシアは肩から勢いよく袈裟斬りにして斬り伏せた。

 決まった。一撃が入った。
 少なくとも俺の目にはそう見えた。

 シンシアはその刹那、地面に倒れた。

「ぐっ……」
「魔法『重力球グラヴィタス』」

 六つの漆黒の球体がシンシアの全身を押さえつけた。
 これではシンシアは動けない。

「魔法『虚無ディナイ……」
「魔法『沈黙サイレント』」

 シンシアの無効化魔法。
 しかしそれよりも早くシンシアの口を奪った。

「ん……っ」

 魔法を唱えられない。
 この世界では、魔法はイメージ。
 口に唱え、或いは詠唱する事で威力が上昇する。

 ニルが放った魔法はまさに、魔法師殺し。

 シンシアが無力化された。
 その時点で俺達に勝ち目はない。

 無駄な抵抗を辞め、武器を手を捨て去る。
 ルナも俺に倣って武器を放った。

 負けた。完敗だ。
 俺達は奴に勝てない。
 勝てるビジョンが浮かばない。

 切り札はある。それをここで使えば逃げられる可能性もゼロではない。だが、この先はどうなる。手の内を全て明かした状態でニルを倒せと言うのか。

 無理だ、絶対に勝てるはずがない。

「ふふふふ……終わったみたいだね」

 くそ、奴は今これまでになく油断している。
 アレを発動できれば、形勢は逆転する。

 どうする……どうするっ。

「シンシアを殺すつもりなのか」
「ううん、違うよ。そんな事しない」

 え?
 せめてもの時間潰しにと話し始めたが、ニルは意外な回答を口にした。シンシアを殺すつもりがない。ならば何故シンシアと戦いに来たのだ。

 待てよ、それに妙な違和感が俺の頭に降って湧いた。

 何故シンシアは一度目で殺されなかった。
『呪い』を受けて尚、逃げ出せたからか?

 いいや違う。そもそも『呪い』等と言う方法を使わず、今みたいに動きと言葉を封じてしまえば簡単に無力化出来、更に殺す機会もあっただろう。

 その機会をみすみす見逃しているのは他の理由。
 シンシアを生け捕りにする理由があるからではないか。

 妙な仕草。そこから現れる妙な感覚。
 嫌な予感がプンプンと匂ってくる。

「今日、ボクが来たのは……そうだね。キミにしようか」

 そう言って指を指されたのは、ルナ。
 えっ……とか細い声を上げる。

「キミを連れて行く事にするよ」

 その瞬間、ルナの影がゴポゴポと動き出す。
 ルナが影に呑まれていく。

「あ、主……たす、けて」
「ルナ……!」

 俺は必死に手を伸ばす。
 しかしその寸前で強烈な重力が襲い掛かる!

「魔法『重力球グラヴィタス』」

 ああ、ああああああ……!!
 ダメだ、連れて行かれる。ルナ。ルナ……ッ!!
 行くな、俺の傍を離れるな。

「ごめんね。これも全ては舞台を整える為」

 ルナを完全に飲み込むとニルは呟く。

「待っているよ。第三階層の最奥。死の舞踏会デスマーチにて」

 その瞬間、ニルは風に舞う塵の如く。
 ふっと掻き消えてしまった。
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