上 下
25 / 46
第3章 通り魔事件。

第25話 ネタばらし。

しおりを挟む


 ……


 これ程強烈な既視感の正体は、間違いない。
 予知夢で見た通りの情景なのだ。

 時が止まったような気がした。
 普段なら、まるでメドゥーサに石化の魔法をかけられたみたいに、足を一歩も動かせなかっただろう。

 この予知夢が行き着く先は何だった。
 思い出せ、あの鮮血に塗れた絶望という名のエンディングを。

 トラックに轢かれかけたあの時。
 ぼくが未来を変えたように、今度も未来を変えなきゃいけない。

 恐らく、背後に立つその人間こそ、数々の通り魔事件を引き起こした犯人だ。身長がぼくよりも少し小さく、レインコートによって身体のラインが見えづらいがきっと女だ。

 そいつの片手には、次第に降り注ぐ雨に濡れて不気味に光る得物があった。それは、人を易々と刻めるほどの、鋭利な刃物だ。

 未来を変えるにはどうしたらいい。
 アイツを取り押さえるか、警察に突き出す?

 携帯で証拠を取るのが先か?
 いやいや、今はそれどころじゃない。

 人の命がかかっているんだ。

 決定的に、結愛が刺される未来を何としてでも変える為には、出来るだけ予知夢と違う結果を導きださなければならない。

 例えば何か。それは自分の中で既に答えが出ていた。
 だがあと一歩、踏み出すのが怖いんだ。

 結愛が怪訝にぼくの服の裾を掴む。
 背後の犯人には、気が付いていない。

 奴は動いた。
 もう時間がない。

 何でもいい、未来を変えろ。

「結愛、危ない!」

 初めて会った時と、何一つ変わらなかった。
 結愛を突き飛ばして、助けてやった。

 これで、結愛の命を救うのも二度目だ。

 腹部に鋭い衝撃が走った。
 じわり、と白いシャツが赤色に染まっていく。

 嗚呼くそ、痛すぎる。
 死にたくなるね。

 その犯人は、動揺して、ナイフを引き抜こうとする。
 でもぼくはその手首ごと、掴む。

「逃がさないよ」

 こうすれば、相手は結愛を攻撃できない。

 結愛が死ぬ未来だけは回避出来る。
 あとは、結愛が警察にかけこんで、情報を伝えてくれさえすればきっと何とかしてくれるだろうさ。

 やべ、力が入らないや。
 はは、痛ぇ……。

「くっ」

 手首を振り払って、犯人が逃げた。
 やった、ぞ。ぼくは結愛を守ったんだ。

「ねぇ、ちょっと。悠斗、嫌ぁぁ……!」
「守るって、約束。ちゃんと果たせたよ」

 凄いな……最高に今のぼく格好いいんじゃないか。
 完全にヒーローしてるよ。

 アニメの最終回ならぼくは死ぬかもね。

「お願い、死なないで……お願いっ」

 涙をポロポロと流す結愛。
 頭を膝に置き、さらにはぼくの手を柔らかくてすべすべな手で握りこんでくれるんだから。



 さて、そろそろネタばらしをしてもいい頃だろうか。
 結愛が、その……可哀想になってきた。

「あ~、演技疲れた……」

 

「えっ」
「えって何?」
「ちょ、この血は……?」
「血糊だけど?」

 結愛から完全に魂が抜けている。今から体重計に乗って減量分の質量を測っておいてくれ!

「なんで……?」
「そりゃあ襲撃されるって分かってたら、それなりに対策するのが普通じゃん。最悪ぼくが身代わりになるくらいのシナリオは想定していたよ。まあ、結愛が伊崎先輩の家についてくるって言った時には肝を冷やしたけどね」

 元々結愛が襲われるって未来の事は本人に言うつもりなかったし。だから結愛には見えない部分で対策をさせてもらったって事だ。

「まあ、いくらタオルを巻いていたとは言え、あんな勢いよく刺されたんじゃ勢いを殺しきれなくて、少しはお腹が切られててさ。分かる、紙で親指を切った時みたいな。ヒリヒリして痛いんだよ」
「ば、ばっ……」

 ば?

「馬鹿じゃないのっ!!!?」

 ぼくに強く抱き着いてくる。
 ぐぇ、苦しい苦しいギブです結愛さん。

 あっ、香水のいい香り~!

「本当に死んじゃったかと思って心配した」
「そりゃ本作の主人公がホイホイ死んだらここで打ち止めエンドですよ」
「何それ、平凡なモブじゃなかったの?」

 ああ、そうだったかも。
 英雄ムーブし過ぎて浮かれてたや。

「無茶しないでって言ったのにっ」
「結愛をみすみす刺されるよりはマシだと思うなぁ」

 それに無茶したのは結愛の方だろう。
 狙われるんだから、早く帰れば良かったんだ。

 ぼくは悪くないね。

「まあ、念の為病院には行くよ」
「私もついて行く」
「え、早く帰った方が……」
「警察にも連絡しなきゃいけないし。それに襲われたばっかりなのに、家に直行すると思うの?」

 天下の結愛様がまたしても発動か。

「はいはい、分かりましたよ~」


 そうそう。結愛を助けた本当の理由。
 そういえば、言い忘れていたよ。

 安藤くんから助けられたという"貸し"。人生を変えてくれた、ぼくの掛け替えのない恩人に、返そうと思って。

 本人に言っても無駄だろうから。
 これで、チャラって事でいいよね。結愛さん。

 こうしてぼくの、計画的ラブコメは成功(?)に終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毎日告白

モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。 同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい…… 高校青春ラブコメストーリー

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

『蜜柑の花まるエブリディ✩⡱』

陽葉
ライト文芸
『蜜柑の花まるエブリディ✩⡱』

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

アニーの休日

盛多狐
ライト文芸
真夏の昼下がり、俺は海浜公園で「アニー」と逢った…… ※過去に他サイトで掲載した作品を、加筆修正したものです。

処理中です...