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第5章 Sleeping Beauty
第42話 未来視を持つ少女達。
しおりを挟む装飾が全くされていない鉄筋コンクリート造の建物。緑の蔦があちこちから伸びており、ガラス窓も割れている。肝試しの場所にうってつけというような、心霊スポットさながらの風貌である。
「何をしているのだ」
ええ、ここ入るの?
やっぱり帰ろうかな、怖いよ。
ここで殺されても誰も見つけてくれなさそうだもん。
虫を恐れない小学生と、茂みに入るのすら躊躇する保護者といった関係だろうか。昔は全然平気だったのに、羽音を聞くだけで縮こまってしまう現代病には、常々悩まされているぼくだったが、カンペに『巻いて』と指示されているのかと疑う程に先々と進む二人にぼくは一瞬の躊躇を噛み締めて前に進む。
太陽の光が入らず、一気に薄暗く、肌寒い風が吹き抜ける。シンガーポールかマレーシアか、冷暖差に驚かされるのはしばしばだったが、今回のこれも相当なもんだ。ただ室内が冷えるだけじゃない、どこからか冷たい風が吹いているのだ。
男が、何も無い壁を操作する。
ガコン、奥の扉が重々しく開いた。
「隠しダンジョン???」
なんでもありじゃないか。
えーと、この小説のジャンルはなんだっけ?
ライト文芸? 今からでも遅くない。現代ファンタジーに変えてきてもきっと誰も怒らず笑って見過ごしてくれるさ。
なるほど。さっきの冷たい風は、光熱費を何とも思わない冷房装置の為せる技だったのか。
扉を開く。
「「「わ~~~!!!」」」
へ?
何だこれ。
子供達が沢山飛び込んできたんですが!!
しかも全員女の子。部屋の奥には、ぼくと同じ高校生らしい姿や中学生まで様々な年齢層が確認できる。しかしそれでも異様なのは、その全員が少女であるという事だ。
全国の路頭に迷う少女を拉致って来たのか!?
そう思ったが、男は説明する。
「我々機関は表向きには児童養護施設施設となっている。身寄りのない子供を預かる代わりに、実験に"協力"してもらっているのだ。一部の例を除けば、犠牲になった子はいない」
「一部の例ってのは、さっき言ってたオーバーヒートについてだな。その子達は結愛同様、外に出ていたのか」
「そうだ。そして、各々学校等に通わせていた」
児童養護施設、というからにはそれなりの教育や衣食住を充実させる位の事はしていたのだろう。
「結愛は学校でも随一の賢さだった。とはいえ、いきなり高校生レベルの学力を手に入れていた訳じゃない。ここで教えていたのか?」
「天海結愛は物分りが最初から良かった。教育の賜物、と言いたいところだが、あれは完全に彼女の才能だ」
「身寄りのない、と言ったな。結愛には家族がいたはずだけど」
「あれも機関の関係者だ。対象が家に向かう時、決まって両親がいなかったのは何故だと思う」
「まさかそれも全て仕組まれていたのか……」
通り魔事件が起こった時も、結愛しか家に居なかったのは少し不自然だと思った。
「で、この子達をぼくはどうすればいい」
ベッタリとくっついて話さない子供達の扱いに困っていると、男は薄く笑みを漏らした。
「ここから先は彼女に案内してもらおう」
誘導された視線の先にいたのは、ぼくの見知った人物だった。
「昨日ぶりですね」
「唯花。きみも来ていたのか」
「はい。応援要請を受けたので昨日の内から」
唯花は慣れた様子で子供達を相手すると、だんだん飽きてきたかという頃に上手く輪の中から逃れて近くのソファーに腰を下ろした。施設の内装は、どれも普通の家と同じようで、外装があれだけカモフラージュされていたばかりに凄く意外だった。
テレビやおもちゃ等も充実した、広々としているLDK。寝室らしき奥に複数のドアを設けて配備されている。
「唯花はここが好きか?」
「はい。ですが、悠斗さんと遊び回った日々もあれはあれで素敵なものだったと思います」
こいつ、ぼくを照れさせる天才か?
「唯花は……ぼくが結愛に固執する事無く、結愛の代わりとしてきみと接していた方が良かったと思うか?」
「……」
唯花は口を噤んで、何かを考えていた。
迷っている、ようだった。
「分かりません。私は、天海結愛の代替要因として派遣された存在です。ですが、その任から急遽解かれたと思うと、戸惑う気持ちが第一にありました」
そりゃそうだ。
明日から仕事変更、なんて言われたら日本中の多くのサラリーマンが困惑の渦に呑まれる事だろう。
「ほんの暫くですが、悠斗さんと生活し、天海結愛が体験した日常を追体験した結果、あるひとつの感情が産まれました」
それは何か。ぼくは唯花の顔を眺めた。
「羨ましい───と」
ぼくは少し息を呑んだ。ホムンクルスみたいな存在だと思っていた。実験の被験者である彼女達は、常に機関から手網を握られているような状態だ。上の命令は絶対で、男達と夜遊びなんて以ての外。普通であろうとするのではなく、普通を演じる事を強制された日々は相当なストレスを抱える事になっただろう。
だが今の唯花はどうだ。恋する乙女のような純情な、真っ直ぐな瞳を向けているでは無いか。
結愛が体験した日常は、瑞々しい魅力に溢れていて、ここでの生活以上の刺激に満ちていた。ぼくと出会い、ぼくと話し、行動を共にした日常は、何よりも変え難い宝物のような日々。
唯花は、それに憧れた。
ぼくはその日常を無かった事にしようとした。
結愛を諦め、灰色の世界に再び足を踏み入れようとしていた。それがどんなに愚行か等今のぼくにはハッキリと理解出来る。
「さあ、結愛のところに案内してくれ」
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